院長ブログ

ショウガ

2020.2.3

『安心』3月号が全国の書店で販売中です。

小医の寄稿した文章も掲載されております。興味のある方はご一読くださいm(._.)m

安心の編集者さんが僕に一冊献本して頂いたおかげで、購入の労が省けた格好だけど、僕としては初めての全国誌デビューである。うれしいので、自腹でもう二冊購入しました^^
ぱらぱらと本を開いて、他の記事も読んでみる。様々な健康法、健康食材が挙げられている。
エビデンスがどうのこうの、という話になれば、強い根拠があるわけではないだろう。しかし、少なくとも、どれも害のないものである。全国のおじいちゃんおばあちゃんが安心して試せるものである。
西洋薬を見よ。有効とするエビデンスはある。しかし実際に飲めば、健康になるどころか、むしろ副作用で様々な病気になるだろう。
「何よりもまず、害をなすなかれ」が医聖ヒポクラテスの教えるところである。何らかの不調を感じたら、西洋薬に頼る前に、まず『安心』を読みましょう^^

ショウガについて特集されていて、おもしろいと思った。
だいたい、ショウガ科の植物が体にいいことは古くから知られている。生姜は、ショウキョウとして漢方薬に用いられるのはもちろん、調味料として当たり前に用いられているし、今や二日酔い対策の定番となったウコンもショウガ科の植物だ。
薬味として僕の大好きなミョウガもショウガ科だし、「スパイスの女王」として有名なカルダモンもショウガ科である。

ショウガ、ウコン、ミョウガ、カルダモン。
どれも風味が強くて、大量摂取には向いていない。単体で食べるというよりは、他のメイン食材の引き立て役、という感じだ。
どれもショウガ科であり、どれも健康効果があるのだから、ショウガ科植物は、実に偉大だ。この素晴らしい植物を、生活に使わない手はない。

具体的にどういうふうに体にいいのだろうか。
それは今月号の『安心』のメインテーマだから、ここでは詳しく話しません^^
ここでは、『安心」で全然触れられていなかった効果、つわりに対する有効性について、論文を紹介しよう。
『妊娠悪阻に対するショウガの効果』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/002822439190202V
「30人の女性を対象として、妊娠悪阻に対するショウガ(Zingiber officinale)粉末とプラセボを用いた無作為化クロスオーバー二重盲検を行った。
クロスオーバーというのは、実薬群とプラセボ群を、観察期間中に入れ替える操作をかます研究で、単なる二重盲検より、エビデンスレベルが高くなるよ。
観察期間の前半4日間、参加者は1日250㎎のショウガ粉末を含んだカプセルを飲むか、あるいは乳糖の粉入りのカプセルを飲んだ。で、2日間のウォッシュアウト期間(ショウガもプラセボも飲まない期間)をおいて、後半4日間は、飲むカプセルをこっそり入れ替えた。観察期間中つわりの症状の重症度(および軽快度)を二通りのスコア(主観的評価、客観的評価)で評価し、そのスコアを統計的に解析した。
結果、主観的な評価として、19人(70.4%)がショウガ粉末投与中に症状の軽快を感じた(P = 0.003)。客観的な評価でも、ショウガ投与後にはつわりの症状がプラセボ群に比べて有意に軽快していた。
副作用は観察されなかった。
結論:ショウガ粉末の投与は妊娠悪阻の症状の消失および軽快に対して、プラセボよりも有効である」

非常にきれいな、クリアカットな結果だね。
妊娠中、つわりに悩む人は多い。こういう人は病院に行って、メトクロプラミドとかプロクロルペラジンなどの処方を受ける。これ、どういう薬だと思いますか?
どちらもドーパミン受容体拮抗薬です。
と言っても、一般の人はピンと来ないでしょう。だからもっとはっきり言うと、ずばり、統合失調症の薬です。
つわりで気分の悪くなった妊婦さんに、統合失調症の薬を投与している。これが現在、産婦人科病棟で行われている治療です。

