院長ブログ

相撲人生

2019.5.26

「高校は大阪の有名な進学校だった。
当たり前みたいに東大を受験したよ。模試でA判定も出ていたし、きっと受かるだろうと思って。
ところが落ちちゃってさ。
みじめだったな。俺より成績が悪くて合否の微妙だった同級生たちが受かってるのを見ると、何とも言えない気持ちになったよ。
素直に浪人しようとは思えなかった。
妙に自信家でプライドだけは高かったから、東大に合格した同級生たちを一年遅れで追いかけるのは、何か違うんじゃないかって思った。
それで、相撲部屋に入門した。

え、意味がわからない?飛躍しすぎだって?
俺もそう思う笑
どうかしてたんだな。
ただ、当時から体格はよかったし、腕っぷしには自信があった。
受験に失敗したショックでへこんでいる、かといって、普通に勉強する気にもなれない、しかし怠惰に流される自分を許せる性格でもない。自分をストイックに追い込みたい気持ちもある。
当時の自分なりに考えた末、行き着いた結論が、相撲部屋だった。

芝田山部屋に入門を許され、力士としての生活が始まった。
最初は下っ端も下っ端。洗濯、掃除、チャンコ作り、先輩の雑用ばかりで、ろくに稽古もさせてもらえない。
一時期マスコミでさかんに言われた、妙な”かわいがり”みたいなのはうちの部屋ではなかった。
師匠がすでに一回そういうので訴えられて懲りていたってところもあると思う。不条理な暴力を振るわれたことはない。でも、筋の通った暴力はある。本当に厳しかった」

四股名を与えられ、初土俵は平成20年1月。
2ヶ月前(平成31年3月)に引退するまで、通算成績は、214勝185敗56休。
最高位は、幕下11枚目。

「2ヶ月前に断髪式をした。
10年間の相撲人生を思うと、自然と気持ちがこみ上げてきて、涙をこらえるのに必死だった。
悔いはある。
もっと戦い続けたかった。
稽古中に左目を傷めた。網膜剥離だと医者に言われた。「眼球の形が変わってる。相撲を続ける?とんでもない」と。
右手首には慢性的な骨折があって、毎日酷使するせいでちっとも治癒しない。膝も傷めてる。
10年間の戦いで、体は満身創痍だった。
網膜剥離で、もはや戦い続けることができないとわかったとき、正直、少しホッとしたところがある。「これで、戦いの日々から降りられる」と。こんな病気にならない限りは体の続く限りずっと戦い続けて、それで取り返しのつかないほどのダメージを負っていたかもしれない。

相撲界は完全に「しきたりの世界」で、いい意味でも悪い意味でもすごく保守的なんだ。
番付は下から、序ノ口、序二段、三段目、幕下、十両、幕内、と上がっていくんだけど、どこの番付かで、自分ができることできないことが明確に決まっている。
部屋によって違いはあるけど、たとえば、序ノ口にいるあいだは服は着物しか着れなくて羽織はダメだとか、幕下以下は白い足袋を履けないし、大銀杏を結えないとか。

相撲取りにとって、十両になれるかどうかが、とてつもなく大きな分水嶺だ。
なにしろ、幕下以下の力士は無給なんだ。でも十両になればいきなり、月に100万円とかの給料が出る。個室が与えられて、付き人がついて、部屋の雑務から解放される。十両になってようやく、一人前の関取として認められる、といった具合だ。
無給なのにどうやって生活していたか?タニマチからちょっとした援助があるから、そのお世話になったりね。
そう、俺の場合は幕下で引退したから、付き人がつくとか、十両の生活は経験したことがない。でも逆に、付き人を経験したことはもちろんある。高安関の付き人をしていたよ。
高安関はすごく豪快な人で、同時に繊細さも持ち合わせた人。
ギャンブルが大好きで延々やってるんだけど(競馬、競輪、競艇とかの公営ギャンブルだよ^^;)、賭け方を見てれば、その人の性格ってだいたいわかる。基本、堅実な賭け方なんだけど、ここぞというときにはドドンと張る。それで大きく当てて、ン十万円とか勝ってたりするからすごい。
相撲って勝負の世界でさ、勝った負けた、切った張った、死ぬか生きるかの世界なわけ。そういう世界で戦い続ける人っていうのは、ギャンブルも含め、勝負事の好きな人は多いと思う。勝負の決まる一刹那の、ドーパミンやアドレナリンがほとばしるあの感覚。あれが病みつきなわけよ^^
貴闘力関とか面識ないけど、ギャンブルで身を持ち崩す破滅型の気持ちは、俺にもちょっとわかる気がする。

