院長ブログ

ビタミンK2、骨、筋肉

2019.6.2

骨を強くするにはどうすればいいか。
カルシウムを摂る?
そう、かつてはそう言われていた。カルシウムは骨に欠かせないミネラルだから、積極的に摂取して骨を強くしましょう、と。
しかし、カルシウムの摂取量が多い地域(フィンランドやスウェーデン)では骨粗鬆症の発症率が高いという疫学研究が出たことで、『カルシウム善玉説』が崩れ始めた。
学者の間で激しい議論が交わされた。「なるほど、カルシウムの単独摂取では骨にむしろ悪影響が出るかもしれない。しかしビタミンDとの併用で、健康効果が高まるのではないか」
カルシウムの摂取量だけではなく、ビタミンDサプリの使用の有無も含めた疫学研究が行われた。結果は衝撃的だった。
骨粗鬆症予防のためにカルシウムのサプリを摂っている女性では、そうでない女性に比べて、動脈硬化が進行しているリスクが高く、また、心筋梗塞や脳卒中のリスクも高かった。ビタミンD摂取の有無はこの相関と無関係だった。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21505219
骨のためによかれと思って摂取したカルシウムのせいで、心筋梗塞や脳卒中になってしまっては困る。
なぜこんなことになったのか。
ビタミンDは腸管でのカルシウム吸収を促進する。しかし血中のカルシウム濃度が上がったところで、それが肝心の骨に届いてくれなかったら、意味がない。それどころか、カルシウムが動脈や皮膚などの軟組織に沈着しては、無益どころか有害だ。
血中に増加したカルシウムを、いかに骨に届けるか。そのカギこそ、ビタミンK2だ。
カルシウムとビタミンD3だけでは逆効果だったが、そこにビタミンK2が加わることで、骨密度が上昇する。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3154347/
D3とK2は車の両輪だ。併せて摂るようにしよう。

他に骨を強くする方法は?
当然、運動も効果的だ。体を動かすことによる機械的刺激が、骨を強くする。
逆の場合を考えてみるといい。
老人が寝たきりになると、骨量の減少が急速に進むことはよく知られている。これは若い人でも同じだ。
宇宙飛行士を対象にした研究がある。宇宙に滞在する1ヶ月あたり平均1〜2%の骨量の減少があり、特に下半身(腰椎、脚)での減少が著しかった。逆に、血中のカルシウム濃度が増加していた。これは腎結石のリスク因子でもある。
https://science.nasa.gov/science-news/science-at-nasa/2001/ast01oct_1

ストロンチウムのサプリメントもいい。
ストロンチウムと聞けば、放射性物質をイメージする人が多いだろう。確かに、ストロンチウム89や90は放射性物質だが、クエン酸ストロンチウム(サプリとして普通に売っている)やラネル酸ストロンチウム(骨粗鬆症治療薬)は放射性物質ではない。
周期表を見ればわかるように、ストロンチウムはマグネシウムやカルシウムと同じ第2族元素だ。
同族元素は性質が似ているもので、ストロンチウムも、マグネシウムやカルシウム同様、骨に取り込まれ、その強度を保つ役割を果たしている。
骨形成(類骨形成)の促進、骨吸収の抑制(破骨細胞の成熟遅延)といった作用が示されている。

