院長ブログ

薄毛治療2

2019.11.12

まずは論文の紹介から。
『AGAの病因モデル:DHT(ジヒドロテストロン)の逆説と回復因子の解明』
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0306987717310411#b0115
「生涯のうち、男性の8割、女性の5割が薄毛に悩むという。しかしこれほど多くの人に見られる症状であるにもかかわらず、また、多くの研究がおこなわれているにもかかわらず、AGAの原因を説明する病理モデル、生物学的進行過程、生理的背景は、いまだ十分に解明されていない。
学会でコンセンサスがあることとしては、せいぜい、AGAには遺伝性があること、AGAにはジヒドロテストステロン(DHT)が関与していること、ぐらいである。そのDHTの働きにしても、AGAの発症に正確にどう関与しているのか、よくわかっていない。
なぜ、AGA傾向のある組織で、DHTが増加するのか?
どのような機序でDHTが毛包を縮小させるのか?
なぜ、AGAに関与するとされているDHTが、第二次性徴における体毛の発毛や顔の発毛に関与しているのか?
なぜ去勢(これによってアンドロゲン産生が95%減少する)によって脱毛の進行が止まるのか(しかも、止まるだけで完全に生えないのはなぜなのか)?
DHTとAGA発症に伴って見られる組織リモデリングには関係があるのか?
我々はDHTとAGAの関係にまつわるエビデンスを検証し、これらの問いに答える病理モデルを提案しようと試みた。
その仮説は、以下のようである。
(1)帽状腱膜から起こる慢性的な頭皮の緊張がAGA傾向のある組織に炎症を引き起こしている。
(2)この炎症の結果、AGA傾向のある組織にDHTが増加する。
(3)DHTは毛包を直接的に縮小させるわけではない。DHTは、皮膚鞘肥厚、毛包周囲線維形成、石灰化(AGA進行の背景にある三つの慢性的症状)を仲介する役割である。
この慢性的な三つの症状により、AGA傾向のある組織がリモデリングされていく。具体的には、毛包の成長スペースが狭小化し、酸素や栄養の供給が減少する。その結果、AGAに特徴的な毛包の縮小へと進行する。
線維化、石灰化(カルシウム沈着)、頭皮の慢性的緊張という三兆候をターゲットにすることで、AGAの回復を促進できる可能性がある。」

犬や猫を飼っている人にとって、去勢という言葉は比較的なじみのある言葉だろう。
しかし、この処置は通常、人間を対象には行われるものではない。
人間が去勢を行う例としては、、、
自分の肉体上の性別と性自認の不一致に悩む人が希望して行ったり、睾丸の悪性腫瘍除去術が結果的に去勢と同じ意味を持つことになったり、あるいは古代中国では皇帝に仕える宦官が行ったり、といったところである。
症例としてはそれほど多くない。しかしその多くない症例を詳細に調べた研究によると、
去勢によってAGAの進行が止まる(しかし、フサフサに戻るかと言ったらそういうわけでもない。ただ、進行が止まるだけ)ことが分かった。
この事実を突破口にして、AGA研究が進み、開発されたのがフィナステリドである。
DHTが薄毛に関与しているのであれば、薬でその産生を止めてやればいい。
テストステロンに5α還元酵素が作用することでDHTが産生されるが、5α還元酵素を阻害することでDHT産生を抑制する。これがフィナステリドの作用機序である。

この経緯をみれば、フィナステリドがどういう薬か、わかるだろう。要するに、男性を”宦官”にする薬である。
清の滅亡とともに宦官もいなくなったわけではない。この21世紀にも、自ら進んで薬剤性宦官になる男性が後を絶たないのである。
実際フィナステリドの服用を開始した男性では、性機能の低下が高頻度に見られる。「毛は生えたものの、女に興味がなくなった」となっては、本末転倒そのもの。現代日本に見られる「男性の草食化」の一因は、案外こういうところにもあるのではないか。

副作用の強い薬によってではなく、もっとマイルドに、食事によってDHTの産生を抑えることができないだろうか。
実は、DHTの産生を抑える食材が存在する。それは、カボチャの種である。

