ナカムラクリニック

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2020年1月

ビーガンダイエット

2020.1.11

カール・ルイスはオリンピックで通算10個のメダル(金メダル9個、銀メダル1個)を獲得した。ことさら言うまでもなく、極めて優れた身体能力のアスリートだった。
才能によるものだろうか。環境によるものだろうか。
そう、才能はあった。両親は元陸上選手で、兄はサッカーの元アメリカ代表選手、妹も走幅跳びの選手でメダリスト。身体能力に遺伝性があることは間違いない。
才能のある人が血のにじむような努力をすると、金メダルを9個もとるような超人が生まれるわけだ。

彼はどんな努力をしたと思いますか?
一流のトレーナーをつけて、フォーム(姿勢、腕のふり、膝のあげ方など)を研究し、日々練習に明け暮れた。
さらに、食事にもこだわった。世界で勝てる体を作るには、何を食べればいいだろうか。
ジョコビッチがグルテンフリー食に変えることで無敵のテニスプレーヤーになったように、食事こそがライバルから頭ひとつ抜き出るための秘訣だということを、一流のアスリートは知っている。
カール・ルイスのたどり着いた結論は、なんと、ベジタリアン(菜食主義)だった。
ベジタリアンと一口に言っても、いくつかの種類があって、たとえば獣肉は食べないが魚や卵、乳製品は食べるペスコ・ベジタリアン、乳製品だけはオッケーとするラクト・ベジタリアン、動物由来のものは一切摂らないビーガンまで、程度に差があるが、ルイスが選択したのは、ビーガンだった。

低糖質高タンパク食こそが健康への道、と説く医者が聞けば、卒倒するような話である。「動物性タンパク質の摂取を一切断つとなれば、アスリートとしてのパフォーマンスを高めるどころか、健康を維持することさえできないだろう」ルイスの周辺の多くの人が心配して親身な助言をしたが、彼の決意は固かった。

「菜食主義で世界レベルのプレーができるのか。皆、疑問に思うだろう。しかし僕は、アスリートとして成功するために、動物性のタンパク質は必要ないということを実証した。
実際、僕の陸上競技人生で最高の年は、ビーガン食を始めたその年だった。ビーガン食を継続することで、体重は今も変わらない。食事は楽しいし、気分もいい。ビーガン食で何ら不調はないよ。
肉が好きだった父の影響で、僕も昔は普通に肉を食べていた。
ヒューストン大学にいた頃には、食事をしょっちゅう抜いていた。
重いものを持っていては、速く走れないし、遠くに跳べないだろう?体の軽さこそ、一番大切なことだと思って、いかに体重を落とすかを考えていたんだ。
朝食は食べない。昼に食べるのは、週に2回ほど。夜はしっかり食べる。寝る直前とかに。今思えばひどい食事だった。まったく間違っていた。まず、食事の絶対量が足りない。それに食事の消化には4時間ほどかかるから、寝る直前に食べちゃダメだ。
これではいけない、何か方法がないものか、と思って、情報を模索していた。そんなとき、僕の価値観を変える人物二人に出会った。
一人目は、”ジュースマン”として有名なジェイ・コーディッチ。ヒューストンのラジオ番組に、果物や野菜を砕くジューサーの宣伝に来ていたんだ。「毎日16オンスの新鮮なしぼりたてのジュースを飲めば、エネルギーや活力がみるみる湧いてきて、免疫も強くなるし、どんな病気にもかからないよ」と彼から聞いた。
その数週間後、ジョン・マクドゥガル博士に出会った。栄養と健康について書いた最新著書の宣伝に来ていた博士と話す機会があって、彼からベジタリアン食のすばらしさを聞いた。
1990年7月、ビーガンになろうと決意した。あのときのことは今でもはっきり覚えているよ。ちょうどヨーロッパの大会に参加しているときで、土曜の夜にスペインソーセージ食べた。僕が食べた肉は、それが最後だ。その翌日から、完全なビーガン食に切り替えた。「食事を抜く」スタイルから「一日中食べる」スタイルになったわけで、最初はかなりきつかった。塩っけが欲しかったけど、風味付けにはレモンを使って、我慢した。
1991年の春、ビーガン食を始めて8か月後、体がだるくて、やっぱり動物性タンパクが要るんじゃないかなって感じていた。でも、マクドゥガル博士は、「そのだるさはカロリー不足によるものだ。1日に何時間もトレーニングしてるわけだから、当然のことだ。動物性タンパク質が不足しているせいでだるくなっているんじゃない」って説明してくれた。そのアドバイスに従って、カロリーの摂取量を増やしたら、博士の言う通り、エネルギーが戻ってきたよ。1日に24~32オンスほどのジュースを飲んでいた。乳製品は一切摂らない。で、その年は僕のアスリート人生のなかで、最高の一年になった。
何を食べるかというのは、自分で完全にコントロールできる。タイムや距離が思うようにいかなくても、何を食べるかは僕の思うがままだ。
世間一般の人は、ベジタリアン食、特にビーガン食は、あれも食べれないしこれも食べれない、とてもつらいものだと思っている。でもそんなことはない。単調でつまらないということは決してないし、飽きないよ」

