2020.1.8
幻覚・妄想症状のある患者を見れば、まず、統合失調症を疑い、抗精神病薬の投与を開始する。
精神科医なら誰もがやっていることだ。しかし、投薬によってほとんど(あるいはまったく)改善しない症例がある。
複数の抗精神病薬を十分量、十分な期間投与しても改善しないとき、こういう症例を、治療抵抗性の統合失調症、という。精神科医なら誰でも経験している。
こういうときにどうするか。
ひと昔前なら、患者は医者の言いなりだった。薬をどんどん増やされることになる。一般の精神科医には、薬しか武器がないんだから、仕方ない。
なるほど、薬の効果というべきか、確かに幻覚、妄想は治まったようだ。ただ、ずっと無気力状態で、廃人のようだ。もはや、かつての「その人」ではない。人間をこんな状態にしておいて、果たしてこれが、治療、と言えるのか。
今はインターネットがある。もはや、知識は医者の専有物ではない。患者は必死である。他ならぬ自分の病気のことだから、医者よりも熱心にネットで勉強している。
そこで、一般の医者が知らない情報にたどりつく。「オーソモレキュラー療法?統合失調症にはビタミンCやナイアシンなどのビタミンが効く?よし、やってみよう」こうして劇的に改善する人がいる。統合失調症を医者に治してもらったのではなく、自分で(あるいは情報で)治したんだ。
もっとも、この場合「統合失調症にナイアシンが効いた」というよりも、そもそも統合失調症というよりは、ペラグラ(ナイアシン欠乏)による精神錯乱だった、というべきかもしれない。
とにかく、統合失調症と診断される患者のなかに、ナイアシンが著効する一群があるというのは、エイブラム・ホッファーの偉大な発見だった。
さて、期待しながらビタミンを飲んでみたが、それでもなお改善しない、相変わらず幻覚やら妄想に悩まされる、という人がいる。
こういう場合、どうすればいいだろうか。
僕のところに来る患者は、たいていの場合「もう一通りはやっている」。藤川徳美先生の本を買って、プロテインを飲んで低糖質高タンパクを心がけてるし、鉄も飲んでいるし、ビタミンもいろいろと買いそろえて試している。「それでもよくならない」という患者が来る。
だから、なかなか手ごわいんだ。僕にも、確たる「答え」があるわけじゃない。患者の話を知恵を絞りつつ聞きながら、治療法を提案している。あまり一般的ではない栄養素を勧めたり、ハーブや漢方を勧めたり。提案が当たって見事に改善、ということもあれば、残念ながら僕に愛想を尽かして去って行った人もいる。
45歳男性
一年ほど前に、母親とともに当院初診。本人が言葉をしゃべることはほとんどない。
20年ほど前に統合失調症を発症し、投薬治療を開始した。よくなったり悪くなったり。何度か入院したこともある。
薬で精神症状が落ち着いてもジスキネジア(不随意運動)が出て、減薬する。今度は精神症状が再燃して、と、なかなか症状が安定しない。
お母さんは、息子の変化をよく観察していて、日記もつけている。どの薬を飲めばどういう変化があるか、医者よりもはるかに把握している。
インターネットでの情報収集も欠かさない。投薬治療で統合失調症の完治など望むべくもないことは、もうとっくにわかっている。問題は、「じゃあ、どうすればいいのか」だ。
そういう情報収集の中で栄養療法の存在に気付いたし、僕のブログを読むようにもなった。食事には徹底して気を遣い、様々なビタミンやハーブ(僕の勧めるものも含め)を試した。
ビタミンの投与量を調整して、翌日の調子を観察したり、ビタミンのメーカーの違いでどのような変化があるかを調べたりした(以前のブログに書いたけど「ナウ社のナイアシンよりもソラレー社のナイアシンのほうが効きがいい」と僕に教えてくれたのは、実はこのお母さんだ)。
ある種のビタミンが劇的に効いたことがある。しかし服用を続けるにつれて、まったく効かなくなる。それどころか、服用以前よりも悪化したりする。一般には効果があるとされているもので逆に悪化してしまうものだから、僕も困ってしまった。
