ナカムラクリニック

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2020年1月11日

ビーガンダイエット

2020.1.11

カール・ルイスはオリンピックで通算10個のメダル(金メダル9個、銀メダル1個)を獲得した。ことさら言うまでもなく、極めて優れた身体能力のアスリートだった。
才能によるものだろうか。環境によるものだろうか。
そう、才能はあった。両親は元陸上選手で、兄はサッカーの元アメリカ代表選手、妹も走幅跳びの選手でメダリスト。身体能力に遺伝性があることは間違いない。
才能のある人が血のにじむような努力をすると、金メダルを9個もとるような超人が生まれるわけだ。

彼はどんな努力をしたと思いますか?
一流のトレーナーをつけて、フォーム(姿勢、腕のふり、膝のあげ方など)を研究し、日々練習に明け暮れた。
さらに、食事にもこだわった。世界で勝てる体を作るには、何を食べればいいだろうか。
ジョコビッチがグルテンフリー食に変えることで無敵のテニスプレーヤーになったように、食事こそがライバルから頭ひとつ抜き出るための秘訣だということを、一流のアスリートは知っている。
カール・ルイスのたどり着いた結論は、なんと、ベジタリアン(菜食主義)だった。
ベジタリアンと一口に言っても、いくつかの種類があって、たとえば獣肉は食べないが魚や卵、乳製品は食べるペスコ・ベジタリアン、乳製品だけはオッケーとするラクト・ベジタリアン、動物由来のものは一切摂らないビーガンまで、程度に差があるが、ルイスが選択したのは、ビーガンだった。

低糖質高タンパク食こそが健康への道、と説く医者が聞けば、卒倒するような話である。「動物性タンパク質の摂取を一切断つとなれば、アスリートとしてのパフォーマンスを高めるどころか、健康を維持することさえできないだろう」ルイスの周辺の多くの人が心配して親身な助言をしたが、彼の決意は固かった。

「菜食主義で世界レベルのプレーができるのか。皆、疑問に思うだろう。しかし僕は、アスリートとして成功するために、動物性のタンパク質は必要ないということを実証した。
実際、僕の陸上競技人生で最高の年は、ビーガン食を始めたその年だった。ビーガン食を継続することで、体重は今も変わらない。食事は楽しいし、気分もいい。ビーガン食で何ら不調はないよ。
肉が好きだった父の影響で、僕も昔は普通に肉を食べていた。
ヒューストン大学にいた頃には、食事をしょっちゅう抜いていた。
重いものを持っていては、速く走れないし、遠くに跳べないだろう?体の軽さこそ、一番大切なことだと思って、いかに体重を落とすかを考えていたんだ。
朝食は食べない。昼に食べるのは、週に2回ほど。夜はしっかり食べる。寝る直前とかに。今思えばひどい食事だった。まったく間違っていた。まず、食事の絶対量が足りない。それに食事の消化には4時間ほどかかるから、寝る直前に食べちゃダメだ。
これではいけない、何か方法がないものか、と思って、情報を模索していた。そんなとき、僕の価値観を変える人物二人に出会った。
一人目は、”ジュースマン”として有名なジェイ・コーディッチ。ヒューストンのラジオ番組に、果物や野菜を砕くジューサーの宣伝に来ていたんだ。「毎日16オンスの新鮮なしぼりたてのジュースを飲めば、エネルギーや活力がみるみる湧いてきて、免疫も強くなるし、どんな病気にもかからないよ」と彼から聞いた。
その数週間後、ジョン・マクドゥガル博士に出会った。栄養と健康について書いた最新著書の宣伝に来ていた博士と話す機会があって、彼からベジタリアン食のすばらしさを聞いた。
1990年7月、ビーガンになろうと決意した。あのときのことは今でもはっきり覚えているよ。ちょうどヨーロッパの大会に参加しているときで、土曜の夜にスペインソーセージ食べた。僕が食べた肉は、それが最後だ。その翌日から、完全なビーガン食に切り替えた。「食事を抜く」スタイルから「一日中食べる」スタイルになったわけで、最初はかなりきつかった。塩っけが欲しかったけど、風味付けにはレモンを使って、我慢した。
1991年の春、ビーガン食を始めて8か月後、体がだるくて、やっぱり動物性タンパクが要るんじゃないかなって感じていた。でも、マクドゥガル博士は、「そのだるさはカロリー不足によるものだ。1日に何時間もトレーニングしてるわけだから、当然のことだ。動物性タンパク質が不足しているせいでだるくなっているんじゃない」って説明してくれた。そのアドバイスに従って、カロリーの摂取量を増やしたら、博士の言う通り、エネルギーが戻ってきたよ。1日に24~32オンスほどのジュースを飲んでいた。乳製品は一切摂らない。で、その年は僕のアスリート人生のなかで、最高の一年になった。
何を食べるかというのは、自分で完全にコントロールできる。タイムや距離が思うようにいかなくても、何を食べるかは僕の思うがままだ。
世間一般の人は、ベジタリアン食、特にビーガン食は、あれも食べれないしこれも食べれない、とてもつらいものだと思っている。でもそんなことはない。単調でつまらないということは決してないし、飽きないよ」