引退後、付き合っていた彼女と結婚した。地方の巡業先で縁あって知り合った人。
この前、彼女の実家に初めてご挨拶に伺ったんだけど、緊張してしまってね。緊張しすぎて、なんと、アゴがはずれてしまった^^;
比喩じゃないよ。本当に、アゴが外れて、ご両親がおもてなしに出してくれた果物も、噛めないものだから、食べられなかった。
なんていうかな、慣れていないタイプの緊張でね。戦う緊張感にはもちろん慣れている。10年そういう世界にいたわけだから。彼女が誰か妙な男に襲われそうにでもなったら、身を呈してでも彼女を守る。そういうことはできるんだけど、力がモノをいわない緊張感、とでもいうのかな、ああいうのは全く免疫がなくて、ずいぶん醜態を見せてしまったよ。

先月から就職して、医療機器メーカーの営業をしている。
現役時代、体重は140kgあった。食べることも稽古だ、ってことで、もう、あり得ないくらいの量を食べていた。でも今は、ずいぶん痩せたよ。妻が作る普通の量の食事で、充分満足だ」

東大落ちて、10年力士をして、今また第2の人生を歩み始めた。
レールに乗るような生き方ではなく、この人は確かに、地に足つけて、自分の人生を歩いている。


元力士に殴られる図^^

シワとビタミンK2

2019.5.25

弾性線維性仮性黄色腫(PXE)という、舌を噛みそうな病気がある。
観自在菩薩弾性線維性仮性黄色腫行深般若波羅蜜多時
みたいに、念仏の間に紛れ込んでても案外違和感ないっていう^^;
常染色体劣性遺伝の、ン十万人に1人のまれな難病。
PXEの患者は、比較的若年で顔を含め体の皮膚にひどいシワができる。
早老症に分類されていないけど、実態としては早老症そのものだと思う。
皮膚の弾性線維にカルシウム沈着が起こり、そのせいで肌の張りが失われ、太いシワができる。
弾性線維の石灰化は正常な人の加齢性変化と同じものだが、ただ、その変化が若年者に急速に起こる点が、この病気の特徴だ。

健康な人をいくら調べても、健康の正体はつかめないが、病気の研究によって、逆に、正常とは何か、ということが浮き彫りになるものである。
PXEも同様で、この病気の本態を探る研究者の努力によって、加齢(特にシワ形成)のメカニズムの一端が明らかになった。
PXE患者の皮膚には非活性型MGPが大量にあることがわかったのである。
MGPはビタミンK2によって活性化され、カルシウムをあるべき場所(骨)に運搬、格納するのが仕事だ。
ところが、ビタミンK2が不足するとどうなるか。
MGPおよびカルシウムが組織にそのまま放置されることになる。
これが動脈で起これば動脈硬化が進行する。末梢に何とか血液を送り込もうと、体は血圧を上げるが、それで追いつかなければ、末梢に虚血が起こる。
虚血が目で起これば網膜障害から視野欠損を生じるし、脳で起これば脳梗塞、心臓で起これば狭心症、内臓で起これば臓器壊疽、下腿で起これば間欠性跛行を生じる。
実際これらは皆、PXEの合併症として知られている。
PXEは日本では300人ほどしか確認されていないため、まだ十分に研究が進んでいないが、若年で発症した患者が高齢になるにつれ、骨粗鬆症を併発すると僕は踏んでいる。
ビタミンK2の不足によりMGPがカルシウムを骨に運ぶことができない、という機序を考えれば当然予想されることだ。

もっと言うと、この病気の人は、薄毛になる可能性が高いはずだ。
そもそも、薄毛とは何か?
頭皮の慢性炎症によりカルシウム沈着が促進され、頭皮の血流不全、栄養不全が起こり、結果、毛髪の成長が阻害された状態のことだ。
炎症の原因は、糖代謝異常、内分泌異常、老化など複数あって、このあたりは遺伝に基づく個体差や生活習慣の違いによって様々だろう。
ただ、打つ手はある。
(1)慢性炎症を鎮火し、(2)カルシウムを適切にポンプアウトし、(3)頭皮の血流を回復して栄養を呼び込んでやることだ。
この文脈で言えば、(2)の手段として、ビタミンk2を摂取することである。また、カルシウムと拮抗するマグネシウムの摂取も助けになるだろう。
ただし、この推論には、決定的な弱点がある。
この写真を見せられたら、僕は反論の言葉が出ない。

