院長ブログ

タンパク質レバレッジ仮説

2019.3.2

主要なエネルギー源を炭水化物、脂質、どちらにすべきか、という議論が昔からあって、一時期は脂肪が悪者にされて、炭水化物の比率を高めましょう、ってなったんだけど、アメリカ人の肥満率が猛烈に上昇するに及んで、いや、やっぱり炭水化物の摂り過ぎはよくなさそうだ、ってなって、FDAの学者たちもずいぶん揺れているようだ。
炭水化物か脂質か、の議論のなかで、案外忘れられていたのがタンパク質の存在である。
食事に占める割合のなかでも、タンパク質は炭水化物や脂質よりも比較的少ないため、「食事のメインを張るのは、炭水化物か脂質だろう」という思い込みがあったのかもしれない。
近年になって、実はタンパク質の摂取量こそが、総エネルギー消費量を決めているのではないか、というデータがたくさん出てきた。そもそも『食欲』というのは、『タンパク質欲』であって、人間は満足できるタンパク摂取量に至るまで食べ続けるのではないか、と。

人間は無際限にバカバカ食べ続けるわけではない。栄養摂取量を規定する何らかの因子があるはずだ。そしてその因子こそ、脂肪でも炭水化物でも総エネルギー摂取量でもなく、タンパク質ではないか。
これが『The Protein-Leverage Hypothesis』である。
この言葉に対応する定訳はないようなので、どう訳そうか。
そのまま逐語的に訳すなら、『タンパク質テコ仮説』ということになる。
いや、leverageには影響力という意味もあって、実際この文脈での使い方も、タンパク質の食欲に対する影響力という含みがあるから、『タンパク質影響力仮説』がベターだろうか。
しかし、何かお堅いというか、ゴロが悪い感じもするな。
leverageという言葉は、株をする人にはわりとなじみの言葉だろうから、いっそカタカナでレバレッジ、とそのまま使って、『タンパク質レバレッジ仮説』で行こうか。
そういうわけで、以下では『タンパク質レバレッジ仮説』で通しますが、一般的な言葉ではないのでご注意を。

この仮説に基づいて考えてみよう。
タンパク質がほとんど含まれていない食事をとれば、どうなるか?
体としては、欲しいタンパク質の量が決まっているから、それを何とか満たそうとして、他の食事量を増やす。結果、総エネルギー摂取量が増え、肥満や過食につながるわけだ。
『タンパク質レバレッジ仮説』という言葉が最初に出てきた論文を紹介しよう。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15836464
『肥満~タンパク質レバレッジ仮説』
要約
肥満の流行は現代世界の直面する最も大きな公衆衛生上の問題の一つである。
食事面での原因として、脂質と炭水化物の割合をどうすべきかということに焦点が置かれてきたが、タンパク質の役割についてはほぼ無視されていた。
この理由としては、
1.タンパク質は食事によるエネルギー量のわずか15%しか占めていないこと
2.肥満の増加している時期にもタンパク質摂取量は一定であったこと、が挙げられる。
この二つの条件は、一見矛盾する以下のことを示している。つまりタンパク質こそが、肥満の増加を後押しし、かつ同時に、肥満の増加を抑制する、てこのような役割を果たしているということである。
我々はこの仮説を数学的なモデルを用いて定式化した。この正しさを支持する疫学的データ、実験的データ、動物実験データも提出されている。

要するにこの論文は、食事に占めるタンパク質の割合がたったの15%であることが、食欲をてこ入れしてしまい、肥満の増加を後押しする結果になっているのではないか、と言っている。
タンパク質の摂取割合を少し変えるだけで、摂食行動に大きな変化が出る。これをてこになぞらえたわけだ。
この指摘は、多くの臨床家の観察とも一致すると思う。
つまり、たとえば過食症患者がドカ食いするのは、決まって砂糖菓子やパンなどの炭水化物で、焼肉やたまごをドカ食いしてしまう、という人はまずあり得ない。
たとえば小麦にもグリアジン、グルテニンなどのタンパク質が含まれているけど、肉や魚などの動物性タンパク質とは質が違うし、何よりタンパク含有量が全然違う。
過食症患者はスィーツをむさぼり食べることで、どうにかしてタンパク質の必要量を満たそうとしているのではないか、という可能性が考えられるわけだ。

