2019.5.24
「顔のシワは年齢のせいだからしょうがないよね。
でもさ、シワが原因で死ぬわけじゃあるまいし、もう自分のなかで受け入れてるんだ。生きてる証の年輪みたいなものだよ」みたいに思っていませんか。
違う。
この言葉は、いろんな意味で間違っている。
老いを受け入れる恬淡とした精神には好感を持つが、シワが持つ医学的意味をまったく無視している。
シワは、れっきとした病気の予兆、警告症状そのものであって、「生きてる証の年輪」みたいな叙情的な表現で片付けるべきものではない。
老いに抗おうとして方向性の間違った努力(高い美容液を塗ったくる、形成外科でシワ取りのオペを受けるなど)をしている人は見ていて痛々しいが、適切な対策は必要だ。
皮膚のシワと、その人の健康状態(具体的には骨粗鬆症、心臓病、糖尿病、腎機能低下など)との間には明確な相関があるとする研究が、最近次々と出ている(ちなみにこれらの病気はすべて、ビタミンK2の低下と関連している)。
たとえばこんな研究。
『閉経初期の女性において、皮膚のシワと張りは、骨のミネラル濃度の予測因子である』
https://mavendoctors.io/osteoporosis/bone-health/skin-wrinkles-and-bone-density-m-deXLYhWkGroWgpN83iuA/#_edn1
40代後半から50代初期の閉経後女性114人(女性ホルモン療法や美容外科での施術を受けていない人のみ)を対象とした研究。
被験者の骨密度を測り、また、頬と額の皮膚の硬さ(張り)を計測した。
結果、顔のシワが多い女性ほど、骨密度が低かった。また、骨密度とシワの相関は、調査したすべての骨(股関節、背骨、踵)で成立した。しかもこの相関は、年齢、体脂肪率など、骨密度に影響することが知られているどの因子とも独立に成立していた。
研究者は、この相関はコラーゲン産生の低下による影響ではないかと推測している。
コラーゲンは、骨、皮膚、いずれにとっても不可欠なタンパク質で、この減少が、皮膚のたるみや骨密度の減少につながる可能性がある。
シワやたるみなど皮膚の状態を調べることで骨の状態をだいたい予測できるとすれば、骨粗鬆症のリスク判定が可能になる。侵襲的な検査をすることなしに簡単に予測できることは、大きな利点と言えるだろう。
この研究は、至極当然のことを言っているようにも思う。
皮膚は、単に外側を覆っているだけの皮ではない。皮膚がもたらす情報は極めて多い。
たとえば、顔が美しいというのは、単に顔が美しいだけではない。
美しさは、その人の健康状態の発露である。
人より優れた健全さは、生物種としての優越性そのものであり、そういう優越性を備えた人は異性に魅力的に映る。要するに、モテるということだ。
こんなことは、誰しも経験的に知っていることだろう。
ただ、上記研究で研究者は皮膚と骨の相関を説明する要因として、コラーゲンを挙げているが、僕としてはそれだけでは不満だ。
ビタミンK2が関与していないはずがない。
『腎機能低下の予測因子としての顔のシワ』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18771469
30歳以上の264人の被験者を対象に、「カラスの足跡」(目の下の頬のあたり)のシワを一定の方法でスコア化した。さらに、各被験者の腎機能をeGFR(糸球体濾過率)で、酸化ストレスの程度をLPO(脂質ヒドロペルオキシド)で測定した。
結果、eGFR低値とLPO高値はシワの重症度と相関していた。この相関は年齢、性別、その他の確立されたリスク因子と独立していた。つまり、顔のシワを、腎機能低下の予測マーカーとして利用できる可能性がある。
『腎機能と非カルボキシル化MGP(基質glaタンパク)の関係性』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19204017
この研究は、腎機能低下によって非活性型のMGPが増加することを証明したものだ。非活性型MGPの増加はビタミンK2不足を意味している。
これらの研究を踏まえて言えることは、顔に刻まれたシワはビタミンK2不足の証拠ということだ。
谷崎潤一郎が「白人の女は若いときはすごくキレイだけど、30歳過ぎたあたりでシミやシワが目立ち始めて急速に老けるようだ。その点日本の女のほうが断然いい」みたいなことを書いてた。
