2019.12.23
冬至が過ぎた。つまり、夜の最も長い日は終わり、これからどんどん日が長くなっていく。しかし寒さのピークはまだまだこれからだ。
このズレには、毎年妙な感じがする。日照時間の長短と気温の寒暖が、そのまま直結しているわけではなく、タイムラグでピークがくる、このズレ。
もちろん、科学的な理由は充分理解できる。
太陽から受けるエネルギーによって温度が変化していて、そのエネルギーが最大になるのが夏至、最小になるのが冬至。しかしそのエネルギーの多寡の影響が出るのに、1か月ほどかかるから、というのがズレの生じる理由だ。夏至のあとに大暑がきて、冬至のあとに大寒がくる。実に、筋が通っている。
でも感覚としては、なかなか腑に落ちない。だって、今日から毎日、日照時間がどんどん長くなっていくのに、温度のほうはどんどん下がっていくんだよ?太陽というエネルギーの象徴が、空に君臨する時間がどんどん長くなるのに、その影響力の指標である温度がどんどん下がっていく。何か奇妙な感じがするじゃない。
現象のピークとその影響力のピークのズレ、というのは、あちこちにあるような気がしている。
たとえば、母が死んだ。僕のすぐそばで。事態がよく飲み込めなかった。いや、僕は一応医者だから、心停止、呼吸停止、瞳孔の散大という死の三兆を満たしたことがわかった。その場にいた僕は、父よりも姉よりも冷静で、すぐに主治医を呼ぶように指示した。しかし、理解と納得は違う。
僕をおなかの中で育て、生まれてからは抱っこしたりご飯を作ってくれたりした人が、もうこの世にはいないのだということを受け入れること。これは、死の三兆を確認することとは違う。
ちゃんと悲しんで、涙を流して、そして受け入れて、また立ち上がる。時間差があるのは当然だろう。
精神科というのは、こういう時間差を経て訪れる衝撃を、うまく処理することができなかった人を診る科だともいえる。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)はその最たるものだろう。ショッキングな体験をうまく消化することができず、延々尾を引いている。
うつ病は過去にとらわれ、不安神経症は未来にとらわれている。共通するのは「今、ここ」を生きることができていない、ということだ。
こうした病態に対して、禅やマインドフルネスによってアプローチする方法がある。呼吸に意識を向けることで、他でもない、「今、ここ」を感じる。普段当たり前にしている呼吸を数えているうちに、過去や未来への執着がいつのまにか消えている。
おもしろい治療法だと思うけど、当院ではやっていません^^;
そう、寒さのピークはこれからで、風邪やインフルエンザのシーズンもこれからだ。受験生は絶対に風邪をひきたくない時期だし、受験生を抱える家族もそうだろう。
個人的には「インフルエンザワクチンを打っておこう」というスタンスは推奨しない。こういうときこそ、栄養療法ですぞ。
『風邪に対するセルフケア~三つの免疫相互作用群(身体的バリア、先天免疫、適応免疫)におけるビタミンD、C、亜鉛、エキナセアの重要な役割』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5949172/
「通常の健康な免疫防御系を維持できれば、風邪の発症率、症状の重篤さ、持続期間を軽減することができる。身体的バリアと生得免疫、適応免疫が風邪エピソードに関わっている。ビタミンC、D、亜鉛、エキナセアには、これらの免疫系バリアに対する有効性のエビデンスがある。このレビューは82の研究について、免疫群におけるこれらの栄養素の役割を考察した。ビタミンCについて、毎日サプリ(1日1~2g)をとると風邪の罹病期間が短縮(成人で8%、小児で14%)し、重症度も軽減することが示されている。
亜鉛について、サプリによって風邪の罹病期間を33%短縮できる可能性がある。すでに風邪を引いた場合、発症から24時間以内に亜鉛を服用するとよい。
ビタミンDに関して、サプリによって風邪全般に効果があった。ビタミンD欠乏の患者で普段全然Dを摂取していない人では、一番著明な効果があった。エキナセアについて、エキナセア抽出物(1日2400㎎)を4か月以上にわたって服用している人では予防・治療効果があった。結論として、亜鉛、ビタミンD、C、エキナセアは有効性を示すエビデンスがあるため、予防および治療のためにこれらを服用するとよい」
レビューだからエビデンスレベルは高い。
ちなみに、エキナセアはなじみのない人もいるかもしれない。

北米インディアンがハーブとして重宝していたことで有名だ。サプリとして誰でも買えるから、興味のある人は試してみるといい。
花としてもきれいだからガーデニングでも人気の植物で、ホームセンターなんかでも苗木が売られている。
僕の母は花の好きな人で、実家の庭にもエキナセアが植えてあった。エキナセアの医学的な実用性についてはまったく知らず、単純にきれいだから育てていたようだ。もともと雑草みたいにタフな植物だから、誰も庭を世話しない今でも、季節になると花が咲く。
植えた人がもうこの世にいないのに、その人が愛でていた花が毎年咲くというのは、何か不思議な感じがする。
こういうパターンのタイムラグもあるんよねぇ。
2019.12.23
統計によると、男性の平均寿命が最も長いのは長野県(79.84歳)、逆に最も短いのは青森県(76.27歳)である(平成17年厚労省調査)。
奇しくも、トップと最下位がいずれも”リンゴ県”となった。
リンゴの消費量は両県ともに高いから、「リンゴが赤くなると医者が青くなる」「1日1個のリンゴで医者要らず」という格言は必ずしも真ではないようだ。
人生の一時期を長野県で過ごしていたから、長野のことはまんざら知らないでもない。
この統計を見て直感的に思った。温泉のおかげじゃないの?