最近出た論文に、タンパク質レバレッジ仮説の正しさを支持する研究があったので、紹介しよう。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29032787
『アメリカにおける超加工食品(UPF)、タンパク質レバレッジ(PLH)、エネルギー摂取量』
要約
絶対的な量のタンパク質が摂取できていれば、人間の主要栄養素量のばらつきは最小化する。つまり、食事中のタンパク質量(タンパク質レバレッジ)に伴ってエネルギー摂取量が結果的に変化することが、実験で示されている。
『タンパク質レバレッジ仮説』によると、食事中のタンパク質量の低下によってタンパク質レバレッジはエネルギーの過剰摂取および肥満を増大させる方向に作用する。
超加工食品の消費量が世界的に増加しているが、このことが食事中のタンパク質量の減少、ひいてはエネルギーの過剰摂取、肥満の流行を加速させている大きな原因ではないか、という説が言われている。
本研究では、超加工食品、食事中のタンパク質割合、タンパク質およびエネルギーの絶対摂取量の関係を検証した。
超加工食品とタンパク質摂取量の間には強い逆相関が見られた。つまり、超加工食品の摂取量に従って五分位数に分けたとき、最小群のタンパク質摂取割合は18.2%、最大群では13.3%だった。
超加工食品の摂取量の増加は、タンパク質摂取量と逆相関していることは先行する研究で示されていたが、総エネルギー摂取量の上昇とも関連しており、ここでもタンパク質レバレッジ仮説と一致する結果となった。
超加工食品の摂取によってタンパク質摂取量が減少することが、エネルギーの過剰摂取につながっている可能性がある。超加工食品の摂取を減らすことが、タンパク質摂取量を増やし、エネルギー摂取の過剰を減らす有効な方法かもしれない。

人生の意味

2019.3.1

「中学も高校も公立で、そのままストレートに医学部に行って、医者になった。塾には行っていたけど、学校は全部国公立だ。グレて道を踏みはずすこともなく、親に大きな金銭的負担をかけることもなかった。親孝行だろう?
医者になってすぐに結婚して、二人の子供に恵まれた。クリニックの経営も順調だ。
はたから見れば、順風満帆な人生だと映ることだろう。
でも俺は、人生ってこういうものなのか、もっと違う人生があり得たんじゃないか、という可能性をよく考える。人生の岐路で別の道を選択していれば、どうなっていたんだろうか、と。
自分で言うのもなんだけど、俺の危機回避能力って高いと思うんだよ。自分を危険にさらすような妙な冒険はしない。いつも無難な方向、着実な方向に進む。起こり得るリスクを想定して、事前に手を打っておく。たとえば資産管理について言うと、不動産や外貨にも分散させて、経済危機が起こっても困らないようにしている、とかね。
そういう石橋叩いて渡る生き方しかできないのかもしれないな、俺は。
困った事態に陥ることはないと思う。でも本当に俺の人生はこれでいいのか、という疑問は常に消えない。
もう立ち直れないんじゃないかというぐらいのきつい挫折、死を真剣に考えるほどの絶望、心が砕け散るようなショック。
幸いにも、俺はそんなつらい目にあったことがないんだ。
でも、人を鍛えてタフにし、人生の何たるかを真に教えてくれるのは、そういう挫折じゃないだろうか。
ショックのあまり、膝から崩れ落ちて地面に這いつくばる。挫折の苦味に、身悶えしてうずくまる。でもそんなときに、アスファルトの隙間に咲く小さな花が目の前にあることに気付く。その美しさに勇気を得て、再び立ち上がり、人生を歩み始める。
挫折の味を知る人は、そういう花の美しさを知る人でもあると思う。
挫折の経験が多い人ほど、踏まれても枯れない雑草のようなタフさがあると思う。
でも俺は、つまづいたことがない。
うらやましいだって?とんでもない。アップダウンのない、平坦な人生ほどつまらないものはない。起承転結のないドラマを、サビの盛り上がりのない音楽を、誰がおもしろいと思うものか。
君は自分の人生を挫折まみれだと卑下して言う。でもそれは、俺から見ればうらやましい人生なんだよ。
俺にとって、人生は『作業』のようだ。
順調すぎて、引っかかりも取っかかりもない。傷ひとつないきれいな履歴書。
俺は果たして、自分の人生を生きたと言えるのか?
人生の横を、小走りに通り過ぎたようじゃないか?
道を踏みはずさなかった、のではなく、道からはずれる勇気がなかったんじゃないか?
しかし、そもそも、道を踏みはずすってどういうことだろう?
自問のタネは尽きない。

