2019.2.2
「夫が癌の診断を受けました。で、夫は、普通に手術を受けて抗癌剤治療をする、って言ってるんです。
私、どうすればいいか、悩んでいます。
インターネットを検索すれば、癌に対する標準治療がいかに危険か、情報がたくさんあります。
私としては、そういう危険な治療を受けて欲しくないと思っています。
でも、そういうのが世間の一般的な常識ではない、ということも分かっています。
夫はそういう意味で『常識』的な人で、私が『抗癌剤とか危険だよ』って言っても、『癌だから抗癌剤治療を受ける。当然のことだろう』と、相手にしてくれません。
娘が生まれたときもそうでした。
私はワクチンとか受けさせたくなかった。夫にも私の気持ちを理解してもらいたかった。
でも夫は『予防接種は病気を防ぐためのもので、国が打てと言っているわけだろう?それなのに打つな、だって?お前どうかしてるんじゃないか』
それで結局、定期接種のワクチンをすべて打ちました。自閉症とかアレルギーとか、特に問題は起きなかったですけど。
夫の言っていることは分かります。世間の常識からすれば、夫の言っていることが正しくて、私の言っていることはおかしい、っていうことになると思います。
でも、先生、これで本当にいいんでしょうか。
ワクチンは夫の言い分を受け容れて、娘にすべて受けさせました。
やはり抗癌剤に関しても、夫の言うがままに、標準治療を受けるのを許していいものでしょうか。
私、混乱しています。
何が正しくて何が間違っているのか、分からなくなってきて、、、どうすればいいのか、迷っています。
インターネット上の情報がすべて真実じゃないことはわかっています。事実もあれば、間違った情報も当然あると思います。
でも、私、夫が抗癌剤治療を受けて、いい結果になるとは、とても思えないんです。
内心でそんなふうに思いながら、同時に夫の闘病を心の底から応援するなんて、そんなこと、私にはとてもできません」
若くして癌に罹患した夫のことで、奥さんが苦悩している。
世間の『常識』と、ネットから得た情報。その内容が互いに矛盾するものであった場合、一体どちらを信じるべきか。
信じた方向が夫婦間で異なれば、衝突は避けられない。
こういう場合、どうすればいいか。
解決策は一つしかない。夫婦できちんと話し合うことだ。
なぜ、ワクチンがダメだと思うのか。抗癌剤がダメだと思うのか。その理由をきっちり説明する。
その説明が伝わって、相手が理解してくれたら、すれ違いは解消するだろう。
解消、とまではいかずとも、双方がある程度譲り合って、何らかの妥協が成立するはずだ。
この夫婦の場合、話し合いが不十分のようだ。
なぜワクチンはダメだと思うのか、抗癌剤はダメだと思うのか、理由の説明もなく、ただ「よくない」という結論だけを押し付けられても、旦那さんが納得いかないのは当然だろう。
奥さんの訴えに対して、医師として僕は、ひとまず共感的に傾聴する(どんな訴えに対しても、まずは傾聴)。
一通り聞き終えて、まずはねぎらいの言葉。「さぞ悩ましい、心苦しい状況ですね」と。
しかし全面的に奥さんを肯定して「抗癌剤は増癌剤。猛毒以外の何物でもありません。旦那さんは誤った選択をしようとしています。抗癌剤を試す前に、絶対に栄養療法をやるべきです」みたいなことは言わない。
栄養療法は打率10割、どんな病気も治す万能治療法、というわけではない。不必要に大きな期待を抱かせてはいけない。
それにこの旦那さんの場合、若くして癌を発症する背景には、食事など生活習慣の根深い偏りがある可能性がある。
点滴やサプリを行ったところで、肝心の日々の食事改善がおろそかでは、十全な効果は望めない。
「抗癌剤がなぜ好ましくないか、奥さんのほうから説明しにくいようであれば、旦那さんも一緒にご来院頂いた際に、僕のほうから説明することもできます」ぐらいのことしか、僕には言えない。
そう、健康に関するネット情報に対して常にアンテナを立てている人と、そうではない人(『情報源はテレビだけ』みたいな人)では、もはや話が通じないくらいに知識量に差がある。
情報通と情報弱者の差は、今後ますます開いていくことだろう。
夫婦間に情報格差がある場合、この奥さんのような悩みが生じる。夫婦が同じレベルなら、こういう悩みは生じない。
抗癌剤に強い副作用があることは、一般的な医者も含め誰しもが認めるところだろう。
であればこそ、ひとまずは副作用のほとんどない栄養療法から始めてみる、ということはオススメしてもいいと思う。
http://orthomolecular.org/resources/omns/v04n19.shtml