症状の変化を観察していくうちに、母は息子に「薬剤過敏」があるのではないか、と思った。たとえば、薬にせよビタミンにせよ、一般の推奨量を飲むと、本人には作用が強く出すぎるのだった。
また、定期的に行う採血データと症状の変動に注目したところ、どうも、甲状腺ホルモンの値と精神症状の変動に相関があるように思った。つまり、甲状腺ホルモン(FT3、FT4)がやや高めのとき(TSHが低めのとき)には調子がよく、低めのとき(TSHが高めのとき)には調子が悪いことに気付いた。
「甲状腺ホルモンの不足のせいで、精神症状が出ているのではないか」
この点に思い至り、甲状腺を専門にするクリニックを受診した。精神症状が甲状腺の異常に起因している可能性を尋ねたところ、「確かにその可能性はあります」との返答を得た。「一度、甲状腺ホルモンの投与をしてみましょうか」と勧められたとき、「お願いします。ただ、ごく少量にしてください」と注文することを忘れなかった。「そんな微量では効果がないですよ」と言われたが、慎重に慎重を期した。
チラージン粉末0.125gを飲み始めて10日ほど経ったとき、素晴らしい変化が起こった。寝起きがよくなったし、どこか一点を見つめてぼうっとしていたり、粗暴になって声を上げることがなくなった。こんなに「普通」になった息子を見たのは、久しぶりのことだった。
一か月ほど飲み続けると、やや不穏が見られるようになった。採血すると、FT4がやや高め(TSHが低め)だったので、服用量を半減(0.0635g)すると、また落ち着いた。
「まだ完全に治ったわけではありません。独り言はあります。ただ、多動や常同行動は劇的に改善しました。以前は多動で一日中動き回っていましたから」
統合失調症の症状に甲状腺ホルモンが関係しているのではないかという報告は、確かにある。
『幻覚妄想状態を呈した甲状腺機能低下症の1例』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/53/12/53_KJ00008989553/_pdf/-char/ja
甲状腺ホルモンの投与で劇的に症状が改善した事例。
こういうふうに症例報告が書けるくらいだから、精神科医にとっても一般的な知識ではない。
この論文の症例のように、あからさまな甲状腺ホルモン低値があればともかく、この患者の甲状腺ホルモン値は正常範囲内低め、くらいであったから、まさかチラージンが著効するとは夢にも思わなかった。
僕はこの患者に対して、何もできなかった。ただただ、学ばせてもらった。
こういう苦い経験とともに、ひとつひとつ、知識を得ていくのだね。
2020.1.8
人間はいつから火を使い始めたのか。
これには諸説あって、170万年前とする人もいれば、20万年前とする人もいる。12万5千年前の遺跡から火を使用した痕跡が見つかっていることから、少なくとも10万年前には火を使っていたのは間違いない。
人類が発生したのが500万年前、火を使い始めたのが10万年前だとすると、人類は490万年のあいだ、口にするものは生ものばかりだった、ということである。草食動物が生の葉を食べ、肉食動物が生の肉を食べるように、雑食の人間は植物や動物を生で食べていたはずで、それが人間本来の食性だった。
しかし火の使用は状況を一変させた。
加熱によって食材が柔らかくなり、風味が増す一方、ある種のビタミンや酵素は加熱により変性し失活する。また、生で食べるのと加熱して食べるのとでは、栄養素の吸収率や消化器系への負担がかなり異なる。
つまり、食材の加熱にはメリット、デメリットが混在していて、一概にどちらが優れているというのは言いにくいが、生のものも加熱したものも様々に食べるようになったことで、食卓のバラエティが非常に豊かになった。
ただ、現代人の食卓に並ぶのは加熱調理した食材が大半である。肉であれ野菜であれ、「生で食べるのは粗野で、加熱調理こそ洗練された食べ方」というのが一般的なイメージだろう。