ビタミンk2をはじめ脂溶性ビタミンの積極的摂取を勧めるプライス先生自身が、見事なズルハゲだっていう^^;

最近、あちこちでいろいろな先生がビタミンDの重要性について啓蒙していることもあって、ビタミンDのサプリを摂る人が多くなってきた。
5000IU程度ならビタミンDのサプリ単独摂取で問題ないだろうけど、それ以上の高用量を飲むのであれば、ビタミンK2を併用しないと危険だ。
なぜか?
ビタミンDは、細胞内でのMGP産生を増加させることで、作用を発揮する。
ビタミンDを大量に摂取すれば、それだけ大量のMGP産生が促進されるわけだが、それを活性型MGPに変換するビタミンK2がなくては、細胞内に大量の非活性型MGPが蓄積してしまう。
おまけに、ビタミンDのもう一つの作用として、腸管からのカルシウム吸収増加がある。増加させたはいいものの、運び屋MGPが不在では、行き場がない。
結果、カルシウムは骨にきちんと収納されるのではなく、軟組織(動脈内壁、皮膚など)に非活性型MGPもろとも沈着することになる。
つまり、よかれと思って大量摂取したビタミンDのせいで、かえって動脈硬化、シワなど、ありがたくない症状に見舞われてしまう。
生兵法は大怪我のもと、ということだね。

脂溶性ビタミンの高用量単独投与が危険だと言われるのには、確かに理由がある(特にビタミンAはすっかり悪評が根付いてしまった感がある)。
しかし機序さえ理解してしまえば、不必要に恐れることはない。
ビタミンK2、D3、Aをバランスよく摂取することで、メリットだけを最大限に享受することができる。

シワとビタミンK2

2019.5.24

「顔のシワは年齢のせいだからしょうがないよね。
でもさ、シワが原因で死ぬわけじゃあるまいし、もう自分のなかで受け入れてるんだ。生きてる証の年輪みたいなものだよ」みたいに思っていませんか。
違う。
この言葉は、いろんな意味で間違っている。
老いを受け入れる恬淡とした精神には好感を持つが、シワが持つ医学的意味をまったく無視している。
シワは、れっきとした病気の予兆、警告症状そのものであって、「生きてる証の年輪」みたいな叙情的な表現で片付けるべきものではない。
老いに抗おうとして方向性の間違った努力(高い美容液を塗ったくる、形成外科でシワ取りのオペを受けるなど)をしている人は見ていて痛々しいが、適切な対策は必要だ。

皮膚のシワと、その人の健康状態(具体的には骨粗鬆症、心臓病、糖尿病、腎機能低下など)との間には明確な相関があるとする研究が、最近次々と出ている(ちなみにこれらの病気はすべて、ビタミンK2の低下と関連している)。
たとえばこんな研究。
『閉経初期の女性において、皮膚のシワと張りは、骨のミネラル濃度の予測因子である』
https://mavendoctors.io/osteoporosis/bone-health/skin-wrinkles-and-bone-density-m-deXLYhWkGroWgpN83iuA/#_edn1
40代後半から50代初期の閉経後女性114人(女性ホルモン療法や美容外科での施術を受けていない人のみ)を対象とした研究。
被験者の骨密度を測り、また、頬と額の皮膚の硬さ(張り)を計測した。
結果、顔のシワが多い女性ほど、骨密度が低かった。また、骨密度とシワの相関は、調査したすべての骨(股関節、背骨、踵)で成立した。しかもこの相関は、年齢、体脂肪率など、骨密度に影響することが知られているどの因子とも独立に成立していた。
研究者は、この相関はコラーゲン産生の低下による影響ではないかと推測している。
コラーゲンは、骨、皮膚、いずれにとっても不可欠なタンパク質で、この減少が、皮膚のたるみや骨密度の減少につながる可能性がある。
シワやたるみなど皮膚の状態を調べることで骨の状態をだいたい予測できるとすれば、骨粗鬆症のリスク判定が可能になる。侵襲的な検査をすることなしに簡単に予測できることは、大きな利点と言えるだろう。

この研究は、至極当然のことを言っているようにも思う。
皮膚は、単に外側を覆っているだけの皮ではない。皮膚がもたらす情報は極めて多い。
たとえば、顔が美しいというのは、単に顔が美しいだけではない。
美しさは、その人の健康状態の発露である。
人より優れた健全さは、生物種としての優越性そのものであり、そういう優越性を備えた人は異性に魅力的に映る。要するに、モテるということだ。
こんなことは、誰しも経験的に知っていることだろう。

