ナカムラクリニック

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2019年11月

肉食の是非

2019.11.19

肉は体にいいのか、悪いのか。これはずいぶん昔から議論されてきたテーマである。
一方に、「長生きしたけりゃ肉は食べるな」「肉を食べると早死にする」という人もいれば、

これとは正反対に「肉を食べる人は長生きする」という人もいる。

iPS細胞がどうのこうのとかやたらと小難しい医学知識が蓄積したこの21世紀に、「肉が体にいいのかどうか」なんていう大昔からの問いに対して、いまだに意見が分かれているわけだ。
本末転倒というか何というか、おかしな話だね。

最近日本では「高タンパク低糖質」がブームだ。
この場合の「タンパク」は動物性タンパク質を意味するようで、植物、たとえば小麦にはグリアジンやグルテニンなどのタンパク質がたっぷり含まれているけど、こういう植物性タンパク質は除くようだ。
つまり、上記のテーマでいえば、今の日本では「肉肯定派」が優勢ということだ。
しかし肯定派に押されてはいるものの、「肉否定派」もいまだ健在である。医学、宗教、動物愛護など、様々な立場から「肉は避けるべし」と主張する人は決して少なくない。

歴史は繰り返すものである。それも、少しずつ形を変えながら。
すでに6年前、アラバマ大学で「アトキンス・ダイエットvsチャイナ・スタディー」をテーマにして、肉食の健康へのよしあしについて、激しい討論が行われた。

「肉否定派」の論客として、『チャイナ・スタディー』の著者であるコリン・キャンベル博士を迎えた。
『チャイナ・スタディー』は膨大な疫学データをもとにした研究で、アメリカの健康政策立案にも大きな影響を与えた。「健康および癌予防のためには、野菜を基本とし、高炭水化物/低タンパク質が好ましい」というのが主張の骨子である。
一方、迎え撃つ「肉肯定派」は、アトキンス・ダイエットの継承者エリック・ウェストマン博士である。
アトキンス・ダイエットは1972年にロバート・アトキンス氏が提唱した食事法で、「肥満を始めとする慢性疾患の元凶は炭水化物である。これを制限し、代わりに肉、魚、卵、ステーキ、バターのような、タンパク質と脂肪が豊富な食べ物を積極的に摂取すべき」とする立場である。
肉否定派、肉肯定派、両陣営それぞれの総本山のトップが登場した討論会であり、頂上決戦そのものだった。
両者のプライドを賭けた舌戦を見ようと、アラバマ大学の講堂は250人の聴衆で埋まっていた。
双方とも自説の正しさを主張するための科学的データを提示し、わかりやすいグラフを見せ、人体に栄養が及ぼす栄養を明快に説く。熱い思いを持ちながらも、学者として冷静に根拠を示し、人々の理解を訴えるのだった。
そして自説への理解を求めると同時に、相手の理屈の過ちをも指摘する。
78歳の名誉教授コリン・キャンベルは、アトキンス陣営を見つめながら言った。
「こういうデータがあります。アトキンスダイエットを続けた人と、一般的な食事を続けた人の比較です。平均的な食事をしている人と比べて、アトキンスダイエットをしている人では、便秘がよく見られます。
さらにごらんなさい。それだけではなく、口臭、頭痛、筋けいれん、下痢の発生率まで高いのです。
待って。反論は待ってください。アトキンスダイエット擁護者のみなさんが言いたいことはわかります。『そのデータのソースは?』そう言いたいのでしょう。
ソースをお示ししましょう。これは2004年の研究です。研究資金のスポンサーは、アトキンス・ダイエット・カンパニー。つまり、あなた方の会社です」
フィニッシュホールド、と言いたげなドヤ顔のキャンベル。
ここで肉肯定派、ウェストマンが立ち上がる。
「たとえ便秘になって酸化マグネシウムが手放せない体になったとしても、糖尿病が治るのであれば、多くの人は喜んで便秘になるほうを選ぶのではないでしょうか。
最近、低脂肪食の人気はずいぶん落ちています。それもそのはずです。高炭水化物を維持したままでは、何一つ体調不良が改善しないのですから。
私は低炭水化物食を指導して、肥満や糖尿病の患者を多く治療してきました。このグラフをご覧ください。低炭水化物食によって、乳癌の発生率さえ低下します。
はっきり断言しますが、炭水化物は必須栄養素ではありません」
キャンベルが、柔らかく応じる。
「言いたいことはわかります。今でこそ私は高タンパク摂取に反対していますが、かつては高タンパク質擁護派でした。だって私は実家が酪農農家なんですよ。
実家の生業を否定するような主張は、私ももちろん、したくありません。でもこれは感情の話ではありません。科学の話なんです。
私は中国の大規模な疫学調査に参加して、動物性タンパク質の摂取がいかに有害であるか、その例を嫌というほど見てきて、それでついに自説を変えたのです。
タンパク質と脂質は忌避すべきで、植物をベースとした全体食こそが、人々の進むべき道だ、と」
これに応じてウェストマン、なかなかの紳士である。論敵との共通点を示した。
「我々は結局のところ、同じ問題に向き合っていると思うのです。それは、現代アメリカの食事にまつわる問題点です。
アプローチに違いこそあれ、我々の向いている方向は同じです。
肥満、糖尿病、癌が栄養に関係していること。砂糖やジャンクフードは体によくないこと。”本物の食品”は健康的であること。このあたりはキャンベル先生も私と同じ意見だと思います。
ただ唯一、多量のタンパク質が体に悪いという先生の主張には、賛同しかねます。
先生は先ほど疫学研究から自説を変えたといわれましたが、疫学研究から因果関係を決定することはできません。つまり、動物性食品が体に悪い、という結論は出せないはずです」