何か新しいサプリメントを患者に勧めるとき、僕自身が自分で試してみることにしている。
ビタミンK2とストロンチウムのサプリを飲み始めたのが同じ時期だったせいで、どっちの効果かはわからないんだけど、筋トレの効果が高まった実感があった。
僕はこの一年ほど、ほぼ毎日ジムで筋トレをしている。
2ヶ月ほど前にビタミンK2とストロンチウムのサプリを飲みだして以後、明らかに筋肉のつきかたが向上した。パンプアップしたときの筋肉の張りが大きくなった。
rep数も上がった。以前は10回で限界だったのが、あっさり12回できるようになったりして、自分でも驚いた。
「なぜだろう。なぜこんなに筋力が上がったのか。最近始めたこととしては、ビタミンK2とストロンチウムしか考えられない」
そこで、これらの栄養素に筋力増強作用があるか、論文検索してみた。
ビンゴ!
予想通りだった。ビタミンK2、ストロンチウム、どちらにも筋力増強作用がある。
『ビタミンK2は牛の骨格筋の細胞の増殖および移動を促進する』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5884547/
『卵巣切除ラットの筋肉および椎骨に対するラネル酸ストロンチウムの効果』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29242963
どちらも人を相手にしたものではないけど、非常に示唆的な研究で、人で成り立つ可能性は十分あるだろう。
骨粗鬆症の人がビタミンK2を飲み始めると骨折の発生率が下がることがわかっている。これはビタミンK2による骨密度の強化によるものだと研究者は考えているけど、別の機序として、ビタミンK2によって筋力がついて、結果、転倒リスクが軽減すると同時に骨折も減った、という可能性もあるんじゃないかな。
骨粗鬆症とサルコペニア(筋減少症)はしばしば合併することが知られている。骨の減少と筋肉の減少に相関があるということは、興味深い。理学療法士は、筋トレは「骨トレ」でもあるということを、経験的に感じていると思う。
そもそも、発生を考えれば、骨、筋肉、関節は皆、中胚葉由来。要するに、共通のご先祖様を持つ親戚同士なんだ。骨にいいものは筋肉にもいい、筋肉にいいものは関節にもいい、というのは発生学的に筋の通った類推だと思いませんか?

シワとビタミンK2

2019.5.25

弾性線維性仮性黄色腫(PXE)という、舌を噛みそうな病気がある。
観自在菩薩弾性線維性仮性黄色腫行深般若波羅蜜多時
みたいに、念仏の間に紛れ込んでても案外違和感ないっていう^^;
常染色体劣性遺伝の、ン十万人に1人のまれな難病。
PXEの患者は、比較的若年で顔を含め体の皮膚にひどいシワができる。
早老症に分類されていないけど、実態としては早老症そのものだと思う。
皮膚の弾性線維にカルシウム沈着が起こり、そのせいで肌の張りが失われ、太いシワができる。
弾性線維の石灰化は正常な人の加齢性変化と同じものだが、ただ、その変化が若年者に急速に起こる点が、この病気の特徴だ。

健康な人をいくら調べても、健康の正体はつかめないが、病気の研究によって、逆に、正常とは何か、ということが浮き彫りになるものである。
PXEも同様で、この病気の本態を探る研究者の努力によって、加齢(特にシワ形成)のメカニズムの一端が明らかになった。
PXE患者の皮膚には非活性型MGPが大量にあることがわかったのである。
MGPはビタミンK2によって活性化され、カルシウムをあるべき場所(骨)に運搬、格納するのが仕事だ。
ところが、ビタミンK2が不足するとどうなるか。
MGPおよびカルシウムが組織にそのまま放置されることになる。
これが動脈で起これば動脈硬化が進行する。末梢に何とか血液を送り込もうと、体は血圧を上げるが、それで追いつかなければ、末梢に虚血が起こる。
虚血が目で起これば網膜障害から視野欠損を生じるし、脳で起これば脳梗塞、心臓で起これば狭心症、内臓で起これば臓器壊疽、下腿で起これば間欠性跛行を生じる。
実際これらは皆、PXEの合併症として知られている。
PXEは日本では300人ほどしか確認されていないため、まだ十分に研究が進んでいないが、若年で発症した患者が高齢になるにつれ、骨粗鬆症を併発すると僕は踏んでいる。
ビタミンK2の不足によりMGPがカルシウムを骨に運ぶことができない、という機序を考えれば当然予想されることだ。

もっと言うと、この病気の人は、薄毛になる可能性が高いはずだ。
そもそも、薄毛とは何か?
頭皮の慢性炎症によりカルシウム沈着が促進され、頭皮の血流不全、栄養不全が起こり、結果、毛髪の成長が阻害された状態のことだ。
炎症の原因は、糖代謝異常、内分泌異常、老化など複数あって、このあたりは遺伝に基づく個体差や生活習慣の違いによって様々だろう。
ただ、打つ手はある。
(1)慢性炎症を鎮火し、(2)カルシウムを適切にポンプアウトし、(3)頭皮の血流を回復して栄養を呼び込んでやることだ。
この文脈で言えば、(2)の手段として、ビタミンk2を摂取することである。また、カルシウムと拮抗するマグネシウムの摂取も助けになるだろう。
ただし、この推論には、決定的な弱点がある。
この写真を見せられたら、僕は反論の言葉が出ない。

