2019.2.27
リウマトレックス(メトトレキサート)を処方するときにフォリアミン(葉酸)も一緒に出す、というのは普通の整形外科医もやっている。
単剤投与では葉酸の代謝が悪くなって、薬を飲み続けることができないからだ。いつもはビタミンを目の敵にしている製薬メーカーも、併用を勧めざるを得ない、といった格好だ。
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD000951.pub2/full?cookiesEnabled
しかしこれって、本来おかしな話なんだよね。
メトトレキサートはリウマチだけでなく、癌にも使われるんだけど、抗癌剤としては『葉酸代謝拮抗薬』に分類されている。
細胞分裂の際には葉酸が不可欠なところ、メトトレキサートは葉酸の活性を抑えることで、細胞増殖を抑制する。
だからメトトレキサートによって葉酸の代謝異常が起こるのは、副作用というか主作用であって、併用して葉酸を処方しているというのは、もはや、何をやっているのか意味不明だ。
ブレーキとアクセルを同時に踏むようなことをしたって、患者の体には負担がかかるだけ。もうかるのは製薬会社だけ、という仕組み。
メトトレキサート以外にも、ビタミンの消耗を促してしまう薬はないだろうか。
ほとんど無数にある、というのが僕の答えだ。
理想を言えば、薬は全部やめるのが一番いい。でもいろいろな事情から、簡単にやめるわけにはいかない人もいるだろう。
そういう人には、せめてビタミンの併用を勧めたい。薬の代謝プロセスで消耗したり阻害されたりするビタミンを補うことで、薬剤性の被害を最小限にとどめることができるはずだ。
たとえばコエンザイムQ10という抗酸化物質がある。
これは厳密にはビタミンではないが(体内で生合成できるので)、ビタミン類として扱われることが多い。
加齢につれて産生量が減少していくんだけど、ある種の薬の影響で消耗することも知られている。
代表的なのはコレステロール降下薬(スタチン)だ。
他に、βブロッカー(メトプロロール、プロプラノロール)、抗糖尿病薬(グリピジド、グリベンクラミドのような経口糖尿病治療薬)もCoQ10を低下させる。
コエンザイムQ10は、コレステロールを作るのと同じ酵素(HMG-CoA還元酵素)で作られる。
だから、スタチンの服用によってコレステロールが低下すると同時にコエンザイムQ10も減少するのは、ここでもやはり、副作用というよりも主作用であって、当然の話なのだ。
コエンザイムQ10は細胞のエネルギー代謝に必要なので、これが低下すると筋肉(横紋筋融解症)、脳神経(認知症)など、全身に様々な悪影響が出る。
あと、致命的な副作用ではないけど、頭髪が薄くなるよ。https://www.amjmed.com/article/S0002-9343(02)01135-X/fulltext
以前にもどこかに書いたけど、コレステロールを下げたいならナイアシンを勧めたい。
それでも何か事情があってスタチンを飲まざるを得ないという人は、コエンザイムQ10(100㎎~200㎎)を飲んで、消耗を補っておこう。
ビタミンB群を消耗させる薬は非常に多い。
たとえば胃酸抑制薬(オメプラゾール、ランソプラゾールなどのPPI)。
胃酸のおかげでタンパク質をアミノ酸に分解できるところ、胃酸の分泌を抑えるとどうなるか。
アミノ酸の供給が減るから、たとえば神経伝達物質の合成も低下し、気分、記憶、注意力などに影響が出る。
胃酸の分泌低下によって腸内のpHがアルカリに偏り、さらに未消化のタンパク質が増えることもあって、腸内細菌叢が悪化する。
ビタミン産生菌などの善玉菌が減り、悪玉菌(チアミナーゼなどのビタミン分解酵素を分泌するビタミン分解菌)が増殖し、血中ビタミンが減少する。