ただ、上記研究で研究者は皮膚と骨の相関を説明する要因として、コラーゲンを挙げているが、僕としてはそれだけでは不満だ。
ビタミンK2が関与していないはずがない。

『腎機能低下の予測因子としての顔のシワ』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18771469
30歳以上の264人の被験者を対象に、「カラスの足跡」(目の下の頬のあたり)のシワを一定の方法でスコア化した。さらに、各被験者の腎機能をeGFR(糸球体濾過率)で、酸化ストレスの程度をLPO(脂質ヒドロペルオキシド)で測定した。
結果、eGFR低値とLPO高値はシワの重症度と相関していた。この相関は年齢、性別、その他の確立されたリスク因子と独立していた。つまり、顔のシワを、腎機能低下の予測マーカーとして利用できる可能性がある。

『腎機能と非カルボキシル化MGP(基質glaタンパク)の関係性』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19204017
この研究は、腎機能低下によって非活性型のMGPが増加することを証明したものだ。非活性型MGPの増加はビタミンK2不足を意味している。
これらの研究を踏まえて言えることは、顔に刻まれたシワはビタミンK2不足の証拠ということだ。

谷崎潤一郎が「白人の女は若いときはすごくキレイだけど、30歳過ぎたあたりでシミやシワが目立ち始めて急速に老けるようだ。その点日本の女のほうが断然いい」みたいなことを書いてた。
同じことは当の白人も思っているみたいで、日本人女性がなぜ比較的高齢になっても白人ほど醜い皮膚にならないのか、そこにフォーカスした研究がある。
“Your Skin, Younger”(Logan A et al著)に、以下のような記述がある。
疫学研究では、日本人女性は同年代の白人女性と比べて、顔のシワや皮膚のたるみが少ないことが示されている。食事を始めとする生活習慣がかなり違うわけだから、単純な比較は困難だろう。しかし、日本人女性を他のアジア人女性、たとえば上海やバンコクに住む女性と、年齢調整して比較しても、東京在住の女性は加齢の外見的徴候が最も軽度であった。

なぜ日本人女性は他の国の同世代の女性と比べて、シワやシミが少ないのか。Kate Bleue氏によれば、その理由は、納豆にあるという。(ほんまかいな^^;)
東京在住者は納豆を愛好する。それは毎日の朝食に欠かせないstaple(定番)である。
実際、東京在住者の血中メナキノン(ビタミンK2)濃度の高いことが、その証明になっている。
欧米人の通念に反して、実は日本人全員が納豆を愛好するわけではない。特に西日本では納豆を忌避する傾向が強い(その通り。俺のばあちゃん(京都出身)も毛嫌いしてたなぁ)が、納豆の消費量の寡多と骨粗鬆症の発生率の相関は複数の疫学研究が示すところである。

女性諸君、キレイになるためには、納豆だってさ!

プライス博士は世界中の原住民を観察を通じて、伝統的な食事を摂っている人々では、その老い方が、非常に優雅であることに気付いた。

この写真は、ポリネシアで撮影されたもの。
この女性は90歳近い年齢にもかかわらず、見事な歯とすばらしい体格をしていた。「彼女こそ、自然の供するものを自然に食べていれば、このように優雅な老年を迎えることができるという実例だ」と、プライスは記した。
一般的な90歳の女性を思い浮かべてみてください。自前の歯はほとんどなくて総入れ歯、背は曲がって車椅子、顔はシワくちゃ、髪は薄くて、頭は半分ボケている。そういうイメージではないですか。
90歳まで長生きしても、そんな状況になるのなら、生きる意味って一体何だろう、って考えてしまう。
そして、「それは仕方ない。老いとは、そういうものだ」と思っていませんか。
違います。
誰だって、もっと優雅に老いることができる。この写真の女性のように。
そのヒントが脂溶性ビタミンにあることを、プライスは発見した。
この大発見を参考にしないなんて、もったいな過ぎると思いませんか。

認知症とビタミンK2

2019.5.23

最近、ビタミンK2の有効性に注目している。
様々な疾患に効果があるが、認知症も例外ではない。
疫学的には、アルツハイマー病患者は食事からのビタミンK2摂取量が健常者の半分以下しかない。
K2摂取量が少ないと、骨粗鬆症になりやすくなる。結果、股関節などの骨折を起こしやすくなり、寝たきりになる可能性が高くなる。寝たきりになれば、認知症の発症までは一直線だ。
逆に、認知症患者にビタミンK2を投与すると症状改善の一助となる。
これはどのような機序によるものだろうか。