ビタミンk2をはじめ脂溶性ビタミンの積極的摂取を勧めるプライス先生自身が、見事なズルハゲだっていう^^;

最近、あちこちでいろいろな先生がビタミンDの重要性について啓蒙していることもあって、ビタミンDのサプリを摂る人が多くなってきた。
5000IU程度ならビタミンDのサプリ単独摂取で問題ないだろうけど、それ以上の高用量を飲むのであれば、ビタミンK2を併用しないと危険だ。
なぜか?
ビタミンDは、細胞内でのMGP産生を増加させることで、作用を発揮する。
ビタミンDを大量に摂取すれば、それだけ大量のMGP産生が促進されるわけだが、それを活性型MGPに変換するビタミンK2がなくては、細胞内に大量の非活性型MGPが蓄積してしまう。
おまけに、ビタミンDのもう一つの作用として、腸管からのカルシウム吸収増加がある。増加させたはいいものの、運び屋MGPが不在では、行き場がない。
結果、カルシウムは骨にきちんと収納されるのではなく、軟組織(動脈内壁、皮膚など)に非活性型MGPもろとも沈着することになる。
つまり、よかれと思って大量摂取したビタミンDのせいで、かえって動脈硬化、シワなど、ありがたくない症状に見舞われてしまう。
生兵法は大怪我のもと、ということだね。

脂溶性ビタミンの高用量単独投与が危険だと言われるのには、確かに理由がある(特にビタミンAはすっかり悪評が根付いてしまった感がある)。
しかし機序さえ理解してしまえば、不必要に恐れることはない。
ビタミンK2、D3、Aをバランスよく摂取することで、メリットだけを最大限に享受することができる。

シワとビタミンK2

2019.5.24

「顔のシワは年齢のせいだからしょうがないよね。
でもさ、シワが原因で死ぬわけじゃあるまいし、もう自分のなかで受け入れてるんだ。生きてる証の年輪みたいなものだよ」みたいに思っていませんか。
違う。
この言葉は、いろんな意味で間違っている。
老いを受け入れる恬淡とした精神には好感を持つが、シワが持つ医学的意味をまったく無視している。
シワは、れっきとした病気の予兆、警告症状そのものであって、「生きてる証の年輪」みたいな叙情的な表現で片付けるべきものではない。
老いに抗おうとして方向性の間違った努力(高い美容液を塗ったくる、形成外科でシワ取りのオペを受けるなど)をしている人は見ていて痛々しいが、適切な対策は必要だ。

皮膚のシワと、その人の健康状態(具体的には骨粗鬆症、心臓病、糖尿病、腎機能低下など)との間には明確な相関があるとする研究が、最近次々と出ている(ちなみにこれらの病気はすべて、ビタミンK2の低下と関連している)。
たとえばこんな研究。
『閉経初期の女性において、皮膚のシワと張りは、骨のミネラル濃度の予測因子である』
https://mavendoctors.io/osteoporosis/bone-health/skin-wrinkles-and-bone-density-m-deXLYhWkGroWgpN83iuA/#_edn1
40代後半から50代初期の閉経後女性114人(女性ホルモン療法や美容外科での施術を受けていない人のみ)を対象とした研究。
被験者の骨密度を測り、また、頬と額の皮膚の硬さ(張り)を計測した。
結果、顔のシワが多い女性ほど、骨密度が低かった。また、骨密度とシワの相関は、調査したすべての骨(股関節、背骨、踵)で成立した。しかもこの相関は、年齢、体脂肪率など、骨密度に影響することが知られているどの因子とも独立に成立していた。
研究者は、この相関はコラーゲン産生の低下による影響ではないかと推測している。
コラーゲンは、骨、皮膚、いずれにとっても不可欠なタンパク質で、この減少が、皮膚のたるみや骨密度の減少につながる可能性がある。
シワやたるみなど皮膚の状態を調べることで骨の状態をだいたい予測できるとすれば、骨粗鬆症のリスク判定が可能になる。侵襲的な検査をすることなしに簡単に予測できることは、大きな利点と言えるだろう。