人体には微量の金属(ミネラル)が必要だが、食品中のミネラルは胃酸でイオン化することで吸収される。しかし胃酸抑制薬を飲むと、ミネラルの吸収が減少する。
たとえば亜鉛の吸収が落ちれば抗酸化力の低下から様々な慢性疾患にかかりやすくなり、鉄の吸収が落ちれば貧血になり、マグネシウムの吸収が落ちれば不安症や気分障害を発症しやすくなり、カルシウムの吸収が落ちれば骨粗鬆症になりやすくなる。
食品中のビタミンB12はタンパク質と結びついているが、胃酸分泌の低下によってタンパク質の消化力が落ち、同時にビタミンB12の吸収も低下する。ビタミンB12の低下によって大球性貧血を生じる。
つまり、まともな赤血球が作れなくなってしまう。酸素の運搬能力が低下して、易疲労性、記憶力低下、認知症、うつ病などの原因になる。
単に胃酸を抑えるだけで、ビタミンの減少のみならず、これだけの悪影響がある。
胃酸の抑制によって胃部不快感が軽減する、というのは、一時的・局所的には成立しているかもしれない。
でも長期的・全体的に見れば、結局収支はマイナスになっている。
要素還元主義的な医学で、本当の健康を取り戻すことなんてできるはずがない。
2019.2.24
「いいか、次のお前の行き先は大和じゃ。よかったの。あの船は沈まん。あの船が沈むときは日本が沈むときじゃけの」
上官からこう伝えられたとき、17歳の少年の胸は誇りで震えた。うれしさのあまり、涙がこみ上げた。
昭和20年1月少年は初めて大和に乗り込んだ。持ち場は艦橋の一番上。海面から34メートルもの高さである。そこで長さ15メートルの測距儀を使って、敵機との距離や角度を計算するのが彼の任務だった。
少年の赴任から3ヶ月後、大和は沖縄への海上特攻に出撃した。
4月7日、鹿児島坊ノ岬沖上空は一面の曇り空だった。午前11過ぎ、「目標補足!敵の大編隊接近す!」という見張り員の叫び声が艦上に響いた。少年はすぐに測距儀を覗き、息を飲んだ。
レンズ一面を埋め尽くすほどの大編隊が迫ってくるのが見えた。主砲の射程4万メートルに敵機が入るのを、興奮して待ち受けた。しかし敵機は雲の上に消えた。
実はこうなると大和はお手上げなのだった。測距儀で見えなければ、大砲は打てない。米軍は大和の弱点を緻密に計算し、曇天のこの日を選んで、雲の上からの奇襲を仕掛けたのだった。
爆撃機や戦闘機が、ほぼ真上から襲って来た。近すぎて主砲も副砲も使えない。かろうじて機銃で応戦したが、多勢に無勢だった。
後部艦橋に爆弾が2発命中し、副砲が破壊された。低空で襲って来た雷撃機の放った魚雷が、左舷前部に命中した。
艦橋から甲板を見ると、地獄絵図だった。首や手足が吹き飛んで、もはや人間の形をとどめない肉片が散乱していた。衛生兵が負傷者や死体の対処に当たっていたが、そこに第二波、第三波が次々に襲って来た。
魚雷が命中するたびに、艦は地震のように揺れた。左舷に9発、右舷に1発の魚雷が当たったとき、ついに大和は左に傾き始めた。
砲術学校では、15度傾いたら限界、と習っていた。しかし今や、艦は25度、30度と傾きを次第に増している。
それでも、戦闘中である。戦闘中は、持ち場を離れることはできない。
そのとき、「総員、最上甲板へ」という命令が出た。軍には「逃げる」という言葉はない。しかしこれは事実上、「逃げろ」という意味だった。
すでに大和の傾きは50度。信じられない現場を目にしている、と少年は思った。不沈艦大和が、いよいよ沈むのか。
90度近く傾いたとき、少年はついに海に飛び込んだ。
沈みゆく巨大戦艦が、自身を中心に海面に巨大な渦を作り出していた。爆撃を生き残った者たちも、この渦に飲み込まれて命を落とした。少年の全身は水圧で締め付けられて酸欠状態になり、やがて意識も薄れた。
そのとき、巨大な爆音とともにオレンジ色の閃光が走った。大和のエンジンが大爆発を起こしたのだった。
