院長ブログ

虚血性疾患1

2019.12.14

「ハメマラ」という言葉がある。
何となく卑猥な響きだが、エロい言葉ではない。男性の老化が顕著に現れる器官を順に挙げたものである。
つまり、まず歯が悪くなり、次に目に来て、やがて男性器も思うようにならない、という具合である。
「ちょっと待て、順番が違う。俺の場合、あそこは50歳でもうダメだったが、そのとき視力に何の問題もなかった」という、「ハマラメ」の人もけっこうな割合で存在するようだ。

いずれにせよ、これらの三つの器官には、解剖学的に見て共通点がある。それは、細動脈が密集していて虚血の影響を受けやすい、ということである。
たとえば糖尿病の患者を想像するといい。歯科疾患(歯周病、虫歯など)の罹患率が高く、網膜症で目がやられ、末梢神経障害は手足だけではなくて股間にぶら下がる末梢をも当然含んでいる。高血糖に長らくさらされた細動脈では動脈硬化が進んで血流障害を起こしている。要は、血流の問題である。

糖尿病は血流障害のリスク因子だが、糖尿病でない人が虚血性疾患にかからないということではない。
いや、言葉をもう少し正確に使うと、医学的には「虚血性疾患」という言葉はない(「虚血性心疾患」という言葉ならある。狭心症や心筋梗塞のことだ)。でも、言っていることはわかるだろう。
上記の「ハメマラ」も狭心症も脳梗塞も、結局虚血を起こしている部位が違うだけのことで、要するに、虚血性疾患だ。
もっと言えば、実は糖尿病も緑内障もめまいも虚血性疾患だと言える。これについては後で説明しよう。

脳梗塞、といえば一大事。働き盛りの中年男性がいきなり倒れて、救急車で病院に運ばれて一命をとりとめたとしても、半身麻痺や言語障害などの後遺症が残る、みたいなイメージかもしれない。
こういうのは比較的大きな血管に血栓がつまった症状で、何というか、「立派な脳梗塞」である。しかし、実はもっと地味な脳梗塞(ラクナ梗塞)というのがある。ある疫学研究によると、症状が出ないラクナ梗塞は、40代で4人に一人、50代で3人に一人、60代で2人に一人、70代ではほとんど全員が持っているという。今後MRIの画像解析技術が進歩すれば、この割合はもっと増えるかもしれない。
これはかなり衝撃的な数字ではないですか?
脳梗塞は、マイナーなものまで含めれば、一般の人が思う以上にありふれた現象だということだ。
しかもそういう広義の脳梗塞は、「起こったり治ったり」を繰り返しているようなんだ。たとえば、TIAという病態がある。一過性脳虚血発作のことで、一瞬ガチの脳梗塞の発作のようだけど、症状は5分とかごく短い時間で消失する。
この現象はどのように説明できるのか。
人間の血液中には凝固系と線溶系があって、凝固系は血を固める作用、線溶系は固まった血を溶かす作用を担っている。TIAでは、血の塊(血栓)が一瞬確かに動脈を塞いで組織が虚血に陥っているが、線溶系が運良く血栓を溶かしてくれて再開通した、ということだ。
手の震えや物忘れ、「今日はちょっと手が動かしにくいな」程度の運動障害とか、高齢者はもちろん、若年者でもそういう超軽症TIAが起こっている可能性がある。

こんな具合に、体内では血栓ができたり溶けたり、を繰り返している。また、一口に血栓といっても、誰がどう見ても間違えようのないカチンカチンの血栓もあれば、「ドロドロよりももう少し固め」ぐらいの血栓もあって、程度はgradualである。
しかし血栓傾向が強いと(凝固系>線溶系)、長期的には血栓が体のあちこちの細動脈につまって、虚血性疾患を引き起こすことになる。症状が「ハマラメ」として現れることもあれば、膵臓の虚血から糖尿病を、脳の慢性的虚血から血管性認知症を起こすこともある。