この研究は、至極当然のことを言っているようにも思う。
皮膚は、単に外側を覆っているだけの皮ではない。皮膚がもたらす情報は極めて多い。
たとえば、顔が美しいというのは、単に顔が美しいだけではない。
美しさは、その人の健康状態の発露である。
人より優れた健全さは、生物種としての優越性そのものであり、そういう優越性を備えた人は異性に魅力的に映る。要するに、モテるということだ。
こんなことは、誰しも経験的に知っていることだろう。

ただ、上記研究で研究者は皮膚と骨の相関を説明する要因として、コラーゲンを挙げているが、僕としてはそれだけでは不満だ。
ビタミンK2が関与していないはずがない。

『腎機能低下の予測因子としての顔のシワ』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18771469
30歳以上の264人の被験者を対象に、「カラスの足跡」(目の下の頬のあたり)のシワを一定の方法でスコア化した。さらに、各被験者の腎機能をeGFR(糸球体濾過率)で、酸化ストレスの程度をLPO(脂質ヒドロペルオキシド)で測定した。
結果、eGFR低値とLPO高値はシワの重症度と相関していた。この相関は年齢、性別、その他の確立されたリスク因子と独立していた。つまり、顔のシワを、腎機能低下の予測マーカーとして利用できる可能性がある。

『腎機能と非カルボキシル化MGP(基質glaタンパク)の関係性』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19204017
この研究は、腎機能低下によって非活性型のMGPが増加することを証明したものだ。非活性型MGPの増加はビタミンK2不足を意味している。
これらの研究を踏まえて言えることは、顔に刻まれたシワはビタミンK2不足の証拠ということだ。

谷崎潤一郎が「白人の女は若いときはすごくキレイだけど、30歳過ぎたあたりでシミやシワが目立ち始めて急速に老けるようだ。その点日本の女のほうが断然いい」みたいなことを書いてた。
同じことは当の白人も思っているみたいで、日本人女性がなぜ比較的高齢になっても白人ほど醜い皮膚にならないのか、そこにフォーカスした研究がある。
“Your Skin, Younger”(Logan A et al著)に、以下のような記述がある。
疫学研究では、日本人女性は同年代の白人女性と比べて、顔のシワや皮膚のたるみが少ないことが示されている。食事を始めとする生活習慣がかなり違うわけだから、単純な比較は困難だろう。しかし、日本人女性を他のアジア人女性、たとえば上海やバンコクに住む女性と、年齢調整して比較しても、東京在住の女性は加齢の外見的徴候が最も軽度であった。

なぜ日本人女性は他の国の同世代の女性と比べて、シワやシミが少ないのか。Kate Bleue氏によれば、その理由は、納豆にあるという。(ほんまかいな^^;)
東京在住者は納豆を愛好する。それは毎日の朝食に欠かせないstaple(定番)である。
実際、東京在住者の血中メナキノン(ビタミンK2)濃度の高いことが、その証明になっている。
欧米人の通念に反して、実は日本人全員が納豆を愛好するわけではない。特に西日本では納豆を忌避する傾向が強い(その通り。俺のばあちゃん(京都出身)も毛嫌いしてたなぁ)が、納豆の消費量の寡多と骨粗鬆症の発生率の相関は複数の疫学研究が示すところである。

女性諸君、キレイになるためには、納豆だってさ!

プライス博士は世界中の原住民を観察を通じて、伝統的な食事を摂っている人々では、その老い方が、非常に優雅であることに気付いた。

この写真は、ポリネシアで撮影されたもの。
この女性は90歳近い年齢にもかかわらず、見事な歯とすばらしい体格をしていた。「彼女こそ、自然の供するものを自然に食べていれば、このように優雅な老年を迎えることができるという実例だ」と、プライスは記した。
一般的な90歳の女性を思い浮かべてみてください。自前の歯はほとんどなくて総入れ歯、背は曲がって車椅子、顔はシワくちゃ、髪は薄くて、頭は半分ボケている。そういうイメージではないですか。
90歳まで長生きしても、そんな状況になるのなら、生きる意味って一体何だろう、って考えてしまう。
そして、「それは仕方ない。老いとは、そういうものだ」と思っていませんか。
違います。
誰だって、もっと優雅に老いることができる。この写真の女性のように。
そのヒントが脂溶性ビタミンにあることを、プライスは発見した。
この大発見を参考にしないなんて、もったいな過ぎると思いませんか。