(以下、認知症は特にアルツハイマー型認知症に限定することにします。)
認知症患者の脳では、病理的にどのような変化が生じているか。
これは病理学のテストで必ず出題されます。
アミロイド斑と神経原線維変化というのがその答えだ。
しかしこれらがどのように生じるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。
ただ、全く何もわかっていないかというとそんなことはなくて、少なくとも二つの要因が明らかになっている。
フリーラジカルによるダメージとインスリン抵抗性だ。
動物実験では、酸化ストレスによって脳に認知症特有の病変ができ、認知症の症状を作り出すことができる。
化学的には、酸化とは、不安定なフリーラジカルが組織や細胞から電子を奪って安定しようとすることをいう。
酸化に対抗するのは抗酸化物質だ。つまり、電子の供給によって、酸化した組織を還元することで作用を発揮する。たとえばビタミンCやビタミンEは典型的な抗酸化物質だ。
しかし意外なことに、ビタミンK2は抗酸化物質ではない。電子の供与能は、ないんだ。抗酸化力のないビタミンK2が、一体どのようにしてフリーラジカルの軽減に寄与しているのだろうか。
学者の結論はこうである。「ビタミンK2は、そもそもフリーラジカルの発生自体を抑制している。」
ビタミンCやEは、いわば消火器だ。火事の炎を鎮めるのがその作用だが、ビタミンK2は、そもそも火事自体を起こさせない。
戦争のドンパチの末に勝つのは勝ち方としては二流で、そもそも戦わずして勝つことこそ最上の勝利だ、と教えるのが孫子の兵法だが、ビタミンK2がやっていることはまさにそれだ。
また、ビタミンK2にはグルタチオン(抗酸化物質)の減少を防ぐ作用があって、これにより間接的に脳細胞を守っている。
(参考
『乏突起細胞とニューロンの生成に対する酸化的損傷を予防するビタミンKの新たな役割』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12843286
『ビタミンKは乏突起細胞中の12リポキシゲナーゼの活性化を抑制することで酸化による細胞死を防いでいる』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19235890)

脳細胞は、他の体の細胞と違って、グルコースの取り込みに際してインスリンを必要としない。つまり、糖質はインスリンの媒介なしにニューロンに入り込むことができる。このため、学者は長らくの間、インスリンと脳は何ら関係がない、と思い込んでいた。しかし今や、インスリンが学習や記憶などの脳機能に極めて重要な働きをしていることを否定する学者はいない。
認知症患者の脳は、糖尿病そのもののようで、グルコースを適切に使うことができなくなっている。実際、アルツハイマー病を3型糖尿病と呼ぶ人もいる。
ビタミンK2はインスリン産生を正常化し、インスリン抵抗性を改善するが、これによって同時に認知症の症状も軽快する。

僕の症例を供覧します(詳細は変えてあります)。
70代女性。記憶力低下を主訴に、家族に伴われて来院。
パートタイムの仕事をしているが、最近仕事上のミス(大事な書類を紛失する、客とのアポイントを忘れる、なじみの客の名前がとっさに出ない、など)が多発し、会社に実害も出るようになった。
MMSEで24点(30点満点中)。それほど悪い点ではなく、ボーダーといったところだけど、日常生活での症状はMMSEの低下の前に出ているものだ。
採血を行い、各種マーカーを調べた(特に注目したのは25ヒドロキシビタミンD3で、11 ng/mlと予想通り低かった。最低30は欲しいところ)。
ここで本来であれば、水溶性ビタミン(C、ナイアシン、B群など)、ミネラル(亜鉛、マルチミネラルなど)、アダプトゲン(アシュワガンダ、ギンコなど)をメインに使うところ、あえていつもと趣向を変えた。
つまり、水溶性ビタミンやミネラルは処方せず、脂溶性ビタミン(ビタミンK2、ビタミンD3、ビタミンA)と、タラの肝油を処方した。さらに、食事指導(甘いものを控える、グラスフェッドバターの推奨など)を行った。
2週間後、患者は表情から激変していた。丸まった背中がのび、ハツラツとした表情で、ときどき快活に笑った。
「調子はいいです。非常にいいです。ここ十数年で一番いいと思います。
先生に出してもらったビタミンを飲んで、その直後に体が軽くなるのを感じました。サプリって長く飲み続けてこそ、効果が出てくるものだと思うんですけど、私の場合は違います。飲んで、すぐに効果を感じました。体が軽くなって、走りたくなるような。仕事は順調です。物忘れは、もうほとんどしません」