同じことは当の白人も思っているみたいで、日本人女性がなぜ比較的高齢になっても白人ほど醜い皮膚にならないのか、そこにフォーカスした研究がある。
“Your Skin, Younger”(Logan A et al著)に、以下のような記述がある。
疫学研究では、日本人女性は同年代の白人女性と比べて、顔のシワや皮膚のたるみが少ないことが示されている。食事を始めとする生活習慣がかなり違うわけだから、単純な比較は困難だろう。しかし、日本人女性を他のアジア人女性、たとえば上海やバンコクに住む女性と、年齢調整して比較しても、東京在住の女性は加齢の外見的徴候が最も軽度であった。
なぜ日本人女性は他の国の同世代の女性と比べて、シワやシミが少ないのか。Kate Bleue氏によれば、その理由は、納豆にあるという。(ほんまかいな^^;)
東京在住者は納豆を愛好する。それは毎日の朝食に欠かせないstaple(定番)である。
実際、東京在住者の血中メナキノン(ビタミンK2)濃度の高いことが、その証明になっている。
欧米人の通念に反して、実は日本人全員が納豆を愛好するわけではない。特に西日本では納豆を忌避する傾向が強い(その通り。俺のばあちゃん(京都出身)も毛嫌いしてたなぁ)が、納豆の消費量の寡多と骨粗鬆症の発生率の相関は複数の疫学研究が示すところである。
女性諸君、キレイになるためには、納豆だってさ!
プライス博士は世界中の原住民を観察を通じて、伝統的な食事を摂っている人々では、その老い方が、非常に優雅であることに気付いた。

この写真は、ポリネシアで撮影されたもの。
この女性は90歳近い年齢にもかかわらず、見事な歯とすばらしい体格をしていた。「彼女こそ、自然の供するものを自然に食べていれば、このように優雅な老年を迎えることができるという実例だ」と、プライスは記した。
一般的な90歳の女性を思い浮かべてみてください。自前の歯はほとんどなくて総入れ歯、背は曲がって車椅子、顔はシワくちゃ、髪は薄くて、頭は半分ボケている。そういうイメージではないですか。
90歳まで長生きしても、そんな状況になるのなら、生きる意味って一体何だろう、って考えてしまう。
そして、「それは仕方ない。老いとは、そういうものだ」と思っていませんか。
違います。
誰だって、もっと優雅に老いることができる。この写真の女性のように。
そのヒントが脂溶性ビタミンにあることを、プライスは発見した。
この大発見を参考にしないなんて、もったいな過ぎると思いませんか。
2019.5.23
最近、ビタミンK2の有効性に注目している。
様々な疾患に効果があるが、認知症も例外ではない。
疫学的には、アルツハイマー病患者は食事からのビタミンK2摂取量が健常者の半分以下しかない。
K2摂取量が少ないと、骨粗鬆症になりやすくなる。結果、股関節などの骨折を起こしやすくなり、寝たきりになる可能性が高くなる。寝たきりになれば、認知症の発症までは一直線だ。
逆に、認知症患者にビタミンK2を投与すると症状改善の一助となる。
これはどのような機序によるものだろうか。
(以下、認知症は特にアルツハイマー型認知症に限定することにします。)
認知症患者の脳では、病理的にどのような変化が生じているか。
これは病理学のテストで必ず出題されます。
アミロイド斑と神経原線維変化というのがその答えだ。
しかしこれらがどのように生じるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。
ただ、全く何もわかっていないかというとそんなことはなくて、少なくとも二つの要因が明らかになっている。
フリーラジカルによるダメージとインスリン抵抗性だ。
動物実験では、酸化ストレスによって脳に認知症特有の病変ができ、認知症の症状を作り出すことができる。
化学的には、酸化とは、不安定なフリーラジカルが組織や細胞から電子を奪って安定しようとすることをいう。
酸化に対抗するのは抗酸化物質だ。つまり、電子の供給によって、酸化した組織を還元することで作用を発揮する。たとえばビタミンCやビタミンEは典型的な抗酸化物質だ。
しかし意外なことに、ビタミンK2は抗酸化物質ではない。電子の供与能は、ないんだ。抗酸化力のないビタミンK2が、一体どのようにしてフリーラジカルの軽減に寄与しているのだろうか。