両者に言い分があると思う。
個人的には、全面的にどちらが正しい、ということは言えない。
肉と一口にいっても、遺伝子組み換えの飼料を食わされて抗生剤やらホルモン剤を打たれた家畜の肉と、ジビエでは相当意味合いが違うはずだし、炭水化物と一口にいっても、小麦と米では体への影響は相当違うだろう。
また、動物性タンパク質の高用量摂取が好ましいとしても、プロテインやアミノ酸パウダーなどの加工食品の形態でも同じように好ましいといえるのか。
個人的には、高タンパク・低炭水化物が好ましいというより、「小麦を抜く」という、ただそれだけで改善する病態は相当多いと感じている。
「肉が体にいいのか悪いのか」の結論を出すにはデータが未だ十分ではないし、条件次第でどちらも正しくなり得ると思う。
だからこそ、今だに決定的な結論が出ていないんだと思う。

参考:『心と体をつなぐホリスティック栄養学』(平田進一郎氏の2019年11月10日の講演より)

友人宅での食事

2019.11.18

中学の同級生が神戸で精神科クリニックの開業医をしている。
十年ほど前に結婚し、小学校5年生の息子と1年生の娘がいる。数年前に神戸市北区の閑静な住宅街にマイホームを購入し、そこに一家で暮らしている。
僕とはときどき飲みに行ってバカ話をするような間柄なのだが、昨夜初めて彼の家に招かれ夕食をごちそうになった。

妻がいて、子供がいて、家がある。
何でもないことのようだけど、これはすごいことだ。
もちろん僕もいい年だから、同世代の人は当たり前のように結婚して子供がいて家庭を持っている。
でもこんなふうに、自分の同級生が築き上げた、いわば「お城」に、食事に招待されたことは、今までの僕の人生で初めてのことだった。

僕らは、確かに、同級生だった。同じ中学校で同じ授業を受けて、同じ時代の空気を吸っていた。
彼とは部活も同じだったこともあって、一緒に過ごす時間も長かった。
中学卒業後、ほとんど会わなかったけど、今こうして、再び会うようになった。
そして感じたのは、互いの歩んできた人生の違いである。

僕には嫁も子供もマイホームもない。
これは、時代の傾向、と言うこともできるだろう。
たとえば僕の父は、彼と同じように、僕の年齢の頃にはすでに姉と僕という二人の子供がいてマイホームを持っていたが、40年前は普通のサラリーマンにもそういうことが可能だった。
今の時代は、一介のサラリーマンが家を購入するのは困難だし、マイホームを買うよりは賃貸で済ませた方が経済的に賢明、という話もある。
さらに、全体的な傾向として、晩婚化が進んでいるし、結婚しても子供のいない夫婦も増えている。
結婚して子供を持って家を買って、という従来の「幸せな家庭像」は、すでに現代日本では一般的ではない、という言い方もできるだろう。