その瞬間、少年の記憶が途絶えた。
気付いたとき、少年の体は海に浮かんでいた。幸いにも爆発の衝撃で水面に押し出されたのだった。
爆発で飛んで来た大和の鉄のかけらが、少年の右足に刺さっていた。本来水泳に自信のある彼だったが、右足が麻痺し、溺れそうだった。
「助けてくれー!」
少年ののどから、本能的な叫び声が出た。
背後に人の気配があり、振り向くと、大和の高射長がいた。こんな危急の場面ではあるが、高射長にみっともない叫び声を聞かれたことを、少年は恥ずかしく思った。
「軍人らしく、黙って死ね」そういうふうに言われるかと思い、身構える少年に向かって、高射長は優しい声で言った。「落ち着け。いいか、落ち着くんだ」
そして自分がつかまっていた丸太を少年に差し出して、こう言った。
「もう大丈夫。お前は若いんだから、頑張って生きろ」
そう励ましてから、高射長は波に揺られて離れて行った。
やがて駆逐艦『雪風』が救助に来た。生存者が怒号をあげて救命ロープを奪い合っているなかで、高射長は大和が沈んでいる方向へ一人泳いで行った。
少年は声の限りに「高射長!高射長!」と叫んだが、彼が振り返ることは決してなかった。
大和の乗組員は3332人。うち、生還者は276人で、少年はその一人となった。
「もう70年前のことですが、今でもあのときの光景は忘れません。
高射長は大和を空から守る最高責任者でした。『大和を守れなかった』その思いから、死を以て責任を取られたのだと思います。
高射長が私にくださったのは、浮きの丸太ではありません。彼の命そのものです」
「天皇?国家?関係ありません。
自分が生まれ育った愛する福山を、そして日本を守ろうと、憧れの戦艦大和に乗りました。その喜びと感動は、言葉では尽くせません。
そして不沈戦艦と言われた大和の沈没、原爆投下、敗戦。
私はそのすべてを、17歳のときに一気に経験したのです。17歳といえば、今の高校2年生ですね」
極限状態を実地に生き抜いた人の言葉の重みと迫力。
人間として、モノが違う。レベルの違いを見せつけられるようだ。
「それに比べて、今の高校2年生の軟弱さといえば、まったくもう」とは思わない。
人を作るのは、やはり環境だろう。
17歳というまだまだ子供とも大人ともつかぬ人間をここまでタフに鍛えたのは、戦争という時代背景があったからこそだろう。それが果たしていいことなのかどうか、僕にはわからない。
ただ、僕は断言するけど、こういう人は、人生でちょっとぐらい辛いことがあったとしても、絶対に自殺なんかしない。命がいかに重いか、平和がいかに尊いか、我が身で以て知っている人だから。
一方、この国では毎年2、3万人の自殺者がいる。やっぱり戦後生まれの僕らは、ひよっこなんだよなぁ。
最後に、一番響いた言葉。
「人として生きたなら、その証を残さなければなりません。それは大きくなくてもいい。小さくても、精一杯生きた証を残して欲しい。
戦友たちは若くして戦艦大和と運命をともにしましたが、いまなお未来へ生きる我々に大きな示唆を与え続けています。
復員後、長く私の中に渦巻いていた『生き残ってしまった』という罪悪感。
それはいま、使命感へと変わりました。私の一生は私だけの人生ではなく、生きたくても生きられなかった戦友たちの人生でもあるのです。
君たちが漫然と生きている『今日』という日は、死んだ戦友たちが生きたくて仕方なかった『未来』なんです」
参考:八杉康夫『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』
2019.2.22
湖のほとりに、翼に傷を負って飛べない鶴がいた。哀れに思った若い男、その鶴に手当てをし、助けてやった。
後日、男が一人で貧しく暮らす家に、美しい女が来た。一緒に暮らすようになり、やがて二人は夫婦になった。