では、どうすればいいのだろうか。
凝固系を抑える薬はすでに存在する。アスピリン、チクロピジンなど、心筋梗塞をやったことがある人は処方されているかもしれない。しかしこれらの薬には、副作用(出血傾向など)がある。できれば副作用のない治療法がないものか。
そもそも、なぜ凝固系が亢進するのか。
凝固系の亢進は、生物の生存にとって必須の性質である。生物の歴史は、食うか食われるか、戦いの歴史だった。交感神経を興奮させてアドレナリンを高めて敵との争いに備え、敵の攻撃を受けても凝固系を亢進して出血を抑えれば、生存の可能性が高まる。凝固系と炎症には密接な関わりがあるが、これは生物の環境適応を考えれば当然のことである。
『炎症と凝固』
https://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/2010/02001/Inflammation_and_coagulation.5.aspx

失血死を防いでくれる本来ありがたいはずの凝固系の働きが、かえって裏目に出て、肩こり、腰痛から脳梗塞まで、様々な疾患の原因になっている。
生存に必要なものを無理に抑えて、結果、最初の状態よりもっとひどいことが起こる、という流れは対症療法にありがちで、こういうときには栄養療法が助けになる。実際、虚血性疾患はオーソモレキュラーの得意分野である。以前の院長ブログで、ポーリングが冠動脈疾患の患者をビタミンCとリシンの投与で治療した論文を紹介した。
http://orthomolecular.org/library/jom/1993/pdf/1993-v08n03-p137.pdf
しかし、同じ論文の紹介に終始してはつまらない。「君はバラのように美しい、と最初に言った人はすばらしい。しかしそれを二度言うのはバカである」という誰かの警句を謹聴し、同じネタは使わないようにしよう。代わりに、虚血性疾患に対する別のアプローチを紹介しようと思っている。
それは、ミミズから抽出した酵素ルンブロキナーゼである。詳しくは次回に続きます。

有機ゲルマニウム

2019.12.10

ネット上には有益な情報もあれば有害な情報もあって、玉石混交の様相を呈している。ある言葉を検索したとして、患者にとって有益な情報が上位に出てくるとは限らない。
グーグルは自社の検索アルゴリズムについて、人為的な操作をしていない言っているが、実際にはそうではないことがわかっている。
https://www.gizmodo.jp/2019/11/google-sure-screws-around-with-search-results-a-lot.html
さらに、業者に依頼すれば、特定の検索ワードに対して、あるサイトの順位を上位にすることもできれば下位にすることもできるという。
「ネット情報にはバイアスがかかっている可能性がある」というのは、ネットから情報を仕入れる上で前提にしておくべきだろう。

きのうの編集者さんの話。
「最近では、ネットで検索をかけても、検索上位に出てくるものはバイアスのかかったものが多いように思います。グーグルにとっては、私たちが求める類の情報のほうが、バイアスがかかっているということになるのかもしれませんが。
大阪の、ある肛門科の先生が、「日本は医師免許さえとれば、何で看板を掲げても問題にならない。それで肛門科の専門医でもない人が、めちゃめちゃな痔の手術を乱発して、全国から困っている患者さんが自分のところに来る」と言っていました。
実際、その先生のところでは「手術適応」と別の医院で言われた痔の患者さんの9割は、単なる直腸便秘で、それさえ解決すれば痔も一緒に治っているとおっしゃっていました。
その手術が不要であるかどうかなんて、素人にはまったくわかりませんし、看板に「肛門科」と書いてあれば、当然肛門の専門医だと思い込んでしまいます。
その先生はネットでさまざまな情報を発信し、多くの患者さんを救っていましたが、昨年8月のグーグルのアルゴリズムの改編以降、急に患者数が減りました。不審に思って自分たちのブログを検索してみたところ、16ページ目でやっと見つかったと言ってました。今まではトップで検索できたのに。
有益な情報が広く行き渡る時代になったようですが、決してそうではないんですね。一部の人たちが恣意的に操作をして、その情報が本当に必要な人に届かなくなっている。そうなると、むしろ弊誌のような紙媒体のほうが強い面もあるかもしれません。
中村先生の書くことは、誰もが「そういうことを知りたかった」と思うような内容です。もちろん、下のネタも大歓迎ですよ^^」