不気味ですよね。「妊娠中にこんな薬飲んで、大丈夫?」って思いますよね。
でも一般には安全とされている(だからこそ、妊婦にも遠慮なく処方されている)。
『妊娠時におけるメトクロプラミドと先天性奇形および胎児死亡のリスク』
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/1752754
結論:大丈夫、有意差は出なかったよ。
という論文だけど、、、
こんな不気味な薬飲むより、自分でショウガをすりおろして水に溶いて飲んでいるほうがリスクがないし、効果も多分、ショウガの方があるんじゃないかな。
少なくとも、僕に嫁がいるとして、妊娠したとして、つわりに苦しんでいるとしたら、妙な薬よりショウガを勧めたいな。

ポーカー

2020.2.2

大学時代に仲のよかった同級生連中と、ときどき飲み会をする。
みんな仕事やら家庭やらがあって忙しいから、定期的に開催しているわけではない。
誰かがふと、「飲み会をしよう」とライングループでつぶやいて、突発的に決まるのがお決まりの流れだ。平均すると、年に1、2回くらいの頻度でやっている。

そういうわけで、きのう仕事を終えてからすぐに東京に向かい、友人宅で皆と酒を飲みながら近況を話し合った。

学会などで東京に行くとなれば、山手線沿線の、ビルや商業施設が林立して人が猛烈に混み合うようなところに行くことが多いけど、今回お邪魔した友人宅は、井の頭公園駅の近くにあった。
驚いたのは、井の頭公園の自然の多さである。小さな川が流れていて、木々が茂っている。「こんなに静かな、落ち着いた町が、東京にもあったのか」と思った。
大阪で言えば、山手線は環状線、京急沿線は阪急沿線に似ているようだ。都会の喧騒とは距離を置きながらも、しかしその気になれば30分で新宿まで行ける。梅田へのアクセスがいい阪急沿線の駅と同じような感じがした。

そう、関西出身の僕は、東京のことを何も知らない。
飲みながら、こんな話が出た。
「開成中学の社会科の入試問題に、こういうのが出るんだってさ。ネットの記事なんだけどね、問題、読むよ。
『御徒町で地下鉄に乗り、都庁に行くことにしました。そこで大江戸線に乗ることにしました。上野御徒町駅で大江戸線に乗るときについて、次の文のうち正しいものを1つ選び、記号で答えなさい。
ア 都庁前駅に行くためには1番線に乗らなければならない。
イ 都庁前駅に行くためには2番線に乗らなければならない。
ウ 都庁前駅に行くためには1番線・2番線のどちらに乗ってもよい』
さて、どれだと思う?
これさ、正解はウなんだけど、東京出身者ならだいたい解ける。でも、東京出身者ではない人には、多分解けない。つまり、東京出身者には有利で、そうでない人には不利な問題なんだ。なんでこんな問題が出るのか?
それはね、開成中学の先生の、ちょっとした”思い”なんだ。
開成中学を受験するのは、開成に行きたい子供だけじゃない。合格しても全然開成に行く気もないのに受験する子供がたくさんいる。なぜか?塾の実績作りのためだよ。たとえば灘中学を合格したような子は、まず開成にも受かる。塾としては『開成に何人合格』と宣伝できるのは大きなメリットだから、優秀な子供に受験を勧めて、実績作りに貢献させる。
開成の先生だって、そういう子供がいることは百も承知だよ。ただ、あまりいい気持ちはしていない。だから、東京出身者が少しだけ有利になるような、さっきみたいな問題を出す。露骨なひいき、というような大げさなものではないよ。せいぜい2、3点の話であって、合否を左右する問題じゃない。この問題を落としたって、受かる子供は受かる。ただ、『東京出身の人、頑張ってね』という、ちょっとしたメッセージなんだ」
なるほど、しかし灘中学の先生も同じような気持ちを持っているんじゃないかな。
開成中学が本命の子供が、塾の実績作りのために、行く気もない灘中学を受験している。早稲田アカデミー(東京で有名な進学塾)はバス3台も出して、大挙、灘に乗り込む。塾業界のえげつなさは、西も東も変わらんよね。