『オーソモレキュラー医学ニュースサービス』の記事(2008年10月31日)から、癌とビタミンCについての記述があったので、紹介しよう。
ビタミンCは癌のスピードを遅らせるし、もっと言えば、治してしまう。
BBCが最近『高用量のビタミンC注射によって癌の進行を抑制できる可能性がある。このビタミンは、癌細胞の破壊を起こす連鎖反応を引き起こすのかもしれない』と報道した。
このビタミン注射によって、腫瘍のサイズが半減した、と米国科学アカデミーの報告にある。研究の著者らは、高用量ビタミンC療法によってマウスの卵巣癌、膵臓癌、悪性脳腫瘍の『成長速度が有意に減少』したと言う。このように癌の成長を止めるほどのビタミンC高濃度は『アスコルビン酸の静脈注射によって簡単に到達できる』。
『簡単に到達できる』だって?だとすれば、これは重要なことである。癌と闘病中、あるいは癌を恐れている数百万の人々にとって極めて重要なニュースだ。
こういう事実に対して、主要な癌研究所は何と言っているのだろうか。何も言っていない。がっかりすることではあるが、さして驚くべきことでもない。米国癌学会も英国癌研究所も、『ビタミンCが癌を止める』という報告や研究を数十年にわたって無視してきた。もっとひどいことに、これらの組織はいずれも、人々が癌に対してビタミンCを使わないよう、積極的にやめさせることさえしていた。
実際にご覧になるといい。米国癌学会のウェブページにはこうある。『高用量のビタミンCが癌治療として勧められているが、臨床試験の結果からは有効性を示すエビデンスはない』
英国癌研究所はこう述べている。『ビタミンCの注射および摂取が癌治療に有効であるとする臨床試験のエビデンスは今のところ存在しない』
『有効性はない』『エビデンスはない』と彼らは言う。
どちらの組織も間違っている。
どちらの発言も正しくない。
2008年韓国の医師が、経静脈ビタミンCは『いくつかのタイプの癌(特にメラノーマ)の増殖抑制に際して極めて重要な役割を担っている』と報告した。
2006年カナダの医師が癌治療における経静脈ビタミンCの有効性を報告した。
2004年アメリカとプエルトリコの医師が、癌に対してビタミンCが奏功した臨床症例を報告した。
1990年アメリカの医師が、ビタミンCを使って腎臓癌の治療に成功したと報告した。1995年と1996年には他の癌でも成功した。3万mgの経静脈ビタミンCを週に2回投与することで、彼らは『原発性腎臓癌患者の肺および肝臓への転移巣が数週間で消滅した。また、我々は原発性乳癌患者の骨転移に対しても、100gのビタミンC注射を週に1,2回行うことによって治癒した症例を報告した』。
1982年日本の医師が、ビタミンCによって末期癌患者の余命を大幅に延長できることを示した。
1976年(今から二十年以上前だ)スコットランドの医師が末期癌患者の生活の質と余命が経静脈ビタミンCによって改善されたことを示した。
米国癌学会も英国癌研究所も、なぜかこういう重要なエビデンスのことはすぐ忘れてしまう。
これらの報告は、ピア・レビューされた(学者の査読を受けて認められた)医学雑誌に掲載されたものだ。
米国癌学会も英国癌研究所も、ビタミンCが癌に効かないと述べたのは2008年8月のことだ。そう、2008年。過去22年間にわたって、説得力のあるエビデンスがますます多く報告されているにもかかわらず、どちらの組織もこの事実を受け入れようとしない。この代償は、人の命だ。ビタミンC治療によって救われたかもしれない数十万もの人々が、癌で亡くなっている。
この数十年間、彼らの主張する治療法は三つだけ。『切る、焼く、薬』つまり、手術、放射線、化学療法だ。高用量ビタミンCの使用は、徹底的に除外されている。
米国癌学会はいまだにこのように言っている。「サプリメントをとるのなら、最善の選択はマルチビタミン、マルチミネラルのサプリだ。ただし、その栄養含有量は『一日摂取栄養量』を超えるものであってはいけない」
これは有害なアドバイスだ。多くの臨床研究によって、高用量のビタミンCおよびその他の栄養素によって癌患者の生活の質と寿命が改善することが示されている。
ポイントは充分な高用量を、適切に投与することだ。オレンジジュースを多めに飲むだけではどうにもならない。
英国癌研究所も似たり寄ったりで、ビタミンCは、『放射線や抗癌剤に干渉することで癌治療の有効性を妨げる』と言っている。この発言は正しくない。
癌学者は抗癌剤と一緒に抗酸化物質もルーチンで投与しているが、有効性は減少していない。