今ではもうないんだけど、昔、福原にあるビルの地下に、小汚いゲームセンターがあった。不良とか素性不明のオッサンとかがたむろしてる貧民窟みたいなところだった。
何年か前、そこで1回50円のゲームを延々やり続けたことがある。毎日、バカみたいにそこに通ってね。年収ン千万円の医者が、そんなところで時間をすり潰しているなんて、誰も思わない。
そのときは、ほとんど衝動的にそういうことをしていたんだけど、今思えば、あれは生き直しをしていたんだよ。普通の自分なら絶対にやらないような時間と金の浪費。そういう非生産的な行為に打ち込んで、別の人生を垣間みようとしていた。
人生の枠からはずれられない自分に対する、ささやかな復讐。
寄り道のない人生を送った人には、寄り道をしたことがないという欠点があって、俺はそのあたりを自分でつついていたわけだ。きれいな肌に、爪でちょっと傷をつけてみるような気まぐれだね」

医学部には偏差値の選別を受けた人が集まっているわけだから、やっぱり頭のいい人が多い。
しかし現役の合格者ばかりではもちろんなくて、同級生の年齢や経歴は様々だった。何年も浪人してようやく合格した苦労人もいれば、社会人として別の仕事をしていた人が一念発起して勉強して合格、みたいな人もいた。
現役で合格した人のなかには、子供の頃から頭がよくて、ついつい勉強できてしまって、人生の壁にぶち当たるでも何に悩むでもなく、スマートに医学部に来た人もいる。そういう人は、ひょっとしたら、上記の話のように、自分でも知らないうちに時限爆弾を抱えていて、いつかそれが爆発して、人生の意味に囚われるときが来るかもしれないよ。

『人生の意味にとって4つの必要なもの、価値のギャップ、そして社会がいかにしてその空白を埋めることができるか』という文献があった。
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-007-6527-6_1
一行で乱暴に要約すると、
「自分の人生に意味を感じるのに必要なのは4つあって、それは目的、価値の正当化、自己効力感、自尊心である」

このどこかが揺らいだときが、人生の意味に悩み始めるときだ。
個人的には、人生がおもしろいのは、勝ちも負けもないところだと思う。
勝った人生、負けた人生、というのはない。そんな基準は存在しないんだから。
ただ、満足な人生、不満足な人生、というのは確かにある。
多くの人は『満足』と『不満足』の間を行ったり来たりして、その途中でなんやかんやと喜怒哀楽を感じながら生きていくもので、最後の最後、御臨終のときに、収支で『満足』がプラスなら、人生としては全然上出来なんじゃないかな。