そこらへんの屁理屈だけの学者が言っているのではなく、金メダル9個という見事な結果を出している人が言っているのだから、軽く流すわけにはいかない。
プロテインを推す人は「肉は体を作るためのブロックであり、健康維持に絶対必要なものだ」というけれども、たとえば象は草食動物である。基本、葉っぱしか食べていない生物なのに、あの巨体である。あの巨体を構成する筋肉と骨は、一体どこから来たのか。「葉っぱから来た」と考えるしかない。生の野菜には、一般の栄養学者が考える以上のパワーがあるということだろう。
ルイスはビーガンになったきっかけとして、ジェイ・コーディッチ(1923~2017) のことに触れている。この人は20歳で癌にかかったが、ゲルソン療法(人参やリンゴのジュースを大量に飲むことで様々な疾患を治す治療法のこと)によって癌を克服した。これに深い感銘を受けた彼は、その後の人生をジュース療法の普及のために捧げた。彼によると、ジュース療法により、あらゆる疾患(癌、糖尿病、貧血、関節炎、胆石、不安神経症、勃起不全、心疾患など)が治癒するという。

肉が体に合わない人というのは、確かに一定数いると思う。それは、現代の畜肉(遺伝子組み換え飼料を食べ、病気予防のために抗生剤を打たれ、肉量増加のためにホルモン剤を打たれている動物)が合わないのであって、ジビエ(天然の肉)ならいけるのかもしれないし、それともどんな肉であれ体が受け付けないのかもしれない。
酒を飲める人もいれば、飲めない人もいる。
個人差が大きいのが人間の特徴だから、低糖質高タンパク食を万病を治す印籠のように振りかざす昨今の風潮は、ちょっと違うと思うんだな。

参考
Juiceman’s Power of Juicing (Jay Kordich著)

統合失調症と甲状腺

2020.1.11

甲状腺機能亢進症によって精神錯乱のような症状が出ることがある、ぐらいの知識は、どの医者も持っている。
しかし、この逆、甲状腺機能の低下が精神症状(統合失調症、躁うつ、うつ、不安)の原因になっている可能性については、僕も含め、ほとんどの医者が認識していない。この場合、治療は当然、精神症状そのものに対してではなく、甲状腺機能の改善に対して向けられるべきである。しかしそもそもの難関は、「甲状腺機能が乱れていますよ」と診断してもらえるかどうかだ。

一般の医者は精神疾患の背景に甲状腺異常があるとは思わないから、わざわざ採血しない。仮に採血するにしても、せいぜいTSH、FT3、FT4をはかるくらいだろう。
Dr. Thomas Geraciotiは「精神疾患は、視床下部・下垂体・甲状腺軸(HPTアクシス)の内分泌異常」であると指摘している。
「精神疾患は脳の病気」という従来の認識に対して、近年の腸内細菌研究の進展は「精神疾患は腸の病気」という新たな概念を提出した。さらにここに来て、第3の新説「精神疾患はホルモンの病気」という可能性が出てきたわけで、諸説入り乱れて、実におもしろいと思う。

ホルモンの病気であるからには、もう少し詳細な検査をすべきである。Geracioti博士は、甲状腺ホルモンの日内変動(夜にピーク)を配慮して、採血検査は午前9時前に行うべきだと主張している。「そうでないと、サブクリニカル(亜臨床)甲状腺機能低下症を見逃してしまう」と。
さらに、検査項目としては、以下のものを含むべきとしている。TSH、T3、T4、抗甲状腺抗体、血清コレステロール、プロラクチン