こんな論文がある。
『AGA男性の頭髪成長に対するパンプキンシードオイルの効果:プラセボ対照二重盲検』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4017725/
1日400mgのパンプキンシードオイルを24週間にわたって服用した群では、プラセボ群と比べて平均40%毛髪数の増加が見られた。
その他、エビデンスはないが、経験的に有効ではないかと言われている食材として、以下のものが挙げられる。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3693613/
スペアミント、霊芝(5α還元酵素減少)、甘草(テストステロン減少)、芍薬(テストステロンをエストロゲンに変換)、緑茶(エピガロカテキンガレートが5α還元酵素を抑制)、ブラックコホシュ、チェストツリー、ノコギリヤシ
カッコ内は試験管レベル、動物実験レベルで確認された作用である。発毛のためには、少なくともおまじない以上には効果があるから試してみるといい。

さらに、血管のカルシウム沈着抑制となれば、なんといってもビタミンK2の出番である。
動脈硬化を回復させる栄養素として、以前の院長ブログでも紹介したことがある。
食品で摂取するのであれば、卵黄、レバー、バター(グラスフェッドが好ましい)、納豆を摂るといい。サプリで摂取するのも有効だろう。

漢方では、髪の毛は血余、すなわちエネルギーの余得の現れであり、逆に、ハゲは血虚、つまりエネルギーの低下である。卵とかレバーとか、K2の豊富な食材は、確かにエネルギーがわきそうな食材でもある。
漢方でアプローチするなら、八味地黄丸、牛車腎気丸あたりも有効だという。
何にせよ、安易に薬に頼らないことである。

薄毛治療

2019.11.11

これは麻生先生に分が悪くて、説得力ゼロ、と言われても仕方ない(´Д`)
ただ、AGAスキンクリニックのノウハウすべてが間違っているとは思わない。
内服(ミノキシジルとフィナステリド。女性にはミノキシジルとスピロノラクトン)と頭皮への注射(ミノキシジルと成長因子)が治療の柱だけど、効く人には確かに効く。
もちろん改善の具合にはばらつきがあって、「劇的に生えた」という人もいれば「まぁ多少増えたかな」程度の人まで、様々だ。

ミノキシジルの有効性を検証した研究は複数あるが、そのなかからいくつかを紹介しよう。
『AGA(男性型脱毛症)に対するメソセラピー(薬剤の局部注入療法)と5%ミノキシジルの局所塗布をダーモスコピーで評価した比較研究』
http://www.ijtrichology.com/article.asp?issn=0974-7753;year=2019;volume=11;issue=2;spage=58;epage=67;aulast=Gajjar
目的:AGAに対してメソセラピーと5%ミノキシジルの局所塗布、どちらが有効かつ安全であるかを比較することが本研究の目的である。
方法:49人のAGA男性を無作為に二つの群(メソセラピー群25人とミノキシジル塗布群24人)に振り分けた。
メソセラピー群の被験者は合計8回の局所注射を受け、ミノキシジル塗布群の被験者は4か月間1日2回ミノキシジルを塗布した。
結果は写真、ダーモスコピー、トリコスキャン(皮膚計測機器)、7点標準評価ツール、患者自己評価スコアによって一か月おきに評価した。
結論:メソセラピー群において、ミノキシジル塗布群よりも、治療前と治療後で毛幹の径が有意に大きくなった。
ただし、ダーモスコピー、トリコスキャン、患者自己評価スコアでは有意差がなかった。AGAにおいて、メソセラピーはミノキシジル塗布にまさる有意な改善はなかった。

わざわざ頭皮に注射しても、ミノキシジルを塗る以上の効果は特になかった、という結論。
薄毛治療のクリニックで行われるメソセラピーは一般に非常に高額である。上記はその意義を全否定する研究であり、なかなかに衝撃的だといえる。
逆に、効果があったとする研究もある。たとえば以下の論文。

『女性におけるAGA治療において2%ミノキシジル局所塗布と局所注射(メソセラピー)の比較研究』
https://pdfs.semanticscholar.org/6db0/79bde239ed48c27cdfb29b007de0f74972a4.pdf
結論:女性のAGA治療において、メソセラピーによるミノキシジルの局所注射は、局所塗布よりも有効である。