学者の結論はこうである。「ビタミンK2は、そもそもフリーラジカルの発生自体を抑制している。」
ビタミンCやEは、いわば消火器だ。火事の炎を鎮めるのがその作用だが、ビタミンK2は、そもそも火事自体を起こさせない。
戦争のドンパチの末に勝つのは勝ち方としては二流で、そもそも戦わずして勝つことこそ最上の勝利だ、と教えるのが孫子の兵法だが、ビタミンK2がやっていることはまさにそれだ。
また、ビタミンK2にはグルタチオン(抗酸化物質)の減少を防ぐ作用があって、これにより間接的に脳細胞を守っている。
(参考
『乏突起細胞とニューロンの生成に対する酸化的損傷を予防するビタミンKの新たな役割』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12843286
『ビタミンKは乏突起細胞中の12リポキシゲナーゼの活性化を抑制することで酸化による細胞死を防いでいる』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19235890)
脳細胞は、他の体の細胞と違って、グルコースの取り込みに際してインスリンを必要としない。つまり、糖質はインスリンの媒介なしにニューロンに入り込むことができる。このため、学者は長らくの間、インスリンと脳は何ら関係がない、と思い込んでいた。しかし今や、インスリンが学習や記憶などの脳機能に極めて重要な働きをしていることを否定する学者はいない。
認知症患者の脳は、糖尿病そのもののようで、グルコースを適切に使うことができなくなっている。実際、アルツハイマー病を3型糖尿病と呼ぶ人もいる。
ビタミンK2はインスリン産生を正常化し、インスリン抵抗性を改善するが、これによって同時に認知症の症状も軽快する。
僕の症例を供覧します(詳細は変えてあります)。
70代女性。記憶力低下を主訴に、家族に伴われて来院。
パートタイムの仕事をしているが、最近仕事上のミス(大事な書類を紛失する、客とのアポイントを忘れる、なじみの客の名前がとっさに出ない、など)が多発し、会社に実害も出るようになった。
MMSEで24点(30点満点中)。それほど悪い点ではなく、ボーダーといったところだけど、日常生活での症状はMMSEの低下の前に出ているものだ。
採血を行い、各種マーカーを調べた(特に注目したのは25ヒドロキシビタミンD3で、11 ng/mlと予想通り低かった。最低30は欲しいところ)。
ここで本来であれば、水溶性ビタミン(C、ナイアシン、B群など)、ミネラル(亜鉛、マルチミネラルなど)、アダプトゲン(アシュワガンダ、ギンコなど)をメインに使うところ、あえていつもと趣向を変えた。
つまり、水溶性ビタミンやミネラルは処方せず、脂溶性ビタミン(ビタミンK2、ビタミンD3、ビタミンA)と、タラの肝油を処方した。さらに、食事指導(甘いものを控える、グラスフェッドバターの推奨など)を行った。
2週間後、患者は表情から激変していた。丸まった背中がのび、ハツラツとした表情で、ときどき快活に笑った。
「調子はいいです。非常にいいです。ここ十数年で一番いいと思います。
先生に出してもらったビタミンを飲んで、その直後に体が軽くなるのを感じました。サプリって長く飲み続けてこそ、効果が出てくるものだと思うんですけど、私の場合は違います。飲んで、すぐに効果を感じました。体が軽くなって、走りたくなるような。仕事は順調です。物忘れは、もうほとんどしません」
こんなに効くものかと、僕自身驚いた。
いつも通りの処方、ビタミンCやナイアシンの処方でもきっと改善しただろうけど、はっきり、それ以上の効果だと思った。
脳はアブラのかたまり、だという。つまり、脳神経を構成する成分のうち、半分以上を脂質が占めている。
脂溶性ビタミンが著効するのも当然といえば当然かもしれない。
2019.5.23
栄養療法は別名メガビタミン療法とも言われているけど、メガミネラル療法では決してない。
マグネシウムのように、高用量で摂取したところでせいぜい下痢するだけで、大して副作用のないミネラルがある一方、ちょっと見過ごせない副作用が生じるミネラルもある。
『高用量の亜鉛サプリは海馬の亜鉛欠乏およびBDNFシグナル抑制による記憶障害を引き起こす』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3561272/