甲状腺機能低下症のメカニズムは複雑である。根本的な問題はどこにあるのか。視床下部か、下垂体か、甲状腺か、あるいは甲状腺ホルモンに対するフィードバックに異常があるのか。
また、甲状腺ホルモンに対する感受性は臓器ごとに異なるものであり、また、患者の年齢によってもその影響が異なる。子供で甲状腺ホルモンの働きに異常があれば、低身長、学習障害、ADHDの原因になり得る。
「サブクリニカル甲状腺機能低下症を伴う精神疾患患者(特に投薬治療に反応性が乏しい患者)は、甲状腺ホルモンで治療すべきだ。チロキシンやTSHの血中濃度が正常であってもFT3の血中濃度が正常範囲内の下位20%以下である場合は、甲状腺ホルモンの低さが精神症状の原因である。うつ状態の患者で、甲状腺関連のマーカーがまったく正常だったが、甲状腺ホルモンの投与で気分が大幅に改善した症例もある」

甲状腺ホルモンの重要性は、人間以外の動物にとっても同様である。
熊の冬眠、羊の換毛、渡り鳥の渡りなど、動物が季節の変化を察知してとる行動には、日照時間の長短や血中甲状腺ホルモン濃度が関わっていることが知られている。しかしその詳細なメカニズムについてはわかっていなかった。
この背景に甲状腺刺激ホルモン(TSH)が関与していることを突き止めた研究がある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25437536
甲状腺刺激ホルモン(TSH)には2種類ある。
下垂体前葉由来TSH(pars distalis-derived TSH;PD-TSH)と下垂体隆起葉由来TSH(pars tuberalis-derived TSH;PT-TSH)である。
普通、TSHといえば前者のことを指す。後者の働きは、「動物に春を教えること」(春告げホルモン)である。
PD-TSHがTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)によって制御されているのに対して、PT-TSHはTRHの制御を受けず、夜に松果体から分泌されるメラトニンによって制御されている。
血中のTSHには、PD-TSHとPT-TSHが混在しているが、PT-TSHには生理活性がなく、甲状腺を刺激しない。なぜか?
両者とも、タンパク質の構造自体には何も違いはないが、TSHに結合する糖鎖構造(翻訳後修飾)に違いがあるからだ。PD-TSHには硫酸基がついた二本鎖のN結合型糖鎖が結合していたのに対して、PT-TSHにはシアル酸がついた三本鎖あるいは四本鎖の糖鎖が結合していることが明らかになった。
PD-TSHは半減期が短く、肝臓ですぐに代謝されるが、PT-TSHは免疫グロブリンやアルブミンと結合してマクロTSH複合体になる。PT-TSHに生理活性がないのはこれが理由である。

この論文の意義は何だと思いますか?
TSHには2種類あることを示したこと?それもあるけど、全然それだけじゃない。
そもそも、ゲノム情報は有限なんだ。この有限な資源を、できるだけ有効に使わないといけない。そこで、生物は一つのホルモンに二つの役割を与えた。しかし、体のなかで一つの分子が二つの異なる役割を演じるには、情報の混線を防ぐ必要がある。この研究は、糖鎖修飾と免疫グロブリンがこの混線予防に一役買っているという新しい概念を提出し、生物の巧みな生存戦略の一端を明らかにした。この点こそ、この論文の真骨頂なんだ。

マクロTSHの血中濃度が、甲状腺機能だけでなく、睡眠の質にも影響するという研究がある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28287185

統合失調症を発症する前には、たいていの患者に睡眠障害(入眠困難、睡眠維持困難)があると思う。
何らかの免疫系の異常によってPT-TSH(春告げホルモン)の代謝に齟齬をきたし、結果、睡眠周期が崩れたり、精神症状が出ているのかもしれない。免疫系の異常の背景には、たいていの場合、腸の異常があるものである。
「精神疾患は脳の病気」
「精神疾患は腸の病気」
「精神疾患はホルモンの病気」
この三つ命題が、PT-TSHを中心につながったように思える。
パズルのピースが出そろい、精神疾患の発症機序を説明できるようになったとして、「さて、治療は?」となると、まだ僕にも答えはない^^;
とりあえずは、腸の炎症を鎮めること、つまり、食事の改善からだな。