両組織とも、ビタミンCが癌に効く臨床エビデンスはない、としている。彼らは医学文献を読むことから始めたほうがいい。彼らは時代遅れも甚だしい。
そして彼らは間違っている。ひどく間違っている。
十年以上前の記事だけど、癌治療をめぐる状況は今も同じようなもので、病院の標準治療は相変わらず、焼く、切る、薬、だ。ビタミンCは相変わらずイロモノであり続けている。
記事中、アメリカやイギリスの癌治療当局が批判されているけど、日本の厚労省も同じようなものだ。高濃度ビタミンCの有効性が認められ、保険治療になれば、きっと多くの人が救われると思うんだけど、いつかそんな日が来るだろうか。
2019.2.1
血液検査を受けたことがある人なら、γGT(GGT)の項目を見たことがあるはずだ。
「ガンマはお酒の飲み過ぎで上がる」ぐらいなことは一般の人にも知られている。
もう少し詳しい人なら「肝臓、胆嚢の不調で上昇するマーカー」だと認識しているだろうけど、実は医者の認識もせいぜいこの程度なんだよ笑
でもGGTは、解釈の方法を知っていれば、もっと多くの情報を読み取ることができる。
ルーチンの採血で簡単に調べられて費用も安い項目の割りに、体の状態について非常に多くのヒントをくれるから、意味を知らないのはもったいないよ。
まず、GGTは「お酒で上がるマーカー」というよりも「体の酸化を示すマーカー」と解釈したほうが応用がきく。
このあたりの検証した論文がこれ。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15336318
タイトルは『血中γグルタミル転移酵素(GGT)は酸化ストレスのマーカーとして、血中の抗酸化物質と逆相関しているか』。
要約をざっと訳す。
黒人、白人の男女を対象とした一連の研究から、血中GGTが正常範囲内であっても、酸化ストレスの初期マーカーとして使えるのではないかと考えられている。
血中GGTが酸化ストレスのマーカーであるならば、その意味するところは臨床的にも疫学的にも極めて大きい。なぜなら、血中GGTの測定は容易であり、精度も高く、かつ、安価に行えるからである。
9083人の成人を対象として、血中GGTと血中抗酸化物質の濃度の関係を調べた。人種、性別、年齢、総コレステロールで調整した後、血中GGTと逆相関が見られたのは、αカロテン、βカロテン、βクリプトキサンチン、ゼアキサンチン/ルテイン、リコピン、ビタミンCだった(すべてp<0.01)。ビタミンEは血中GGTと相関していなかった。これらの相関はすべて、総エネルギー摂取量、体格指数(BMI)、喫煙の有無および喫煙本数、アルコール摂取量、運動でさらに調整しても変化しなかった。
ビタミンEだけGGTとなぜ相関しないのか謎だけど、それ以外の上記抗酸化物質は、GGTと負の相関が見られた。しかもp値が0.05未満どころか、0.01未満。かなり相関強いよ。つまりGGTが高いということは、血中の抗酸化物質濃度が下がっている可能性が高い、ということだ。
「抗酸化物質の濃度が低い?だからどーした?」と思うかもしれない。
だからどうなのか、ということを説明しよう。
たとえばこの論文。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4620378/#!po=17.5325
『γグルタミル転移酵素(GGT):細胞内抗酸化物質欠乏および疾病リスクの予測マーカー』
GGTはアルコール関連の肝障害の血中マーカーとしてその有用性は確立している。しかしGGTが疾病の経過の予測マーカーとして有用なのは、何も肝疾患に限ったことではない。GGTの上昇は、多くの疾患や病態の発症リスクと関連している。具体的には、心血管系疾患、糖尿病、メタボリック症候群、全死亡率である。GGTが疾病の予測因子として使えることは、世界中から文献報告があり、性別や民族を超えて有用である。本稿では、我々はGGTと血中フェリチンの関係について調べている。また、環境由来の毒物あるいは内因性毒物に曝露することで、酸化ストレスやニトロソ化ストレスが増加する機序についても言及している。1970年代後半以降、GGTとメタボリック症候群およびその関連疾患との関連が言われている。GGTは動脈硬化(動脈壁の硬さとプラーク)、心不全、糖尿病、肝疾患(ウィルス性肝炎も含め)、感染性疾患、致死性の癌などに対して、早期からの予測マーカーとして有用である。
我々は、医学文献からだけでなく、「GGTは将来の疾病リスクに関する優れた予測マーカーである。その他複数の死亡リスク因子と比較しても、その有用性は高い」と実証している生命保険業者の文献も含めてレビューを行っている。