それでも、かつて彼と僕が同じスタートラインに立っていたことを思うと、彼が人生で手にしてきたものに、僕はある種の感慨を抱かずにはいられなかった。
それは「すごいなぁ、よくやっているなぁ」という感嘆でもあり「うらやましいなぁ」という羨望でもあるが、決して嫉妬のような単純な感情ではない。
人生は選択の連続であり、その選択には常にメリットとデメリットがつきまとう。
彼は様々な選択の末に、妻と子供を背負うことになった。そこには相応の喜びがあり、苦しみがあることだろう。
同様に、僕の今の状況も、自分の選択を積み重ねた結果であるはずだ。
独身貴族のお気楽さを楽しんでおきながら、彼の背負うものの重さをうらやましがるなんて、こんな矛盾もないだろう。

「息子が進学塾に通っててさ、ときどき勉強を見てやってる」
ええなぁ。ちゃんとお父さんやってるな。子供に勉強教えてやるなんて、最高やな。
「うん、でも普段全然勉強しない。成績もよくない。子供相手にあんまり怒りたくないけど、露骨になまけてる息子を見ると、さすがにイラつくな」

子供はかわいいだけの存在じゃない。自分に似たかわいい我が子ではあるけど、自我を持った他人であり、自分の思い通りには動かない。
飲み屋では出てこない「父親」がいて、彼の別の顔を見た思いだ。

床に投げ出されたおもちゃ、壁際の電子ピアノ、大きなテレビとゲーム機、アカハライモリを飼う水槽、記念日に撮った家族写真、壁に貼られた習字、塾でもらった膨大なプリント。
すべて彼の稼ぐお金が形を変えたものであり、すべてが彼の城を構成する要素だった。
こうしたセットを背景に、子供たちがバタバタと走り回って声を上げ、会話を交わし、笑顔を交わし、食事が進む。
そう、思い出した。こういうのを、家庭というのだった。
そして気付いた。家の主人公というのは、子供なのだ、と。

僕もかつては家庭に属していた。
父母がいて、姉がいて、僕がいて、家の中でバタバタやっていた。
いつのまにか大きくなって、姉が結婚して家を出て、母が死に、父に別の女ができて、僕の家庭は自然消滅した。
本来なら、僕が新たな家庭を作らないといけない。子供という新たな主人公を据えて、物語を始めないといけない。
そのはずなんだけど、一体僕は、何をやっていることやら。

僕はやはり、今の自分を自分で選んだんだと思う。
結婚して子供を作ることには、必然性がない。今の自分で充分楽しくて満足なんだ。
子供がいないおかげで、僕はいつまでも子供のままでいられる。自由に勉強して知識を吸収できるし、飲み歩くこともできるし、どこかに気ままに一人旅することだってできる。

しかし子供ができればできたで、僕はその流れに喜んで身を任せるだろう。
子供は僕に大人になることを要求するだろう。僕は彼の面倒を見てやり、休日どこかに連れて行ってやり、勉強を教えてやる。
それは僕の望むところだ。自分自身の成長のためにかける時間とエネルギーは犠牲になるが、僕はその犠牲を喜んで受け入れるだろう。
子育ては、最高の趣味になり得ると思う。
きっとお金はものすごくかかるだろうけれど^^;

子宮頸癌ワクチン

2019.11.18

国民の知る権利に奉仕するのがマスコミの務めだけど、同時にマスコミは収益構造上、スポンサーの意向に逆らえない弱みもある。
そのせいで、国民が知っておくべき事柄が報道されないということは、ざらにある。
しかしときどき週刊誌が、テレビや新聞などの大手メディアには絶対報道できない問題に対して、ズバリと切り込んだりする。
たとえば以下のような記事。
『現役医師20人に聞いた”患者には出すけど、医者が飲まないクスリ”』(週刊現代)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/42507
『なぜ、医者は自分では受けない治療を施すのか』(PRESIDENT)
https://president.jp/articles/-/15153

製薬業界を敵に回すようなこんな記事を、よく書けたものだ。マスコミはこうでないといけない。
週刊誌も企業からの広告収入に依存している部分は大きいはずだけど、新聞・テレビよりは自由度が高いようだ。
近年、新聞の購読者数、テレビの視聴率が落ち続けている。
インターネットやSNSの発達の影響はもちろん大きいだろうが、国民がテレビや新聞のウソを見抜き始めているというのもあるだろう。
賢い人はすでにテレビの言うことは話半分に聞いていて、ネットにある真相のほうに耳を傾ける。
もちろんネット上の情報も玉石混交だが、かつて「情報の絶対王者」として君臨したテレビがその地位から転落したのは間違いない。

