ナカムラクリニック

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2019年

ビタミンDと腸内細菌

2019.11.25

B’zに『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』という長いタイトルの曲があるけど、上には上があるもので、BEGINの曲にこういうのがある。
『それでも暮らしは続くから 全てを 今 忘れてしまう為には 全てを 今 知っている事が条件で 僕にはとても無理だから 一つずつ忘れて行く為に 愛する人達と手を取り 分け合って せめて思い出さないように 暮らしを続けて行くのです』
なぜこういう話をするかというと、下の論文のタイトルをみて、何かそういうのを思い出したんだ。

『ビタミンD欠乏によって腸内細菌が変化し腸内でのビタミンB産生が低下する。その結果パントテン酸が欠乏することで、動脈硬化や自己免疫疾患と関係する”前炎症”状態となり、免疫系に悪影響が生じる』
英語タイトルも添えておこう。
”Vitamin D deficiency changes the intestinal microbiome reducing B vitamin production in the gut. The resulting lack of pantothenic acid adversely affects the immune system, producing a “pro-inflammatory” state associated with atherosclerosis and autoimmunity”
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306987716303504
タイトルのなかにそこそこ長いセンテンスが二つも入った論文は初めて見た。
「タイトル長すぎるやろ!」ってツッコミ待ちの雰囲気がある論文だけど、内容はおもしろいので、紹介しよう。
【要約】
【研究の目的】
ビタミンDの血中濃度が60~80 ng/mlだと通常の睡眠が促進される。しかしこの効果は2年ほどで弱まり、関節痛が増悪するが、なぜこういうことが起こるのか、という機序を調べることが、本研究の目的である。パントテン酸はコエンザイムA(補酵素A)になる。これはコルチゾルやアセチルコリンを産生する際に必要な補因子である。
1950年代に行われた研究から、パントテン酸欠乏、自己免疫性関節炎、不眠症の間には関連性があることが知られていた。
血中ビタミンB群には腸内細菌の産生由来のものと食品由来のものがあることが示されているが、腸内細菌叢こそがビタミンB群のメインソースである可能性がある。文献のレビューによると、パントテン酸は食品には含まれておらず、腸内細菌叢によってのみ、供給されるのである。
ビタミンD補充によって徐々に二次的パントテン酸欠乏が誘導される可能性を検証するために、B100(ビタミンB12とビオチン100㎎と葉酸400mcgを除くすべてのビタミンB群を100㎎)をビタミンDのサプリに加えた。
【方法】
神経系疾患の患者1000人以上にビタミンDとB100を勧めた。睡眠、神経痛の具合、神経学的症状、腹部症状を定期的に記録した。
【結果】
ビタミンDとB100を3か月続けると、睡眠が改善し、痛みが軽減し、腹部症状が解消した。こうした結果は、ビタミンDとB100を組み合わせて使うことで、ヒトの通常の腸内細菌叢を構成する4つの特異的菌種(アクチノバクテリア、バクテロイデス、ファーミキューテス、プロテオバクテリア)に好ましい腸内環境になったことを示している。
【仮定】
1)ビタミンDの血中濃度は季節によって変動し、それによって腸内細菌叢も変化する。このことが冬季の体重増加傾向に影響している。しかし、ビタミンD欠乏が年単位で持続すると、腸内環境が永続的に固定化してしまい、「健康腸内細菌4人組」をもはや取り戻すことはできない。
2)ヒトは自身の腸内細菌叢と常に共生的な関係を持っている。我々が彼らにビタミンDを供給し、彼らが我々にビタミンB群を供給する。
3) 正常な腸内細菌叢を構成する「健康腸内細菌4人組」は、彼ら自身が共生的でもある。つまり、それぞれの菌種が、「他の三菌種には作れないが、しかし生存に必要なビタミンB」を少なくとも一種類以上分泌している。
4)睡眠が改善し、体内の細胞修復が更新することで、体内に貯蔵されているパントテン酸の消費がますます亢進する。そのせいでコルチゾールの産生が低下し、関節痛が増悪したり、免疫系に対して広範囲の”前炎症”を引き起こす。
5)パントテン酸欠乏はアセチルコリンを減少させる。アセチルコリンは副交感神経系の神経伝達物質である。つまり、パントテン酸欠乏により副交感神経系の働きが弱まり、相対的に交感神経系が優位になって、高血圧、頻脈、不整脈などの高アドレナリン状態となり、これが心疾患や脳卒中などの原因となり得る。