女性で薄毛に悩む人は多い。こういう人はたいてい食生活の偏り(甘いもの、小麦の多食)があるもので、食事の改善で大半が回復する。
しかしそういう知識は一般的ではないから、自分で治そうという発想がそもそもない。そこで他力本願、美容クリニックを訪れ、高額な治療費を払うことになる。
上記論文では、メソセラピーのほうが局所塗布より効果があった、とのこと。

『ミノキシジルの局所塗布で男性型脱毛症を治療する男性の長期フォロー』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3549803
41人の男性型脱毛症の男性に、ミノキシジルの局部塗布を132週(2年9か月)にわたって続けてもらい、その効果を1インチ標的エリア頭髪計測法でフォローした。
2%ミノキシジル塗布群、3%ミノキシジル塗布群、プラセボ群に振り分け、1日2回局所に塗布した。
研究開始から12か月後、被験者全員3%ミノキシジルに切り替え、1日2回の塗布を1年間続けてもらった。その後、被験者を1日1回塗布群と1日2回塗布群に無作為に振り分け、残り9か月フォローした。
2年目時点以後、1日1回塗布に切り替えた群では、非うぶ毛(nonvellus hair)数は、ベースラインの1年目時点の平均291.2本から、235本(2年9か月時点)へと変化した。
1日2回塗布を継続した群では、非うぶ毛数がベースライン1年目の平均323本から335本(2年9か月時点)へと変化した。
非うぶ毛数が減った被験者は、どちらの群にもいたが、1日1回群のほうが1日2回群よりも減った本数が多かった。ただ、非うぶ毛数が最初のベースラインよりも減った人はいなかった。

ミノキシジルは効果があったよ、それも1日1回ではなくて1日2回の方がより効いたよ、という論文。
しかし一般に、「クスリはリスク」である。
薬には副作用がつきもので、それはミノキシジルも例外ではない。たとえば、以下のような症例報告がある。

『ミノキシジルの局所塗布は、非動脈性前部虚血性視神経症(NAION)の原因か』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5028441/
5%ミノキシジルの局所塗布でNAIONを生じたが、使用の中止により回復した症例報告。
ミノキシジルはもともとは降圧薬として研究・開発された薬である。
しかし治験中、被験者のなかに髪の毛が生えてきた人がいたことから、脱毛症治療薬として売り出されたという経緯がある。
だから循環器系への副作用(血圧低下、頻脈、浮腫など)は当然想定されるし、局所塗布ならかゆみや接触性皮膚炎なども起こり得る。
こうした副作用は医者のほうでもよく承知しているが、患者から「最近目がぼやけ視力が下がっています」と言われても、まさかミノキシジルが原因とは思いもよらない。
レアな副作用ではあるだろう。しかし、医者のほうで認識しておかないと、失明など最悪の事態を防げない。
ただの毛生え薬、という軽い認識では危険だ。

小麦と皮膚疾患

2019.11.10

究極の二択「肌荒れ美人と美肌ブス、どちらを選ぶ?」をテーマに男性100人にインタビューしたところ、前者を選んだのは66人、後者は34人だったという。
理由として、前者は「肌荒れは治せても顔は治せないから」「肌荒れしてても美人ならそんなに気にならない気がする」
後者は「肌荒れした時点で美人とは言えない」「肌荒れ美人とキスしたことがあるが、ザラザラして痛かった」

『おぎやはぎのブステレビ』より。

「あっちゃんならどちらを選ぶ?」
うーん、難しいけど、後者かなぁ。美人もブスも、電気消して布団入っちゃえば同じだけど、肌触りは暗闇でもわかるからなぁ。
「ヘンタイ!」
え、なんで?