上記の記事は、いずれも現場の医師の声である。
そう、医者は、わかっている。
現場を見ていれば、自分のやっている治療が本当に患者のためになっているかどうか、わかる。
患者が救われていれば万々歳。すばらしいことだ。胸を張っていい。
しかし、経過を見ながら「この治療は、有害無益。患者にはむしろデメリットになっている」と気付いたらどうするか?
良心の呵責に耐えかね、その治療法が有害であることを学会に告発する?
まさか。そんな医者はほとんどいない。
医者も商売人。建前と本音を器用に使い分けて、毒のような薬を平気で処方し続ける。
「患者には出すけど自分は飲まない薬」、「患者にはやっても自分は受けない治療」そんなデタラメは、医療現場に山ほどある。

そう、医者は二枚舌なんだ。
信じられないって?
よろしい。そういう方のために、医者のダブルスタンダードを実証するこんな研究を供覧しましょう。
『日本における産婦人科医の娘のHPVワクチン接種について』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26155971

子宮頸癌ワクチン(HPVワクチン)が日本で定期接種されるようになったのが、2013年3月から。
しかしその後、ワクチン接種後の副作用の報告が全国で相次ぎ、なんと定期接種開始からわずか3か月後の6月には、接種勧奨の取り消しとなった。
被害者たちの動きは早く、2013年3月には「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」が結成され、マスコミもこれを報じた。
つまり、2013年の報道以降、HPVワクチンの危険性は一般人にさえ知れわたることになった。

一方、こうしたマスコミ報道にかかわらず、日本産科婦人科学会の立場は一貫している。
『子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために』(公益社団法人日本産科婦人科学会)
http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4
このページをざっくりまとめると、
「子宮頸癌予防効果は94%と高い。なるほど、副作用の報告はあるが救済措置制度もある。我々は科学的見地に立ってHPVワクチン接種は必要と考え、HPVワクチン接種の積極的勧奨の再開を国に対して強く求めていきたいと考えている」
では、日本産科婦人科学会を構成する個々の先生方は、どのように考えているのだろうか。
2013年6月以降、HPVワクチンの接種は勧奨からはずれたものの、希望すれば受けることはもちろん可能だ。
日本産科婦人科学会は子宮頸癌予防のワクチンの有効性を信じ、何とか勧奨接種の再開を希望しているのだから、当然その構成員も、自分および自分の娘に、ワクチンを打たせているに違いない。
そうでしょう?
まさか、学会のスタンスに内心疑問があって自分の娘にワクチンを受けさせていない、なんていうダブルスタンダードは、ないですよね?

このあたりを検証するために、産科・婦人科の先生方にアンケート調査を行った。その結果が、以下のグラフである。

この棒グラフは産科・婦人科医の娘のHPVワクチンの接種率を表している。白いバーで書かれている棒グラフは2012年の接種率。一方、黒いバーは、2014年の接種率。
2014年の6th(小学校6年生)から9th(中学3年生)でHPVワクチンを受けた割合が、2012年より有意に低下した(p = 0.012)。
どういうことか、わかりますか?
産科・婦人科の先生方の二枚舌が立証されてしまった、ということです。

寄らば大樹の陰、で、学会には所属している。学会は副作用騒動の後もワクチン接種勧奨のスタンスを崩していない。しかし自分の大事な娘には、受けさせない。
恥ずかしくないですか、そんな露骨な二枚舌。
また勧奨再開になれば、どうせ患者には遠慮なく打つんでしょ。
患者は他人だから、副作用が出ようがどうなろうが、知ったことじゃないよね。

参考:『ビタミンCによる疾病予防と治療~最新動向』(柳澤厚生氏の2019年11月10日の講演)