なかなかショッキングなタイトルの論文だ。
「認知症患者では血中亜鉛濃度が低下している(一方、銅濃度は上昇している)から、亜鉛を補うべき」という認識でいたところ、その治療方針が本当に正しいのか、再考を迫るような論文だ。
ざっと要約すると、、、
亜鉛は神経系において確かに重要な働きをしているが、過剰摂取(特に若年者での)による悪影響は軽視されている。マウスの飲み水を15ppmの亜鉛(低濃度)、60ppmの亜鉛(高濃度)、普通の水の3パターンにして、3ヶ月飼育し、行動および脳中亜鉛濃度を調べた。
高濃度亜鉛群では、海馬の損傷による記憶障害が見られた。研究者にとって意外なことに、これらのマウスでは海馬(特に苔状線維のCA3錐体シナプス)の亜鉛濃度が、増加するどころか、減少していた。
NMDA-NR2A、 NR2B,、AMPA-GluR1、 PSD-93、PSD-95などの学習や記憶と関連した受容体やシナプスタンパクの発現レベルが海馬で有意に減少しており、特に樹状突起も有意に消失していた。
「なんだ、ネズミの話じゃないか。人間では成り立たないだろう」と思いたいところだけど、こんな論文もある。
『膵臓癌抑制のカギとなる亜鉛トランスポーター』
https://www.sciencedaily.com/releases/2017/09/170906114623.htm
著者の焦点は膵臓癌なんだけど、亜鉛と神経疾患についての言及がある。
要約
「アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、健常者に比べて、脳中の亜鉛および鉄の濃度が有意に高い。また、膵臓癌の患者では特異的亜鉛トランスポーターが異常に多く発現している。従って、こうした疾患において、亜鉛や鉄の過剰を防ぐことが治療への有効な手段となる可能性がある。」
最初に挙げた論文は「海馬での亜鉛濃度の減少」を指摘してるけど、この論文を踏まえれば、脳全体の亜鉛濃度としては上昇しているようだ。
ヒトのゲノムは14のZIP(亜鉛トランスポーターや鉄トランスポーターのタンパク質)をコードしている。これらのどこかに異常があると、それに応じた症状が出現する。たとえば腸性肢端皮膚炎は、稀ではあるが、ZIPの異常により亜鉛欠乏を来す致死的な疾患だ。
亜鉛や鉄のトランスポーターの発現は、遺伝による活性の違いや発現量の多い少ないがある。不足しがちな人にミネラルを補うことは簡単だが、過剰を来しやすい人もいることは念頭に置いておく必要がある。
味覚障害を呈しているような明らかな亜鉛欠乏や重度の貧血に対して、亜鉛や鉄の投与をためらう理由はない。ただ勘違いしてはいけないのは、亜鉛や鉄が、誰にとっても「体にいい」」のではないということだ。
誰彼かまわず亜鉛や鉄を勧めては、人によってはメリットどころかデメリットになりかねない。
善意でオススメしたサプリのせいで患者が健康を害しては、医者にとってこんなにつらいことはない。患者にしてもそうで、健康になろうと思って飲んだサプリでかえって健康を損ねては、こんなに腹立たしいことはないだろう。
自戒を込めて言うんだけど、亜鉛や鉄などミネラルの使用は重々慎重にしたい。
2019.5.22
虫歯の原因菌には、ざっと大別して二つの系統がある。
連鎖球菌(ストレプトコッカス)と好酸性乳酸桿菌(ラクトバチルス・アシドフィルス)だ。
後者はいわゆる乳酸菌のこと。
乳酸菌は善玉菌の一種として有名で、腸内で未消化物の消化吸収を助けたり、腸内環境を弱酸性に保ち免疫系を元気にしてくれることは皆さんもご存知だろう。
健康維持のために、プロバイオティクスとして、ヨーグルトや漬物を食べたり乳酸菌のサプリをとったりしている人もいるかもしれない。
その乳酸菌が、口腔内では虫歯の原因になるというのだから、なかなか物騒な話だ。
腸ではいい仕事をしてくれる乳酸菌が、なぜ口では迷惑な存在になるのか。
当の乳酸菌としては、口であれ腸であれ、やっていることは何ら変わらない。
口の中の未消化な糖質をもとにしてエネルギー産生を行い、酸を分泌する。これが歯のエナメルに慢性的に付着すると、いわゆる虫歯が発生することになる。
だから、糖質を食べたときにはきちんと歯を磨けばいい。口腔内を清潔に保つことで虫歯の可能性を減らすことができる。
というのが、現在の虫歯予防についての一般的な考え方だ。
しかし、現実にはどうですか?