生命保険というのは、構造としてはギャンブルそのものだ。
保険契約を結び、若くして病気になって早死にすれば、お客さんの勝ち。保険屋は保険金を支払わないといけない。逆に、保険契約を結んで定期的に保険料を払っているものの、病気知らずで長く天寿を全うした、となれば保険屋の勝ち。
だから、客が将来、病気しそうかどうかの予測というのは、保険屋にとって社運がかかっていると言っても過言ではないくらいに重要な判断だ。
その保険屋が、これまでのデータ分析から言っている。「GGTと将来の疾病リスクの相関は高い」と。これはなかなか重いよね。銭金がかかって必死な業者の結論だけに^^
この論文は要約だけ読んで済ませてしまうのはもったいないくらいおもしろい。本文はもちろん、参考文献まで興味深い(実は一番最初に紹介した論文も参考文献に挙げられていたものだ)。できれば本文全体を訳して紹介したいぐらいなんだけど、量があまりにも膨大なので、適当にピックアップして紹介すると、、
GGTは、肝臓におけるグルタチオンの枯渇具合を示すマーカーである。グルタチオンの枯渇を引き起こす原因としては、鉄の過剰摂取、外来異物(アルコール、ベンゾジアゼピン系薬物を含む)への曝露、不適切な栄養状態に由来する細胞膜の脆弱性があげられる。たとえば赤血球の膜が脆弱だと赤血球が溶血しやすく、結果、血中の鉄濃度が上がる。鉄は生体にとって有毒な活性酸素種である。肝臓はその解毒処理に追われ、グルタチオンが消耗される。GGTの上昇はそういう病態を反映している。
赤血球から血中への鉄の漏出は、急性の経過をとることもあれば慢性に起こることもあり、症状の程度は様々だ。
アメリカ人の3人に1人はメタボリック症候群だが、この背景には血中フェリチン高値および鉄の過剰摂取がある。メタボリック症候群のイルカを使った研究で、マルガリン酸(C17:0 飽和脂肪酸)を多く含むエサを与えたところ、フェリチンの有意な減少、血糖値、中性脂肪、インスリンの正常化が見られた。こうした改善をもたらした食事変更は、マーガリン(トランス脂肪酸)の代わりにバターを与えたのと同様の効果だと研究者は考えた。バターにはC17の飽和脂肪酸が豊富に含まれている。代謝が改善したのは、これら飽和脂肪酸を食事に加えたことで赤血球の膜が強くなったことが背景にある。
フェリチンを100まで上げることを目標に鉄サプリの摂取を励行する先生もおられて、この指導で救われた患者も確かにいるのかもしれないけど、反対に、上記のように鉄の危険性(鉄摂取に伴うグルタチオンの低下、抗酸化物質の減少、GGTの上昇)を説く文献もある。
一人の先生の主張を金科玉条にせず、いろんな説があることを知って相対的に考えることが、我が身を守ることにつながるかもしれないよ。
2019.1.31
きのう飲み屋にふらっと立ち寄ると、かつて理研で研究員をしていたという人に出会った。
現在はアメリカ在住。ニューヨークにある癌センターで研究員をしている。
たった今、日本に着いたばかり。
神戸に来ればいつも真っ先に立ち寄るのは、この場末の飲み屋だという。
「今アメリカは大寒波が来ててね、ニューヨークはマイナス10度以下だよ。たまたま日本にエスケープする形になって、助かった。
妻や子供はヒューストンに住んでて、僕一人がニューヨークに単身赴任している。
ヒューストンは温暖で住みやすいよ。
しかしニューヨークからは飛行機で3時間かかる。時差も1時間あって、アメリカは本当に広い。
ずっと理研で仕事していたんだけど、あるアメリカの研究施設から招聘された。妻を連れてアメリカに渡ろうと決意したのが1995年。ちょうど地下鉄サリン事件や阪神大震災で日本が大変だった頃だ。
姫路から新大阪に行くのに、新幹線が不通になっていてね、そのときに在来線に乗って、電車の車窓から地震でボロボロになった神戸の街を見た。
そのときの記憶が強烈なものだから、それを思うと今の神戸は本当に復興したね。
アメリカで子供が2人生まれた。最初のうちは『日本人らしく育てよう』なんて思っていたけど、学校に通い始めると無理だな。
学校の授業も英語、友人付き合いも英語、異性と恋をするのも英語ってなるとさ、発想や感性も英語的になってくるんだろうな。子供に合わせる形になって、すっかり僕もあきらめちゃった。いまや家族と話す言葉さえ英語になった。
おかしいかもしれないけど、ほら、妻とLINEのやりとりするのさえ、こんなふうに英語でやってるぐらいだよ」
言葉って単なる情報の伝達手段じゃなくて、感情を乗せる容れ物でもあると思うんですけど、そういうの、ネイティブ言語じゃない英語でできますか?