個人的に、非常に迷惑しているサイトがある。あえてリンクは貼らない(みんながアクセスすると、検索順位が上がっちゃうかもしれないからね)。
そのサイトでは、有機ゲルマニウムの危険性を告発している。「科学的エビデンスのない危険なサプリであり、過去には死亡事故まで起こしたことがある」「高額な健康食品を売りつける詐欺である」などなど、好き放題書いている。
一見公平を装っているようだけど、有機ゲルマニウムの有効性を示すエビデンスについては一切触れていない。記事を書いた人は、それなりの資料集めはしているはずで、その途中で有効性のエビデンスも目にしているに違いないのに、あえて書かない。死亡事故が起こったのは二酸化ゲルマニウムによるもので有機ゲルマニウムには副作用がないことを知っているはずなのに、そこは言わない。

僕は有機ゲルマニウムがどれほど有効かを知っている。
論文を読んで知っているし、自分で毎日飲んでその良さを実感しているし、自分の患者が改善しているのを見て知っているし、浅井ゲルマニウム研究所の中村宜司さん(有機ゲルマニウム研究の第一人者)から直接話を聞いて知っている。
特に成長期の子供には非常によく効く印象を持っている。たとえばこんな症例。

4歳女児
来年幼稚園に入園するが、意思疎通の拙さを心配する母親に連れられて当院を受診した。
診察中、部屋の隅の竹炭(空気清浄のために置いてる)をずっといじっていて、僕が呼びかけても振り向こうともしなかった。
「こんな具合です。人に対する興味自体が乏しいっていうのかな。幼稚園でちゃんとやっていけるのか、心配です」
食事指導(甘いものや小麦をやめるとか)に加えて、有機ゲルマニウム、ビタミンD、Kを勧めた。
1ヶ月後の来院時、別人のようだった。僕のほうを見て、問いかけにちゃんと答える。キーボードに向かってパチパチ字を打つ僕のほうに来て、パソコン画面を覗き込む。人に対する興味が出ているようだ。
「すごい変わったと思います。本の読み聞かせをしても、これまでは、心ここにあらず、という感じだったのが、しっかり反応してくれます」
集中力やコミュニケーション能力の向上は明らかだ。そう、有機ゲルマニウムはこういう奇跡を起こす。
もちろん、有機ゲルマニウムの効果だけではないだろう。小麦やお菓子をやめたことで、腸の炎症が治まって、栄養の吸収がよくなった、という面はあるに決まっている。しかしそれだけでは、こんなに急激な改善は見られなかったのではないかと思う。

さらに言うと、有機ゲルマニウムの安全性については、公的機関から確認されている。今年の11月、有機ゲルマニウムは、日本健康・栄養食品協会の「安全性自主点検認証登録制度」に合格した。要するに、厚労省にお墨付きをもらったわけだ。
https://m.facebook.com/asaigermanium/

こんなに安全で、効果の高い有機ゲルマニウムだから、僕も自分の患者に安心して勧められるんだけど、、、
ときどき、僕の思いが伝わらないことがある。事前にネットで「有機ゲルマニウムがいかに危険なしろものか」のサイトを読んだ患者は、僕のオススメを拒絶する。
こういう患者に初めて出会ったとき、最初は妙に思ったものだけど、今ならわかる。勉強熱心で、医者の言いなりにならず、「自分の口に入れるものは、自分で納得したものだけにしたい」という人だから、すごくちゃんとした患者なんだな。
ただ、その勉強するソースがね。。。
「有機ゲルマニウムは危険なんだ」って固く信じていて、一度偏見に染まった人に考えを改めてもらうのは難しい。
なんともやりきれない気持ちだけど、納得できない人がしぶしぶ飲んでも、それこそ逆プラセボ効果(ノシーボ効果)で無意味だから、こういう人にはあえて勧めない。
もったいない話だけどね。