糖質制限を徹底し、毎日歯ブラシとフロスによる清掃を欠かさず、定期的に歯医者で歯石の除去までしてもらっているのに、それでも虫歯にかかる人がいる。
日本人は、世界でもトップレベルに歯磨きを徹底している民族だ。1歳以上の人の9割以上が毎日歯を磨き、毎日2回以上磨く人も8割近い、という統計がある。
それなのに、日本人の虫歯の有病率はざっと8割。歯周病の割合もおおよそ8割だ。
現実が理論を否定している、と思いませんか。
つまり、これだけせっせと歯磨きをしているのに、虫歯も歯周病も減っていないということは、「酸腐食による虫歯発生説」は一体正しいのだろうか、あるいは少なくとも、この理屈だけで虫歯を説明するのは無理があるのではないか、という疑問が当然わいてくるだろう。
そもそも、歯磨きによって口腔内の細菌数をゼロにすることなんて不可能なんだ。
プライスはこう言っている。
「原住民族の多くはデンプン質の食べ物を食べて歯を汚し、しかも歯磨きで歯を清潔にする努力などまったく行っていないが、それでも彼らには虫歯が皆無である」
一体なぜ、彼らは虫歯にならないのか。
その核心こそ、ビタミンK2である。
プライスは、ひどい虫歯の患者の唾液中には、好酸性乳酸桿菌が高濃度に含まれていることを観察した。平均して、唾液1ミリリットルあたりに32万3千個だった。
そうした患者に対して、グラスフェッドバターから作ったプライス特製のオイル(つまりビタミンK2含有オイル)を用いて治療すると、細菌数は平均1万5千個に減少した。
実に、95%の減少ということになる。なかには、細菌数が実質ゼロになった患者もいた。
ビタミンK2の摂取により唾液の性質がどのように変わるのかを、別の切り口から検証した研究がある。
ひどい虫歯の患者から採取した唾液と、骨片を触れ合わせると、骨片に含まれるミネラルが唾液中に移行した。
しかし、これらの患者をビタミンK2で治療した後に同様の実験を行うと、今度は逆に、唾液中のミネラルが骨片に移行したという。
実は唾液腺は、人間の体にある臓器のなかでビタミンK2の濃度が二番目に高い部位である(一番高いのは膵臓)。
ビタミンK2が、歯牙へのミネラル移行にどのように関与しているのか。
まず、歯の解剖を見てみよう。歯は表層のエナメル質、その下の象牙質、さらに内部の歯髄からなる。
エナメル質はすでに母体にいる胎児期に大半が形成されるが、象牙質は一生形成され続ける。
象牙質は骨と同じようなものだ。骨には骨芽細胞があり、骨形成と骨吸収を繰り返すように、象牙質にも象牙質細胞があって、形成と吸収を繰り返している。
また、骨、象牙質、いずれにおいても、ビタミンK2依存性タンパク質(オステオカルシンとMGP(基質glaタンパク))が産生されている。
ビタミンK2の摂取によってオステオカルシンやMGPが活性化し、これがカルシウムなどのミネラルを歯に呼び込む働きをした。これがミネラル沈着の核心だ。
まとめると、ビタミンK2が虫歯を抑制するメカニズムとして、二つの機序を考えることができそうだ。
つまり、虫歯の原因菌の数自体を減少させる作用と、脱灰防止およびミネラル沈着作用である。
脂溶性ビタミン(A、D3、K2)の有効性を認識しそれを自分の患者に使い始めて以後、プライスはドリルや歯科金属をほとんど必要としなくなった。
具体的には、今のようにお手頃なサプリのない時代だったから、ビタミンAやD3の供給源としてはタラの肝油を、ビタミンK2の供給源としてはグラスフェッドバターを使っていた(日本人なら納豆もぜひ食べよう)。