統合失調症と甲状腺

2020.1.9

そもそも、甲状腺ホルモンとは何か?
これは簡単に言うと、「元気ホルモン」のことである。代謝を促進し、エネルギーの産生量を増加させる働きがある。
人間だけではなくて魚類や両生類、鳥類にとっても重要なホルモンで、甲状腺ホルモンが不足していると、オタマジャクシはカエルになる(変態)ことができないし、鳥は羽の生え変わり(換羽)ができなくなる。
熊などの冬眠する生物では、冬眠中は甲状腺ホルモンの血中濃度が低下している。代謝を落とすことでエネルギーのロスを防ぎ、食べ物の豊富な春まで寝て過ごす、というのが冬眠戦略の要点なのだから、代謝促進ホルモンの低下は理にかなっている。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」が生命の本質で、僕らの体を構成する細胞は日々入れ替わっている、ということは過去のブログで何度か書いたけど、この比喩を援用すれば、甲状腺ホルモンは、「ゆく河の流れを早くする」ホルモンだ。
逆に、甲状腺ホルモンが低下すると、河の流れが淀む。
美容的な面でいうと、皮脂や汗の分泌が減少し、乾燥肌になる。水分の流れが滞って、体のあちこちがむくむ。
熱産生が低下して、寒がりになる。「夏でもクーラーの効いた部屋にいるのが苦痛で、ひざ掛け毛布がいる」みたいな女性は、甲状腺ホルモンが低下しているかもしれない。
食欲が低下して、あまり食べられなくなる。かといって、特にやせるわけでもない。むしろ便秘がひどくて、体重が増えたりする。inが減っているのだからoutも少ないのは、ある意味当然だろう。
特に病気でもないのに、美容目的のために甲状腺ホルモンを飲む女性が後を絶たない。なぜ甲状腺ホルモンを飲むときれいになるのか。それは、不足の逆を考えればいい。
代謝が亢進し、皮脂や汗の分泌が活発になり、肌が美しくうるおう。血流が改善して顔色がよくなり、頬が少女のように赤らむ。食欲が出てきて、好き放題スイーツを食べたりしても、全然太らない。便通も快便。むくみがなくなって顔が細くなり、腫れぼったい目元がすっきりして、いつもより目が大きく見える。つまり、甲状腺ホルモンを飲むことで、女性としての魅力がアップして、モテるようになる。
どうですか、女性諸君。「そんなにいいのなら、私も飲もうかな」と思いますか。
しかし、「クスリはリスク」でもある。胸が動悸で苦しくなったり、手が変にふるえたり、ひどい下痢をしたり、という副作用もあり得るから、薬で安易にきれいになろうとは思わないことだ。

前回のブログで、甲状腺ホルモンと統合失調症の関係について言及した。PubMedで”schizophrenia thyroid”で検索すると、両者の関係性を示唆する文献が数多くヒットする。
今回は、”Brain Protection in Schizophrenia, Mood and Cognitive Disorders”(Michael Ritsner著)という本を参考にしつつ、興味深い知見を紹介しよう。

「甲状腺ホルモンは、中枢神経系の発達や機能を調整するために不可欠である。甲状腺ホルモンの異常が精神症状に影響することにはエビデンスがある。実際、甲状腺疾患の家族歴のある人では、統合失調症の発症率が高い。甲状腺ホルモン受容体の変異や甲状腺ホルモン結合タンパク(トランスサイレチン)の変異と精神症状の相関については未だ明らかではないが、甲状腺ホルモンの異常(過剰あるいは欠乏)が様々な精神症状と関連していることは間違いない。
粘液水腫精神病(Myxedema Madness)は甲状腺機能低下によってせん妄や幻覚を起こす特徴的な症状である。一見矛盾するようではあるが、甲状腺機能亢進という真逆の状態になっても、せん妄や幻覚は起こり得る。
核内受容体に作用する他のリガンド(たとえばレチノイン酸)も脳機能に影響するように、リガンドは過剰になっても欠乏しても、脳機能の破綻につながるようである。甲状腺ホルモンの過剰による症状と欠乏による症状が似通っているのは、このあたりの事情によると考えられる。