だから、日本に初めてきた西洋人が日本の食文化を初めて見たとき、彼らは身震いした。何しろ、生の魚を薄くスライスし、それを加熱もせずにそのままソイソースに漬けたのを二本の棒で器用につまんで食べたり、握って固めた米の上にそのスライスを乗せて手づかみで食べるのだから、野蛮この上ない。今ではsashimiやsushiとして一応の市民権を得たこの食文化も、当初は非常に奇妙に映った。
今や日本もすっかり西洋化されて、刺身や寿司のような例外は除き、「熱によって病原菌や寄生虫を殺し、清潔になってこそ、食用に適する」という考え方がすっかり浸透した。
しかしこの清潔文化を推し進めた結果、アレルギーや喘息など、慢性病患者の大群を作り出すことになった。
「何か間違っているのではないか。人間が490万年間続けてきた本来の食性に戻ることで、人間は再び健康になれるのではないか」
行き過ぎた清潔思想への反省から、生肉を食べる人が次第に増えているという。清潔化を推し進めていた本場の西洋でこういう運動が広がっているのがおもしろいと思う。
動画のこの人は、ほとんど生肉しか口にしていない。
英語が分からない人でも動画を見れば何となく意味は分かると思うけど、一応、ざっと翻訳しておこう(かなりテキトーです^^;)
ケンタッキー州レキシントンに住むデレク・ナンス氏。
「食事の9割は羊の肉。羊のはらわたをね、こういう具合にスムージーにして飲む。
この9年食べているのは生肉ばかりだよ。でも体調は、これまでの人生の中で一番いい。
これは羊の精巣。ちょっとしょっぱい味がする。赤身肉というか、海の幸って感じ。
昔は普通のアメリカの食事を食べていたよ。で、アレルギー体質で、頭痛持ちで、喘息もあって。
さらに、ある種の食べ物に過敏で、食べるとすごく体調が悪くなるんだ。
肉をね、こんな具合に噛む。そう、本当、ガムみたいに一日噛んでいる。ついでに歯磨きにもなっていると思う。
こういう食事をしだしたきっかけは、ウェストン・プライス財団を知ったことだ。原住民がどんな食物を食べているのか、という研究が行われていてね。
そこで肉をベースにした食事スタイルがあることを知って、それでやってみようと。
ちょうど体調が悪いときで、何を食べても消化がうまくできないときだったんだけど、生肉なら食べられそうな気がしてさ。
では、はらわたのスムージーの作り方をお目にかけよう。
これ、小腸ね。他にもいろんな腸の部位がある。こんな具合に、ぜーんぶスムージーに入れる。「羊の腸内の細菌が怖くないか」って言われるけど、全然。
というかむしろ、プロバイオティクスとして、僕の腸にいいと思う。
妻から「あなたのブレンダーはこれって決めてね。私のブレンダーは使わないで。羊の腸のにおいがうつるから」って言われたけど。
生肉に含まれる栄養というのは、もう、本当に素晴らしいと思う。なぜかといって、生肉には調理プロセスで抜けてしまう栄養素が丸ごと入ってるから。
テーブルに座って、この骨を15分とか20分、がしがし噛む。こうやって、犬みたいにね。
で、さらに、こうやって骨を砕いて、なかの骨髄もすする。
スーパーとかに行って、ラベルの貼られたパック詰めの肉を買うより、僕はもっと直球で行きたい。つまり、牧場に行くんだ。
それで、動物を買って、僕のトラックに乗せて、それで家の裏庭でさばく。楽しいよ。
肉は、ホールで頂く。肉から内臓から、もう、全部。いろいろな部位があってさ、食事がバラエティ豊かになるよ。
これ、腎臓。栄養満点だよ。食事のメインだね。
4人の子供がいる。妻はもともとベジタリアンだった。
妻「デレクに出会わなければ、私はずっとベジタリアンだったと思います。デレクの肉の頂き方は、スーパーで肉を買うよりもはるかに倫理的だと思います」
動物の大きさにもよるけど、大人の羊だと一頭だいたい175ポンドで、値段は200ドル。これで1か月は持つ。僕の食べ物の90%はこういう肉だよ。