自分のスタイル

2019.11.17

走り高跳びは、古代オリンピックの時代からすでに競技として存在していた。
ただそのスタイルは、今でいうところの、ハードルを跳び超える動作に近かった(正面跳び)。
しかしある人が、バーに対して斜め向きに入り、片足を大きく上げてまたぐように跳ぶほうが高く跳べるのではないか、と考えた(はさみ跳び)。
この跳躍方法は、たちまち高跳びの主流となった。
ある程度世界記録の更新が行き詰まった頃、奇妙な跳び方をする者が現れた。
バーに対して横から入るところははさみ跳びと同じなのだが、まず顔と片腕がバーを超え、バーを腹部が巻き込むようにして跳び越えるスタイルだった(ベリーロール)。
「一体あの変な跳び方は何なんだ」と人々は指差して笑った。
しかしその奇妙なスタイルが、実は理にかなっていることに人々は気付き始めた。誰しも、結果がついてくる方法を採用するものである。当初嘲笑されたこの跳び方は、高跳びの一般的なスタイルになった。
やがて世界記録が更新が滞りがちになった頃、また奇妙な跳び方をする者が現れた。
バーに対して横からアプローチするところはベリーロールと似ている。しかし、ベリーロールがバーを抱きかかえるように跳ぶのに対し、なんと、バーに対して背中を向けて踏み切り、海老反りの姿勢で以ってバーを超えるのである(背面跳び)。
「何かの冗談だろう?」人々はその滑稽な跳び方を大いに笑った。学者は「この選手固有の柔軟性を使った跳び方に過ぎない。一般的な解剖学的生理から見て、あり得ない跳び方だ」と吐いて捨てた。
ところが、屁理屈がどうのこうのではなく、「結果がすべて」の世界である。「自分もこの跳び方ができないか」と考える選手が他にも出てきた。そして彼らが世界記録をバンバン塗り替えたことで、事情が一変した。背面跳びが、瞬く間に高跳びの標準スタイルとなった。
「どのようにしたら高く跳べるだろう」ということを虚心に考えて、偏見にとらわれず、しかも他人の目線を気にせずやってみる。高跳びの跳躍スタイルの変遷は、そういうパラダイムシフトの歴史そのものだ。

最初に独創的な天才が現れて、人々の嘲笑をものともせず結果を出し、やがてその利点が認められて広く普及する。
これはあらゆる物事に見られる現象だろう。

イチローの振り子打法もそうだった。
『当初否定されたイチローの振り子打法』
https://news.livedoor.com/article/detail/17382902/
才能を見抜く目のある仰木監督のもとでプレーできてよかったなぁ。野村監督だったら「お前何や、その変なフォーム」で潰されてたんじゃないかな笑
「鈴木」じゃなくて「イチロー」を登録名にしたのが仰木監督だったとは知らなかった。仰木監督じゃなければ、「世界のイチロー」は存在しなかったかもしれない。
しかし自分のスタイルをもう一回あえて崩して、かつ、結果を出せるのが天才イチローで、大リーグに移るにあたって、振り子打法をやめた。
球の速いメジャーに適応するために、自分のスタイルをもう一回見直した。
球威に負けないように筋肉をつけたりしたようなんだけど、様々な試行錯誤があったようだ。
結局、肉体改造については、
「持って生まれたバランス感覚というものがある。変にパワーをつけても、動けない。トラやライオンは、ウェイトトレーニングしない」
ということで、むやみやたらな筋トレに対しては否定的だ(↓稲葉との対談にて)
https://m.youtube.com/watch?v=KnlNtFsTX5g

振り子打法は才能のある人しか使いこなせないようで、野球界に「広く普及している」とは言い難いが、「どのようにバットを振れば、ヒットが打てるだろう」ということを考えた末の、ひとつの完成形だということは言えると思う。
たとえば、昔横浜にいた種田もそう。「何だ、あのガニ股は」とテレビ越しに笑った人もいるだろう。しかし見事なヒットを打つ。あんなスタイルのバッターは他にいない。彼が自分で考えてたどり着いた、ひとつの形なんだ。

イチローが引退会見のときに、こんなことを言っていた。
「2001年にアメリカに来たときの野球と、2019年の野球は、まったく別のものになりました。頭を使わなくてもできる野球になりつつあるような。
次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど、野球というのは本来頭を使わないとできない競技なんです。でもそれが違ってきているのが、気持ち悪くて」