運動の効用

2019.2.28

人間を含め動物の行動原則は、基本的に『エサ取りと休憩』、この二つ。
これは『動と静』と言ってもいいし、『交感神経と副交感神経』の働きでもある。
交感神経の特徴はfight or flight (闘争か逃走か)で、副交感神経の特徴はrest and digest(休息と消化)だ。
しかし現代社会は、デスクワークや対人関係のストレスに由来する交感神経の興奮を引き起こす一方、運動不足やカロリー過剰の食生活による副交感神経の過緊張を生み出す。不自然と不自然を掛け合わせたような格好だ。
ストレスでドカ食いする人がいるでしょう?あれは、ストレス由来の交感神経の過緊張を、ドカ食いで副交感神経を働かせてバランスさせようという行動で、生理的には理にかなっている。でも負数に負数をかけてプラスに持って行こうとするような行動で、あまり健全な感じはしないよね。

実家で猫を飼ってるんだけど、あの子を見ていれば交感神経の何たるかがよくわかる。外を散歩してノラ猫に出くわすと、双方、じっと対峙する。全身の毛を奮い立たせ肩を怒らせて、うなり声をあげながら、威嚇合戦をする。猫パンチの殴り合いに発展することもあれば、一方が撤退することもある。
そう、これこそまさに、闘争か逃走か、の状態で、交感神経のあるべき緊張状態だと言える。戦いが終われば緊張も終わり。家に帰って来て、さっきまでのケンカも忘れて昼寝してたりする。

しかし、現代人のストレスはどうだろう。
上司からネチネチと小言を言われ、営業のノルマのことが始終頭を離れない。上司相手に『闘争』を挑むこともできなければ、家族を食わせないといけないので『逃走』することもできない。
甘いものを食べたり、酒をあおったりして緊張をまぎらせて、戦い続けるしかない。
猫の交感神経緊張が一時的だったのに比べて、現代人の交感神経緊張は延々続く。
こんな具合に、現代人の抱える交感神経過緊張は、動物の中でも相当異質なものだ。

交感神経の過緊張を軽減するために、何か方法がないものだろうか。
一番いいのは、ストレッサーの除去だ。
充実感を持って楽しく働けないような仕事なら、やめてしまえばいい。我が身、我が命を削ってまで奉仕する価値のある仕事なんて、世の中にそんなにないはずだ。
「でも家のローンもあるし、給料的にはけっこういいので、やめるのはちょっと、、」みたいな人はどうすればいいか。
まず、食生活の改善。
こういう人はadrenal fatigue(副腎疲労)を起こしている可能性が高いので、甘いものや酒は控えめにして、タンパク質をしっかりとる。腸内細菌も乱れているだろうから、食物繊維も多くとる。
ビタミンCを始めとする各種ビタミンも適宜補いたい。
副腎のビタミンC貯蔵量は相当減っているはずだし、ビタミンCは神経に直接的に作用して、抗酸化作用を発揮することがわかっている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22116696
『中枢神経系におけるビタミンCの輸送とその役割』というレビュー。
内容をざっと言うと、
ビタミンCの血中濃度はマイクロモルの単位だが、ほとんどの組織中ではミリモルの単位で存在している。つまり、組織中のビタミンC濃度は血中濃度よりもざっと千倍濃いわけだ。この高濃度を支えているのは、SVCT2というビタミンCに特異的なトランスポーターだ。こういう運び屋がいるのみならず、細胞内のビタミンCは、酸化してもまた還元されてリサイクルされている。
様々な哺乳類の組織のなかでも、中枢神経系のニューロン(神経細胞)はビタミンC濃度が最も高い組織の一つだ。細胞内のビタミンCの働きとしては、抗酸化作用、ペプチドのアミド化、髄鞘形成、シナプスの長期増強、グルタミン酸の毒性からの防御などがある。
中枢神経系におけるSVCT2の重要性は、SVCT2を除去したマウスでは広範囲の脳出血を起こして出生後1日目で死亡することからも明らかだ。このタンパク質によって保たれているニューロン内のビタミンC濃度は、人間の疾患にも関わっている。ビタミンCを補うことによって、脳卒中の虚血性再還流障害モデルで梗塞巣の径が縮小することが示されている。
ビタミンCは、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病のような神経変性疾患と関連した酸化ダメージからニューロンを保護する可能性も示唆されている。