子供にも小さいときからこういう食事をさせている。
子供「絶対みんな変って言うだろうね」
卵とってきてよ。
子供「見つけたら生で食べていい?」
食べたいならね。
子供「お父さんが肉以外のものを食べてるのって、見たことない。
もう慣れてるよ。友達からは「変だ」って言われる。で、僕も「そう、変だね」って答える」
私のことを問題視した教師がいた。「子供の前で肉をさばいているとは何事か」と。だから、ソーシャルワーカーに説明した。説明したら、ちゃんとわかってくれて解決したよ。
でも、子供はきついかもしれない。「お前のおやじは狂ってる」って言われたり。
なぜ世間一般の子供が生肉を食べちゃダメってことになっているのか、理解できない。ちゃんとした環境で育った動物の肉なら、何も問題はない。
もうね、はっきり教育がまずいと思う。「細菌こそが万病のもと」ってパラダイムでしょ。で、全部消毒して清潔にしましょう、と。
僕は、生命をきちんと頂こう、と決めたんだ。
ここには骨を埋めてる。いい肥料ができるよ。で、これを分解しようとしてわいてくる、このうじ虫ね。これも食べれるよ。こんな具合に。
このうじ虫の体内に含まれる酵素が、私の胃腸の消化を助けてくれる。
誰にもこういうスタイルを勧めようとは思わないよ。
ほら、二か月ほど寝かせたレバー。いい感じに発酵している。ほら、ここにカビが生えている。
これがいいんだ。プロバイオティクスになってね、こんな具合に食べる。
体調には何も問題ない。
冷蔵庫に1週間放置した古いチキンを食べて下痢をしたことがあるくらいかな。
もう10年このスタイルを続けているけど、やめるつもりはないよ。」
そう、プライス博士が世界中で見たのは、原住民たちが生肉をいかに尊ぶか、ということだった。
イヌイットはアザラシを、アフリカ原住民は牛を、感謝とともにさばき、血の一滴も無駄にしないように、まるごと頂く。人間の食事は本来こうあるべきなんだろうね。
ただ上記の動画のような生肉食事法は、国土が広く庭も広いアメリカだからこそ実行しやすいのであって、日本人がこれをやるのは難しいと思う。
個人的には、たまに羊肉を生で食べたりしている。ユッケみたいでおいしい。特におなかを壊したこともない。
でも食中毒のリスクを考えれば、医師としては積極的には推奨しにくいな。自己責任でどうぞ!^^
2020.1.7
認知症に対するアプローチのひとつとして、コウノメソッドがある。河野和彦先生によって提唱された治療体系で、お上(日本認知症学会)が行う一般的なアプローチとはずいぶん異なっている。
個人的に「おもしろいな」と思った特徴を要約すると、
・薬は否定しないが、その使用は副作用に配慮して必要最小限であること(抗認知症薬(ドネペジルなど)、抗精神病薬(クロルプロマジンなど)、漢方(抑肝散など))
・家族天秤法(投与する薬の量の調節を患者家族に任せる)
・フェルラ酸、アンゼリカ、ルンブロキナーゼなどのサプリメントの使用。
・GCS(グルタチオン、シチコリン、ソルコセリル)を使った点滴。
といったあたりになるだろうか。
こうしたアプローチのすべてを河野先生が編み出したわけではない。
たとえば認知症のBPSD(周辺症状)に対して抗精神病薬が有効なのは精神科医の間では知られていたし、レビー小体型認知症の幻覚・妄想に抑肝散が有効であることは荒井啓行(東北大学)の報告によるし、認知症による歩行障害にグルタチオンが効くことは柳澤厚生(元杏林大学教授)の報告による。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics1964/43/5/43_5_549/_article/-char/ja/
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/ggi.12696