「腸内細菌が僕らの腸に住んでいるのは、ビタミンDが欲しいからである。そして腸内細菌は、ビタミンDを得るお返しに、ビタミンB群を供給してくれる。実際、血中に存在するビタミンBのほとんどが食品由来ではなく、腸内細菌の産生物由来である」。
おもしろい仮説である。
以前のブログで、ある種の抗生剤によって中性脂肪が低下することを紹介したが、この現象の背景にあるのも腸内細菌だった。腸内細菌と脂質プロファイルは、決して無関係ではない。
一方、ビタミンDはコレステロールをもとに産生される。つまりビタミンDは、ざっくり、「脂質のようなもの」である。腸内細菌が何らかの形で関与していても不思議ではない。

ビタミンDが、ビタミンDとして作用する面は当然ある。
骨、小腸、腎臓などの細胞にはビタミンD受容体(VDR)があって、そこにビタミンDがリガンドとして作用してどうのこうの、という話はもちろんある。
ただ上記の論文が指摘しているのは、ビタミンDの働きはそれだけではなく、腸内細菌のエサとなって彼らを養い、ビタミンB群を作らせている、ということである。
うつ病患者にビタミンDが効くこともあれば、ビタミンB群が効くこともあるのは、こういう腸内細菌の働きが影響しているのかもしれない。

もうひとつ、興味深いと思った指摘は、上記の【仮定】4)。
「よく眠ると、かえって調子が悪くなる」という患者をときどき見る。たとえば、よく眠った翌日には、統合失調症の症状が悪化する、とか。
その理由がいまいち分からなかったけど、よく眠る→パントテン酸の消費亢進→交感神経興奮→炎症増悪、というメカニズムで説明がつくように思う。
あるいは、うつ病に対して断眠療法というアプローチがある。この機序も、眠らない→パントテン酸の消耗抑制→副交感神経優位→穏やか、ということかもしれない。

オスの生理2

2019.11.24

1962年京大霊長類研究所の杉山幸丸はハヌマンラングールの驚くべき行動を発見した。
ハヌマンラングールは1匹のボス猿が多数のメスを引き連れて、ハーレムを形成する。このボス猿に対して若いオスが挑み、追放に成功すると、新たなボスとしてハーレムを乗っ取る。そしてこのボス猿は、なんと、群れのメス猿が抱える乳児の首を噛み切って、皆殺しにしてしまう。
この「子殺し」の報告は、発表当初、学会の通説(「種の保存則」)に反するとして、相手にされなかった。しかしその後、ライオンや他の霊長類(30種類ほど)でも同様の行動が確認され、次第に認められるようになった。
ハヌマンラングールのこの残虐な行動は、一体どのように説明できるだろうか。そのためのキーワードのひとつが、プロラクチンである。

プロラクチンは脳下垂体から分泌されるホルモンで、母乳の生成を促したり、排卵を停止させ発情を抑制する作用がある。
通常ではほとんど分泌されないが、哺乳類のメスの妊娠時に分泌され、出産後も赤ん坊の乳首への吸引刺激によって分泌が継続される。
つまり、授乳中の子猿を抱える母猿ではプロラクチンの血中濃度が高く、発情が抑制されており、新たなオスを受け入れることはない。
ハヌマンラングールのボス猿が、次のボス猿に取って代わられるまでの平均期間は27か月である。新しいボス猿にとっては、将来他のオスに取って代わられるまでの間に自分の子をメスに産ませなければならない。ところが、プロラクチンの影響で、授乳中のメスは子猿が乳離れするまで発情しないのである。
そこで新たなボス猿にとって、先代のボス猿の血を引く子猿を殺し、できるだけ早くメス猿の発情を促すことが、自分の遺伝子を広げる適応的な戦略ということになる。

プロラクチンは当然人間にも見られ、女性のみならず男性にも存在する。
というか、前回の「賢者タイム」の話でいえば、射精後の男性では血中プロラクチン濃度が上昇している。つまり、発情が抑制され、非常に穏やかな気持ちになっている。
この状態のときに、女性から「ねぇ、もう一回!」などとさらなる発情を求められても、それはホルモンの生理に反したことである。むしろ不愉快を感じても不思議ではない。
授乳中のお母さんでプロラクチン濃度が高いのは当然のことである。女性は子供が乳離れするまでは、いわば「女賢者」になっている。
子供が乳離れすると(つまり、乳首への継続的刺激が終了すると)、女賢者モードも終了である。プロラクチン分泌が低下し、排卵が再開して発情が可能となり、次なる子供に備えることになる。

