院長ブログ

長野県

2019.12.23

統計によると、男性の平均寿命が最も長いのは長野県(79.84歳)、逆に最も短いのは青森県(76.27歳)である(平成17年厚労省調査)。
奇しくも、トップと最下位がいずれも”リンゴ県”となった。
リンゴの消費量は両県ともに高いから、「リンゴが赤くなると医者が青くなる」「1日1個のリンゴで医者要らず」という格言は必ずしも真ではないようだ。

人生の一時期を長野県で過ごしていたから、長野のことはまんざら知らないでもない。
この統計を見て直感的に思った。温泉のおかげじゃないの?
松本市に住んでいたけど、市内だけでもあちこちに源泉かけ流しの天然温泉があった。それが確か、300円くらいで入れたと思う。すぐ近所にあったから、毎日のように通っていた。今思えば、ずいぶんぜいたくなことだったなぁ。
寒い冬には温泉がものすごくありがたかった。市も温泉の健康への効用を意識しているようで、高齢者に対しては格安で利用できるチケットを配布していた。
そういう経験からすると、長野県民の健康を下支えし長寿をもたらしているのは、温泉のおかげのような気がする。

しかし、青森のほうから反論の声が聞こえる。
「温泉が名物ということでは、青森も引けを取らない。酸ヶ湯温泉、浅虫温泉、古牧温泉など、名湯が無数にある。特に酸ヶ湯温泉には末期癌で医者から見放された患者が県外からも数多く訪れる。もちろん、地元の人も温泉を楽しんでいる。温泉の恩恵に浴しているという点では、長野も青森も違いはない」
酸ヶ湯温泉は僕も行ったことがあるけど、本当に気持ちよかったな。
なるほど、どちらの県民も温泉の効用を享受しているのであれば、そこが原因ではなさそうだ。厳密には、県民1人あたり週に何回温泉に行くかを数字で出さないとちゃんとした比較にはならないんだけど、まぁ温泉については引き分けとしよう。

ある研究者は、長野県の長寿の原因として、寒暖差を挙げている。
「長野市、松本市、いずれも盆地で、一日の気温変動が激しい。ミトコンドリアは寒冷刺激によって活性化することが知られているが、冬の寒さはもちろん、あたたかい季節の急な温度低下など、皮膚への適度な寒冷刺激が好ましい効果を生み出しているのではないか。また、一日の激しい寒暖差のもとで育った野菜は、一定温度の室内栽培よりもフィトケミカルの含有量がはるかに多い。つまり、長野県民は他県民よりも抗酸化作用の強い野菜を食べているおかげで、寿命が長いのではないか」
これは同じことが青森にも言えると思う。青森は本州最北端の寒冷地であり、寒冷刺激としては充分。それに一次産業が盛んな農業県でもあるから、この点も長野と同じ。
でも、一方は長寿、一方は短命。だから分析の説得力は乏しいね。

長野県の標高を指摘する声もある。
「長野県はアルプスのすきまの盆地に細々と人間が暮らしているようなところで、市街地でもだいたい標高300メートルくらいの高度である。つまり、気圧が低い。すると肺胞内の酸素分圧も低くなり、血中酸素濃度も低下する。すると、細胞への酸素供給量も低下することになる。この状況に対して、ミトコンドリアは少ない酸素で効率的にエネルギーを産生せざるを得ない状況に追い込まれ、結果、活性が上がる。つまり、長野県民のミトコンドリア活性は他県(標高の低い土地に住む県民)よりも高いはずで、これが長寿の核心ではないか」
なるほど、説得力を感じる。理屈としてはマラソン選手の高地トレーニングと同じことだ。
しかし、あえて反論しようと思えば、できなくもない。
「沖縄県を見よ。沖縄は土地の成り立ちから言って、島自体、サンゴの巨大なカタマリのようなもので、つまり、ほとんど海抜ゼロメートル。長野県の標高300メートルとは比較にならない。しかしかつて男性の長寿日本一は沖縄県だった。さらに言うと、たとえば昭和40年の長野県男性の平均寿命は9位(68.45歳)と、ぱっとしない。高地トレーニングの効果は疑問だね」

結論:長野県の長寿日本一の理由は、よくわかりません笑

ただ、以下の論文によると「高地に住んでいる人ほど癌になりにくい」ということは言えそうなんだ。
『高地と癌死亡率』
https://www.liebertpub.com/doi/full/10.1089/ham.2017.0061
要約
「高地に住む人は、慢性的に低酸素にさらされている。この永続的な低酸素状態にもかかわらず、高地在住者ではすべての癌の死亡率が低下している。
高地で低酸素に適応しようとする生理的プロセスが、癌死亡率を減少させる駆動力になっている可能性がある。本レビューでは、疫学研究および動物実験を要約し、低地在住者と高地在住者、低酸素状態と普通の酸素状態の違いが、癌発生率と癌死亡率にそれぞれどのような影響を与えるのかを比較した。
高地での癌死亡率減少に寄与しているのは、酸素に無関係な機序によるものか酸素依存性の機序によるものかを考察した。低酸素によって誘導される因子だけでなく、活性酸素種とその除去は、特にポイントであり、高地での癌死亡率の低下に関連している可能性がある。さらに、腫瘍発生(つまり、免疫系による腫瘍の監視)への影響も考察した。
高地でなぜ癌死亡率が低下するのか、また、高地への転地や低酸素状態にする治療アプローチによって癌を抑制できるのか、動物実験や臨床研究ではいまだ説明できていない。しかし少なくとも、高地に住むことによって複数の適応メカニズム(酸素独立性も酸素依存性も)が活性化することがわかっている。このメカニズムには共通の経路もあれば、互いに拮抗するような経路もあって、そのせいで、高地に住むことによる腫瘍抑制のメカニズムを特定することが困難になっている」

要約を読んでも、いまいち煮え切らない感じで、これは要するに、研究者も答えが出てないんだ。現象として「高地に住んでいる人には癌が少ない」ということは言える。ただ、そのメカニズムがよくわからない。
本来、低酸素は体にとって好ましくない。しかし「何らか」の適応をすることで、低酸素血症を起こすどころか、癌にかかりにくくなるというオマケまでついてくる。しかしこの「何らか」が何なのか、それはわかりません、という論文。
こんな単純なこともわからないんだから、医学はまだまだ発展途上なんだな。