河野先生の優れたところは、こういう「いいもの」を何でも取り入れる柔軟さにあるんじゃないかな。こういうのって案外できそうでできないんだ。お上の方針からはずれた医療を行うのは、ずいぶん勇気のいることだからね。
家族天秤法は、これまでありそうでなかった方法だと思う。
一般には、薬の投与量を調節する権限は医者にしか与えられていない。患者のことを一番理解しているのは、医者ということになっているから。しかしこれはもちろん、必ずしもそうではない。患者を身近に見ている家族こそ、患者の状態を一番把握しているもので、家族天秤法はこの現実を柔軟に踏まえている。
コウノメソッドのおかげで救われた患者の数は計り知れない。認知症患者を救う方法は、オーソモレキュラー栄養療法だけではないのだな、と認識する。
ただネットを調べると、コウノメソッド(および河野先生)に対する意見は好意的なものばかりではないようだ。
お金の問題でもめたようだけど、個人的にはこういうゴシップ的な話には興味はない。清廉潔白で金にきれいな人でも治せない医者では意味がないし、有能な医者ならばそれ相応の金を求めたって別にいい。
そういうゼニカネの話ではなく、コウノメソッドの方法論に対するまっとうな批判(筋の通った批判)には興味がある。
https://ameblo.jp/lewybody/entry-12212746005.html
このブログを書いた人は、もともとはコウノメソッド実践医だったが、その資格を返上してしまった。
文中、いろいろ理由が挙げられているけど、僕が思うに、結局のところ「河野先生のことが好きではなくなった」ところが根っこじゃないかな。
コウノメソッドの方法論自体に対する批判としては、弱いと思う。「コウノメソッドにはまだ不完全なところもあるし、河野先生に100%同意できるわけじゃないけど、頑張ってやっていこう」というスタンスでも行けたはず。それでもなお、はっきり資格を返上してまでノーを突き付けたというのは、理屈よりは気持ちの問題だと思う。
僕はコウノメソッド実践医ではないけど、コウノメソッドのなかには僕の診療に取り入れたい方法がいくつもあるよ。
シチコリンとかソルコセリルなんて薬の名前は、正直僕には初耳だった。でもずいぶん効くようなんだ。石黒伸先生の著書『告白します、僕は多くの認知症患者を殺しました』のなかに、多くの著効例が挙げられている。
上記のブログにはシチコリンによる死亡例のことが書かれているけど、死んだ人よりは救われた人のほうが圧倒的に多いんじゃないかな。ひとつの極端な例を持ち出しての全否定、というタイプの主張には、慎重でありたい。
フェルラ酸は、米ぬかに含まれている成分。「グロービア社のものでないと効かないよ」と言っちゃったところが河野先生、まずかった。それで他社の反感を買ってしまった。僕なら「米ぬか食っとけばいいんですよ。意味合いとしては同じです。どこ社製であれ、高いサプリなんて買わなくていいです」とか言って、両方の会社から攻撃されそうだ^^;
アンゼリカというのは、アンジェリカともガーデンアンゼリカともいう。日本語ではセイヨウトウキ(西洋当帰)のこと。当帰といえば、漢方ではおなじみの生薬で、中国語風にはdong quaiという。アンゼリカはハーブティーとして生活の木とかに普通に売っているし、サプリとしても買える。
認知症という病気は、癌と似た怖さがある。
癌は、段々と腫瘍が増殖して肉体をむしばみ、やがて死に至るようなイメージだろう。認知症は、肉体は侵さないが、心を侵す。その人をその人たらしめている記憶や精神が、次第にむしばまれていき、やがてすべてがわからなくなる。愛する人が癌になり、その肉体が死ぬのも悲しいが、認知症になり、その人の精神が死ぬことにもまた、別種の悲しさがある。
しかし、癌であれ認知症であれ、なす術がまったくないわけではないんだ。むしろ、全快が望める場合だってある。
くれぐれも「癌には抗癌剤」「認知症には抗認知症薬」という思い込みにとらわれないようにしよう。