ストレス軽減のために、他にぜひともお勧めしたいのが、適度な運動だ。
交感神経が緊張しているときに運動しては、緊張状態にますます拍車をかけてしまうのでは?と思うかもしれない。
でもこれは、皆さんの経験を振り返ってもわかることでしょう。
仕事や学校の勉強で疲れているときに、テニスコートでラリーなんかしていい汗をかけば、疲労はむしろ軽減する。
運動の効用を説く以下のような論文を紹介しよう。https://link.springer.com/article/10.1007/s00421-006-0169-x
『肥満男性における血中アディポネクチン、レジスチン濃度とインスリン感受性に対する運動の影響』
本研究の目的は、健康な肥満男性を対象にして、最大負荷手前の有酸素運動がインスリン感受性のみならず、アディポネクチンおよびレジスチンにどのような影響があるかを、運動後48時間に至るまで調べることである。
9人の被験者が、最大酸素消費量のおよそ65%相当の負荷の運動を45分間行った。
アディポネクチン、レジスチン、コルチゾル、インスリン、グルコース、インスリン感受性を、運動前、運動直後、運動の24時間後、48時間後にそれぞれ計測した。
各データをANOVA(分散分析)で分析し、評価した変数の間での関係性を特定するためにピアソンの補正を行った。
アディポネクチン (μg ml−1) [pre, 3.61(0.73); post, 3.15(0.43); 24 h, 3.15(0.81); 48 h, 3.37(0.76)] 、レジスチン(ng ml−1) [pre, 0.19(0.03); post, 0.13(0.03); 24 h, 0.23(0.04); 48 h, 0.23(0.03)] は、経時的に見ても有意な違いを生じなかった。運動直後に、インスリン感受性は有意に増加し、血中インスリン濃度は有意に減少した。従って、運動によってアディポネクチンやレジスチンは変化せず、これらはインスリン感受性にも影響していない。

上記研究は、特に運動習慣のない肥満男性を対象にしたものだけど、習慣的に筋トレをする人では、筋肉がバッファーの役割をして血糖値変動がゆるやかになっているという話がある。一般には、交感神経緊張状態ではインスリン感受性が鈍って血糖が高くなりがちなんだけど、筋トレはそういう状態を改善してくれる。
仕事の後に憂さ晴らしに飲み屋に行くぐらいなら、ジムに行って筋肉をつけておくといい。そのほうがストレス発散になるし、同時にストレスへの耐性も上がって、健康維持の助けになるはずだ。

ビタミンの消耗3

2019.2.27

アセトアミノフェンは解熱鎮痛薬として病院で処方されるのはもちろん、ドラッグストアで誰でも気軽に買える。
「誰でも買えるということは、大した副作用がないからだろう」と思われるかもしれない。
ところが、全然そんなことはない。
アセトアミノフェンの過量服用で、普通に死ぬからね。
たとえばこんな文献。https://www.jstage.jst.go.jp/article/kanzo1960/30/6/30_6_690/_article/-char/ja/
40歳女性が、セデスを60錠(アセトアミノフェンで4.8g)をアルコールと一緒に飲み、急性肝不全で死亡したという症例報告。剖検で肝細胞の壊死が確認されている。
救急当直をしていれば、オーバードースによる自殺企図患者は全然珍しくない。特に若い女性に多い。
アセトアミノフェン中毒には、どのように対処すればいいのか?
まず、アセトアミノフェンの毒性は、グルタチオンを急激に消耗させる点にある。
グルタチオンは毒物、炎症、フリーラジカルなどから体を守る抗酸化物質で、欠乏すると身体的、精神的に様々な症状が出現する。
だから、救急で運ばれてきたアセトアミノフェン中毒患者には、グルタチオンを直接投与すればよさそうに思える。グルタチオンの静脈注射とかね。
しかしグルタチオンを直接投与しても肝細胞に取り込まれないため、実際に行われているのは、グルタチオンの前駆体のNAC(Nアセチルシステイン)の投与だ。

