院長ブログ

自分のスタイル

2019.11.17

走り高跳びは、古代オリンピックの時代からすでに競技として存在していた。
ただそのスタイルは、今でいうところの、ハードルを跳び超える動作に近かった(正面跳び)。
しかしある人が、バーに対して斜め向きに入り、片足を大きく上げてまたぐように跳ぶほうが高く跳べるのではないか、と考えた(はさみ跳び)。
この跳躍方法は、たちまち高跳びの主流となった。
ある程度世界記録の更新が行き詰まった頃、奇妙な跳び方をする者が現れた。
バーに対して横から入るところははさみ跳びと同じなのだが、まず顔と片腕がバーを超え、バーを腹部が巻き込むようにして跳び越えるスタイルだった(ベリーロール)。
「一体あの変な跳び方は何なんだ」と人々は指差して笑った。
しかしその奇妙なスタイルが、実は理にかなっていることに人々は気付き始めた。誰しも、結果がついてくる方法を採用するものである。当初嘲笑されたこの跳び方は、高跳びの一般的なスタイルになった。
やがて世界記録が更新が滞りがちになった頃、また奇妙な跳び方をする者が現れた。
バーに対して横からアプローチするところはベリーロールと似ている。しかし、ベリーロールがバーを抱きかかえるように跳ぶのに対し、なんと、バーに対して背中を向けて踏み切り、海老反りの姿勢で以ってバーを超えるのである(背面跳び)。
「何かの冗談だろう?」人々はその滑稽な跳び方を大いに笑った。学者は「この選手固有の柔軟性を使った跳び方に過ぎない。一般的な解剖学的生理から見て、あり得ない跳び方だ」と吐いて捨てた。
ところが、屁理屈がどうのこうのではなく、「結果がすべて」の世界である。「自分もこの跳び方ができないか」と考える選手が他にも出てきた。そして彼らが世界記録をバンバン塗り替えたことで、事情が一変した。背面跳びが、瞬く間に高跳びの標準スタイルとなった。
「どのようにしたら高く跳べるだろう」ということを虚心に考えて、偏見にとらわれず、しかも他人の目線を気にせずやってみる。高跳びの跳躍スタイルの変遷は、そういうパラダイムシフトの歴史そのものだ。

最初に独創的な天才が現れて、人々の嘲笑をものともせず結果を出し、やがてその利点が認められて広く普及する。
これはあらゆる物事に見られる現象だろう。

イチローの振り子打法もそうだった。
『当初否定されたイチローの振り子打法』
https://news.livedoor.com/article/detail/17382902/
才能を見抜く目のある仰木監督のもとでプレーできてよかったなぁ。野村監督だったら「お前何や、その変なフォーム」で潰されてたんじゃないかな笑
「鈴木」じゃなくて「イチロー」を登録名にしたのが仰木監督だったとは知らなかった。仰木監督じゃなければ、「世界のイチロー」は存在しなかったかもしれない。
しかし自分のスタイルをもう一回あえて崩して、かつ、結果を出せるのが天才イチローで、大リーグに移るにあたって、振り子打法をやめた。
球の速いメジャーに適応するために、自分のスタイルをもう一回見直した。
球威に負けないように筋肉をつけたりしたようなんだけど、様々な試行錯誤があったようだ。
結局、肉体改造については、
「持って生まれたバランス感覚というものがある。変にパワーをつけても、動けない。トラやライオンは、ウェイトトレーニングしない」
ということで、むやみやたらな筋トレに対しては否定的だ(↓稲葉との対談にて)
https://m.youtube.com/watch?v=KnlNtFsTX5g

振り子打法は才能のある人しか使いこなせないようで、野球界に「広く普及している」とは言い難いが、「どのようにバットを振れば、ヒットが打てるだろう」ということを考えた末の、ひとつの完成形だということは言えると思う。
たとえば、昔横浜にいた種田もそう。「何だ、あのガニ股は」とテレビ越しに笑った人もいるだろう。しかし見事なヒットを打つ。あんなスタイルのバッターは他にいない。彼が自分で考えてたどり着いた、ひとつの形なんだ。

イチローが引退会見のときに、こんなことを言っていた。
「2001年にアメリカに来たときの野球と、2019年の野球は、まったく別のものになりました。頭を使わなくてもできる野球になりつつあるような。
次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど、野球というのは本来頭を使わないとできない競技なんです。でもそれが違ってきているのが、気持ち悪くて」

これ、イチローがどういうことを言っているか、わかりますか?
彼は野球のAI化のことを指摘している。メジャーリーグのどのチームにも、データの解析班がいる。選手が考えずとも、すでにAIが答えを出している。プレイヤーはその答えに基づいてプレーする。そうすれば一番ミスする確率の少ないプレーができるからだ。
本来の野球はそうじゃなかった。選手同士の心理の読み合いや駆け引きがあった。でも今や、ビッグデータの分析班同士が互いの最適解をぶつけ合う、何か別のスポーツのようになっている。選手は意志のない駒のようだ。

日本のプロ野球もそうなりつつある。「ビッグデータの分析」的なことをせず、本来の野球にこだわっているのは、今や広島カープだけだと聞いた。プロ野球の視聴率が高校野球の視聴率にかなわない理由がわかる気がする。僕らは、AIの答え合わせなんて見たくない。ドラマが見たいんだ。

「体を使う」ということについて、武井壮が興味深いことを言っている。
https://m.youtube.com/watch?v=_GuH-yOlZfI
彼が小学生のとき体育の先生やいろんな人に聞きまわった質問がある。「僕はなぜ、ホームランが打てないんですか」誰も彼の質問に答えなかった。なかには笑う人さえいた。
誰も答えてくれないんだから、自分で考えるしかない。こうして彼は、自分なりの体の使い方を習得し、陸上10種競技の日本チャンピオンになるに至った。

結局自分の頭で考える人が、自分なりの道を切り拓いて成功したり、歴史を作ったりしてるんよね。