炊事、洗濯など家事をよくする女で、男はありがたく思ったが、女にはひとつ、奇妙な習慣があった。
離れの小屋にこもり、決して中をのぞいてはならない、と言う。その後、小屋から出てくるときには、きらびやかな布を手にしているのだった。布は大変な高値で売れた。そういうことが何度かあった。
「一体、離れの小屋の中で、何をしているのだろう」
好奇心を抑えきれなくなった男は、あるとき、小屋の中をのぞいた。
なかには鶴がいて、自らの羽を犠牲にして機織りをしているのだった。
ああ、女はあのときに俺が助けた鶴であったか。人に姿を変え、恩返しに来てくれたのか。
姿を見られたことに気付いた女は、もはや男と一緒にいることはできないと、男のいる村を飛び去って行った。
『鶴の恩返し』である。
この話自体が、美しい比喩だと思われる。
惚れた男と一緒になったものの、貧困で生活が立ち行かない。 少しでも生活が楽になればと、離れの小屋で春をひさいだ。それはやがて男の知るところとなった。女の裏切りに、男は怒りで震えた。しかし同時に、その裏切りは自分への愛ゆえだということも、男にはわかった。情けない。こんなことをさせてしまうなんて、俺はなんて情けない男だ。一方、女は、羞恥と申し訳なさで、顔をあげることもできない。私の恥を知られては、もはやこれまで。こうして夫婦の仲は折り合わなくなり、女は男のもとを去った。
「いきなり何?何の話?」
「いや、だからね、子供の頃に聞いたおとぎ話とか童謡の類って、裏の意味があるんだよ、っていう。
『マッチ売りの少女』も、マッチの灯っている間だけスカートの中をのぞかせますよ、っていう、本来下世話な話だし。
絵本の『鶴の恩返し』は5歳の子供に安心して読ませられるけど、こういう裏の意味を知るのは、せめてもう10年人生経験を積んでからのほうがいいだろう。
しかし婦人科に勤めていれば、こんな話は山のようにあるよ。
多分STDだから抗生剤出してくれ、って患者が言う。思い当たる行為はありますかって聞くんだけど、
『そんなの、ありすぎてわからない。フーゾクで働いてるから。旦那も子供ももちろん知らない。飲食店で勤めてることになってる。
仮に旦那が知ったところで、何も言えないんじゃないかな。食費、光熱費、家のローン、子供の学費。それに、ときには外食したり旅行に行ったり、ちょっとした贅沢もしたい。でもあの人の収入だけじゃ、そんなの絶対無理。まったく家計が回らない』
日本が一億総中流社会だったのは、もはや昔の話だよ。生活保護をもらっている貧困家庭が増えていることは、君も臨床現場でひしひしと感じているだろう。
一握りの富裕層と、それ以外の貧困層への二極化は、今後ますます進んでいくはずだ。
となれば、どうなる?
夫に隠れて(あるいは夫の公認のもとで)、我が身を張って家計を助ける『鶴の恩返し』的女性も、今後増えていくと思わないか。
しかし、俺は思うんだけど、事実を知ったときの子供はきっとショックだろうなぁ。
なるほどお札に名前は書いてないよ。どんな経緯で入手しようが、金は金だ。
でもさ、母ちゃんが訳の分からん男に抱かれて貯めた金のおかげで塾に行けてるのかって思うと、子供は何ともやるせないと思うだろうなぁ」
現代日本では、女の正体に気付いたとて、『俺は全然いいからさ、もう一反、布を頼むよ』と開き直る男もたくさんいるだろう。
女を働かせて情けない、という美学を保つだけの余裕がないんだ。皆、生活苦で追い込まれている。日本もいよいよそういう時代に突入したということだな。
現実は、おとぎ話みたいにきれいにいかない。
2019.2.21
口内炎はうっとうしい。耐え難いほどきつい、というほどでもないけど、食べるときや話すときに痛んで、何とも言えず不愉快だ。
なぜこんなやっかいなデキモノができるのか?
実は口内炎の発症メカニズムは、ほとんど解明されていない。
意外ではないですか?