卑近な日本語の例ですけど、根っからの関西人が標準語で「疲れた」って言うよりも、「ああ、しんど」ってつぶやいたほうが、よほど言葉に感情が乗っかってる、みたいな。ましてや、”I’m tired.”で感情が伝わった感じ、しますか?
日本的な、微妙な感性とかニュアンスを子供に教えたいと思っても、英語では難しくないですか?
「なるほど、おもしろい意見だね。言ってることはわかるよ。僕も当初は日本語で子育てをしていた。子供を寝かせる子守唄を日本語で歌ったりしてね。あるとき家族で日本に来たとき、タクシーに乗ったらラジオから歌が流れて来た。僕が子守唄として歌っていた歌だ。子供の記憶力ってすごくて、子供がその歌を一緒に歌い始めたときには驚いたな。
でも、2つの文化両方のニュアンスに精通することは難しいと思う。いったん”I’m tired.”の文化で育ってしまうと、「ああ、しんど」の情緒に共感することはもうできない。そのあたりは仕方のないことだよ。
アメリカでの生活にもすっかり慣れた頃、また理研で研究しないかという話が出て、それで僕だけ日本に単身赴任して、神戸の理研に勤めることになった。それが2011年。
阪神大震災の後に日本を離れ、東北地震の後で日本に帰って来た形になった。
遺伝子改変したマウスを作る研究のチームリーダーをしていた。
遺伝的交配だけでは作ることが難しい遺伝子変異を、ゲノム編集を使って効率よく作る。で、国内外問わず研究機関にそういうマウスを提供する。そういう仕事だった。
2年ほど前に理研を退職し、それでまたアメリカの研究所に移った。
退職金みたいなのはないよ。理研は契約社員みたいなものだから」
小保方騒動のど真ん中の頃に理研におられたわけですよね?
「他の何を聞いてくれてもいいが、STAP細胞のことについては、ちょっと。。
あのときは本当に大変だった。研究室の前にマスコミが張りついているし、取材依頼のメールや電話が殺到した。
あの一件で感じたのは、マスコミに対する失望だよ。僕は渦中の内側にいたから内情がよくわかっていたが、マスコミ報道というのはこんなにデタラメなものかと思った。報道している記者だって、その報道が事実じゃないとわかっているだろうに。
STAPの論文はすでに撤回されたわけだから、存在しないことになっている。理研は2年前に創立百周年を迎えたが、記念して刊行された理研百年史にも当然記録されていない。関係者は皆、あの騒動のことをいまだに聞かれてうんざりしている」
理研がSTAP論文を撤回した後、ドイツの研究チームがSTAP細胞の再現に成功したというニュースを見ました。https://biz-journal.jp/2016/05/post_15081.html
小保方さんの「STAP細胞はあります」という言葉は真実だったのではないですか?騒動の背後に国家権力などの巨大な力があった、ということはありませんか?早々と撤回してしまったことは、むしろ理研の責任問題ということになってきませんか?
「これはあくまで個人的な意見だと断っておくが、STAPの論文には確かに捏造が含まれていた。ただ、理論的には間違っていないと思う。もちろん理論上正しいことと、実際にSTAP現象を確認することの間には天と地の差がある。実際には、あの論文通りのきれいな結果は出ない。
ドイツの論文は僕も読んだが、あの仕事で以ってSTAP細胞の実在が証明されたと結論するには早計だろう。たとえばSTAP現象を再現するために10の工程が必要だとすると、ドイツの論文はそのうち2の工程まではクリアして、きれいな結果を出した、という程度のことだ。
国家権力どうのこうのという話は僕にもわからない。ただ、マスコミの報道は明らかに間違っていたし、そういう間違いを堂々と報道して恥じないマスコミの姿勢には非常に違和感があった。僕が言えるのはこの辺りまでだね」
小保方さんって、今どうしてるんですか?