皮膚は健康状態を反映する鏡である。
望診などというといかにも東洋医学めいて聞こえるが、視診の重要性は西洋医学でも教えるところである。
たとえばチアノーゼを見れば循環不全を疑うし、黄疸を見ればビリルビンの代謝不全を疑う、というのは一般の内科医でも当たり前にやっていることだ。
しかし、残念ながら多くの皮膚科医は、対症療法の落とし穴にはまっている。
ニキビを見ればアクネ菌が悪さをしていると考え、外用薬でダラシンを、内服薬でミノマイシンを処方する。アトピー性皮膚炎にはステロイド外用薬、水虫には抗菌薬、といった感じで、対症療法のオンパレードである。
「皮膚に症状が出ているんだから、皮膚が悪いんだ」という固定概念から延々抜け出せない(そもそも抜け出す気もない)。

皮膚科臨床で見かけるほとんどの症状(肌荒れ、乾燥肌、ニキビ、アトピー性皮膚炎、口内炎、脱毛症、皮膚血管炎、黒色表皮腫、結節性紅斑、乾癬、白斑、ベーチェット病、皮膚筋炎、壊疽性膿皮症など)はすべて、小麦の除去によって軽快する。
皮膚科医が「治療」と称してやっていること(ステロイドや抗生剤の投与)は、症状を複雑化させるだけで、むしろ有害無益である。
何よりの治療は、そう、小麦を食べないことである。

「ちょっと待ってくれ、ベーチェット病とか難しい病気のことは知らないが、ニキビは青春の象徴、大人になるための通過儀礼みたいなものだろう。小麦どうのこうのは関係ないのでは?」
これは世間に最も広く流布している嘘のひとつである。
なるほど、西側諸国においてはティーンエイジャーのほとんど全員がニキビを経験している。それどころか、26歳以上の年齢でも50%が断続的にニキビに見舞われている。しかし、ニキビという現象がまったく見られない文化も存在する。
パプアニューギニアのキタヴァン島の住民、パラグアイのアチェ族、ブラジルのパラスバレー先住民、アフリカのバンツー族とズールー族、日本の沖縄の人々、カナダのイヌイット。これらの伝統的な食習慣を守っている人々では、ニキビはまったく存在しない。
なぜだろうか。遺伝的な特殊性(たとえばアクネ菌に対する免疫があるとか)のおかげでニキビが出ないのだろうか。
違う。遺伝ではなく、食事が原因であることを示すエビデンスがある。
たとえば沖縄の人々は、1980年代までは地元でとれた野菜、サツマイモ、大豆、豚、魚などを食べており、ニキビは事実上存在しなかった。しかし西洋食の導入によって、ニキビが若年者に特有の疫病のごとく広まった。
世界中の民族を観察して言えることは、ニキビと無縁の人々は、小麦、砂糖、乳製品をまったく(あるいはほとんど)摂取していない、ということである。
そう、ニキビははっきり、小麦に起因する”食原病”である。

小麦グルテンに対して起こった腸管での免疫反応が、そのまま腸管に症状として出ればセリアック病だが、それ以外の場所に現れたとき、無数の異なる病名で呼ばれることになる。ニキビもそのひとつ、ということだ。

こうした事実を踏まえれば、上記の「究極の二択」に対する最善の答えが見えてくる。
「肌荒れ美人を選び、小麦を食わせない」これが一番賢いチョイスだろう。
肌が荒れているということは、肌が荒れているだけではない。肌荒れは内臓の状態、特に腸の炎症を反映しているから、まず、その美人さんの食生活を徹底的に改善指導する。お菓子とかパンとか遠慮なく食ってるはずだから、そういうのをやめさせる。
そうすれば数週間で、美肌の美人をゲット、ということになるはずだけど、、、
美人はわがままなものだから、僕の言うことなんて聞かないだろうなぁ´-`

参考:『小麦は食べるな』(ウィリアム・デイビス著)

小麦と免疫

2019.11.10

腸と脳の相関が言われている。
「腸にいいことは脳にもいい」というのは、自分の臨床経験を振り返っても、間違っていないと思う。
この命題が真ならば、その対偶「脳に悪いことは腸にもよくない」も真だというのが、論理学の教えるところである。
逆「脳にいいことは、腸にもいい」も裏「腸に悪いことは、脳にもよくない」も成り立ちそうだ。だとすると、前提と帰結は同値、「腸と脳は、同じことで笑い、同じことで泣く、ワンセットのニコイチ」と言ってしまってもよさそうだ。

