院長ブログ

虫歯とビタミンK2

2019.5.22

虫歯の原因菌には、ざっと大別して二つの系統がある。
連鎖球菌(ストレプトコッカス)と好酸性乳酸桿菌(ラクトバチルス・アシドフィルス)だ。
後者はいわゆる乳酸菌のこと。
乳酸菌は善玉菌の一種として有名で、腸内で未消化物の消化吸収を助けたり、腸内環境を弱酸性に保ち免疫系を元気にしてくれることは皆さんもご存知だろう。
健康維持のために、プロバイオティクスとして、ヨーグルトや漬物を食べたり乳酸菌のサプリをとったりしている人もいるかもしれない。
その乳酸菌が、口腔内では虫歯の原因になるというのだから、なかなか物騒な話だ。

腸ではいい仕事をしてくれる乳酸菌が、なぜ口では迷惑な存在になるのか。
当の乳酸菌としては、口であれ腸であれ、やっていることは何ら変わらない。
口の中の未消化な糖質をもとにしてエネルギー産生を行い、酸を分泌する。これが歯のエナメルに慢性的に付着すると、いわゆる虫歯が発生することになる。
だから、糖質を食べたときにはきちんと歯を磨けばいい。口腔内を清潔に保つことで虫歯の可能性を減らすことができる。

というのが、現在の虫歯予防についての一般的な考え方だ。
しかし、現実にはどうですか?
糖質制限を徹底し、毎日歯ブラシとフロスによる清掃を欠かさず、定期的に歯医者で歯石の除去までしてもらっているのに、それでも虫歯にかかる人がいる。
日本人は、世界でもトップレベルに歯磨きを徹底している民族だ。1歳以上の人の9割以上が毎日歯を磨き、毎日2回以上磨く人も8割近い、という統計がある。
それなのに、日本人の虫歯の有病率はざっと8割。歯周病の割合もおおよそ8割だ。
現実が理論を否定している、と思いませんか。
つまり、これだけせっせと歯磨きをしているのに、虫歯も歯周病も減っていないということは、「酸腐食による虫歯発生説」は一体正しいのだろうか、あるいは少なくとも、この理屈だけで虫歯を説明するのは無理があるのではないか、という疑問が当然わいてくるだろう。

そもそも、歯磨きによって口腔内の細菌数をゼロにすることなんて不可能なんだ。
プライスはこう言っている。
「原住民族の多くはデンプン質の食べ物を食べて歯を汚し、しかも歯磨きで歯を清潔にする努力などまったく行っていないが、それでも彼らには虫歯が皆無である」
一体なぜ、彼らは虫歯にならないのか。
その核心こそ、ビタミンK2である。

プライスは、ひどい虫歯の患者の唾液中には、好酸性乳酸桿菌が高濃度に含まれていることを観察した。平均して、唾液1ミリリットルあたりに32万3千個だった。
そうした患者に対して、グラスフェッドバターから作ったプライス特製のオイル(つまりビタミンK2含有オイル)を用いて治療すると、細菌数は平均1万5千個に減少した。
実に、95%の減少ということになる。なかには、細菌数が実質ゼロになった患者もいた。

ビタミンK2の摂取により唾液の性質がどのように変わるのかを、別の切り口から検証した研究がある。
ひどい虫歯の患者から採取した唾液と、骨片を触れ合わせると、骨片に含まれるミネラルが唾液中に移行した。
しかし、これらの患者をビタミンK2で治療した後に同様の実験を行うと、今度は逆に、唾液中のミネラルが骨片に移行したという。
実は唾液腺は、人間の体にある臓器のなかでビタミンK2の濃度が二番目に高い部位である(一番高いのは膵臓)。
ビタミンK2が、歯牙へのミネラル移行にどのように関与しているのか。

まず、歯の解剖を見てみよう。歯は表層のエナメル質、その下の象牙質、さらに内部の歯髄からなる。
エナメル質はすでに母体にいる胎児期に大半が形成されるが、象牙質は一生形成され続ける。
象牙質は骨と同じようなものだ。骨には骨芽細胞があり、骨形成と骨吸収を繰り返すように、象牙質にも象牙質細胞があって、形成と吸収を繰り返している。
また、骨、象牙質、いずれにおいても、ビタミンK2依存性タンパク質(オステオカルシンとMGP(基質glaタンパク))が産生されている。
ビタミンK2の摂取によってオステオカルシンやMGPが活性化し、これがカルシウムなどのミネラルを歯に呼び込む働きをした。これがミネラル沈着の核心だ。

まとめると、ビタミンK2が虫歯を抑制するメカニズムとして、二つの機序を考えることができそうだ。
つまり、虫歯の原因菌の数自体を減少させる作用と、脱灰防止およびミネラル沈着作用である。

脂溶性ビタミン(A、D3、K2)の有効性を認識しそれを自分の患者に使い始めて以後、プライスはドリルや歯科金属をほとんど必要としなくなった。
具体的には、今のようにお手頃なサプリのない時代だったから、ビタミンAやD3の供給源としてはタラの肝油を、ビタミンK2の供給源としてはグラスフェッドバターを使っていた(日本人なら納豆もぜひ食べよう)。
これによって、患者の虫歯の進行が止まっただけではない。象牙質の成長とミネラル沈着が促進され、かつては虫歯の穴があいていたところに新たなミネラルの覆いが形成され始めた。
つまり、虫歯の治癒が可能であることを、彼は多くの患者で観察した。

歯と骨というのは相同の器官で、歯は、いわば、見える骨だ。
歯にいいことは、当然骨にもいい。
実際、虫歯治療を目的に来院した少年に対して食事指導を行ったところ、虫歯の治癒ばかりか、なかなか治癒しなかった骨折さえ治ったことを、プライスは報告している。
骨粗鬆症の治療にもビタミンK2は当然有効だ。

栄養療法をしていれば、こういうことはしばしばある。
つまり、ある病気の治癒を目的に栄養療法を行ったところ、その病気が治ったことはもちろん、プラスアルファで別の不快な症状も一緒に治ったりする。
対症療法にこんな「おまけ」はあり得ない。せいぜい、副作用という別のおまけがついてくるのが関の山だ。
虫歯に対して、削って金属でフタをして、という今の標準的な治療こそ、野蛮で非文明的に見える。
原住民の知恵のほうが、はるかに洗練されていることを、プライスは知っていたんだな。

参考
Vitamin K2 and the Calcium Paradox (Kate Bleue著)