これ、イチローがどういうことを言っているか、わかりますか?
彼は野球のAI化のことを指摘している。メジャーリーグのどのチームにも、データの解析班がいる。選手が考えずとも、すでにAIが答えを出している。プレイヤーはその答えに基づいてプレーする。そうすれば一番ミスする確率の少ないプレーができるからだ。
本来の野球はそうじゃなかった。選手同士の心理の読み合いや駆け引きがあった。でも今や、ビッグデータの分析班同士が互いの最適解をぶつけ合う、何か別のスポーツのようになっている。選手は意志のない駒のようだ。

日本のプロ野球もそうなりつつある。「ビッグデータの分析」的なことをせず、本来の野球にこだわっているのは、今や広島カープだけだと聞いた。プロ野球の視聴率が高校野球の視聴率にかなわない理由がわかる気がする。僕らは、AIの答え合わせなんて見たくない。ドラマが見たいんだ。

「体を使う」ということについて、武井壮が興味深いことを言っている。
https://m.youtube.com/watch?v=_GuH-yOlZfI
彼が小学生のとき体育の先生やいろんな人に聞きまわった質問がある。「僕はなぜ、ホームランが打てないんですか」誰も彼の質問に答えなかった。なかには笑う人さえいた。
誰も答えてくれないんだから、自分で考えるしかない。こうして彼は、自分なりの体の使い方を習得し、陸上10種競技の日本チャンピオンになるに至った。

結局自分の頭で考える人が、自分なりの道を切り拓いて成功したり、歴史を作ったりしてるんよね。

二次胆汁酸

2019.11.17

ガチフロ、と聞いて、どう思いますか?
ガチフロキサシンというニューキノロン系抗生剤の商品名なんだけど、響きが何となく強烈で記憶に残りやすい。製薬会社のマーケティングとしては、成功してるネーミングだと思う。
『ガチ風呂!』とか、AVのタイトルでありそうだけど笑
ただ、この薬は内科ではなじみが薄い。2008年血糖低下の副作用のため経口薬としての販売が中止になったためだ。
しかし点眼薬としては販売が続いていて、眼科の先生にはおなじみの薬だろう。

この抗生剤の服用によって下がるのは血糖値だけではなく、中性脂肪も低下する(こちらのほうは臨床上問題にならないので、販売の停止理由には挙げられなかった)。
服用によって血糖値と中性脂肪が低下する抗生剤は他にもあるが、ガチフロほど低下作用が強くないから、問題になっていないだけのことだ。

「血糖値と中性脂肪が低下する?けっこうなことじゃないか。デメリットどころか、メリットだろう」
そう思う人もいるだろう。利に敏い製薬会社も当然同じことを考えていて、できれば抗メタボ薬として売り出したい。
しかし慢性疾患の治療薬として「生かさぬように殺さぬように」しながら長く飲み続けてもらうには、毒性が強すぎるんだな。「毒にも薬にもならない」ものならまだしも、露骨に毒になってしまっては、さすがの製薬会社も商品化できない。

そう、臨床的な事実として、ある種の抗生剤によって血糖値や中性脂肪が低下する。
当然気になるのは、その機序である。
腸内細菌が関与していることは間違いないだろうが、どのように関与しているのだろうか。
その課題に真正面から切り込み、腸内細菌により生成される二次胆汁酸が関わっていることを報告したのが、以下の論文である。
『短期間の抗生剤投与により引き起こされる腸内細菌叢の悪化により肝細胞での二次胆汁酸産生が減少し、その結果血中グルコースと中性脂肪が減少する』
https://www.nature.com/articles/s41598-018-19545-1

腸内には1000種類100兆個とも言われる腸内細菌が住んでいる。
腸内細菌叢は肥満者と非肥満者で大幅に異なることが報告されている(←小麦の摂取量の多寡が腸内細菌叢の変化に関わっているはず、と個人的には思っている)。
腸内細菌は宿主のエネルギー消費や脂肪の蓄積にも影響している可能性がある。さらに、生活習慣病(2型糖尿病など)、神経疾患(自閉症など)、腸疾患(大腸癌など)にも腸内細菌が関与していることが知られている。

腸内細菌にあからさまに影響を与えるものとして、抗生剤がある。
腸内細菌叢の質的・量的なバランス割合をかき乱し、様々な機能に悪影響を及ぼすことが明らかになりつつある。
たとえば、抗生剤の使用による低血糖は、稀ではあるが重大な副作用である。事実、ある種の抗生剤(ガチフロなど)はその副作用のために使用中止となった。さらに、幼少時の抗生剤使用は、その後の体重増加を加速するとの報告がある。