「脳こそが高等動物の高等たるゆえんの器官である」とする先生は、腸を原始的な器官として脳より一段下に見ている節がある。
ところが、これとは逆に、腸を脳よりも上位の器官だと見る先生もいる。
生物は、発生的には、まず、腸からできる。その点、脳はずいぶん後進の臓器で、つまり生物にとってのプライオリティは低い、とも言える。確かに、脳のない人間(無脳小児)はあり得ても、消化管(胃、小腸、大腸)のない人間は考えられない。
さらに、腸には無数の神経細胞が分布していて、脳からの指令がなくても、独自に活動を行うことができる。脳死の人にも胃腸の蠕動運動が見られるように。

おもしろい考え方だ。
しかしここでは、腸、脳、どちらが上という話はしない。
ただ、どちらも小麦の害をモロに受ける器官である。キーワードは、炎症である。

そう、小麦を食べると、腸に炎症が起こる。腸管免疫系がグルテン(特にαグリアジン)の処理に難渋し、混乱をきたす。
この混乱が、急性症状として出現する人がいる。腹痛や下痢を生じる人もいれば、急性アレルギー反応(ショック状態)、ぜんそく、じんましん、運動誘発性アレルギーなど、症状の出方には多様性がある。

こういうふうに小麦を食べてすぐに症状に現れる人は、むしろ幸せかもしれない。というのは、原因と結果の関係が極めてクリアだから、本人も「小麦が悪いんだ」とすぐに気付くことができる。小麦を口にしないよう心がけ、健康が保たれることになる。急性小麦病は、むしろ福音というべきだろう。

逆に、「自分は何を食べても大丈夫」と胃腸がなまじタフな人は、慢性症状として、もっとわかりにくい形で症状が出る。原因と結果の関係が不明瞭なだけに、小麦を延々食べ続ける。症状がどんどん悪化して、にっちもさっちも行かないところまで追い込まれてもなお、小麦が犯人とはつゆ疑わない。
たとえば橋本病(慢性甲状腺炎)。たとえば関節リウマチ。
小麦への曝露によって免疫系が混乱し、自己抗体が出現しているという点では、これらは同じ疾患、要するに、慢性小麦病である。しかし一般の内科医はそんなこと知らないから、チラージンとかリウマトレックス、ステロイドを処方している。
これらの薬、いつまで飲み続けるのか?死ぬまで、です。

人生の早い段階で急性小麦病を発症し、小麦はやめておこう、となった人と、人生の中終盤で慢性小麦病を発症し、しかも小麦が原因であることに気付かず薬を一生飲み続けることになった人。どちらが幸せか。
小麦を使ったおいしいものを食べれなくて食の楽しみを犠牲にしたとしても、健康の大切さ(あるいは病気の辛さ)を知る人は、前者を選ぶと思う。

健康面ばかりではない。美容的な意味でも、小麦は悪影響を与える。
たとえば、わかりやすい話、小麦を食べていると、ハゲます。
小麦由来の「けったいなタンパク質」が腸内に侵入すると、体はそれをあの手この手で封じ込めようとする。抗体を作って爆撃する、というのもその一つで、抗原の封じ込めを狙うが、多くの誤爆を生じる。
具体的にいうと、たとえばSLE(全身性エリテマトーデス)にかかると、腎臓や関節など、あちこちで自己免疫性の炎症が起こるが、毛包でも同様の炎症が起こっている。
炎症を起こした毛包では、毛を支える力が弱くなり、毛が抜けることになる。さらに、炎症の鎮火のためにカルシウムが流入して石灰化が起こり、頭皮はますます不毛地帯になっていく。
実際、自己免疫性疾患による脱毛部分には、腫瘍壊死因子、インターロイキン、インターフェロンなどの炎症性メディエーターが増加している。

「健康のために小麦をやめましょう」と言っても、健康な若者は聞こうとしない。健康のありがたみは、失って初めて気付くものだ。
こういう若者には、単刀直入に「小麦を食べたらハゲますよ」という。すると、彼らもドキッとする。健康よりも美容意識に訴えるほうがアピールするんだな。