『安心』

2019.12.9

『安心』という雑誌がある。

「くらしと健康に役立つ実用情報を提供する」ことを社是とするマキノ出版から出ている月刊誌だ。全国の書店で販売されているから、目にしたことがある人もいるだろう。

先月、この『安心』の編集者から直筆の手紙を頂いた。
「先生のブログを拝見し、なんておもしろいんだろう、なんて大切なことが、たくさん書いてあるんだろうと思いました。ぜひ一度お会いできないものか、連載をお願いできないだろうかと思い、ご連絡しました」
僕は机に突っ伏して、しばらく身動きができなかった。
ブログを書く僕の胸中は、矛盾した感情がせめぎ合っている。「僕の言ってることなんかどうせ誰もわからへんやろう」というニヒルと「僕の情報で救われる人がいるかもしれない」という希望。膨大な情報が行き交うネット空間に、ひとつ、僕の文章を投げ込んだところで、世界は何も変わらないだろうという諦念と、いや、そんなことはない、分かる人には分かるはず、という祈りにも似た思い。
僕はこの手紙を読んで、震えた。僕のメッセージが届いている、どころじゃない。「先生のメッセージをもっと多くの人に届けませんか」とオファーしてくれた格好で、僕としてはこんなに光栄なことはない。そして同時に、責任の重みも感じる。全国の書店で販売されているというのは、いわばメガホンである。多くの人に僕の声が届いて、それだけ救われる人も多いだろうが、なかには曲解したり反発したりする人もいるだろう。

今日、『安心』の編集者さんが東京から当院に来られ、お話した。
「先生のブログを参考にして、私もサプリを飲み始めました。ビタミンE、ナイアシンアミド、CBDオイルを試しましたが、とても調子がいいです。
子供を産んで以来、眠りがずっと浅かったのですが、CBDオイルを飲みだしてから深く寝れるようになりました。数日飲み続けてから、その後飲んでないのですが、体が眠り方を思い出したのか、飲まなくてもぐっすり寝れるようになっています」とサプリの効果をご自身で実感されたという。
「内因性カンナビノイド欠乏があって、そのせいで眠りの質が悪化していたところ、それが補充されたことで、改善したのだと思います」
「弊誌は高齢者を中心読者層とした健康雑誌で、セルフケアを中心にご紹介しています。先生のほうで、読者の皆さんにお勧めしたい健康法などあれば、ぜひお願いします。
できれば、あまりお金のかからない健康法が好ましいです。スーパーで普通に売っている食材にこういう効能がある、といった話でもいいですね。
弊誌は全国の書店で取り扱いがありますから、田舎を含め全国に読者がいます。田舎の高齢者の方々というのは、ネットで情報を仕入れるよりは、今でも弊誌のような雑誌媒体が主要な情報源ということが多いんです。
最近は薬の危険性ということが広く言われるようになり、田舎の高齢者の方々にも「症状を薬で治すのではなく、食事などの生活習慣の改善で治したい」という人が増えています。弊誌はそういう人たちの希望に沿った情報を提供したい、という思いもあります。
先生、ご存知ですか。田舎の高齢者が薬をやめるというのは、大変な覚悟がいることなんです。「医者が一人しかいない村」は全国にたくさんあります。そんな村で、医者の意向に反して「この薬は体に悪いって聞いたんだけど、やめれませんか」なんて、とても言えません。都会なら簡単に言えると思います。いろんなスタイルの先生がいて、それこそ、オーソモレキュラー医学をしている先生もたくさんいるでしょうから。しかし田舎で、主治医の不興を買うリスクを冒してまで「薬をやめたい」というのは、生半可な覚悟では言えないんです」

なるほど、おもしろい話だ。全国にはいろんな状況の人がいて、いろんな需要があるのだな。
しかし、高齢者ウケするネタとなれば、どうだろう。今までいろいろな情報をブログで発信してきたけど、特に高齢者を意識したものではなかった。
何がウケるかはわからない。しかし少なくとも、何がウケないか、となれば、性的な悩みは高齢者とは縁遠いものだろう。
と思いきや、『安心』掲載記事に、こんなのがあった。

AV男優のしみけんが寄稿しているという^^そっち系の情報もありなんだな。
そう、「高齢者の性」って世間的には何となくタブー視されてるけど、人間である限り、性欲は切っても切れないもので、そういう情報も当然大事だよね。