認知症とビタミンK2

2019.5.23

最近、ビタミンK2の有効性に注目している。
様々な疾患に効果があるが、認知症も例外ではない。
疫学的には、アルツハイマー病患者は食事からのビタミンK2摂取量が健常者の半分以下しかない。
K2摂取量が少ないと、骨粗鬆症になりやすくなる。結果、股関節などの骨折を起こしやすくなり、寝たきりになる可能性が高くなる。寝たきりになれば、認知症の発症までは一直線だ。
逆に、認知症患者にビタミンK2を投与すると症状改善の一助となる。
これはどのような機序によるものだろうか。

(以下、認知症は特にアルツハイマー型認知症に限定することにします。)
認知症患者の脳では、病理的にどのような変化が生じているか。
これは病理学のテストで必ず出題されます。
アミロイド斑と神経原線維変化というのがその答えだ。
しかしこれらがどのように生じるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。
ただ、全く何もわかっていないかというとそんなことはなくて、少なくとも二つの要因が明らかになっている。
フリーラジカルによるダメージとインスリン抵抗性だ。
動物実験では、酸化ストレスによって脳に認知症特有の病変ができ、認知症の症状を作り出すことができる。
化学的には、酸化とは、不安定なフリーラジカルが組織や細胞から電子を奪って安定しようとすることをいう。
酸化に対抗するのは抗酸化物質だ。つまり、電子の供給によって、酸化した組織を還元することで作用を発揮する。たとえばビタミンCやビタミンEは典型的な抗酸化物質だ。
しかし意外なことに、ビタミンK2は抗酸化物質ではない。電子の供与能は、ないんだ。抗酸化力のないビタミンK2が、一体どのようにしてフリーラジカルの軽減に寄与しているのだろうか。
学者の結論はこうである。「ビタミンK2は、そもそもフリーラジカルの発生自体を抑制している。」
ビタミンCやEは、いわば消火器だ。火事の炎を鎮めるのがその作用だが、ビタミンK2は、そもそも火事自体を起こさせない。
戦争のドンパチの末に勝つのは勝ち方としては二流で、そもそも戦わずして勝つことこそ最上の勝利だ、と教えるのが孫子の兵法だが、ビタミンK2がやっていることはまさにそれだ。
また、ビタミンK2にはグルタチオン(抗酸化物質)の減少を防ぐ作用があって、これにより間接的に脳細胞を守っている。
(参考
『乏突起細胞とニューロンの生成に対する酸化的損傷を予防するビタミンKの新たな役割』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12843286
『ビタミンKは乏突起細胞中の12リポキシゲナーゼの活性化を抑制することで酸化による細胞死を防いでいる』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19235890)

脳細胞は、他の体の細胞と違って、グルコースの取り込みに際してインスリンを必要としない。つまり、糖質はインスリンの媒介なしにニューロンに入り込むことができる。このため、学者は長らくの間、インスリンと脳は何ら関係がない、と思い込んでいた。しかし今や、インスリンが学習や記憶などの脳機能に極めて重要な働きをしていることを否定する学者はいない。
認知症患者の脳は、糖尿病そのもののようで、グルコースを適切に使うことができなくなっている。実際、アルツハイマー病を3型糖尿病と呼ぶ人もいる。
ビタミンK2はインスリン産生を正常化し、インスリン抵抗性を改善するが、これによって同時に認知症の症状も軽快する。