「わからない。あの一件で注目されすぎたせいで、普通の研究者としてやっていくのは難しいと思うし、どこかの研究室に所属しているということも聞かない。地下の研究室に属せば別だけどね。少なくとも表の研究室や学会では顔を見ないな」
地下の研究室って何ですか?
「いや、話だよ。ただの話。戦前の理研にはそういう組織は確かにあった。原子爆弾の研究とかね。存在も裏なら、会計も特別会計で裏の予算から計上される。昔はそういう組織があった。でも今はそんなの存在しない」
小保方さんの本、読みましたか?
「読んだ。確か、2冊出してるだろう。文春のグラビアは別として笑
時系列とかおおむねあの通りで、正しいと思う。マスコミに陥れられた悔しさとか、あの辺りの感情も本当だろう。誰だったっけ、あの高齢の尼さん。そう、瀬戸内寂聴。あの人と対談したのが、マスコミへの露出の最後じゃないかな。
優秀な弁護士つけて裁判して、ずいぶんなお金がかかっただろうから、本を出しているのはその費用にあてるため、っていうのもあるんじゃないかな。ご実家は商社で裕福だと仄聞したけどね」
僕らが飲んでいるのは、プレハブに毛の生えた程度のオンボロ飲み屋だ。まさかこんなところにかつて理研の研究リーダーを務め、現在アメリカで癌の最先端研究に従事する人が飲んでいるとは、誰も思わない。
先生はこの店がひどくお気に入りで、日本に帰って来るたびにまずこの店に立ち寄る。(僕も先生の気持ちがわかる。どんな気取った高級バーより、この店の方がはるかに居心地がいい。)先生は酒を飲んで心地よくアホになるためにここに来ている。だから、僕もそれに合わせてバカ話をするのが、あるべき暗黙のマナーだった。でも昨晩、僕はそのマナーを破ってしまった。こんな、超一流の研究者と話をする機会なんてまずないことだから、できれば触れられたくないSTAPの一件とかも突っ込んで聞いてしまった。
先生が今度いつこの飲み屋に来るのかわからない。でも、僕は今から決めている。次お会いしたときには、固い話は振らないで、僕もちゃんとアホになって先生をもてなそう、と。
2019.1.30
勤務医として鳥取の病院にいたときのこと。
施設に入所していた、80代の認知症の女性。
記憶障害はそれほど重度ではなかった。特徴的だったのは、失語が強く見られたことだ。
失語には二通りのパターンがある。運動性失語と感覚性失語だ。
運動性失語では、人の話は理解できるが、言葉が出にくくなる。だからこちらの指示に従うことはできても、言葉でコミュニケーションをとることは難しい。
感覚性失語では、言葉は流暢に話すが、言葉の理解ができなくなる。だから、運動性失語とは別の意味で、やはりコミュニケーションがとれなくなる。
この女性の失語は運動性失語だった。
話しかけると、言葉は確かに彼女に届いている。しかし適切な受け答えが返ってくることはない。
つまり彼女は、言葉による情報のインプットは可能でも、アウトプットができない世界に生きている。
言葉で意思を表現できないというのは、大変なストレスではないかと思った。
「それでは今日もリハビリを頑張っていきましょうね」とST(言語聴覚士)が彼女を別室に案内する。
僕は主治医として、そばで訓練の様子を見ていた。
彼女は発語がまったく不可能というわけではなかった。絵が描かれたカードを見て、それが何であるかを言う。
ひらがなの一文字一文字を指さしならが、拙いながらも自分の声を出すことはできていた。僕はここで初めて、彼女の声を聞いたように思った。
「さぁ今度は、歌いましょう」とSTが言う。
まさか。
しゃべることさえ満足にできないんだ。歌うことなんて、できるはずがない。
と思ったのも束の間。彼女はSTと一緒に声を出して、歌い始めた。
童謡『ふるさと』。
見事な歌いぶりだ。音程も狂っていない。腹から出した張りのある声で、朗々と歌い上げた。
僕はあっけにとられた。
『ふるさと』は鳥取県出身の作曲家岡野貞一の手になるものである。その哀愁漂う美しい旋律は日本中で親しまれているが、この鳥取ではなおさらのことだ。
鳥取市に住んでいれば、正午の時報として流れる『ふるさと』を毎日聞くことになる。『岡野貞一生誕140周年コンサート』などがいまだに催されたりする。
『ふるさと』は鳥取県民にとって、まさにソール・ミュージック、魂の音楽だ。
認知症をわずらい、言葉の出なくなった彼女も、心の深くに刻まれた『ふるさと』だけは、歌うことができるのだ。