友人の一人が最近ポーカーにハマっているという。
昼ご飯を一緒に食べながら、あまり熱心にポーカーの魅力を語るものだから、それなら僕もひとつ、と思って、渋谷にあるポーカーバーに行った。
ポーカーといえば、多くの人がまずイメージするのは、クローズド・ポーカーだろう。5枚の手札を配られて、役を作るためにカード交換をして、その後全員がカードをオープンにして勝敗を競う、というスタイル。
今回、ポーカーバーで経験してきたのは、テキサスホールデムというスタイル。
詳しい説明は省略するけど、結論を言うと、もう、むちゃくちゃにおもしろかった。
何がおもしろいといって、完全に”心理戦”なんだ。クローズド・ポーカーしかしたことのなかった僕は、この歳になって初めて、『ポーカーフェイス』という言葉の意味を真に理解した。そう、テキサスホールデムのポーカーでは、ハッタリが超重要だ。
役がワンペアさえなくても(いわゆる”ブタ”)、澄ました顔で高額のチップを張ったりする。その澄ました顔の裏にある感情を読み合うのが、カイジの世界にいるようで^^、本当におもしろかった。
ハッタリだけではなく、頭のよさも当然必要で、特に期待値の計算ができないようでは、安定した勝率をあげることはできない。
数学の参考書を開くと、確率の問題は、サイコロを投げたりトランプをめくったり、バクチみたいなことばかりしているものだけど^^;、これは確率論の発展がそもそもバクチの研究に由来することを考えれば、当然のことだ。

おもしろいと感じたのは、勝ったせいもあるかもしれない。
そう、ビギナーズラックのおかげか、5時間ほどプレーして、僕はボロ勝ちしてしまった。ただ、一円の得もしていない。換金できればいいんだけど、それをやると完全に賭博で、お縄を頂戴することになるからね^^;
勝ちたいと思いながらも、「どうせ勝ったところで、ただのチップやし」と妙に冷静なところがあって、それぐらいの心理状態の方が勝ち運に恵まれるのかもしれない。
ポーカーのおもしろさを知って、すぐにポーカーのアプリをダウンロードした。将棋、バックギャモンに続き、ポーカーも僕の趣味のひとつに加わった格好だ。
仕事そっちのけにならないよう、気を付けなくては^^;

嫉妬

2020.1.31

マスコミが俳優の不倫で騒いでいるけど、まぁ、すごくどうでもいいニュースだね^^;
どのコメンテーターだったか、「東出昌大や唐田えりかを批判できるのは、妻の杏さんだけ」と言ってたけど、その通りだと思う。家族内のもめごとであって、世間が騒ぐことじゃない。
マスコミ(および世間)が東出氏を批判しまくった結果、東出氏はドラマやCMの仕事から完全に干されてしまった。今後の俳優人生がどうなるかさえ、危ぶまれている。
もし離婚するとなった場合、どうなるか?
不倫による離婚だから東出氏は多額の慰謝料を払うことになるだろうし、さらに、幼い子供が三人もいるということだから、養育費も相当な額になるだろう。そういう状態で、仕事が空っぽならどうなるか。慰謝料も養育費も払えない。そうなったら、困るのはむしろ杏さんだ。
マスコミが妙な正義感を振り回して、内輪のもめごとを好き放題にかき乱し、結果、誰も得していない。有名人って本当に気の毒だ’Д’
しかし、マスコミがこういう不倫騒動を大きく報道するのも、数字がとれるからなんだよね。誰も関心を示さないなら、さすがのマスコミも報じない。つまり、下劣なニュースの繁栄は、僕らの下劣な心の反映、ということかもしれない^^;

