院長ブログ

認知症

2020.1.6

アリセプトを「認知症を治す薬」と言ってしまうと、これは科学的には完全に間違いだけど、「認知症の進行を遅らす薬」という表現は、まぁ許容できると思う(ただし、すべてのパターンの認知症の進行を遅らせるわけではない)。
だから、アリセプトの添付文書に「アルツハイマー型認知症治療薬」と記載されているのは、患者本人や家族の誤解を招く。素朴に考えて「アルツハイマー型認知症を治療するための薬」だって思うよね。でも全然そうじゃない。アリセプトを飲んでいるからといって、記憶力の悪化は止まらない。ただ、増悪のスピードが鈍るという、ただそれだけの話。終着点は結局同じ。そのことをきちんと認識して、変な期待をせずにこの薬を飲むのなら、別に構わないと思う。
有効性を検証した論文としては、以下のようなのがある。
『アルツハイマー型認知症に対するドネペジル(アリセプト)』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29923184
長いので【結論】だけ紹介。
ドネペジルで12週あるいは24週治療したアルツハイマー型認知症患者(軽度、中程度、重度)は、認知機能、活動度(ADL)、認知症スコアでわずかな利点(small benefits)が見られることには、中程度のエビデンスがある。また、ドネペジルは費用対効果から見て、プラセボよりも高額でもなければ安価でもない、ということにもエビデンスがある。1日23mgの投与は1日10mgの投与よりも有効とは言えず、また、1日10mgの投与は1日5mgの投与よりもわずかに有効である。しかし、用量が多いほど、投薬中止後の離脱症状や有害事象の割合は高かった。

アリセプトの開発者は日本人。
製薬会社研究員の杉本八郎が久々に実家に帰ると、母が認知症になっていた。息子の自分を見ても、誰なのか認識できない。ショックだった。母の目をしっかり見て、祈るような思いで声をかけた。「息子の八郎ですよ」。応じる母の声はそっけなかった。「そうですか、私にも八郎という子供がいるんですよ」
悲しみを振り切るために、杉本はますます研究に没頭した。母の認知症を治したい。その一念だった。
製薬会社は膨大な資金をかけて新薬の研究開発を行う。ざっと10年以上、数百億から数千億円の費用がかかる。それでも、臨床治験を行い、有効性が認められ、やっと承認までこぎつけるのは、ほんの数%の薬だけである。
会社は杉本の研究にはまったく期待していなかった。認知症の薬などできるはずがないと思っていた。そんな分野に金をかけるのなら、降圧薬や高脂血症など、もっと着実なリターンの望めるところに投資したい。杉本にも、開発中止の命令が下された。しかし彼はその命令を聞かなかった。「認知症患者ではシナプスでのアセチルコリン濃度が低下している。この濃度をうまい具合に高めることができれば、きっとこの研究はうまくいくはず。」上層部を説得して研究継続を許されたものの、しかしなかなか成果が出ない。「どれだけムダな研究を続けるつもりか。」会社から、再度開発中止の命令が来た。「もう少し、もう少しで、成果が出そうなんです。」上層部に懇願し、何とか容れられて研究を続け、苦節5年、ついにアリセプトの創薬を成し遂げた。『杉本八郎物語』(大山勝男 著)

一見美談のようだけど、いまいち胸に響かないのは、アリセプトの効果のなさを僕が現場で見すぎているせいかもしれない。効かないどころか、周辺症状(特に易怒性、攻撃性)がひどくなって手が付けられなくなる患者は珍しくない。そういう人にアリセプトを減量(あるいは中止)して、必要に応じて各種ビタミンやハーブ、CBDオイルを使う、というのが僕の仕事になっている。
かつてアリセプトには増量規定があった。3mgでスタートして2週間経ったら5㎎に増量して、という具合に処方マニュアル通りに増やしていかないと、保険適応の薬として認めない、という認知症薬特有のルール。体格、薬の効き具合など人間の個体差を一切無視して「とにかく一律に、この規定に従って増量せよ」という、バカみたいなルール。このせいで、徘徊などの周辺症状が悪化する患者が全国で続発した。
増量規定は2年ほど前に廃止されたものの、知識のアップデートをしてない医者はいまだにこのルールに従って処方し、多くの悲劇を生んでいる。

認知症の何が大変かといって、認知症の周辺症状なんだ。
そもそも認知症には中核症状と周辺症状がある。中核症状は、記憶力の低下、見当識障害(「今ここにいる自分」の感覚がわからない)、判断力の低下などのこと。
周辺症状は中核症状から派生する症状で、具体的には、せん妄、抑うつ、徘徊、易怒性などのこと。
認知症患者本人は「記憶力が悪くなってきて、自分のことが何だかわからなくなってきた」という。しかし患者の家族にとっては、そういう中核症状は一緒に暮らしていても特にどうということはない。
患者家族にとってダントツに困るのは、周辺症状だ。
せん妄でわけのわからないことを延々言い続けたり、抑うつで食事も自分で摂らないから家族の介助が必要になったり、徘徊でどこかに行ってしまったり、いきなりぶち切れたり、というのは、家族を猛烈に疲弊させてしまう。
アリセプトという薬は、中核症状の進行を多少遅らせるが、周辺症状を悪化させる可能性が高い。
どうですか、こんな薬、かなり微妙じゃないですか。
じゃあどうすればいいのか。栄養療法的にはどのようなアプローチがあるのか、ということはまた別のところで書きます。