抗生剤投与による腸内細菌叢の悪化により、肝臓(糖および脂質代謝に重要な器官)でのタンパク発現が悪影響を受けることが示されている。こうした先行研究を踏まえて、著者らは抗生剤による糖および脂質代謝への悪影響とその機序について、その解明を試みた。

5日間抗生剤を投与して、腸内細菌叢が悪化したマウスをモデルとして使用した(←たった5日間の抗生剤使用で、腸内細菌がボロボロになるんですよ!)。
抗生剤非投与群のマウスと比べて、血中グルコース濃度と脂質(中性脂肪)濃度がそれぞれ64%、43%低下した。

なぜこんなにも減少したのか。その機序を究明するために、著者らは二次胆汁酸に注目した。この酸は腸内細菌による代謝産物であり、腸内細菌こそが肝臓での糖と脂質の代謝を支配しているのである。
この実験のモデルマウスでは、二次胆汁酸を産生する腸内細菌が減少していた。さらに、マウス肝臓の二次胆汁酸(リトコール酸とデオキシコール酸)の濃度が、抗生剤を投与してないマウスに比べて、リトコール酸で20%、デオキシコール酸で0.6%減少していた。抗生剤の投与と同時に二次胆汁酸を投与すると、血中のグルコースと中性脂肪の濃度が回復した。
この結果は、腸内細菌により産生される二次胆汁酸が宿主の糖・脂質代謝に影響を及ぼすことを示している。
次に、著者らは、腸内細菌により産生された二次胆汁酸が糖・脂質代謝にどのように影響しているのかを調べるために、量的プロテオーム解析を使ってタンパク質の量を全体的に分析した。
腸内細菌叢の破綻したモデルマウスの肝臓では、グリコーゲン(糖の貯蔵)の代謝に関与するタンパク質や、コレステロールと胆汁酸の生合成に関与するタンパク質の発現レベルが変化していた。しかもこの変化は、胆汁酸の投与により回復した。
本研究は、腸内細菌とこれにより産生される二次胆汁酸が宿主の血糖値および脂質濃度に関与していることを示している。二次胆汁酸の産生に関与する細菌叢を特定することで、糖尿病や脂質異常症などの代謝疾患の予防および治療が可能になるかもしれない。

漢方薬で熊胆(ゆうたん)という生薬がある。読んで字のごとし、熊の胆嚢のことだ。
健胃作用とか消化器症状に効果があるとされているが、上記の研究は「なぜ熊胆が効くか」の説明にもなっている。二次胆汁酸の補充そのものだ。

僕の経験した症例を供覧します。
16歳男児。無気力を主訴に来院。
採血してみると、こんな数字が出た。
血糖値 58 中性脂肪 48 総コレステロール 129 HDL 51 LDL 66
25-ヒドロキシビタミンD 19 コルチゾール 3.6
「あれ、血糖値とか脂質、なんでこんなに低いのかな」って思った。
よくよく問診してみると、お母さん、こう言った。
「すいません、関係ないと思って黙ってましたけど、実は抗生剤(クラリス)飲ませてます。ニキビができ始めてて、その予防のために」
クラリス。アニメのキャラにありそうなかわいい名前だけど、けっこう怖い薬なんだよ。
低血糖(意識喪失を伴うことも)が起こる可能性は、添付文書にもしっかり書いてある。
脂質プロファイルもHDLを除いてすべて低い。
さらに、コルチゾールもビタミンDも低い。これらはいずれもコレステロールから作られるホルモンだから、材料不足(コレステロール欠乏)によって産生できないのかもしれない。
コルチゾールは抗ストレスホルモンで、高値だと「ストレスに負けず頑張っているんだな」となるけど、かといって低ければいいというものではない。ストレスに対峙するホルモンが出ていない、つまり、そもそも戦えていない。今の無気力の症状と合致するようだ。

血圧、血糖、コレステロール、尿酸など、西洋医学はやたらと「悪物」を作りたがる。「この高い数値を下げれば健康になれますよ」というストーリーが作れて、薬が売りやすいからだ。
でも人間の体はバカじゃない。必要があるから、高いんだ。
病態に対して、もっと根本的な原因と機序に即した医療が普及すればいいのだけれど。