そこらへんの屁理屈だけの学者が言っているのではなく、金メダル9個という見事な結果を出している人が言っているのだから、軽く流すわけにはいかない。
プロテインを推す人は「肉は体を作るためのブロックであり、健康維持に絶対必要なものだ」というけれども、たとえば象は草食動物である。基本、葉っぱしか食べていない生物なのに、あの巨体である。あの巨体を構成する筋肉と骨は、一体どこから来たのか。「葉っぱから来た」と考えるしかない。生の野菜には、一般の栄養学者が考える以上のパワーがあるということだろう。
ルイスはビーガンになったきっかけとして、ジェイ・コーディッチ(1923~2017) のことに触れている。この人は20歳で癌にかかったが、ゲルソン療法(人参やリンゴのジュースを大量に飲むことで様々な疾患を治す治療法のこと)によって癌を克服した。これに深い感銘を受けた彼は、その後の人生をジュース療法の普及のために捧げた。彼によると、ジュース療法により、あらゆる疾患(癌、糖尿病、貧血、関節炎、胆石、不安神経症、勃起不全、心疾患など)が治癒するという。

肉が体に合わない人というのは、確かに一定数いると思う。それは、現代の畜肉(遺伝子組み換え飼料を食べ、病気予防のために抗生剤を打たれ、肉量増加のためにホルモン剤を打たれている動物)が合わないのであって、ジビエ(天然の肉)ならいけるのかもしれないし、それともどんな肉であれ体が受け付けないのかもしれない。
酒を飲める人もいれば、飲めない人もいる。
個人差が大きいのが人間の特徴だから、低糖質高タンパク食を万病を治す印籠のように振りかざす昨今の風潮は、ちょっと違うと思うんだな。

参考
Juiceman’s Power of Juicing (Jay Kordich著)

統合失調症と甲状腺

2020.1.11

甲状腺機能亢進症によって精神錯乱のような症状が出ることがある、ぐらいの知識は、どの医者も持っている。
しかし、この逆、甲状腺機能の低下が精神症状(統合失調症、躁うつ、うつ、不安)の原因になっている可能性については、僕も含め、ほとんどの医者が認識していない。この場合、治療は当然、精神症状そのものに対してではなく、甲状腺機能の改善に対して向けられるべきである。しかしそもそもの難関は、「甲状腺機能が乱れていますよ」と診断してもらえるかどうかだ。

一般の医者は精神疾患の背景に甲状腺異常があるとは思わないから、わざわざ採血しない。仮に採血するにしても、せいぜいTSH、FT3、FT4をはかるくらいだろう。
Dr. Thomas Geraciotiは「精神疾患は、視床下部・下垂体・甲状腺軸(HPTアクシス)の内分泌異常」であると指摘している。
「精神疾患は脳の病気」という従来の認識に対して、近年の腸内細菌研究の進展は「精神疾患は腸の病気」という新たな概念を提出した。さらにここに来て、第3の新説「精神疾患はホルモンの病気」という可能性が出てきたわけで、諸説入り乱れて、実におもしろいと思う。

ホルモンの病気であるからには、もう少し詳細な検査をすべきである。Geracioti博士は、甲状腺ホルモンの日内変動(夜にピーク)を配慮して、採血検査は午前9時前に行うべきだと主張している。「そうでないと、サブクリニカル(亜臨床)甲状腺機能低下症を見逃してしまう」と。
さらに、検査項目としては、以下のものを含むべきとしている。TSH、T3、T4、抗甲状腺抗体、血清コレステロール、プロラクチン