これによって、患者の虫歯の進行が止まっただけではない。象牙質の成長とミネラル沈着が促進され、かつては虫歯の穴があいていたところに新たなミネラルの覆いが形成され始めた。
つまり、虫歯の治癒が可能であることを、彼は多くの患者で観察した。
歯と骨というのは相同の器官で、歯は、いわば、見える骨だ。
歯にいいことは、当然骨にもいい。
実際、虫歯治療を目的に来院した少年に対して食事指導を行ったところ、虫歯の治癒ばかりか、なかなか治癒しなかった骨折さえ治ったことを、プライスは報告している。
骨粗鬆症の治療にもビタミンK2は当然有効だ。
栄養療法をしていれば、こういうことはしばしばある。
つまり、ある病気の治癒を目的に栄養療法を行ったところ、その病気が治ったことはもちろん、プラスアルファで別の不快な症状も一緒に治ったりする。
対症療法にこんな「おまけ」はあり得ない。せいぜい、副作用という別のおまけがついてくるのが関の山だ。
虫歯に対して、削って金属でフタをして、という今の標準的な治療こそ、野蛮で非文明的に見える。
原住民の知恵のほうが、はるかに洗練されていることを、プライスは知っていたんだな。
参考
Vitamin K2 and the Calcium Paradox (Kate Bleue著)
2019.5.19
ウェストン・プライス博士は二十代で歯科医院を開業した。
虫歯や歯周病に苦しむ人々がひっきりなしに博士の医院を訪れ、彼の前で口を開いて見せた。
経営はすこぶる順調だった。しかし博士はこの状況を喜ばなかった。
「患者が多すぎる。一体人間というものは、生来こんなに簡単に虫歯になるものなのか。
我々の現代文明には、何か大きな間違いがあるのではないだろうか」
1925年、プライス博士は思い立って、妻とともに世界一周の旅に出た。
無論、観光のためではない。現代文明と接点を持たない原住民族の歯の健康を調べることが、彼の目的だった。
訪れる村々で、彼は原住民の歯の美しさに圧倒された。
虫歯の一切ない輝かしい歯列は、アメリカではまず目にすることのないものだった。
部族社会には歯磨き習慣も歯医者も存在しない。それなのに、彼らは見事な歯を保っているのだった。
さらに彼は、原住民のすばらしい健康ぶりにも息を飲んだ。
男はがっしりとした体躯、女は女性らしい丸みを備えた体をしており、皆、病気ひとつしなかった。
同時に彼らは性格も温和だった。異邦人のプライス博士を各部族の儀礼に従って、快くもてなすのだった。彼はそこに、現代文明が失った深い精神性と知性を感じた。

メラネシアにて。

フィジーにて。見事な歯列弓。男性のがっしりした顎、太い首、大きな鼻孔にも注目。不正咬合や口呼吸は存在しない。
上のメラネシアの写真もそうだけど、伝統的な食習慣に従う部族民の犬歯に注目。あまり尖ってなくて、むしろ四角に近いと思いませんか。栄養的に満ち足りた食事を摂ると、犬歯は本来こういうふうになる。
一方1920年代は、西洋文明の波がそうした未開部族にも容赦なく押し寄せ、飲み込もうとしている時代だった。部族で代々受け継がれた伝統的生活様式と、合理性と利便性を旨とする西洋文明がせめぎ合う、ちょうどその端境期だった。
この時期に世界を旅したプライス博士は、伝統的な習慣を捨て西洋文明を採り入れた原住民の健康が、いかに容易に失われるかをも観察することになった。

ベルギー領コンゴにて。白人がコーヒー栽培のプランテーションを始め、そこで働いている人たち。伝統的な食事をとることをやめ、配給される白小麦、砂糖、缶詰などを食べるようになったところ、虫歯、歯周病をはじめ、様々な全身性疾患にかかるようになった。