病気とも呼べないような、健康な人にもたまにできるくらい非常にcommonな症状なのに、どんなふうにできるか、わかっていないなんて。
ただ、まったく何一つわかっていない、というわけでもない。
原因を見つけようとして複数の疫学研究が行われた。感染症ではないか、キスなどの性行為でうつるのではないか。いろいろな可能性が検討されたけど、結局どれも立証できなかった。
単一のこれという原因ではなく、免疫や栄養など複数の因子が重なって発症するのではないか。今のところこのあたりの結論に落ち着いている。
口内炎というのは口腔内の粘膜破壊であり、これは免疫の観点からみれば、T細胞が関与している。インターロイキンやTNFα(腫瘍壊死因子α)が分泌され、肥満細胞やマクロファージもずいぶん暴れている。
生じて間もない口内炎を生検すると、組織には激しい炎症があり、T細胞の浸潤が見られる。また、口内炎のある人では、血中にHSP(ヒートショックタンパク質)と反応するリンパ球があり、CD4/CD8比が減少している。SLEのような自己免疫疾患や炎症性腸疾患の患者では口内炎ができやすいことがわかっているが、口内炎を起こす特異的な抗体は見つかっていない。
口内炎の発生にT細胞が関与していることは間違いない。しかし何がT細胞の興奮を引き起こすのか、わかっていない。
疫学的には、比較的若年者で発症率が高く、高齢になるにつれなりにくくなる。
治療法は特にない。放っておけば勝手に治る。
なぜ生じるのかよくわからないのと同様、なぜ治るのかもよくわからない。
ビタミン欠乏など栄養状態のアンバランスが関与しているのではないか、と長らく言われていたが、これを否定する研究もある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3880249/
口内炎の既往のある人を2群に分け、一方にマルチビタミンのサプリを、もう一方にプラセボを投与し一年間追跡する二重盲検RCTを行なったところ、有意差が出なかった。
つまり、サプリをとってようがいまいが、口内炎ができるときはできるし、できないときはできないという、何とも色気のない結論が出てしまった。
わからないことばっかり。
もうちょっと、確かなことが言えないものか。
普通の医者が聞けば眉をしかめるような話ではあるが、実は一つ、統計的に確かに言えることがある。
なんと、喫煙者では口内炎の発生率が低いのだ。
タバコをあらゆる病気の『諸悪の根源』としたい医者には、何とも不都合な事実に違いない。
禁煙すると口内炎ができる、というのは喫煙者の間では比較的よく知られた話ではあったが、禁煙と同時に始める禁煙補助薬の副作用ではないかと言われてきた。
しかしこの推測は研究で否定された。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15370162
喫煙者で口内炎の発生率が低いという観察は昔からあった。
そこから、タバコには口腔内に限らず、消化管粘膜全般の潰瘍を抑制する作用があるのではないか、とも予想されていた。
口腔は消化管の入り口であり、そこに口内炎ができるということは、他の消化管粘膜にも同様の炎症が起きているのではないか、というのは当然の類推であり、逆に、喫煙により口内炎ができにくいということは、その他の消化管の炎症をも抑制するのではないか、というのも自然な予想である。
この予想は、疫学研究(喫煙者では潰瘍性大腸炎の発生率が低い)の結果が出たことで、実証される形になった。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2014383/
60年近く前の古い論文を紹介しよう。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1578433/?page=1
口内炎は口腔粘膜や舌にできる病変で自然治癒するが、しばしば再発し、ときには難治性である。患者は苦痛を感じ、医師も治療に難渋する。
再発性口内炎の原因ははっきりしない。ウィルス感染、食物アレルギー、ホルモン(月経に伴い悪化する)、弱い有機酸による外傷など、いくつかの可能性が言われているが、どれが単一の原因かという証明は未だなされていない。抗生剤(局所あるいは全身投与)、ステロイド、天然痘ワクチンなど、様々な治療法が試されてきたが、広い有効性を証明する報告は皆無である。