松本市に住んでいたけど、市内だけでもあちこちに源泉かけ流しの天然温泉があった。それが確か、300円くらいで入れたと思う。すぐ近所にあったから、毎日のように通っていた。今思えば、ずいぶんぜいたくなことだったなぁ。
寒い冬には温泉がものすごくありがたかった。市も温泉の健康への効用を意識しているようで、高齢者に対しては格安で利用できるチケットを配布していた。
そういう経験からすると、長野県民の健康を下支えし長寿をもたらしているのは、温泉のおかげのような気がする。
しかし、青森のほうから反論の声が聞こえる。
「温泉が名物ということでは、青森も引けを取らない。酸ヶ湯温泉、浅虫温泉、古牧温泉など、名湯が無数にある。特に酸ヶ湯温泉には末期癌で医者から見放された患者が県外からも数多く訪れる。もちろん、地元の人も温泉を楽しんでいる。温泉の恩恵に浴しているという点では、長野も青森も違いはない」
酸ヶ湯温泉は僕も行ったことがあるけど、本当に気持ちよかったな。
なるほど、どちらの県民も温泉の効用を享受しているのであれば、そこが原因ではなさそうだ。厳密には、県民1人あたり週に何回温泉に行くかを数字で出さないとちゃんとした比較にはならないんだけど、まぁ温泉については引き分けとしよう。
ある研究者は、長野県の長寿の原因として、寒暖差を挙げている。
「長野市、松本市、いずれも盆地で、一日の気温変動が激しい。ミトコンドリアは寒冷刺激によって活性化することが知られているが、冬の寒さはもちろん、あたたかい季節の急な温度低下など、皮膚への適度な寒冷刺激が好ましい効果を生み出しているのではないか。また、一日の激しい寒暖差のもとで育った野菜は、一定温度の室内栽培よりもフィトケミカルの含有量がはるかに多い。つまり、長野県民は他県民よりも抗酸化作用の強い野菜を食べているおかげで、寿命が長いのではないか」
これは同じことが青森にも言えると思う。青森は本州最北端の寒冷地であり、寒冷刺激としては充分。それに一次産業が盛んな農業県でもあるから、この点も長野と同じ。
でも、一方は長寿、一方は短命。だから分析の説得力は乏しいね。
長野県の標高を指摘する声もある。
「長野県はアルプスのすきまの盆地に細々と人間が暮らしているようなところで、市街地でもだいたい標高300メートルくらいの高度である。つまり、気圧が低い。すると肺胞内の酸素分圧も低くなり、血中酸素濃度も低下する。すると、細胞への酸素供給量も低下することになる。この状況に対して、ミトコンドリアは少ない酸素で効率的にエネルギーを産生せざるを得ない状況に追い込まれ、結果、活性が上がる。つまり、長野県民のミトコンドリア活性は他県(標高の低い土地に住む県民)よりも高いはずで、これが長寿の核心ではないか」
なるほど、説得力を感じる。理屈としてはマラソン選手の高地トレーニングと同じことだ。
しかし、あえて反論しようと思えば、できなくもない。
「沖縄県を見よ。沖縄は土地の成り立ちから言って、島自体、サンゴの巨大なカタマリのようなもので、つまり、ほとんど海抜ゼロメートル。長野県の標高300メートルとは比較にならない。しかしかつて男性の長寿日本一は沖縄県だった。さらに言うと、たとえば昭和40年の長野県男性の平均寿命は9位(68.45歳)と、ぱっとしない。高地トレーニングの効果は疑問だね」
結論:長野県の長寿日本一の理由は、よくわかりません笑
ただ、以下の論文によると「高地に住んでいる人ほど癌になりにくい」ということは言えそうなんだ。
『高地と癌死亡率』
https://www.liebertpub.com/doi/full/10.1089/ham.2017.0061
要約
「高地に住む人は、慢性的に低酸素にさらされている。この永続的な低酸素状態にもかかわらず、高地在住者ではすべての癌の死亡率が低下している。
高地で低酸素に適応しようとする生理的プロセスが、癌死亡率を減少させる駆動力になっている可能性がある。本レビューでは、疫学研究および動物実験を要約し、低地在住者と高地在住者、低酸素状態と普通の酸素状態の違いが、癌発生率と癌死亡率にそれぞれどのような影響を与えるのかを比較した。
高地での癌死亡率減少に寄与しているのは、酸素に無関係な機序によるものか酸素依存性の機序によるものかを考察した。低酸素によって誘導される因子だけでなく、活性酸素種とその除去は、特にポイントであり、高地での癌死亡率の低下に関連している可能性がある。さらに、腫瘍発生(つまり、免疫系による腫瘍の監視)への影響も考察した。
高地でなぜ癌死亡率が低下するのか、また、高地への転地や低酸素状態にする治療アプローチによって癌を抑制できるのか、動物実験や臨床研究ではいまだ説明できていない。しかし少なくとも、高地に住むことによって複数の適応メカニズム(酸素独立性も酸素依存性も)が活性化することがわかっている。このメカニズムには共通の経路もあれば、互いに拮抗するような経路もあって、そのせいで、高地に住むことによる腫瘍抑制のメカニズムを特定することが困難になっている」
要約を読んでも、いまいち煮え切らない感じで、これは要するに、研究者も答えが出てないんだ。現象として「高地に住んでいる人には癌が少ない」ということは言える。ただ、そのメカニズムがよくわからない。
本来、低酸素は体にとって好ましくない。しかし「何らか」の適応をすることで、低酸素血症を起こすどころか、癌にかかりにくくなるというオマケまでついてくる。しかしこの「何らか」が何なのか、それはわかりません、という論文。
こんな単純なこともわからないんだから、医学はまだまだ発展途上なんだな。