フィジーにて。基本的に南洋の人は自殺しないが、自殺の唯一の理由は、虫歯の耐え難い痛みによるもの。下段は、欧米の食事を食べるようになった親世代に生まれた子供。叢生歯、犬歯の先鋭化、顔面の未発達(顎の狭小化、鼻孔の狭小化など)が見られる。精製糖質の摂取に伴い免疫力が低下し、鼻孔の狭小化による口呼吸と相まって、呼吸器感染症などにもかかりやすくなる。

上段はアボリジニーの兄弟。上段左の兄が生まれた当時、その両親は伝統的な部族社会のなかで生活していた(兄は藪で生まれた)。その後、オーストラリア政府はアボリジニーを居留地に強制移住させ、食習慣をはじめ伝統的な部族生活を禁じた。食事は政府から配給される白小麦、砂糖、缶詰を主体としたものになった。上段右はその後に生まれた弟。叢生歯が見られる。
下段は同様のエピソードを持つ姉妹。妹の下顎幅の狭小化、不正咬合(前開咬)が特徴的。
現在の歯学では、不正咬合は幼少期の指吸が原因ということになっているが、プライスはこれを否定している。「原住民の小児にも指吸は見られるが、不正咬合は存在しない」と。
10年におよぶ世界の旅を終え、アメリカに帰国したプライス博士には、するべき仕事が山積していた。旅先から本国に送った1万枚を超えるフィルムの整理、本や論文の執筆など、時間はいくらあってもたりないほどだった。
しかし、何よりもまず、彼が真っ先に取り組みたい仕事があった。それは「仮設の検証」である。
世界中の原住民族、および西洋文明を採り入れた部族の観察をしていくなかで、彼は歯の健康に関するひとつの仮説を立てた。
彼は原住民が伝統的に食べているものを細かく観察し、さらにその食材を科学的に分析することで、原住民食には現代アメリカの典型的な食事と比べて、水溶性ビタミンが4倍以上、脂溶性ビタミンが10倍以上含まれていることに気付いた。「健康な歯を保つには、脂溶性ビタミンこそがポイントではないか」というのが彼の直感である。
プライス博士は当時一流の生化学者でもあって、ビタミンAやDの発見の経緯も実地に追いかけていたし、発見者とも直接的な交流があった。グラスフェッドバターやタラの肝油のなかに、ビタミンAでもDでもない、未だ発見されていない脂溶性ビタミンがあることを彼は見出した。彼はこれをactivator X(活性因子X)と名付け、この効用を動物実験、あるいは自分のクリニックの患者への投与で確認した。
その効果は驚くべきものだった。
彼は、もはや虫歯を削るドリルや穴を埋める歯科金属を必要としなくなった。原住民の食事を参考にした食生活の指導と、プライス自家製のオイルによって、彼はついに、虫歯を治すことに成功したのだった。
虫歯の治癒ばかりではない。
食生活の改善とこのオイルの使用によって、彼は様々な現代病(感染症、心血管障害、骨粗鬆症、糖尿病、不妊症など)が改善することを観察し、症例を報告した。
以下はその一例である。

左は姉、右は妹である。
姉の歯列弓の乱れ、鼻孔の狭小化(pinched nostrils;つまんだような鼻)に比べ、妹の歯列弓はきれいで、鼻孔も発達している。姉が神経質な性格で、口呼吸をし、病気がちである一方、妹は穏やかな性格で、鼻呼吸をし、病気ひとつしない健康体だった。
姉と妹でなぜこんなにも違うのか。
その理由は、この姉妹の母親の妊娠中の食生活にある。
第一子(姉)を身ごもったとき、母は食生活に特に気を配ることなく、いつも通りの食事(典型的な現代の洋食)を食べていた。お産は53時間に及ぶ大変な難産となり、産後、普通の生活ができるまで数ヶ月もの間ベッドの上で過ごさねばならなかった。