統合失調症患者の19%ではfT3とfT4が増加しているとする報告(MacSweeney et al.)や、甲状腺ホルモンの値を正常化することで精神症状が軽減したという研究(Baumgartner et al.)、甲状腺ホルモンの数値が異常であればあるほど、精神症状の重症度も高かったとする研究もある。
また、TSH(甲状腺刺激ホルモン)が高いほど治療への反応が悪いという研究、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)に対してTSHの反応性が低いほど治療への反応性がいいという研究もある。逆に、Baumgartner et alでは、TSHやT3に変化はなかったが、T4の高さが統合失調症の重症度と相関しており、さらに治療反応性とも相関していたとしている。
統合失調症と甲状腺機能の異常の相関の頻度については、研究により値がばらばらである。ある研究ではたったの9%としているが、36%としている研究もある。Othman et alは統合失調症と甲状腺異常の間には相関の頻度が高いとしているが、甲状腺異常と一口に言ってもその異常は様々であることから、「統合失調症は視床下部・下垂体・甲状腺軸(HPTアクシス)の調節異常である」と結論している。
多くの抗精神病薬が甲状腺のホメオスタシスを変化させることが知られているが、投薬治療を受けていない統合失調症患者でも甲状腺ホルモンが低いこともあり、甲状腺ホルモン濃度に影響を与える要因は薬だけではない。
TRHは視床下部から分泌され、下垂体に作用してTSHの分泌を促す。そしてTSHが甲状腺に作用し、甲状腺ホルモンが分泌される。
統合失調症患者ではTRHの受容体に異常があるとする研究がある。フェンサイクリジン(麻酔薬。俗に”エンジェルダスト”と呼ばれ、幻覚剤として乱用されたりする)という薬があって、これを服用すると統合失調症と同じ症状が出現するが、フェンサイクリジンを投与したラットでは前頭前皮質の遺伝子に変化が見られ、TRH受容体の転写が活性化していた。放射線で標識したTRHを使った受容体の研究でも、統合失調症患者の歯状回ではTRH受容体が増加していることが明らかになった(逆に偏桃体では減少していた)。TRH受容体が発現しているのは、視床下部だけではないことからわかるように、TRH受容体の役割はTSHの放出だけではない。実際のところ、TRHは脳の多くの箇所で発現しており、中枢神経系以外のところでさえ、発現している。神経機能の調節(neuromodulator)として、また、神経伝達物質として作用している可能性もある」

専門的な内容なので、難しすぎるかもしれない^^;
盛りだくさんな内容だけど、核心部分は「統合失調症は視床下部・下垂体・甲状腺軸(HPTアクシス)の調節異常である」というところ。
甲状腺異常を是正するつもりでアプローチすれば、統合失調症の改善につながる可能性があるということだ。
数学において、別解の存在が数学を楽しくしているように、真理(治癒)に至る道がひとつではない、というあたりに、すごくおもしろいものを感じるんだな。

統合失調症と甲状腺

2020.1.8

幻覚・妄想症状のある患者を見れば、まず、統合失調症を疑い、抗精神病薬の投与を開始する。
精神科医なら誰もがやっていることだ。しかし、投薬によってほとんど(あるいはまったく)改善しない症例がある。
複数の抗精神病薬を十分量、十分な期間投与しても改善しないとき、こういう症例を、治療抵抗性の統合失調症、という。精神科医なら誰でも経験している。

こういうときにどうするか。
ひと昔前なら、患者は医者の言いなりだった。薬をどんどん増やされることになる。一般の精神科医には、薬しか武器がないんだから、仕方ない。
なるほど、薬の効果というべきか、確かに幻覚、妄想は治まったようだ。ただ、ずっと無気力状態で、廃人のようだ。もはや、かつての「その人」ではない。人間をこんな状態にしておいて、果たしてこれが、治療、と言えるのか。
今はインターネットがある。もはや、知識は医者の専有物ではない。患者は必死である。他ならぬ自分の病気のことだから、医者よりも熱心にネットで勉強している。
そこで、一般の医者が知らない情報にたどりつく。「オーソモレキュラー療法?統合失調症にはビタミンCやナイアシンなどのビタミンが効く?よし、やってみよう」こうして劇的に改善する人がいる。統合失調症を医者に治してもらったのではなく、自分で(あるいは情報で)治したんだ。
もっとも、この場合「統合失調症にナイアシンが効いた」というよりも、そもそも統合失調症というよりは、ペラグラ(ナイアシン欠乏)による精神錯乱だった、というべきかもしれない。
とにかく、統合失調症と診断される患者のなかに、ナイアシンが著効する一群があるというのは、エイブラム・ホッファーの偉大な発見だった。