僕はある種の感動を覚えた。
思わず、STに声をかけた。
「言葉は話せなくても、『ふるさと』だけは歌うことができる。鳥取魂の真髄ですね」
STは思いのほか平然と言った。
「先生、そういうことではありません。このCTを見てください。
左前頭葉、ブローカ野が認知症に伴って萎縮しています。運動性言語が障害されている理由です。
しかし右側頭葉中央部のこのあたりはほぼインタクト。メロディーの認知、受容には何ら問題ありません。だから歌えるのです」
奇跡でも精神論でも何でもなく、脳科学的に極めてスマートに説明のつく事柄だったのだ。
ちょっと!せっかく感動したのに、帳消しやんか^^;
そう、たとえば脳卒中で左脳に損傷を受けて話せない患者でも、歌を歌うことはできる。神経学者には広く知られた現象だ。
脳卒中の後遺症で言語障害が残った人がリハビリをするときにも、単に話すだけの練習をするより、同じ言葉を歌に乗せたほうがはるかにスムーズに出てくる、という研究がある。
https://breakingnewsenglish.com/1002/100222-strokes.html
論文ではなくて、2010年アメリカのある学会で口頭発表された研究だけど、ざっと内容を紹介しよう。
発語困難を伴う脳卒中患者には歌うことが助けになる。「言葉を話す」のではなく、「言葉を歌う」ことによって、患者は言葉を発することができる。
この治療法は音楽構音療法(MIT)と呼ばれている。この研究者の一人、ゴットフリード・シュラウグは成功の一例を挙げた。
彼は、バースデーソングの歌詞を話せない脳卒中患者のビデオ映像を示した。この人物はNとOの文字しか発声することができなかった。
シュラウグ医師が彼にバースデーソングを歌うよう頼んだところ、「ハッピーバースデートゥーユー」という言葉を歌えた。
シュラウグは言う。「この言葉を話すように言っても、この患者は無意味な発語しかできませんでした。しかし歌うように言ったところ、この言葉を発することができました」
なぜMITが有効なのか、その機序は未だ解明されていないが、シュラウグ医師は一つの仮説を持っている。
脳は、言語を処理する部位とは異なる部分で音楽を処理しているが、これらの部位には重複している箇所がある、と彼は指摘する。
「メロディーを作り出すということは、脳内の複数の系を同時に活性化し、それらを関連付けたり循環させたりする多感覚的な仕事です。脳の多くの部位が動き出すのです」
MIT治療は長い時間がかかる。1時間のトレーニングを週に5日行う必要があり、効果が出るまでに16年かかることもある。
ただMIT治療のメリットは、この治療法で獲得した能力はまず失われることはない、ということだ。シュラウグ医師のもとでMITを試した患者の三分の二は、話せる言葉の数が増えた。
アメリカだけで7万人もいる脳卒中の後遺症に悩む人に、MITは光明となるかもしれない。
歌うことと話すこと。
脳科学的には、それらは二つの別の行為ということだ。ただ、共通点もあって、その共通点を生かすことで、脳卒中患者の発語の練習になる、ということなんだな。
セミの鳴き音、キジバトの鳴き声、オオカミの遠吠え。
虫や動物を見ていれば、言葉よりもずっと前に、歌があったのではないか、という気がする。
進化のプロセスで、言葉を覚えて小利口になった僕ら人間は、いつの頃からか、歌うことをやめてしまった。
でも、そういう高次機能の中枢たる前頭葉が機能不全に陥っても、原始的な側頭葉は最後まで生きている。
臨終の際にある人の耳には、言葉の意味は解せなくても、その音声は届いているという。
僕らの本能の奥深くでは、『歌の記憶』が眠っているようだ。
2019.1.29
人工甘味料の危険性についてはあちこちで言われている。
でも、人間自分に甘いもので、単に「ダメだ」と言われるだけでは、行動は変わらない。
「人工甘味料入りのガムとかスポーツ飲料とか、あんなに堂々とCMしてるじゃないの。本当に体に悪いものなら、国が販売にストップをかけてるはずでしょ」
などと自分に言い訳して、延々摂り続ける。
行動が変わるには、なぜダメなのか、どう体に悪いのか、そのメカニズムを深く理解しないといけない。
そうして納得して初めて、「確かに危険だな、やめておこう」となる。
すでに指摘されていることとしては、アスパルテームは神経毒として作用する。
軽い症状としては、頭痛やめまい、不眠。