こうした状況下、困惑するような観察ではあるが、口内炎の原因および治療に一筋の光明となるかもしれない報告がある。以下の4つの症例報告につき、患者らは喫煙によって口内炎の劇的な改善を見たのである。
タバコによる口内炎の治癒は、2症例においては全く偶然に見出され、その他2症例においてはこの観察に基づいて意図的に喫煙を勧めることで見出されたものである。
症例1
58歳男性。18年間吸ってきたタバコをやめたその1週間以内に多発性の口内炎を生じた。痛みを伴う大きな病変が複数(10箇所や12箇所も)生じ、食べたり話したりするのにさえ支障を来した。2週間ほどで病勢は衰え、3、4日ほど比較的楽になるのだが、その後また病勢がぶり返す。そういうサイクルの繰り返しだった。病勢がぶり返すまではせいぜい月に1個、小さい単発性の病変があるだけだった。
数ヶ月後、ひどい病変が再発したとき、患者は喫煙を再開した。すると、24時間以内に痛みが軽快し、3日以内に口内炎が消失した。その後、タバコを吸っている限り、小さい単発性の病変が1個できるだけだった。
また何度か禁煙をしたが、そのたびに数日以内にひどい口内炎ができ、タバコを再開するとまた治る。その繰り返しだった。彼は言う。「タバコの銘柄は関係ないようです。ヘビースモーカーなので、最低何本吸えば症状が治まるかはわかりません」
患者にアレルギーの既往はない。問診によって口内炎の増悪因子を見出すことはできなかった。
症例2
53歳男性。複数個の大きな癒合性の潰瘍が舌および口腔内前方に生じた。これらの病変は1954年に禁煙して、その2週間後に生じたのである。痛みのために食事や会話に困難をきたすほどだった。
1956年8月、患者がタバコを再開したところ、2、3日以内に潰瘍は消失した。その後、時々小さな単発性の潰瘍を生じることはあったが、2、3日で消えた。以来、彼は禁煙することはなかった。
彼はフィルター付きのタバコを吸っていた。「銘柄は絶対関係ないです。デキモノを抑えるために最低何本吸えばいいか?それはわかりません」
彼にアレルギーの症状はなく、また、ひどい口内炎に悩んでいた2年間、増悪因子は特になかった。
(以下略)
長いのでこの辺にしておこう。
ただひとつ言い添えておくと、症例3、症例4の口内炎患者は、タバコを1日4、5本吸うことで病変の発生を抑えることができた。一箱とか、大量に吸う必要はない。潰瘍性大腸炎もこれぐらいの本数で抑えられると思う。
以前のブログに書いたけど、植物としてのタバコ(ナス科タバコ属)には、現代医学がいうような毒性(発癌性、依存性など)はない。ネイティブアメリカンのなかには、タバコ葉の煮汁を飲む部族がいたぐらいだ。
タバコが有害なのは、タバコそれ自身よりもそれに加えられる添加物だ。タバコ葉自体には、むしろ人間に好ましい薬理作用さえある。上記の論文が示唆するように、添加物満載の現代のタバコさえ、口内炎を抑えるメリットがある。
「だから口内炎の人はタバコを吸いましょう」と言っているわけではないよ。さすがに今の添加物過多のタバコは、トータルで見ればデメリットのほうが多いと思う。
ただ、個人的には近年の行き過ぎたタバコ狩りにはすごく違和感がある。
自分の判断で、人に迷惑かけないように好きで吸ってるだけなんだから、自由に吸わせてあげたらいいじゃないの。
2019.2.20
以下、Mark Hymanの著書”The Ultra Mind Solution”の一節(p80)からの引用です。訳はかなりテキトーです^^;
ジョーは自分では特に病気ではないと思っていた42歳の男性だが、4種類の精神科的投薬を受けていた。
うつっぽい気分だということでレクサプロ、集中力が続かないということでコンサータ、不安に対してザナックス(アルプラゾラム)、寝るためにアンビエン(ゾルピデム)を飲んでいた。
初診から数年のうちに、一つまた一つと種類が増えていったのだ。また彼は、喘息の薬と抗生剤の処方も受けていた。彼の身体症状としては、乾癬、胃酸逆流、過敏性腸症候群、慢性後鼻漏があった。
性欲は低下していて、いつも肛門周りがかゆかった。ある種の食べ物を食べると、舌が腫れて痛くなった。甘いものへの衝動が強く、食べてしばらくすると力が抜け、ひどい低血糖症状に襲われるのだった。
彼は標準体重よりもおよそ25ポンド(11キロ)太りすぎで、彼の中性脂肪は500を超えていた(正常値は100以下)。脂肪肝があり、糖尿病の前駆症状、メタボリック症候群も見られた。