僕の症例を供覧します(詳細は変えてあります)。
70代女性。記憶力低下を主訴に、家族に伴われて来院。
パートタイムの仕事をしているが、最近仕事上のミス(大事な書類を紛失する、客とのアポイントを忘れる、なじみの客の名前がとっさに出ない、など)が多発し、会社に実害も出るようになった。
MMSEで24点(30点満点中)。それほど悪い点ではなく、ボーダーといったところだけど、日常生活での症状はMMSEの低下の前に出ているものだ。
採血を行い、各種マーカーを調べた(特に注目したのは25ヒドロキシビタミンD3で、11 ng/mlと予想通り低かった。最低30は欲しいところ)。
ここで本来であれば、水溶性ビタミン(C、ナイアシン、B群など)、ミネラル(亜鉛、マルチミネラルなど)、アダプトゲン(アシュワガンダ、ギンコなど)をメインに使うところ、あえていつもと趣向を変えた。
つまり、水溶性ビタミンやミネラルは処方せず、脂溶性ビタミン(ビタミンK2、ビタミンD3、ビタミンA)と、タラの肝油を処方した。さらに、食事指導(甘いものを控える、グラスフェッドバターの推奨など)を行った。
2週間後、患者は表情から激変していた。丸まった背中がのび、ハツラツとした表情で、ときどき快活に笑った。
「調子はいいです。非常にいいです。ここ十数年で一番いいと思います。
先生に出してもらったビタミンを飲んで、その直後に体が軽くなるのを感じました。サプリって長く飲み続けてこそ、効果が出てくるものだと思うんですけど、私の場合は違います。飲んで、すぐに効果を感じました。体が軽くなって、走りたくなるような。仕事は順調です。物忘れは、もうほとんどしません」

こんなに効くものかと、僕自身驚いた。
いつも通りの処方、ビタミンCやナイアシンの処方でもきっと改善しただろうけど、はっきり、それ以上の効果だと思った。
脳はアブラのかたまり、だという。つまり、脳神経を構成する成分のうち、半分以上を脂質が占めている。
脂溶性ビタミンが著効するのも当然といえば当然かもしれない。

虫歯とビタミンK2

2019.5.22

虫歯の原因菌には、ざっと大別して二つの系統がある。
連鎖球菌(ストレプトコッカス)と好酸性乳酸桿菌(ラクトバチルス・アシドフィルス)だ。
後者はいわゆる乳酸菌のこと。
乳酸菌は善玉菌の一種として有名で、腸内で未消化物の消化吸収を助けたり、腸内環境を弱酸性に保ち免疫系を元気にしてくれることは皆さんもご存知だろう。
健康維持のために、プロバイオティクスとして、ヨーグルトや漬物を食べたり乳酸菌のサプリをとったりしている人もいるかもしれない。
その乳酸菌が、口腔内では虫歯の原因になるというのだから、なかなか物騒な話だ。

腸ではいい仕事をしてくれる乳酸菌が、なぜ口では迷惑な存在になるのか。
当の乳酸菌としては、口であれ腸であれ、やっていることは何ら変わらない。
口の中の未消化な糖質をもとにしてエネルギー産生を行い、酸を分泌する。これが歯のエナメルに慢性的に付着すると、いわゆる虫歯が発生することになる。
だから、糖質を食べたときにはきちんと歯を磨けばいい。口腔内を清潔に保つことで虫歯の可能性を減らすことができる。

というのが、現在の虫歯予防についての一般的な考え方だ。
しかし、現実にはどうですか?
糖質制限を徹底し、毎日歯ブラシとフロスによる清掃を欠かさず、定期的に歯医者で歯石の除去までしてもらっているのに、それでも虫歯にかかる人がいる。
日本人は、世界でもトップレベルに歯磨きを徹底している民族だ。1歳以上の人の9割以上が毎日歯を磨き、毎日2回以上磨く人も8割近い、という統計がある。
それなのに、日本人の虫歯の有病率はざっと8割。歯周病の割合もおおよそ8割だ。
現実が理論を否定している、と思いませんか。
つまり、これだけせっせと歯磨きをしているのに、虫歯も歯周病も減っていないということは、「酸腐食による虫歯発生説」は一体正しいのだろうか、あるいは少なくとも、この理屈だけで虫歯を説明するのは無理があるのではないか、という疑問が当然わいてくるだろう。