こんなに効くものかと、僕自身驚いた。
いつも通りの処方、ビタミンCやナイアシンの処方でもきっと改善しただろうけど、はっきり、それ以上の効果だと思った。
脳はアブラのかたまり、だという。つまり、脳神経を構成する成分のうち、半分以上を脂質が占めている。
脂溶性ビタミンが著効するのも当然といえば当然かもしれない。

認知症と亜鉛

2019.5.23

栄養療法は別名メガビタミン療法とも言われているけど、メガミネラル療法では決してない。
マグネシウムのように、高用量で摂取したところでせいぜい下痢するだけで、大して副作用のないミネラルがある一方、ちょっと見過ごせない副作用が生じるミネラルもある。

『高用量の亜鉛サプリは海馬の亜鉛欠乏およびBDNFシグナル抑制による記憶障害を引き起こす』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3561272/
なかなかショッキングなタイトルの論文だ。
「認知症患者では血中亜鉛濃度が低下している(一方、銅濃度は上昇している)から、亜鉛を補うべき」という認識でいたところ、その治療方針が本当に正しいのか、再考を迫るような論文だ。
ざっと要約すると、、、
亜鉛は神経系において確かに重要な働きをしているが、過剰摂取(特に若年者での)による悪影響は軽視されている。マウスの飲み水を15ppmの亜鉛(低濃度)、60ppmの亜鉛(高濃度)、普通の水の3パターンにして、3ヶ月飼育し、行動および脳中亜鉛濃度を調べた。
高濃度亜鉛群では、海馬の損傷による記憶障害が見られた。研究者にとって意外なことに、これらのマウスでは海馬(特に苔状線維のCA3錐体シナプス)の亜鉛濃度が、増加するどころか、減少していた。
NMDA-NR2A、 NR2B,、AMPA-GluR1、 PSD-93、PSD-95などの学習や記憶と関連した受容体やシナプスタンパクの発現レベルが海馬で有意に減少しており、特に樹状突起も有意に消失していた。

「なんだ、ネズミの話じゃないか。人間では成り立たないだろう」と思いたいところだけど、こんな論文もある。
『膵臓癌抑制のカギとなる亜鉛トランスポーター』
https://www.sciencedaily.com/releases/2017/09/170906114623.htm
著者の焦点は膵臓癌なんだけど、亜鉛と神経疾患についての言及がある。
要約
「アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、健常者に比べて、脳中の亜鉛および鉄の濃度が有意に高い。また、膵臓癌の患者では特異的亜鉛トランスポーターが異常に多く発現している。従って、こうした疾患において、亜鉛や鉄の過剰を防ぐことが治療への有効な手段となる可能性がある。」
最初に挙げた論文は「海馬での亜鉛濃度の減少」を指摘してるけど、この論文を踏まえれば、脳全体の亜鉛濃度としては上昇しているようだ。
ヒトのゲノムは14のZIP(亜鉛トランスポーターや鉄トランスポーターのタンパク質)をコードしている。これらのどこかに異常があると、それに応じた症状が出現する。たとえば腸性肢端皮膚炎は、稀ではあるが、ZIPの異常により亜鉛欠乏を来す致死的な疾患だ。

亜鉛や鉄のトランスポーターの発現は、遺伝による活性の違いや発現量の多い少ないがある。不足しがちな人にミネラルを補うことは簡単だが、過剰を来しやすい人もいることは念頭に置いておく必要がある。
味覚障害を呈しているような明らかな亜鉛欠乏や重度の貧血に対して、亜鉛や鉄の投与をためらう理由はない。ただ勘違いしてはいけないのは、亜鉛や鉄が、誰にとっても「体にいい」」のではないということだ。
誰彼かまわず亜鉛や鉄を勧めては、人によってはメリットどころかデメリットになりかねない。

善意でオススメしたサプリのせいで患者が健康を害しては、医者にとってこんなにつらいことはない。患者にしてもそうで、健康になろうと思って飲んだサプリでかえって健康を損ねては、こんなに腹立たしいことはないだろう。
自戒を込めて言うんだけど、亜鉛や鉄などミネラルの使用は重々慎重にしたい。