ジョーの食事は理想的とは言い難いものだった。朝食にはコーヒーを飲みつつ、ベーグルとプロテイン・バーを食べた。昼は、チーズをたっぷりはさんだターキー・ラップ(鶏肉のサンドイッチみたいなの)、ダイエットコーク、チップス。夜は多少マシだったが、パン、パスタ、じゃがいもをたくさん食べ、食後には思いのままにスィーツをむさぼった。睡眠時間は5,6時間だった。
1日にワインをグラスに二杯、コーヒー三杯、それに数えきれないほどのダイエットコークを飲んだ。
彼の腸には炎症があり、数年の抗生剤使用の影響で寄生虫やカンジダ菌の過剰増殖を来していた。これが原因で、小麦やライ麦(グルテンを含む主要な穀物)に対する過敏症を起こしていた。
欠けている栄養素としては、ビタミンB12、葉酸、ビタミンD、クロム、オメガ3脂肪酸である。これらはみな、気分に影響するし、代謝を健全に維持するのに欠かせないものだ。
私がしたことは、彼の病気や問題のひとつひとつに対症療法をするのではなく、彼の生活のアンバランスを立て直すサポートである。
まず、取り組んだのは、食事の改善である。精製した炭水化物や砂糖の摂取を止め、食物繊維やオメガ3脂肪酸を食べるよう勧めた。さらに、彼の腸に炎症を起こす原因になるグルテンや乳製品をやめさせた。
コーヒーも極力控え、ワインはやめた。運動を始め、もう少し長く寝るようにした。
マルチビタミン(クロムを多く含むもの)、フィッシュオイル、プロバイオティックス(健康な腸内細菌叢のために)を彼に投与した。
遺伝的に多く必要だと考え、葉酸とビタミンB12を高用量で追加した。さらに、気分と免疫系の改善のため、ビタミンDを高用量で与えた。寄生虫とカンジダの増殖に対しては、短期間の投薬で治療した。
3か月後、彼は25ポンドやせていた。中性脂肪は597から80に低下し、コレステロールは275から198に低下した。葉酸とビタミンB12は正常値になった。
空腹時血糖は101から84に低下し、血中インスリン濃度は正常値に戻った。脂肪肝は治癒していた。そして彼の気分は?
胃酸逆流を抑える薬はもういらなくなっていたし、喘息の薬の吸入も不要になった。身体症状は自然と軽快していた。
私が指示したわけではないのだが、彼は4種類の精神科的投薬すべてをやめていた(むしろ私は、一気にやめないようにと言っていた)。
「もう寝れますし、特に不安や抑うつを感じることもありません。仕事にも集中して取り組めるので、もう薬は要らないと思ったので、やめました」
喘息や胃酸逆流は、治らない病気ではない。これらには原因がある。
たとえばグルテンや乳製品などに対する過敏性が原因のこともあれば、腸内細菌叢のアンバランス、あるいは粗悪な食生活が原因のこともある。
うつ(および不安、不眠、集中困難などの精神症状)の発症には栄養が関係している。
食物アレルギーや腸内細菌のみならず、食事に含まれる砂糖、栄養欠乏(葉酸、ビタミンB12、ビタミンD、オメガ3脂肪酸など)が問題であって、レクサプロの欠乏が問題の根幹では決してない。
よからぬものを取り除き、バランスを取り戻すものを与える。これだけのことなのだ。
これだけのことで、患者は目を見張るような回復をする。ジョーの治療経験を通じて私は再度そのことを確認した。
マーク・ハイマンという人は、特にオーソモレキュラーという看板を掲げている人ではないけど、やっていることは要するに栄養療法だ。
著作以外にフェイスブックなどでも積極的に情報発信している人で、僕も勉強になるので彼をフォローしている。
「うつ、不安、記憶力低下、ブレイン・フォグ(頭のなかが霧がかった感じ)、ADHD、自閉症など、脳の機能障害は多くの名前で呼ばれているが、それらは症状の表出の多様性にすぎず、結局根本の問題は同じ」
これが彼の主張で、僕も確かにそうだと思う。
でも、一般の医療はそういうふうに考えない。症状に応じて細かく病名を付け、それぞれに対し各製薬メーカーが薬を作っている。
しかしそうした薬はあくまで症状を抑えるだけのもので、根本の原因に目を向けたものではないから、当然治らない。そればかりか、結局病態を複雑化させることにしかならない。
心の病気を治すことは、そんなに大変なものなのだろうか。
ハイマン氏はこう考える。
「よからぬものを取り除き、バランスを取り戻すものを与える。これだけのことなのだ」
そう、たったこれだけのことで、不調は改善する。
人間の体は、もっとシンプルなものなんだよ。