『”不倫罪”の女性を石打ちで殺害 アフガニスタン』
https://www.bbc.com/japanese/34718223
信じられない話だけど、女性の社会的地位がずいぶん向上したこの21世紀にも、不倫が文字通り、”命がけ”の国もある。つまり文化圏によっては、今回の一件で唐田さんは命を落としていた可能性さえある。恐ろしい話だね ゚Д゚
しかし、女性には理不尽に聞こえるかもしれないけど、不倫した男性側(東出氏)が殺されることは、どの文化圏においても、まずあり得ない(ただ、現在の東出氏を見ればわかるように、マスコミの力が荒れ狂って、社会的に”死に体”にまで追い込まれることはあり得る)。

一体、この男女差は何なのか?こういう論文がある。
『男性の性的嫉妬』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0162309582900279
Male sexual jealousy
「性的な嫉妬は、父性としての自信を守ろうとする機能であり、従って、男性心理の普遍的に見られる側面であると思われる。これには複数のエビデンスによる裏付けがある。
不倫に関する法律の各文化間の比較研究(および時代ごとの比較研究)のレビューによると、不倫に関する考え方が驚くほど共通している。つまり、それは「既婚女性が他の男と性的接触を持つことは罪であり、被害者はその夫である」という考えである。
デトロイトで起こった不倫が原因の殺人事件(1982年)のように、男性の性的な嫉妬こそが根本にあると我々は考えている。殺人事件の発生原因を各文化間で比較したレビューによると、男性の性的嫉妬を動機とする犯行はどこの文化にも普遍的に見出されるものである。”普通”の嫉妬を対象にした社会心理学的研究、”病的”な嫉妬を対象にした精神医学的研究、いずれの研究も、男性が抱く嫉妬と女性が抱く嫉妬は質的にまったく異なるものであり、研究者らの理論的予測と一致しなかったことを報告している。
男性が暴力を行使したり、あるいは暴力で威嚇したりして、女性の性的行動を強制的に拘束していることは、どの文化圏にも普遍的に見られる現象のようである。女性の性的自由が近親相姦の禁止則によってのみ制限されている社会もある、と唱える研究者もいるが、この主張は記述人種学(ethnography)と明らかに食い違っている」

なんだかんだで、男が文化(社会、法律、学問、芸術など)を作っているから、その産物であるたとえば法律には、男の欲望が反映されている。
それは、根本的には体の解剖学的違い(男性が産ませる性であり、女性が産む性である)に起因するものだから、仕方がないのかもしれないし、是正のために何らかのアファーマティブアクションが必要な場合もあるかもしれない。
しかし、嫉妬という人間に普遍的に見られる感情が、男女で全然質的に違うという指摘はおもしろい。

男の嫉妬、と聞けば、映画『アマデウス』が思い浮かぶ。
モーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)の映画ということになっているけど、完全にサリエリ(モーツァルトと同時代に活躍した宮廷音楽家)の映画だと思った。
精神病院で晩年を過ごすサリエリのもとを、神父が訪れる。物語はサリエリの回顧を中心に展開する。
このサリエリ役の俳優(マーリー・エイブラハム)の演技がすごかった。サリエリのモーツァルトに対する”複雑な思い”が見事に表現されていたと思う。
女の尻を始終追いかけまわし、大便がどうのこうのと下品な言葉で大笑いし、賭けビリヤードに狂う遊び人。
しかしひとたびペンを持って五線譜に音符を書きつければ(それはものの5分とかからない)、譜面にあるのは途方もない美をたたえた天上の旋律で、そのことごとくが音楽史に残る傑作なのだった。
サリエリが数年の歳月、身悶えしながら書いた音楽よりも、モーツァルトがビリヤードのキューを持ちながら鼻歌交じりに書いた音楽のほうがはるかに美しいのだった。
天賦の才というものが歴然と存在するという、この残酷さ!
サリエリに与えられた才能は、ただ、モーツアルトのすごさがわかるという、その才能だけだった。