長く摂り続けると、脳腫瘍、失明、精神症状(うつ病、知能低下、短期記憶障害)などの重い脳神経系の症状が出てくる。
代謝を乱すことから、糖尿病にもなるし、血液癌(リンパ腫、白血病)を含む癌、内臓異常(腎機能低下、副腎の肥大など)、骨格異常、多発性硬化症、SLE、精子減少など様々な症状を引き起こす。
疫学研究でも動物実験でも、その危険性は明らかだ。
そもそもアスパルテームは生物兵器の研究課程で発見された物質である。この点では、ズルチン(現在では使用禁止)やネオテーム(砂糖の1万倍甘い人工甘味料)と同じで、これらも本来は化学兵器として開発された。
つまり、人が口に入れてはいけない物質なんだ。
でも、おかしなことに、食品添加物として堂々と市場に流通している。
この背景には政治がからんでいる。兵器としての食品、という概念があって、要するに、日本はアメリカから仕掛けられているんだよ。
でもここを突っ込みだせば話が長くなるので、あえて触れない。
最近、人工甘味料の毒性について、腸内細菌の観点から研究する論文が出た。https://www.mdpi.com/1420-3049/23/10/2454/htm
『生物発光の使用による人工甘味料の毒性測定』というタイトル。要約をざっと訳す。
人工甘味料は消費者の健康を害するのではないかと、近年ますます議論になっている。人工甘味料は今やほとんどの食物に含まれており、それと知らずに摂取している消費者も多い。
現在、人工甘味料の健康に対する影響については、未だ研究の余地があるため、コンセンサスは得られていない。
人工甘味料の摂取によって、癌、体重増加、代謝異常、2型糖尿病、腸内細菌活性の変化といった有害事象が起こるのではないかと言われている。
さらに、人工甘味料は環境汚染物質として認識されるようになってきており、表流水、地下水、帯水層、飲用水などの水の中にも検出されている。
本研究では、FDAにより認可された6種類の人工甘味料(アスパルテーム、スクラロース、サッカリン、ネオテーム、アドバンテーム、アセスルファムカリウム)の相対的毒性と、これらの人工甘味料を含む10種類のスポーツサプリメントの相対的毒性を、遺伝子組み換え技術を使って生物発光するようにした大腸菌を用いて調べた。
生物発光細菌は、毒物を探知したときに発光するため、複雑な微生物系のなかである種のセンサーとして使用できる。発光シグナルと細菌の成長、その両方を計測した。
細菌がある一定濃度の人工甘味料に曝露されたとき、毒性の影響が見られた。
生物発光活性分析で、二通りの毒性反応パターンが観察された。すなわち、生物発光シグナルの発現と抑制である。
抑制反応パターンはスクラロースに反応した際に観察され、調べた全ての菌種系(TV1061 (MLIC = 1 mg/mL), DPD2544 (MLIC = 50 mg/mL) , DPD2794 (MLIC = 100 mg/mL))で見出された。
この反応パターンはネオテームを使用したときにDPD2544 (MLIC = 2 mg/mL)系でも観察された。
一方、発光反応パターンは、サッカリンを使用したときにTV1061 (MLIndC = 5 mg/mL)と DPD2794 (MLIndC = 5 mg/mL)系に、アスパルテームを使用するとDPD2794 (MLIndC = 4 mg/mL)系に、アセスルファムカリウムを使用するとDPD2794 (MLIndC = 10 mg/mL)系に観察された。
本研究の結果は、大腸菌に対する人工甘味料の相対的毒性を理解する上で有用なものである。
また、今回使用した生物発光細菌は、環境中における人工甘味料を検出する際にも有効である。
人工甘味料が腸内細菌に影響しているのではないかという指摘は以前からあったが、この論文の新味は、遺伝子組み換え技術を用いて作った「光る大腸菌」を使うことで、影響を直接的に観察することができたということだ。
腸脳相関ということが言われている。腸に悪影響があるということは、脳、つまり神経系にも悪影響がある。
特に夏に多いんだよね。原因不明の頭痛を訴える患者。
問診でよくよく話を聞いてみると、人工甘味料入りの炭酸飲料を毎日飲んでいる、みたいな話はしょっちゅう遭遇する。
頭痛の鑑別に「人工甘味料」っていうのも絶対入れとくべきだろう。
こういうのは学生のうちに医学部でも習うべきだと思うんだけど、教育カリキュラムは変わらないだろうなぁ。