宝塚

2019.12.5

きのうの夜、近所の居酒屋で飲んでた。
テレビのバラエティ番組が流れてて、ふと、横の人が「あ、真矢ミキ」と言った。
僕は芸能人とか全然詳しくなくて、「誰?」と聞くと、
「元タカラジェンヌ。花組のトップスターだよ」
ふーん。それって、すごい人なの?
「もうね、すごい人気だったよ。ヅカの革命児、って言われたくらいのスターだった。オスカルが本当にかっこよくて」
アライグマの?
「それはラスカル。オスカル、知らないの?あっちゃん、文学詳しいと思ってたんだけど」
いや、ボケてるんやんか。ベルばらやろ。
「そう、あのときの宝塚は本当に夢みたいに素敵だった。涼風真世、天海祐希、安寿ミラ、一路真輝。今でも宝塚は人気だけど、あの時代の宝塚には、何か特別な空気があったと思う」

70年代、宝塚歌劇団は存続の危機にあった。テレビが各家庭に普及し始めた時代である。テレビが娯楽の王様として台頭したことで、わざわざ劇場に足を運ぶ人は年々右肩下がりに減少していた。「阪急ブレーブスと宝塚歌劇団は阪急グループの二大お荷物」だと揶揄されていた。
もちろん、熱烈なファンはいた。ある東京在住の少女。たまたま宝塚歌劇団の東京公演を見たことがきっかけで、宝塚の世界に夢中になった。東京公演には欠かさず見に行くのはもちろん、ひいきのスターの出待ちをしてファンレターを渡したり、お小遣いで写真集を買って夢想にふけったりしていた。
ちょうどその頃、少女はもう一つ、自分を夢中にさせる新たな趣味を見つけた。『週刊マーガレット』に連載されている『ベルサイユのばら』である。男装の麗人オスカルとフランス王妃マリー・アントワネットらの人生を描いたマンガで、少女はその世界観の虜になった。
宝塚歌劇と『ベルサイユのばら』。少女の胸のなかで、この二つの趣味は奇妙に融合した。「宝塚の次の演目が『ベルサイユのばら』だったら、どんなに素晴らしいことだろう。『ベルサイユのばら』の持つ甘美な悲劇性が、華々しいあの宝塚の舞台上で再現されたなら、どんなに感動することだろう」と、少女の夢想は途方もなく膨らむのだった。

宝塚歌劇団で演出を担当する植田紳爾は、頭を抱えていた。次の演目をどうしたものか。先だって上演した『我が愛は山の彼方に』は幸い好評で、客の入りもまずまずだった。しかしこれまでの膨大な赤字を埋めるにはほど遠い。会社は劇部門を邪険に扱っている。社長の一存で、いつ「解散」を言い渡されても不思議ではない。劇団員も皆、危機感を持っている。ここでひとつ、世間の耳目を引くヒットを飛ばしたいところだが、、、
ふと、ファンレターが目にとまった。東京在住の少女からのもので、自分がどれほど宝塚歌劇の世界に憧れ、東京の定期公演を楽しみにしているか、拙い筆跡で綴られていた。ファンレターには少女マンガ雑誌が同封されていた。「植田さんは、マーガレットで連載中の『ベルサイユのばら』を知っていますか。私は、これが宝塚の舞台で上演されたら、とても素敵だと思います。植田さんも読んでみてください」
これが、植田と『ベルサイユのばら』の出会いである。一読した植田は膝を打った。「なるほど、おもしろい」植田は少女の夢想に共感した。「これが宝塚で演じられたなら、大ヒットするに違いない」と。
企画会議の席で、社員に提案してみたところ、激しい反対にあった。今でこそ、マンガは日本が世界に誇るクールジャパンの筆頭格だが、当時は違った。「マンガを読めばバカになる」と言われた時代である。「文学作品に取材するならともかく、一時の流行マンガに乗っかろうって魂胆が浅ましい」「フランス王朝の家紋はユリでしょう。それがバラだなんて、無知にもほどがある」
特に、脚本担当の長谷川一夫の反対は根強かった。「あり得ません。植田さん、このマンガが何をテーマにした話か、わかった上で勧めているのですか。女王が他国の男性と情を通じる不義密通がテーマですよ。宝塚歌劇のモットーをお忘れですか。『清く正しく美しく』です。宝塚では、絶対にダメです」
やはりダメか。想像以上に強い反発に出くわして、植田は意気消沈した。しかし、そんな植田を鼓舞するように、東京の少女から毎週『週刊マーガレット』が送られてくるのだった。『ベルサイユのばら』を読む。やはり、おもしろい。「そう、舞台にすれば、ヒットは間違いない。これくらいのことで、あきらめちゃいけないんだ」
植田は長谷川を懸命に説得した。「このマンガが描きたいのは、不義密通ではありません。美しい夢があった悲しい女性の物語なんです」
長谷川、ついに折れた。「これで行きましょう。行くからには、全力で脚本を書きます」