甲状腺機能低下症のメカニズムは複雑である。根本的な問題はどこにあるのか。視床下部か、下垂体か、甲状腺か、あるいは甲状腺ホルモンに対するフィードバックに異常があるのか。
また、甲状腺ホルモンに対する感受性は臓器ごとに異なるものであり、また、患者の年齢によってもその影響が異なる。子供で甲状腺ホルモンの働きに異常があれば、低身長、学習障害、ADHDの原因になり得る。
「サブクリニカル甲状腺機能低下症を伴う精神疾患患者(特に投薬治療に反応性が乏しい患者)は、甲状腺ホルモンで治療すべきだ。チロキシンやTSHの血中濃度が正常であってもFT3の血中濃度が正常範囲内の下位20%以下である場合は、甲状腺ホルモンの低さが精神症状の原因である。うつ状態の患者で、甲状腺関連のマーカーがまったく正常だったが、甲状腺ホルモンの投与で気分が大幅に改善した症例もある」

甲状腺ホルモンの重要性は、人間以外の動物にとっても同様である。
熊の冬眠、羊の換毛、渡り鳥の渡りなど、動物が季節の変化を察知してとる行動には、日照時間の長短や血中甲状腺ホルモン濃度が関わっていることが知られている。しかしその詳細なメカニズムについてはわかっていなかった。
この背景に甲状腺刺激ホルモン(TSH)が関与していることを突き止めた研究がある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25437536
甲状腺刺激ホルモン(TSH)には2種類ある。
下垂体前葉由来TSH(pars distalis-derived TSH;PD-TSH)と下垂体隆起葉由来TSH(pars tuberalis-derived TSH;PT-TSH)である。
普通、TSHといえば前者のことを指す。後者の働きは、「動物に春を教えること」(春告げホルモン)である。
PD-TSHがTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)によって制御されているのに対して、PT-TSHはTRHの制御を受けず、夜に松果体から分泌されるメラトニンによって制御されている。
血中のTSHには、PD-TSHとPT-TSHが混在しているが、PT-TSHには生理活性がなく、甲状腺を刺激しない。なぜか?
両者とも、タンパク質の構造自体には何も違いはないが、TSHに結合する糖鎖構造(翻訳後修飾)に違いがあるからだ。PD-TSHには硫酸基がついた二本鎖のN結合型糖鎖が結合していたのに対して、PT-TSHにはシアル酸がついた三本鎖あるいは四本鎖の糖鎖が結合していることが明らかになった。
PD-TSHは半減期が短く、肝臓ですぐに代謝されるが、PT-TSHは免疫グロブリンやアルブミンと結合してマクロTSH複合体になる。PT-TSHに生理活性がないのはこれが理由である。

この論文の意義は何だと思いますか?
TSHには2種類あることを示したこと?それもあるけど、全然それだけじゃない。
そもそも、ゲノム情報は有限なんだ。この有限な資源を、できるだけ有効に使わないといけない。そこで、生物は一つのホルモンに二つの役割を与えた。しかし、体のなかで一つの分子が二つの異なる役割を演じるには、情報の混線を防ぐ必要がある。この研究は、糖鎖修飾と免疫グロブリンがこの混線予防に一役買っているという新しい概念を提出し、生物の巧みな生存戦略の一端を明らかにした。この点こそ、この論文の真骨頂なんだ。

マクロTSHの血中濃度が、甲状腺機能だけでなく、睡眠の質にも影響するという研究がある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28287185

統合失調症を発症する前には、たいていの患者に睡眠障害(入眠困難、睡眠維持困難)があると思う。
何らかの免疫系の異常によってPT-TSH(春告げホルモン)の代謝に齟齬をきたし、結果、睡眠周期が崩れたり、精神症状が出ているのかもしれない。免疫系の異常の背景には、たいていの場合、腸の異常があるものである。
「精神疾患は脳の病気」
「精神疾患は腸の病気」
「精神疾患はホルモンの病気」
この三つ命題が、PT-TSHを中心につながったように思える。
パズルのピースが出そろい、精神疾患の発症機序を説明できるようになったとして、「さて、治療は?」となると、まだ僕にも答えはない^^;
とりあえずは、腸の炎症を鎮めること、つまり、食事の改善からだな。