2020.1.6
老化というのは、”情報量の過多”のことだという人がいる。
たとえば老人の顔を見よ。深いしわが刻まれ、無数のシミが散乱している。一方、若者の顔を見よ。しわもシミもない、つるつるとした美しい肌をしている。
老人と話してみよ。要点がぼやけていて何が言いたいのか要領を得ず、そのくせやたらと話が長い。一方、若者の話は、簡潔明瞭かつ機能的だ。
つまり、長く生きるということは、体や心のあちこちに不必要な情報を溜め込んでいくということだ。そういう積もり積もった情報のせいで、容姿においてもふるまいにおいても、醜くなったり非能率的になったりする。老化にはそういう側面があるんだな。
認知症患者において、脳内に蓄積したアミロイドβは”不必要な情報”の最たるものだ。はっきり、ゴミ、である。
このゴミは、神経細胞外に溜まるが、神経細胞内のタウ蛋白の異常なリン酸化を引き起こし、結果、神経細胞が壊死する(神経原性変化)。こうして脳が次第に萎縮していくことになる。
アミロイドβの蓄積は、認知症を発症する30年ほど前から始まっているという。つまり、80歳で認知症になった人は、すでに50歳ぐらいからアミロイドβによる脳萎縮が始まっている可能性がある。認知症は、1年2年で始まる病気じゃないんだ。30年かけて爆発する時限爆弾だということだ。
では、このアミロイドβの蓄積を防ぐにはどうすればいいか。
これについては以前のブログで書いたことがある。
「アミロイドβの分解は、インスリン分解酵素が行う。甘いものを多食する人では、インスリンの分泌量が多く、インスリン分解酵素の消費も激しい。だから、アミロイドβの分解にまわすだけの余裕がない。こうして分解されずに残存したアミロイドβが、どんどん脳内に蓄積していくことになる。実際、糖尿病患者では認知症の発症率が高いし(「認知症は脳の糖尿病」という先生もいる)、臨床現場を見ていても認知症患者には甘党が多い印象だ。腸脳相関を考えれば、脳の炎症には腸の炎症が関係しているもので、だからまず、腸の炎症を起こすような精製糖質とグルテンをやめること。認知症の改善には、これが絶対の前提条件だ。」さらに、デール・ブレデセンの「リコード法」を紹介した。
このブログでは、繰り返しを避けて、また別の角度から認知症を見てみよう。
「アルツハイマー病は、ビタミン療法で劇的に改善する」とソールは断言している。「ビタミンE、B12、ナイアシン、レシチンには改善を示すエビデンスがある」
ソールのDoctorYourselfにある認知症関連記事はここが詳しい。
http://www.doctoryourself.com/alzheimer.html?fbclid=IwAR0CEuZKp58BYCpo-CrTQ0ianUl74AktgIEBvyh07T4__UWX80DtQLJFDBc
以下、このページ内にある研究をいくつか紹介しよう。
・ナイアシン
『アルツハイマー病マウスにニコチンアミドを投与すると、サーチュイン阻害とリン酸タウの選択的減少を経由する機序によって、認知能力が回復する』
https://www.jneurosci.org/content/28/45/11500.short
人間換算でいうと、ナイアシン2000~3000㎎とのこと。マウス実験だから人間でも成り立つと言えないところが残念だけど、ずいぶん示唆に富む研究だと思う。
ナイアシンは、食品で言うと、肉(牛肉、鶏肉、豚肉など)、魚、ナッツ、種子などに多く含まれている。「老人は肉を食え」という主張は、認知症予防の観点からも正しいようだ。
・コリン
アルツハイマー病患者では、アセチルコリン(神経伝達物質)が欠乏している。なぜ欠乏しているのかというと、アセチルコリンを作るための酵素(コリンアセチル転移酵素)が不足しているからだ。このせいで、脳内のアセチルコリン濃度が減少することになる。では、どうすればいいのか。単純な話で、コリンを含む食品を多く食べればいい。それだけで、脳内のアセチルコリン濃度が増加する。コリンはレシチンに多く含まれている。ありがたいことに、レシチンは安いし、薬というわけでもないので簡単に手に入る。