「グラッチ」と神に祈りと感謝を捧げつつ、苦心して作った曲を、サリエリが皇帝に献上した。彼にとって、最も誇らしい瞬間である。
その曲を、モーツァルトが皇帝の面前で遠慮なくけなす。「単調だな。こうしたらもっとよくなるんじゃない?」とモーツァルトがアレンジすると、たちまち華やかな曲に生まれ変わる。
サリエリの当惑と屈辱が伝わってくるようだ。次にサリエリがつぶやく「グラッチェ」には、神への怒りがこもっているようだ。「なぜ私ではないのだ!なぜ、あんな下品な男に才能を分け与えたのか!」
しかしモーツァルトへの感情は、憎悪だけではない。
モーツァルトの曲の魅力を語るサリエリの様子は、彼の才能に対する賞賛と憧れを隠そうともしない。そういうときの彼は、「モーツァルトの偉大さを一番理解しているのは、この自分なのだ」と、誇りに思っているふしさえある。「私はね、彼を知らなかったことがない。私が育ったイタリアの片田舎にさえ、彼の名声は聞こえていた。14歳の私は、8歳にしてすでに皇帝や教皇の前で演奏を披露し11歳で交響曲を書き上げる神童がいることを知った。彼こそがまさしくアマデウス(”神に愛された子”)であり、私の崇拝する偶像だった」

しかしそういう具合に、モーツァルトの才能がわかるというそのこと自体が、彼への嫉妬をも掻き立て、ついにはモーツァルトを殺害するに至った。
そう、嫉妬は、人を殺す。
嫉妬は莫大なエネルギーを持つ感情だから、うまく使えば大きなパワーを与えてくれるに違いないんだけど、これを上手に使いこなすのは相当難しいようだね。

ところでこの映画でモーツァルト役を務めたトム・ハルスは、他にこれといったヒット作のない俳優なんだけど、同性愛者であることをカミングアウトしている。
男女のしがらみに関する嫉妬と完全に無縁な彼にとって、嫉妬という感情と無縁なモーツァルト役は、この上ないハマリ役だったんじゃないかな。

パニック障害と酸塩基平衡

2020.1.30

「体内の酸性化は万病のもと」という言葉は、パニック障害にも当てはまるようだ。
まずは、『パニック~その原因と治療』(“Panic: Origins, Insight, and Treatment” Leonard J.Scmidt著)の一節を紹介しよう。
「パニック発作は、ホルモンバランスの変化によって起こる。パニック発作が起こると、ホルモンによって心臓の調律リズムが影響を受けやすくなり、不愉快な動悸を生じる。
この調律リズムを落ち着ける簡単な方法がある。それは、重曹(炭酸水素ナトリウム、ベーキングソーダ)を使うことである。
小さじ4分の1ほどの重曹を水に混ぜて飲む。それだけである。
体のpHバランスが整い、洞房結節(心筋に電気信号を送っている)に対するホルモンの影響を打ち消すことができる。さらに、重曹によって、胃が神経節(十二指腸の裏側にあって、交感神経、副交感神経の切り替えに働く)を圧迫する力をゆるめ、結果、心臓の洞房結節に対してもリズムをゆるめる信号を送ることになる」(Larrian Gillespie博士)

パニック発作の原因は不明とされている。
ただ、疫学を見てみると、女性の発症率が男性よりも2倍以上高い(パニック障害に限らず、不安障害は全般的に女性の頻度が高い)。また、平均20〜30代の若年で発症するというデータがある。

若い女性に好発するということは、女性ホルモンが関与しているのでははないか、というのは当然の類推だとして、さらに、「ホルモンバランスの乱れの背景には酸塩基平衡の異常があり、その是正に重曹が有効だとはないか」というのが上記の文章のエッセンスだ。

