院長ブログ

救急

2018.12.16

「先生!サチュ80切ってます。今酸素3リットルですけど、5に増やしますか」
うん、そうして。
「先生!血糖値28です。ツッカーいきますか」
うん、お願い。
「先生!プルス触れません。昇圧しますか」
うん、頼むよ。
「アドレナリン3アン。生食と入れますね」
うん。

救急のあの殺気立った空気。
ナースは僕の無能さをよく見抜いている。
一応僕に指示を求める形ではあるが、現場を仕切っているのは修羅場慣れしたナースだ。
僕は、女房の尻に敷かれる亭主のように、何でもイエス。

かたわらにぼんやり立って、患者の顔を見る。
90歳をゆうに超える老人。
周囲の大わらわとは対照的に、静かに瞑目している。
すでに半分、向こうの世界に旅立っているように見える。
もう、いいんじゃないかな。

あのさ、ちょっと待って。
「なんですか」
もう、いいんじゃないかな。
「どういうことですか」
この人、DNR?
「そうですけど」
そういうことだよ。だから、もう、いいんじゃないかな、って。
「先生、本当に医者ですか?
DNRはCPAになったときに延命措置をしないことです。この人はまだ心拍も呼吸もあります!」
あ、そっか。ごめん。今言ったの忘れて。

無能な上に、無駄口まで叩いて、怒られちゃった。
無能は黙って見ていればいいんだ。
でもね、つらいのよ。
見ていて、痛々しくて。
身寄りのない大正生まれ。人生の大先輩。
人生の最終盤が、情緒もへったくれもない、こんな殺伐とした雰囲気だっていう。
生かそう生かそうも大事だけどさ、きれいな死に方を準備してあげることも、医療の役割じゃない?
昇圧とか、もういい。ただ、俺がずっとこの人の手を握って、そばにいる。だから看護師さんはもうあっちに行ってて。CPAになったらまた呼ぶからさ。
よほどそう言いたかった。でも言えなかった。
バカみたいにぼーっと突っ立ってるだけだった。