結果、140万人を動員する空前の大ヒット。『ベルばら』は社会現象になり、熱狂的な宝塚ファンを生み出した。
これ以後、宝塚歌劇団の行う公演は安定的にヒットするようになり、チケットは入手困難になった。倍率が増加したのは、チケットだけではない。これまで5倍程度だった宝塚音楽学校の入学倍率は、20倍に跳ね上がった。入試募集要項に応募資格として「容姿端麗であること」と記載のある学校はざらにないだろうが、単に美人なだけでは入学できなくなった。簡単には見れないし、簡単には入れない。『ベルばら』は宝塚がブランド化する起爆剤になった。
天海祐希、黒木瞳、涼風真世など、多くのスターが生まれた。特に天海祐希は宝塚音楽学校の作り出した最高傑作だと言われている。入学試験のときからすでに存在感があって、試験官の一人だった植田紳爾が「お母さん、よくぞ生んでくださった」と言ったことが語り草になっている。

そういえばさ、この前亡くなった八千草薫もタカラジェンヌだよね?
「らしいね。でも古すぎて、私そこまではフォローしてない」
あの人、若い頃はとんでもなく美人だったって、知ってる?
以前グレタガルボについて書いたけど、若いときに圧倒的に美しかった人というのは、老いを極度に恐れるものだ。その点、八千草薫は老いに対して恬淡としてた印象で、素敵な年のとり方だと思う。
50歳を超えた天海祐希は、どんなふうに年齢を重ね、どんな演技をするようになるだろうか。

参考:『宝塚百年を越えて: 植田紳爾に聞く』(植田紳爾著)

ベンゾと癌

2019.12.4

ベンゾジアゼピン系の薬は、睡眠薬あるいは抗不安薬として臨床でよく用いられる。
この薬なしでは精神科臨床はほとんど成り立たない、といっても過言ではないくらい、日常的に処方されている。
依存性の強さから、患者のほうでも「この薬なしでは生きていけない」という人もいる。一度ハマってしまえば、やめるのはかなり難しい。

最初は、ものすごくよく効く。頑固な不眠症や、急にドキドキするパニック発作が、この薬1錠で劇的に改善する。「なんてすばらしい薬だろう」と思う。でも連用すると、段々効かなくなる。
この状態を薬理学の言葉で、「耐性」という。
耐性のない薬物もある。たとえばタバコ。
吸いたくなるけど、1本吸うと、きっちり満足できる。十年二十年吸ってる愛煙家でも「一気に2本か3本吸わないと満足できない」という人はいない。タバコには依存性はあるが、耐性はない、ということだ。
しかしベンゾはそうではない。最初はその1錠でしっかり効いても、段々効かなくなってきて「寝つけるけど、2時間で目が覚めてしまう」みたいなことになる。
諸外国ではベンゾの処方期間に上限があるけど、日本は基本的に野放しなので、ベンゾ依存症の患者が無数にいる。
これは、明らかに薬害だ。患者が副作用のことを同意の上で飲んでいるのならまだいい。でもほとんどの患者は、自分の処方されている薬に強い依存性や耐性があることなど、知らずに飲んでいる。
つまり、医師は患者にベンゾを処方するときに、副作用についてろくに説明してないわけだ。これは医療側の不作為で、仮に患者から「事前に知っておくべき重大な副作用の説明を受けなかったせいで依存症になってしまった」とか裁判を起こされでもしたら、お医者さんの側がけっこう危ういんじゃないかな。