『アルツハイマー病患者に対する高用量レシチンのプラセボ対照二重盲検』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3897460
認知症患者51人に20~25gの大豆レシチンを投与したところ認知症症状が有意に改善した、という研究。
食事からチマチマ摂取するより、こういうでっかいボトルから大さじで摂取するのが手っ取り早いよ。
・ビタミンE
アルツハイマー病患者では、抗酸化物質(ビタミンE、A、Cなど)の血中濃度が低いことが知られている。なぜか?ちゃんとした食事を摂っていないせいか、アルツハイマー病という病気自体がこうした栄養素を消耗するせいか、あるいはこの両方の理由によるものだろう。やはり、単純な話で、足りないなら、補ってやればいい。
『ビタミンEとアルツハイマー病』
https://academic.oup.com/ajcn/article/71/2/630S/4729332
アルツハイマー病患者を対象にした2年間にわたる二重盲検で、ビタミンE投与群(1日2000 IU)では認知症の進行が有意に遅かった。ビタミンEは薬(セレギリン)よりも有効だった。
ところで、当院を受診した若い女性患者で、こんなことを言っている人がいた。
「PMS(月経前症候群)がひどくて、生理が来るのが毎月苦痛でしかたなかった。肌荒れはするし、頭もおなかも痛くて、気分はイラつくし、最悪の気分でした。婦人科を受診してヤーズを処方されたけど、ほとんど効きません。どうにかならないものかと、ネットを調べていたら、ビタミンEとレシチンがいいという記事を見つけて、飲んでみたら、もう、奇跡のように効きました。これまで生理を恐れていたのがウソのようで、いまでは生理当日になって、あ、来たの、という感じです」
ビタミンEとレシチン。
どちらも認知症に効く成分でありながら、同時にどちらもPMSに有効だというのがおもしろい。老若男女問わず、積極的に摂取するといい。
ただ、難をいうなら、ビタミンEは値段がちょっとお高いんだ。モノがいい商品は特に。
60粒入りで5500円というのは、購入ボタンをクリックするのにちょっと勇気いるよねぇ^^;
2020.1.6
アリセプトを「認知症を治す薬」と言ってしまうと、これは科学的には完全に間違いだけど、「認知症の進行を遅らす薬」という表現は、まぁ許容できると思う(ただし、すべてのパターンの認知症の進行を遅らせるわけではない)。
だから、アリセプトの添付文書に「アルツハイマー型認知症治療薬」と記載されているのは、患者本人や家族の誤解を招く。素朴に考えて「アルツハイマー型認知症を治療するための薬」だって思うよね。でも全然そうじゃない。アリセプトを飲んでいるからといって、記憶力の悪化は止まらない。ただ、増悪のスピードが鈍るという、ただそれだけの話。終着点は結局同じ。そのことをきちんと認識して、変な期待をせずにこの薬を飲むのなら、別に構わないと思う。
有効性を検証した論文としては、以下のようなのがある。
『アルツハイマー型認知症に対するドネペジル(アリセプト)』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29923184
長いので【結論】だけ紹介。
ドネペジルで12週あるいは24週治療したアルツハイマー型認知症患者(軽度、中程度、重度)は、認知機能、活動度(ADL)、認知症スコアでわずかな利点(small benefits)が見られることには、中程度のエビデンスがある。また、ドネペジルは費用対効果から見て、プラセボよりも高額でもなければ安価でもない、ということにもエビデンスがある。1日23mgの投与は1日10mgの投与よりも有効とは言えず、また、1日10mgの投与は1日5mgの投与よりもわずかに有効である。しかし、用量が多いほど、投薬中止後の離脱症状や有害事象の割合は高かった。