そもそも、歯磨きによって口腔内の細菌数をゼロにすることなんて不可能なんだ。
プライスはこう言っている。
「原住民族の多くはデンプン質の食べ物を食べて歯を汚し、しかも歯磨きで歯を清潔にする努力などまったく行っていないが、それでも彼らには虫歯が皆無である」
一体なぜ、彼らは虫歯にならないのか。
その核心こそ、ビタミンK2である。

プライスは、ひどい虫歯の患者の唾液中には、好酸性乳酸桿菌が高濃度に含まれていることを観察した。平均して、唾液1ミリリットルあたりに32万3千個だった。
そうした患者に対して、グラスフェッドバターから作ったプライス特製のオイル(つまりビタミンK2含有オイル)を用いて治療すると、細菌数は平均1万5千個に減少した。
実に、95%の減少ということになる。なかには、細菌数が実質ゼロになった患者もいた。

ビタミンK2の摂取により唾液の性質がどのように変わるのかを、別の切り口から検証した研究がある。
ひどい虫歯の患者から採取した唾液と、骨片を触れ合わせると、骨片に含まれるミネラルが唾液中に移行した。
しかし、これらの患者をビタミンK2で治療した後に同様の実験を行うと、今度は逆に、唾液中のミネラルが骨片に移行したという。
実は唾液腺は、人間の体にある臓器のなかでビタミンK2の濃度が二番目に高い部位である(一番高いのは膵臓)。
ビタミンK2が、歯牙へのミネラル移行にどのように関与しているのか。

まず、歯の解剖を見てみよう。歯は表層のエナメル質、その下の象牙質、さらに内部の歯髄からなる。
エナメル質はすでに母体にいる胎児期に大半が形成されるが、象牙質は一生形成され続ける。
象牙質は骨と同じようなものだ。骨には骨芽細胞があり、骨形成と骨吸収を繰り返すように、象牙質にも象牙質細胞があって、形成と吸収を繰り返している。
また、骨、象牙質、いずれにおいても、ビタミンK2依存性タンパク質(オステオカルシンとMGP(基質glaタンパク))が産生されている。
ビタミンK2の摂取によってオステオカルシンやMGPが活性化し、これがカルシウムなどのミネラルを歯に呼び込む働きをした。これがミネラル沈着の核心だ。

まとめると、ビタミンK2が虫歯を抑制するメカニズムとして、二つの機序を考えることができそうだ。
つまり、虫歯の原因菌の数自体を減少させる作用と、脱灰防止およびミネラル沈着作用である。

脂溶性ビタミン(A、D3、K2)の有効性を認識しそれを自分の患者に使い始めて以後、プライスはドリルや歯科金属をほとんど必要としなくなった。
具体的には、今のようにお手頃なサプリのない時代だったから、ビタミンAやD3の供給源としてはタラの肝油を、ビタミンK2の供給源としてはグラスフェッドバターを使っていた(日本人なら納豆もぜひ食べよう)。
これによって、患者の虫歯の進行が止まっただけではない。象牙質の成長とミネラル沈着が促進され、かつては虫歯の穴があいていたところに新たなミネラルの覆いが形成され始めた。
つまり、虫歯の治癒が可能であることを、彼は多くの患者で観察した。

歯と骨というのは相同の器官で、歯は、いわば、見える骨だ。
歯にいいことは、当然骨にもいい。
実際、虫歯治療を目的に来院した少年に対して食事指導を行ったところ、虫歯の治癒ばかりか、なかなか治癒しなかった骨折さえ治ったことを、プライスは報告している。
骨粗鬆症の治療にもビタミンK2は当然有効だ。

栄養療法をしていれば、こういうことはしばしばある。
つまり、ある病気の治癒を目的に栄養療法を行ったところ、その病気が治ったことはもちろん、プラスアルファで別の不快な症状も一緒に治ったりする。
対症療法にこんな「おまけ」はあり得ない。せいぜい、副作用という別のおまけがついてくるのが関の山だ。
虫歯に対して、削って金属でフタをして、という今の標準的な治療こそ、野蛮で非文明的に見える。
原住民の知恵のほうが、はるかに洗練されていることを、プライスは知っていたんだな。

参考
Vitamin K2 and the Calcium Paradox (Kate Bleue著)