「こんな大変な思いをするのならもう二度と妊娠なんてするものか」と思う一方、やはりもう一人子供が欲しいという思いも捨てきれない。そこで、母は近所で名医として評判の高いプライス博士のもとを訪れ、助言を求めたのだった。
精白小麦、砂糖などの精製糖質の摂取を控え、全粒穀物、緑色野菜、海産物、グラスフェッドバター、タラの肝油を積極的に摂取するよう勧めた。また、プライス博士特性のオイルも併せて勧めた。
結果、第二子(妹)のお産はわずか3時間の安産となった。一般に第二子のお産は第一子の時よりも短時間に済むものだが、それを差し引いてもすばらしい安産である。
また妹は姉より成長が早く、性格も利発で頭もよく、子育てにほとんど手がかからなかった。この点も「伝統的な部族社会では、子供は無駄泣きしない」というプライスの観察と一致するものだった。
プライス博士は言う。「原住民から学べ」と。当時の白人は(今の白人もだけど)西洋の文化こそが優秀で、野蛮な未開部族を啓蒙してやろう、という態度で原住民と接していたのだから、プライスのこの言葉は相当挑発的に響いたに違いない。
とにかく、彼は観察事実を重んじる人であり、つまり真に「科学の人」だったわけだが、現在の歯学はプライスの学説をまったく踏まえていない。
虫歯の原因は不十分な歯磨きによる口腔内の不衛生であり、叢生歯は遺伝によって起こり、不正咬合は指吸が原因で、虫歯が自然治癒することは決してない、ということが定説として歯学部で教えられている。
ぜーんぶ、ウソだっていうね。歯学部の学生さん、ごくろうさま^^;
さて、活性因子Xという物質が具体的に一体何なのかということについては、学者の間で長い議論があった。必須脂肪酸ではないかという者もあれば、エイコサペンタエン酸(EPA)ではないかという者もあり、決定的な説の出ないまま、プライスの提唱から70年の時が流れた。
その本態が特定されたのは、2007年と比較的最近のことである。それはビタミンK2だった(Chris Masterjohn著 Wise Traditions 2007)。
最近僕も臨床でビタミンK2やタラの肝油を使い始めたところ、ナイアシンやビタミンCではイマイチよくならなかった患者たちが、次々と改善し始めた。ビタミンK2は、ホッファーやポーリングが見落としていた栄養療法における最後の盲点だと言えるかもしれない。
納豆が体にいいのも、納豆菌が腸内細菌叢に働きかけるから、という機序以外に、そのビタミンK2含有量の豊富さの影響もあるに違いない。あたたかいご飯の上にグラスフェッドバターをひとかけら乗せて、さらに納豆も併せて食べれば、いい感じでビタミンK2を補給できるはずだ。
ビタミンD3を使うときには、ぜひともビタミンK2を併せて(必要に応じてビタミンAも)使いたい。脂溶性ビタミンは協調して働くものだから。ただしビタミンEについてはK2と効果を相殺してしまうのではないかという説もあって、このあたりは慎重に。
ビタミンK2には主にMK4とMK7があって、その生理作用の違いも興味深いところだが、また長文になってしまったので、稿を改めて書こう。
参考
Vitamin K2 and the Calcium Paradox (Kate Rheaume Bleue 著)
Nutrition and Physical Degeneration (Weston Price著 ネットで無料で読めます→ http://gutenberg.net.au/ebooks02/0200251h.html)