さて、期待しながらビタミンを飲んでみたが、それでもなお改善しない、相変わらず幻覚やら妄想に悩まされる、という人がいる。
こういう場合、どうすればいいだろうか。
僕のところに来る患者は、たいていの場合「もう一通りはやっている」。藤川徳美先生の本を買って、プロテインを飲んで低糖質高タンパクを心がけてるし、鉄も飲んでいるし、ビタミンもいろいろと買いそろえて試している。「それでもよくならない」という患者が来る。
だから、なかなか手ごわいんだ。僕にも、確たる「答え」があるわけじゃない。患者の話を知恵を絞りつつ聞きながら、治療法を提案している。あまり一般的ではない栄養素を勧めたり、ハーブや漢方を勧めたり。提案が当たって見事に改善、ということもあれば、残念ながら僕に愛想を尽かして去って行った人もいる。

45歳男性
一年ほど前に、母親とともに当院初診。本人が言葉をしゃべることはほとんどない。
20年ほど前に統合失調症を発症し、投薬治療を開始した。よくなったり悪くなったり。何度か入院したこともある。
薬で精神症状が落ち着いてもジスキネジア(不随意運動)が出て、減薬する。今度は精神症状が再燃して、と、なかなか症状が安定しない。
お母さんは、息子の変化をよく観察していて、日記もつけている。どの薬を飲めばどういう変化があるか、医者よりもはるかに把握している。
インターネットでの情報収集も欠かさない。投薬治療で統合失調症の完治など望むべくもないことは、もうとっくにわかっている。問題は、「じゃあ、どうすればいいのか」だ。
そういう情報収集の中で栄養療法の存在に気付いたし、僕のブログを読むようにもなった。食事には徹底して気を遣い、様々なビタミンやハーブ(僕の勧めるものも含め)を試した。
ビタミンの投与量を調整して、翌日の調子を観察したり、ビタミンのメーカーの違いでどのような変化があるかを調べたりした(以前のブログに書いたけど「ナウ社のナイアシンよりもソラレー社のナイアシンのほうが効きがいい」と僕に教えてくれたのは、実はこのお母さんだ)。
ある種のビタミンが劇的に効いたことがある。しかし服用を続けるにつれて、まったく効かなくなる。それどころか、服用以前よりも悪化したりする。一般には効果があるとされているもので逆に悪化してしまうものだから、僕も困ってしまった。
症状の変化を観察していくうちに、母は息子に「薬剤過敏」があるのではないか、と思った。たとえば、薬にせよビタミンにせよ、一般の推奨量を飲むと、本人には作用が強く出すぎるのだった。
また、定期的に行う採血データと症状の変動に注目したところ、どうも、甲状腺ホルモンの値と精神症状の変動に相関があるように思った。つまり、甲状腺ホルモン(FT3、FT4)がやや高めのとき(TSHが低めのとき)には調子がよく、低めのとき(TSHが高めのとき)には調子が悪いことに気付いた。
「甲状腺ホルモンの不足のせいで、精神症状が出ているのではないか」
この点に思い至り、甲状腺を専門にするクリニックを受診した。精神症状が甲状腺の異常に起因している可能性を尋ねたところ、「確かにその可能性はあります」との返答を得た。「一度、甲状腺ホルモンの投与をしてみましょうか」と勧められたとき、「お願いします。ただ、ごく少量にしてください」と注文することを忘れなかった。「そんな微量では効果がないですよ」と言われたが、慎重に慎重を期した。
チラージン粉末0.125gを飲み始めて10日ほど経ったとき、素晴らしい変化が起こった。寝起きがよくなったし、どこか一点を見つめてぼうっとしていたり、粗暴になって声を上げることがなくなった。こんなに「普通」になった息子を見たのは、久しぶりのことだった。
一か月ほど飲み続けると、やや不穏が見られるようになった。採血すると、FT4がやや高め(TSHが低め)だったので、服用量を半減(0.0635g)すると、また落ち着いた。
「まだ完全に治ったわけではありません。独り言はあります。ただ、多動や常同行動は劇的に改善しました。以前は多動で一日中動き回っていましたから」