『小麦は食べるな』にこんな症例が載っている。
ゴードンはパン屋の主人。冠動脈疾患のために来院したが、ぽっこり小麦腹の体形、高血圧、糖尿病予備軍レベルの血糖値、胃のむかつき、採血でsdLDL高値、そして抜け毛の症状があった。
すべての症状が、慢性的な小麦の悪影響を示唆していた。
抜け毛を気にするゴードンは皮膚科を受診していたが、医者にも原因はわからなかった。どんどん薄くなる頭部を悲しむあまり、抑うつ状態に陥り、抗うつ薬を服用するまでになった。
「抜け毛も含め、あなたの症状はすべて小麦が原因だ」と指摘されたが、パン屋の彼である。職業的な誇りもあって、小麦が悪いとは受け入れがたい。
しかし最終的には医者の辛抱強い説得に応じ、小麦抜き生活をすることを約束した。
効果はすぐに現れた。3週間以内に、ハゲていた部分から新たな毛が生えてきたことにゴードンは気付いた。続く2ヶ月、髪は抜けることなくどんどん成長し、かつてのフサフサの髪を取り戻すに至った。
さらに、好ましい変化はこれだけではなかった。体重は5.5kg減り、腹回りは5cmスリムになった。ときどき感じていた腹部の痛みが消え、糖尿病予備軍だった血糖値は正常値に戻った。sdLDLを再検査すると、67%低下していた。

本気で小麦をやめようとするのは結構大変で、やめようとして初めて、自分がいかに小麦依存症であるかに気付くだろう。しかし薄毛に悩む人は、トライする価値があると思う。
エビデンス不明の高額な育毛剤による「足し算」ではなく、まず、小麦をやめるという「引き算」のほうが、手っ取り早くて効果も着実だよ。

参考:『小麦は食べるな』(ウィリアム・デイビス著)

小麦と麻薬

2019.11.8

前回のドラッグの話の続きというわけでもないが、最も身近な麻薬は小麦である。
これは比喩でも何でもなく、文字通り本当のことだ。もちろん、法律的な意味ではない。『小麦取締法』という法律はないし、「小麦の所持および使用」の容疑で逮捕されることもない。
しかし小麦が人間の体に及ぼす生理的作用を見れば、モルヒネの薬理作用そのものである。

摂取するとハイになり、人によっては妄想や幻覚を生じる。やめようにも強い依存性があって、我慢すると様々な禁断症状が出る。
覚醒剤の話をしているのではない。スーパーに普通に売っている小麦製品のことを言っている。
小麦をやめるのは本当に難しい。僕自身もそうだったし、患者を見ていればわかる。なんだかんだと理由をつけて、あの手この手で小麦を食べようとする。
意志が弱いとか、小麦製品がないと生活が不便だとか、長年の習慣を捨てることにためらいがある、という話ではない。本人にはまったく自覚がないのだろうけど、すっかり依存症に陥っているのだ。

小麦由来のグルテンは、胃酸とペプシン(胃液に含まれる酵素)によってポリペプチドに分解される。このペプチドには、BBB(血液脳関門)を通過する性質がある。
BBBとは何か。一言でいうと、「関所」のことだ。脳は繊細な器官で、血流に乗って何でもかんでも侵入してきては困るから、BBBという関所を置くことで、要、不要を分別している。
小麦ペプチドは、このBBBをフリーパスで脳に入り込み、脳内のモルヒネ受容体に結合する。これはアヘンが結びつく受容体と同じものだ。小麦によって多幸感や幻覚、妄想を生じる核心はここにある。

研究者はこの小麦ペプチドを、外因性モルヒネ様化合物、略して”エクソルフィン”(exorphin)と名付けた。外因性とは、内因性(たとえばランナーズハイのときに自前で分泌されたり)ではない、ということだ。
小麦によって統合失調症が悪化することが知られているが、この背景にはBBBを通過してモルヒネ受容体に結合するエクソルフィンの作用があるのではないか?
だとすれば、モルヒネ受容体を遮断することで、このペプチドの悪影響を軽減できるのではないか?研究者はこの仮説を検証した。