パニック障害には酸塩基バランスの異常が影響しているというのは、今や多くの学者が指摘している。たとえばこんな論文。
『パニック障害における酸塩基平衡調節障害と化学感受性のメカニズム』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4471296/
パニック障害は、再発性のパニック発作を特徴とする複雑な不安障害であり、その発症機序はいまだに十分にはわかっていないが、本疾患に罹患する患者において、死亡率や自殺企図(および既遂)のリスクが有意に高いことが知られている。
しかし、近年、脳機能イメージング(neuroimaging)やパニック発作誘発テストを使った研究により、パニック現象の病因についての洞察が深まり、その発症の背景にある神経的機序が明らかになりつつある。
蓄積しているエビデンスによると、パニック発作の誘因として、アシドーシスの関与が示されている。パニック発作誘発テストにおいて、CO2の吸引や乳酸ナトリウムの注射といった酸塩基平衡を乱すような要因によって、パニック発作が誘発されることが明らかになった。
従って、血中pHがパニックに関連する恐怖、自律神経、呼吸反応に影響する化学感受性のメカニズムの解明こそが、パニック障害の病態生理の解明に直結している。
本稿において、我々は酸塩基のアンバランスや化学感受性のメカニズムがパニック障害に影響を与えていることを示す研究を供覧し、これらの発見が将来に持つ意味を議論していく」

ごく控えめにいっても、革命的な意味を持った論文、だと思う。
この論文がどうすごいのか、わかりますか?
精神科をやっていれば、”不安”を主訴に来院する患者は後を絶たない。会社のストレスとか、家族間の問題があるのなら、傾聴し相手の悩みに寄り添う精神療法が有効なときもあるだろう。でもほとんどの場合は、そうではない。患者は、対象のない、漠然とした、ぼんやりとした不安に苦しんでいる。こういう患者には、これまで抗不安薬を出すぐらいしか方法がなかった。
抗不安薬は十中八九ベンゾジアゼピン系で、これは事実上の”覚醒剤”だ。依存性と耐性があって、患者はこれなしで次第に生活できなくなる。もう薬をやめることはできない、つまり、延々精神科に通い続けるしかないのだから、精神科にとっては、正直、”固定資産”で、こういう患者がクリニック経営を支えている。こんな具合に、精神科医にとっては”蜜”だが、患者当人にとっては地獄である。
しかし、上記論文の内容「パニック障害は酸塩基平衡の乱れが原因であり、そのバランスを是正することで治癒可能である」という知識が一般化すればどうなるか?
不安やパニックを訴える患者に対しては、抗不安薬を処方するのではなく、まず、重曹の飲用を勧める。これだけで多くの患者が救われ、精神科に通う必要がなくなるだろう。新たなベンゾジアゼピン依存患者が生じなくなることは、精神科経営にとっては痛手かもしれない。しかし日本の精神科医療は、今よりはるかにすばらしいものになるはずだ。
そう、パニックに対する重曹の有効性は広く知られるようになれば、精神科の治療現場は一変するだろう。
上記の論文にはそれだけのインパクトがあると思う。

万病が酸性化した体液のせい起こるのなら、理屈上、体液をアルカリ性にするアプローチで万病が治ることになる。
しかし考えてみると、僕がこれまでブログで提唱してきた治療法の多くは、結果的にアルカリにするアプローチでもあったようなんだ。
たとえば、以前のブログで、ベンゾジアゼピンの離脱に液体のマグネシウムやケイ素をお勧めしたことがあるけど、ああいうのも要するに、体液をアルカリ化するアプローチなんだよね。
ビワの種(アミグダリン)が癌に効く、という以前のブログも同じ意味合いで、アミグダリンは体液をアルカリにしてくれるから、癌体質(酸性)を是正してくれるわけだ。