統合失調症の症状に甲状腺ホルモンが関係しているのではないかという報告は、確かにある。
『幻覚妄想状態を呈した甲状腺機能低下症の1例』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/53/12/53_KJ00008989553/_pdf/-char/ja
甲状腺ホルモンの投与で劇的に症状が改善した事例。
こういうふうに症例報告が書けるくらいだから、精神科医にとっても一般的な知識ではない。
この論文の症例のように、あからさまな甲状腺ホルモン低値があればともかく、この患者の甲状腺ホルモン値は正常範囲内低め、くらいであったから、まさかチラージンが著効するとは夢にも思わなかった。

僕はこの患者に対して、何もできなかった。ただただ、学ばせてもらった。
こういう苦い経験とともに、ひとつひとつ、知識を得ていくのだね。

生肉ダイエット

2020.1.8

人間はいつから火を使い始めたのか。
これには諸説あって、170万年前とする人もいれば、20万年前とする人もいる。12万5千年前の遺跡から火を使用した痕跡が見つかっていることから、少なくとも10万年前には火を使っていたのは間違いない。
人類が発生したのが500万年前、火を使い始めたのが10万年前だとすると、人類は490万年のあいだ、口にするものは生ものばかりだった、ということである。草食動物が生の葉を食べ、肉食動物が生の肉を食べるように、雑食の人間は植物や動物を生で食べていたはずで、それが人間本来の食性だった。
しかし火の使用は状況を一変させた。
加熱によって食材が柔らかくなり、風味が増す一方、ある種のビタミンや酵素は加熱により変性し失活する。また、生で食べるのと加熱して食べるのとでは、栄養素の吸収率や消化器系への負担がかなり異なる。
つまり、食材の加熱にはメリット、デメリットが混在していて、一概にどちらが優れているというのは言いにくいが、生のものも加熱したものも様々に食べるようになったことで、食卓のバラエティが非常に豊かになった。
ただ、現代人の食卓に並ぶのは加熱調理した食材が大半である。肉であれ野菜であれ、「生で食べるのは粗野で、加熱調理こそ洗練された食べ方」というのが一般的なイメージだろう。
だから、日本に初めてきた西洋人が日本の食文化を初めて見たとき、彼らは身震いした。何しろ、生の魚を薄くスライスし、それを加熱もせずにそのままソイソースに漬けたのを二本の棒で器用につまんで食べたり、握って固めた米の上にそのスライスを乗せて手づかみで食べるのだから、野蛮この上ない。今ではsashimiやsushiとして一応の市民権を得たこの食文化も、当初は非常に奇妙に映った。
今や日本もすっかり西洋化されて、刺身や寿司のような例外は除き、「熱によって病原菌や寄生虫を殺し、清潔になってこそ、食用に適する」という考え方がすっかり浸透した。
しかしこの清潔文化を推し進めた結果、アレルギーや喘息など、慢性病患者の大群を作り出すことになった。

「何か間違っているのではないか。人間が490万年間続けてきた本来の食性に戻ることで、人間は再び健康になれるのではないか」
行き過ぎた清潔思想への反省から、生肉を食べる人が次第に増えているという。清潔化を推し進めていた本場の西洋でこういう運動が広がっているのがおもしろいと思う。

動画のこの人は、ほとんど生肉しか口にしていない。
英語が分からない人でも動画を見れば何となく意味は分かると思うけど、一応、ざっと翻訳しておこう(かなりテキトーです^^;)

ケンタッキー州レキシントンに住むデレク・ナンス氏。
「食事の9割は羊の肉。羊のはらわたをね、こういう具合にスムージーにして飲む。
この9年食べているのは生肉ばかりだよ。でも体調は、これまでの人生の中で一番いい。

これは羊の精巣。ちょっとしょっぱい味がする。赤身肉というか、海の幸って感じ。

昔は普通のアメリカの食事を食べていたよ。で、アレルギー体質で、頭痛持ちで、喘息もあって。
さらに、ある種の食べ物に過敏で、食べるとすごく体調が悪くなるんだ。

肉をね、こんな具合に噛む。そう、本当、ガムみたいに一日噛んでいる。ついでに歯磨きにもなっていると思う。

こういう食事をしだしたきっかけは、ウェストン・プライス財団を知ったことだ。原住民がどんな食物を食べているのか、という研究が行われていてね。
そこで肉をベースにした食事スタイルがあることを知って、それでやってみようと。
ちょうど体調が悪いときで、何を食べても消化がうまくできないときだったんだけど、生肉なら食べられそうな気がしてさ。