添加物や農薬、妙な薬など、毒物が身近にあふれている時代にあって、解毒物質としてグルタチオンの重要性はますます高まっている。
しかしグルタチオンの産生能力には遺伝性があって、それはGSTM1(グルタチオン・S-転移酵素 Mu1)という遺伝子によって規定されている。
この遺伝子の多様性によって、毒物に対する感受性に違いが生じる。
酒が飲めるか飲めないかを規定しているのがALDH2(アルデヒド脱水素酵素)であるように、アセトアミノフェンのような毒物に対する代謝能にも遺伝の影響があるわけだ。

健康を保つには、まず、毒物の摂取を避けることが基本。だから、解熱鎮痛薬とか安易に使わないことだ大切だ。
さらに、グルタチオンを増やして防御力を上げることも有効だろう。
どうすれば増やせるのか?
アブラナ科の植物(ブロッコリー、キャベツなど)やニンニクを食べたり、NACのサプリを摂るといい。
NACサプリの有効性を説く論文があったので紹介しよう。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17602868
『Nアセチルシステイン~システイン・グルタチオン欠乏のための安全な解毒剤』というタイトル。
要約
グルタチオン欠乏は多くの疾患と関係している。Nアセチルシステイン(NAC。システインの前駆体)の投与によって、細胞内のグルタチオンを補充することができる。
NACはアセトアミノフェン中毒の解毒薬として有名だが、これはシステイン・グルタチオン欠乏に対する安全かつ耐用性良好な物質として使うことができる。
HIV感染やCOPDのような感染症、遺伝子疾患、代謝障害など、グルタチオン欠乏に由来する広範囲の疾患の治療に際して、NACが奏功している。
NACを経口で投与した46のプラセボ対照試験のうち3分の2以上の試験で、患者のQOL、健康度の改善など、NACの有効性が示された。

ビタミンの消耗2

2019.2.27

ビタミンB群を消耗させる薬は本当に多くて、たとえばアスピリン、エストロゲン製剤(ピルやステロイドも含め)、利尿薬、抗てんかん薬(テグレトール、デパケンなど)、抗炎症薬(イブプロフェンなど)、抗パーキンソン病薬(カルビドパ、レボドパなど)など、無数にある。
ピルは月経痛や月経不順などの症状に使われるのはもちろんだけど、避妊のために使っている人も多い。
つまり、健康な人が飲むことが多い薬なわけで、こういう人は、まさか自分が薬剤性のビタミン欠乏に陥っているなんて思いもしない。
ピルが血中ビタミン濃度にどのように影響するかについて、以下のような論文があったので紹介しよう。

『経口避妊薬の使用~葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12に与える影響』https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21967158
要約
女性が経口避妊薬(OCs)を使用する一方で、無計画な妊娠も多いものであるから、OCsが葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12に与える潜在的影響について理解しておくことは重要である。
OCsが葉酸代謝に悪影響を与えることは先行する多くの研究が示しているところであるが、これらの研究の大半はOCsのエストロゲン含有量がはるかに高い時代に行われたものである。
さらに、潜在的な交絡因子についてコントロール群が設定されていないなど、これらの研究から得られた知見の解釈には問題があった。
最近のデータによると、現在使用されているOCsが葉酸代謝に悪影響を与えるという結論は、支持されていない。
しかしビタミンB6について、現在の低用量OCsがビタミンB6に悪影響を与えていることは、エビデンスを以って示されている。
OCs使用者では血中ピリドキサール5リン酸の濃度が低いことが認められているが、これは体内でビタミンB6の貯蔵量が減少していることを反映している可能性がある。
こういう女性がOCsの服用をやめ妊娠したときには、妊娠中にビタミンB6欠乏を呈する危険性がある。
ビタミンB12の状態については、OCsの使用による有意差がでなかった。しかし確定的結論を下すには、今後のさらなる研究が待たれる。