しかし、一般の医者はもちろん、患者当人だって、まさか、そこらへんの掃除に使うような重曹飲んで万病が治るなんて、信じてくれないだろうなぁ^^;

犬の話2

2020.1.30

犬の話をした前回の続き、というわけでもないけど、犬を飼っているおかげで罹患率の低下する病気がいくつかある。たとえばこんな論文。
『幼少期におけるペット(犬、猫)への曝露と、統合失調症あるいは双極性障害の発症リスク』
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0225320

「統合失調症や双極性障害などの重篤な精神障害は、人生の早い段階での環境曝露との関連性が指摘されている。たとえば犬や猫などの家庭内ペットとの接触は、幼少期における環境曝露の一要因である。
出生後から12歳までに犬か猫を家で飼っていたことと、後年統合失調症(あるいは双極性障害)の診断を受けることとの間に相関があるかどうかを調べた。これは、396人の統合失調症患者と381人の双極性障害患者、594人の対照群を使ったコホート研究である。
結果、幼少期に犬への曝露があることは、後年統合失調症の診断を受ける可能性が有意に減少した(ハザード比0.75)。さらに、出生直後および生後一年以内に犬に曝露していると、統合失調症の相対リスクが有意に減少していた。
犬への曝露と双極性障害の間には有意な相関は見出されなかった。また、猫への曝露は、後年、統合失調症、双極性障害、いずれの罹患リスクとも有意な相関がなかった。」

犬にはわかりやすいメリット(統合失調症の罹患率低下)があって、猫には特にそういうメリットがないという。
何かいかにも、犬らしい結果だし、猫らしい結果だと思う^^
でも猫好きにとっては、そういうメリットのあるなしは当然関係なくて、ただもう、かわいいから飼っている。僕も実家で猫を飼っているけど、飼い始めたのは僕が高校生のときからだから、幼少期の曝露、という意味では関係なさそうだ。

猫もときどき、飼い主への親愛の情として顔を舐めてくれたりするけど、頻度としては犬と全然比較にならない。
犬はもう、舐めまくってくるからね^^;ああいうのが、結果的に飼い主家族の健康にものすごく大きなメリットになっている。特に恩恵を受けるのは、腸内細菌叢(つまり免疫系)が形成期にある小さい子供だ。

幼少期から犬を飼っている人のアレルギー発症率が低いことは多くの研究が示している。たとえばこんな論文。
『幼少期のペット飼育が用量依存性にアレルギーのリスクを減少させる』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30566481
「幼少期のペット飼育によって、後年のアレルギー発症から幼児を守る、と示唆する研究は複数ある。そこで我々は、その関係性(生後一年以内の猫と犬の飼育と、後年のアレルギー発症)が用量依存性であるかどうかを調べた。
【結果】用量依存性の関係が見られた。つまり、生後一年以内の時点で、家庭内で飼っている犬や猫の数が多ければ多いほど、各種アレルギー症状(ぜんそく、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アレルギー性皮膚炎)が少なかった。
アレルギーの罹患率はペットを飼っていない人では49%だったのに対し、5匹以上飼っている人では0%だった(P=0.006)。
【結論】7〜9歳の児童におけるアレルギー疾患の罹患率は、生後一年以内の時点で家庭内で飼っていたペットの数に応じて、用量依存性に減少している。これは、猫や犬がアレルギーの発症に対して予防的に作用する”ミニ農場”効果(“mini-farm”effect)を示しているものと考えられる」

清潔志向の行き過ぎが、現代におけるアレルギー患者の大群を作り出した。
病気の予防に対してするべきことは、消毒しまくることでもなく、ファブリーズを撒きまくることでもない。犬や猫を飼って、むしろテキトーに不潔にしておくことなんだ。
安保徹先生が言ってた。「トイレで用を済ませても手を洗わないこと。まず、そこからです」と。
普通の医者にはなかなかできないアドバイスだなぁ^^;