ベンゾの危険性を警告する論文は多い。
たとえば、昔から言われてきたのは、ベンゾによる癌リスクの上昇。動物実験や細胞を使った試験では、発癌性が確認されていた。
人を対象とした疫学研究では有意差がでない研究もあって、見解が分かれていたんだけど、下に紹介したメタ解析(エビデンスレベルが最も高い)で、最終的な答えが出たと言っていいと思う。
こういう研究を踏まえて臨床をするのであれば、医者は患者にベンゾを処方するときに、依存性や耐性についての説明に加えて「この薬で癌になりやすくなりますからね。たとえば脳腫瘍に2.06倍、食道癌に1.55倍なりやすくなりますけど、大丈夫ですか?」と言わないといけない。
まぁこんなの言われたら、脅しみたいなもので、ほとんどの患者は飲まないよね^^;でもベンゾは、それぐらい危険な薬なんだ。

『ベンゾジアゼピン薬剤と癌リスク~前向きコホート研究のメタ解析』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5731963/
ベンゾと癌リスクの関連性については、必ずしも一貫していない。そこで我々は前向きコホート研究のメタ解析を行って、ベンゾの用量と癌リスクの関係性を評価した。
このメタ解析は、2017年7月までに発表された22本の論文をもとにしている。
我々の結果によると、ベンゾの使用と癌リスクの間には有意に高い相関性が見られた。具体的には以下の通りである。乳癌(RR:1.15; 95% CI, 1.05–1.26)、卵巣癌 (RR:1.17; 95% CI, 1.09–1.25)、大腸癌(RR:1.07; 95% CI, 1.02–1.13)、腎臓癌(RR:1.31; 95% CI, 1.15–1.49)、悪性メラノーマ(RR:1.10; 95% CI, 1.03–1.17)、脳腫瘍(RR:2.06; 95% CI, 1.76–2.43)、食道癌(RR:1.55; 95% CI, 1.30–1.85)、前立腺癌(RR:1.26; 95% CI, 1.16–1.37)、肝臓癌(RR:1.22; 95% CI, 1.13–1.31)、胃癌(RR:1.17; 95% CI, 1.03–1.32)、膵臓癌(RR:1.39; 95% CI, 1.17–1.64)、肺癌(RR:1.20; 95% CI, 1.12–1.28)。
さらに、ベンゾと癌リスクの間には有意な用量・反応性の関係が見られた(尤度比検定)。我々の結果は、年間服用量500㎎につき17%、初回使用以後5年につき4%、3種類のベンゾ処方につき16%、それぞれ癌リスクが増加することを示している。これらの結果を踏まえれば、ベンゾの増量は健康に有害である可能性がある。

では、なぜベンゾによって発癌リスクが増加するのか?その機序は?
論文の本文に記載がある。それを参考にして説明しよう。
ベンゾを服用すると、各種の炎症メディエーターが増加する。つまり、体内で炎症が起こる。この炎症がアポトーシス(細胞の自殺)を抑制し、かつ、腫瘍細胞の増殖を刺激する下地になる。同時に、ベンゾはミトコンドリア膜の脱分極に影響して、好中球のアポトーシスを抑制する。好中球のアポトーシスは免疫系のホメオスタシスを維持するうえで重要である。というのは、自死しない好中球が免疫異常を起こして自分の器官を攻撃してしまうためだ。
そもそもベンゾの薬理作用は、神経伝達物質(γアミノ酪酸(GABA))の作用を高めて塩素イオンチャネルに協調的に働くことによって発揮される。γアミノ酪酸は、抑制性神経伝達物質としての作用だけでなく、細胞の増殖や分化にも関与していると考えられている。ベンゾによって特に脳腫瘍が増大している理由はここにある。
要するに、
ベンゾ服用→炎症→アポトーシス低下→癌増殖と、好中球のアポトーシス低下に伴う免疫異常と、ベンゾ服用→GABAによる細胞増殖作用→癌増殖という機序がある。
アポトーシスは細胞の自殺で、細胞が自ら死ぬというのは、何となく良くないイメージだけど、必ずしもそうではない。
捨てるべきゴミは捨てないといけないように、忘れるべき記憶は忘れないといけないように、死ぬべき細胞は、死んでくれないといけない。
方丈記に「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という有名な文がある。
人間の体もこの原則に沿っていて、この流れに反するような治療や投薬は、だいたいにおいて、失敗していると思う。