アリセプトの開発者は日本人。
製薬会社研究員の杉本八郎が久々に実家に帰ると、母が認知症になっていた。息子の自分を見ても、誰なのか認識できない。ショックだった。母の目をしっかり見て、祈るような思いで声をかけた。「息子の八郎ですよ」。応じる母の声はそっけなかった。「そうですか、私にも八郎という子供がいるんですよ」
悲しみを振り切るために、杉本はますます研究に没頭した。母の認知症を治したい。その一念だった。
製薬会社は膨大な資金をかけて新薬の研究開発を行う。ざっと10年以上、数百億から数千億円の費用がかかる。それでも、臨床治験を行い、有効性が認められ、やっと承認までこぎつけるのは、ほんの数%の薬だけである。
会社は杉本の研究にはまったく期待していなかった。認知症の薬などできるはずがないと思っていた。そんな分野に金をかけるのなら、降圧薬や高脂血症など、もっと着実なリターンの望めるところに投資したい。杉本にも、開発中止の命令が下された。しかし彼はその命令を聞かなかった。「認知症患者ではシナプスでのアセチルコリン濃度が低下している。この濃度をうまい具合に高めることができれば、きっとこの研究はうまくいくはず。」上層部を説得して研究継続を許されたものの、しかしなかなか成果が出ない。「どれだけムダな研究を続けるつもりか。」会社から、再度開発中止の命令が来た。「もう少し、もう少しで、成果が出そうなんです。」上層部に懇願し、何とか容れられて研究を続け、苦節5年、ついにアリセプトの創薬を成し遂げた。『杉本八郎物語』(大山勝男 著)
一見美談のようだけど、いまいち胸に響かないのは、アリセプトの効果のなさを僕が現場で見すぎているせいかもしれない。効かないどころか、周辺症状(特に易怒性、攻撃性)がひどくなって手が付けられなくなる患者は珍しくない。そういう人にアリセプトを減量(あるいは中止)して、必要に応じて各種ビタミンやハーブ、CBDオイルを使う、というのが僕の仕事になっている。
かつてアリセプトには増量規定があった。3mgでスタートして2週間経ったら5㎎に増量して、という具合に処方マニュアル通りに増やしていかないと、保険適応の薬として認めない、という認知症薬特有のルール。体格、薬の効き具合など人間の個体差を一切無視して「とにかく一律に、この規定に従って増量せよ」という、バカみたいなルール。このせいで、徘徊などの周辺症状が悪化する患者が全国で続発した。
増量規定は2年ほど前に廃止されたものの、知識のアップデートをしてない医者はいまだにこのルールに従って処方し、多くの悲劇を生んでいる。
認知症の何が大変かといって、認知症の周辺症状なんだ。
そもそも認知症には中核症状と周辺症状がある。中核症状は、記憶力の低下、見当識障害(「今ここにいる自分」の感覚がわからない)、判断力の低下などのこと。
周辺症状は中核症状から派生する症状で、具体的には、せん妄、抑うつ、徘徊、易怒性などのこと。
認知症患者本人は「記憶力が悪くなってきて、自分のことが何だかわからなくなってきた」という。しかし患者の家族にとっては、そういう中核症状は一緒に暮らしていても特にどうということはない。
患者家族にとってダントツに困るのは、周辺症状だ。
せん妄でわけのわからないことを延々言い続けたり、抑うつで食事も自分で摂らないから家族の介助が必要になったり、徘徊でどこかに行ってしまったり、いきなりぶち切れたり、というのは、家族を猛烈に疲弊させてしまう。
アリセプトという薬は、中核症状の進行を多少遅らせるが、周辺症状を悪化させる可能性が高い。
どうですか、こんな薬、かなり微妙じゃないですか。
じゃあどうすればいいのか。栄養療法的にはどのようなアプローチがあるのか、ということはまた別のところで書きます。