ナロキソンという薬がある。
内科医には比較的なじみのない薬だが、この薬を知らない麻酔科医や救急医はいない。
麻酔から覚醒させるときや、救急に運ばれてきたドラッグ使用者に投与する。すると、手術中眠っていた患者が目を覚まし、ドラッグの興奮状態が収まる。ヘロイン、モルヒネ、オキシコドン(アヘンに含まれる鎮痛剤)などの作用を、一瞬にして無効化する。これがナロキソンの働きだ。
動物実験ではナロキソンの投与によって、エクソルフィンとモルヒネ受容体の結合が遮断されることが示された。そう、ドラッグ常用者のヘロイン作用をキャンセルするまさにその同じ薬剤が、小麦由来のエクソルフィンの作用をも阻害するわけだ。

この作用はWHOも確認している。激しい幻聴症状に悩む統合失調症患者32人にナロキソンを投与したところ、症状の改善が確認された。
ところが、次の必然的ステップ、「小麦を含む食事をしている統合失調症患者と、小麦除去食の統合失調症患者にナロキソンを投与する比較研究」は、行われていない。
なぜか。なぜこんな重要な研究が行われないのだろう。
「薬ではなく、食事を改めて病気を治しましょう」という結論が出そうな研究は、基本的に行われない。医薬品の使用を支持しない結論は、製薬会社にとって極めて不都合だから。WHOがどういう組織か、こういうところに実体が透けて見えるようだ。
「WHOの背後にはロックフェラーがいる」なんてことを言うと、都市伝説だ陰謀論者だとバカにされる。でも、PubMedにWHOとロックフェラーの関係性を検証する論文が普通にあがってるんだけどね。
『ロックフェラー財団とWHO(世界保健機構)の背後関係 パート1:1940-1960年代』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24412372

小麦を控えるように患者に指導すると、調子が悪くなる人がいる。「気分が曇りがちになって、食欲が落ちた」という。エクソルフィンがモルヒネ受容体に作用して多幸感や食欲増進をもたらすところ、小麦を食べなくなったことでその恩恵がなくなるわけだから、この症状は想定内のことだ。
だから患者は、この禁断症状に耐えないといけない。でも安心してください。ずっとその状態が続くわけではありません。数日間で必ず回復します。

しかし考えてみれば、恐ろしいことだ。
中枢神経系に明らかな作用(多幸感、幻覚、妄想)を与え、その摂取をやめれば禁断症状さえ引き起こす食材なんて、アルコール依存症を除けば、小麦しかない。
そう、まず、この小麦の恐ろしさを自覚すること。回復はそこから始まることを肝に銘じよう。

統合失調症患者が小麦をやめることで症状が改善することについては、以前のブログで述べた。では、正常な人(統合失調症でない人)が小麦をやめるとどのようなメリットがあるのか。
ナロキソンの投与によって、プラセボ群と比較して、食事摂取量が昼食で33%減少、夕食で23%減少した。つまり、小麦によって多幸感が得られて過剰に食べてしまうところ、ナロキソンがその報酬系を遮断し食事摂取量が減る、ということだ。

さすが、製薬会社は利益に敏感である。ナロキソンに似た成分の薬ナルトレキソンを抗肥満薬(Contrave)として販売している。
ナロキソンは、要するに、中脳辺縁系の報酬回路をブロックする。なるほど、その作用によって、食べる意欲がなくなって、痩せるかもしれない。しかし、生きる喜びを感じる部分までブロックしてしまうのだから、タダで済むわけがない。
実際、長期投与の副作用として、不安や抑うつを発症することは必至である。じゃあ、こんな薬、使えないということになるんだけど、そこはさすが、製薬会社である。上記の薬Contraveには、先回りして抗うつ薬成分(ブプロピオン)が含まれている。
何かギャグマンガみたいな話だな。はなから「小麦食べるの、やめとけよ」っていう。でもなぜかその核心には誰も触れない。
臨床現場にはこんな茶番みたいな薬が山のようにあってバンバン処方されている。笑っているのは製薬会社だけ。
食事の改善という、たったそれだけのことで、世の中からどれほど多くの疾患がなくなることか。

参考:『小麦は食べるな』(ウィリアム・デイビス著)