文献にあるように、「長らくピルを飲んできたけど、この人の子供なら、と思ってピルを飲むのをやめて、そして妊娠した」みたいなパターンはかなりやばい。
本人がビタミンB6の消耗を自覚していないからだ。
ピルの害についてさらにいうと、ピル服用者では血栓症のリスクが増加するというデータがある。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11301170
とあるテレビ局の30代の女性アナウンサーが脳梗塞を発症したというニュースを以前見たことがある。
食生活の乱れた中高年のオヤジが脳梗塞を発症する、というのならわかる。でも若い健康的な女性が脳梗塞になるなんて、普通は考えられない。
答えはひとつ。普通じゃないことをしていたんだよ。つまり、ピルを飲んでいたんだろうね。
薬が原因で病気になったのなら、当然打つべき手は、原因薬剤の中止だ。しかしいろいろな事情でピルをやめられない人もいるかもしれない。
そういう人はせめて、ビタミンB6あるいはB群のサプリを摂ろう。

抗てんかん薬を飲んでいる人では、血中に葉酸、ビタミンB12が少なく、ホモシステインが多い、と言われているが、てんかん薬の種類、成人か小児か、によって影響は異なるようだ。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29341053
抗てんかん薬がまずいのは、ビタミンだけでなく、カルニチンの代謝にも影響を与える点だ。
『抗てんかん薬とカルニチン』という論文。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10904975
要約を訳す。
カルニチンはすべての哺乳類の組織にある非タンパク性窒素化合物である。その主な働きは、β酸化のためにミトコンドリアの膜を経由して長鎖脂肪酸を運び入れることである。
カルニチンの血中濃度は、食事からの吸収、肝臓における生合成、腎臓での再吸収によって調整されている。
カルニチンの濃度に変化があるということは、これらの機序のどこかに異常があるか、遺伝的に代謝に問題があるか、である。
抗てんかん薬の服用患者では血中カルニチン濃度が減少していることが報告されている。
バルプロ酸の単剤による治療なのか、あるいは他の抗てんかん薬と組み合わせての治療なのかということが大きく影響するが、その他の抗てんかん薬のなかでも特にカルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタールは、服用患者の約21%でカルニチン欠乏を引き起こしていることが研究で示された。

ミトコンドリアというのは細胞内のエネルギー産生工場で、そこに脂肪酸を運び入れるときに必要なのがカルニチンだ。
だからカルニチンが欠乏すると、元気がなくなる。
最近の相撲界はモンゴル出身力士の勢いがすごくて、日本人力士はさっぱり振るわない。モンゴル人力士の強さの秘訣は羊肉ではないか、という指摘がある。
モンゴル人は牛肉、豚肉、鶏肉よりも、羊肉をはるかによく食べる。
カルニチンを豊富に含む羊肉がミトコンドリアのエネルギー産生能率を高めている可能性は、確かにあると思う。
それに、狭いケージの中に閉じ込められて遺伝子組み換え飼料を食わされ、ホルモン剤やら抗生剤やらわけのわからない注射をいっぱい打たれている牛、豚、鶏よりも、まだしも羊のほうが健康リスクは少ないだろう。
以前に書いたけど、てんかんに対しては薬よりもまず、ビタミンB6を試すべきだ。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4204538/
できれば薬はやめたいところだけど、いろんな事情でやめられない人は、カルニチンのサプリを摂ったり、羊肉を食べたりして、少しでも薬害の軽減に努めよう。