では、はらわたのスムージーの作り方をお目にかけよう。
これ、小腸ね。他にもいろんな腸の部位がある。こんな具合に、ぜーんぶスムージーに入れる。「羊の腸内の細菌が怖くないか」って言われるけど、全然。
というかむしろ、プロバイオティクスとして、僕の腸にいいと思う。
妻から「あなたのブレンダーはこれって決めてね。私のブレンダーは使わないで。羊の腸のにおいがうつるから」って言われたけど。

生肉に含まれる栄養というのは、もう、本当に素晴らしいと思う。なぜかといって、生肉には調理プロセスで抜けてしまう栄養素が丸ごと入ってるから。

テーブルに座って、この骨を15分とか20分、がしがし噛む。こうやって、犬みたいにね。
で、さらに、こうやって骨を砕いて、なかの骨髄もすする。

スーパーとかに行って、ラベルの貼られたパック詰めの肉を買うより、僕はもっと直球で行きたい。つまり、牧場に行くんだ。
それで、動物を買って、僕のトラックに乗せて、それで家の裏庭でさばく。楽しいよ。
肉は、ホールで頂く。肉から内臓から、もう、全部。いろいろな部位があってさ、食事がバラエティ豊かになるよ。

これ、腎臓。栄養満点だよ。食事のメインだね。

4人の子供がいる。妻はもともとベジタリアンだった。

妻「デレクに出会わなければ、私はずっとベジタリアンだったと思います。デレクの肉の頂き方は、スーパーで肉を買うよりもはるかに倫理的だと思います」

動物の大きさにもよるけど、大人の羊だと一頭だいたい175ポンドで、値段は200ドル。これで1か月は持つ。僕の食べ物の90%はこういう肉だよ。
子供にも小さいときからこういう食事をさせている。

子供「絶対みんな変って言うだろうね」

卵とってきてよ。

子供「見つけたら生で食べていい?」

食べたいならね。

子供「お父さんが肉以外のものを食べてるのって、見たことない。
もう慣れてるよ。友達からは「変だ」って言われる。で、僕も「そう、変だね」って答える」

私のことを問題視した教師がいた。「子供の前で肉をさばいているとは何事か」と。だから、ソーシャルワーカーに説明した。説明したら、ちゃんとわかってくれて解決したよ。
でも、子供はきついかもしれない。「お前のおやじは狂ってる」って言われたり。

なぜ世間一般の子供が生肉を食べちゃダメってことになっているのか、理解できない。ちゃんとした環境で育った動物の肉なら、何も問題はない。

もうね、はっきり教育がまずいと思う。「細菌こそが万病のもと」ってパラダイムでしょ。で、全部消毒して清潔にしましょう、と。
僕は、生命をきちんと頂こう、と決めたんだ。

ここには骨を埋めてる。いい肥料ができるよ。で、これを分解しようとしてわいてくる、このうじ虫ね。これも食べれるよ。こんな具合に。
このうじ虫の体内に含まれる酵素が、私の胃腸の消化を助けてくれる。

誰にもこういうスタイルを勧めようとは思わないよ。

ほら、二か月ほど寝かせたレバー。いい感じに発酵している。ほら、ここにカビが生えている。
これがいいんだ。プロバイオティクスになってね、こんな具合に食べる。

体調には何も問題ない。
冷蔵庫に1週間放置した古いチキンを食べて下痢をしたことがあるくらいかな。
もう10年このスタイルを続けているけど、やめるつもりはないよ。」

そう、プライス博士が世界中で見たのは、原住民たちが生肉をいかに尊ぶか、ということだった。
イヌイットはアザラシを、アフリカ原住民は牛を、感謝とともにさばき、血の一滴も無駄にしないように、まるごと頂く。人間の食事は本来こうあるべきなんだろうね。
ただ上記の動画のような生肉食事法は、国土が広く庭も広いアメリカだからこそ実行しやすいのであって、日本人がこれをやるのは難しいと思う。
個人的には、たまに羊肉を生で食べたりしている。ユッケみたいでおいしい。特におなかを壊したこともない。
でも食中毒のリスクを考えれば、医師としては積極的には推奨しにくいな。自己責任でどうぞ!^^