プロラクチンの生理作用という観点で見れば、性交後にもベッドの上でいちゃついている人間の男女は、動物界ではむしろ異端である。
犬科の生物では、オスには亀頭球という構造があって、交接後も長時間結合することが可能であるが、しつこいオスに対していらだったメスがオスを攻撃することがしばしばあるという。
野生では、性交のような無防備な状態は、短時間であることが好ましい。行為を終えれば、すぐに正気に戻って、日常に立ち返る、というのが生存上のメリットなのだろう。
しかし人間の場合、セックスは繁殖の意味合いだけではなくて、コミュニケーションの手段であったりする。
「ねぇ、もう一回」とねだられて、本音としては「勘弁してくれよ」であったとしても、「しょうがねえなぁ」ともう1ラウンド頑張ったりする^^;

「ちょっと待ってくれ。授乳中は発情が抑制されて、女賢者になっている、ということだが、それ、本当か?うちのかかあは、授乳中にも普通に俺とエッチしてたぞ」というお父さんもいるかもしれない。
「ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで。お父ちゃんのもんとは違うのんやで」と月亭可朝が歌っているが、統計によると、産後1~1.5か月以内に13%のカップルがセックスを再開しているという。
つまり、赤ちゃんのためのボインを、横取りして吸ってしまうお父ちゃんがいる、ということだ^^;
そう、ここが他の霊長類にはない、人間の特殊性なんだ。
ヒトにおいては、授乳中でも発情して交尾が可能になったため(ただし妊娠確率は低い)、オスは子殺しをする必要がない。メスの進化による賜物だと考えられている。
だから人間においては、ハヌマンラングールのような悲劇は起こらない、はずなんだ。

しかし例外ずくめなのが人間である。
血のつながりはなくとも我が子のように愛情を注いで育てられるのが人間のすごいところだし、我が子を虐待の末に殺して逮捕された、というニュースが珍しくも何ともないところが、人間の恐ろしいところである。
神と悪魔、崇高な愛と野蛮な残虐さ、そういう両極端が同居するのが人間の精神である。
ただお固いことはさておき、今の僕には2ラウンド連チャンでやるのは、もうできません^^;

オスの生理1

2019.11.24

『生理をオープンに――大丸梅田店「生理バッジ」に批判も』という記事を読んだ。
なるほど、女性の月々のものが変にタブー視されているところは確かにあって、言われてみれば妙な話である。「体の自然なこと、それこそ生理現象なのだから、もっとオープンにできないか」そういう主張はわからなくもない。
しかしネット上では軽く炎上の様相を呈している。しかもこの「生理バッジ」を批判しているのは、当の女性のようだ。
大丸梅田店は僕もよく利用する。せっかくなので、この炎上の「出火元」に実際に行ってみた。

このマンガを見ると、大丸自身、批判は想定内のようで、ある種の炎上商法かもしれない。
しかしフロアスタッフの胸元を見たけど、僕の見た限り、誰も「生理中」のバッジはつけてなかったね^^

男と女は、同じ生き物のようでいて相当違うところがある。体も違えば、心も違うだろう。しかし少なくとも体の違いについては、解剖学、生理学などの学問がかなり解き明かしているところもある。
分かり合えないのが男女の常ではあるが、学問的知見が多少なりとも男女の摩擦解消に役立つのなら、知っておいて損はない。

個人的には、女性がわかっていないなと思うことのひとつとして、男性の”賢者タイム”を挙げたい。
仲睦まじくベッドの上でいたした後、まだ余韻の残る女が、男の股間を見て「まだ大きいね。もう一回、する?」なんて言いながら手を伸ばしてこようものなら、「おい、やめろ」と男がその手を冷たく払いのけたりする。
「さっきまであんなに激しく求めてくれたのに、、、」女は、男の打って変わった素っ気なさに拍子抜けする。

ありがちなすれ違いである。女性は、男性のこの豹変を理解しておいたほうがいい。
男性はオーガズムの後、性欲が急速に低下するもので、この状態は「賢者タイム」と呼ばれる。
この言葉はもちろんスラングで、医学的には不応期(male fractory period)という。
しかし個人的には、この正式な用語よりも「賢者タイム」のほうが実態をよく反映していて、しかもユーモアがあって、好きだな。
果てた後に、本来の理性的な自分が戻ってきて、それまでお世話になった風俗嬢に
「こんなはしたない仕事して」なんて急に説教を始める男もいたりする。

一体、この現象は何なのか?
理性をかなぐり捨てて感覚の世界に惑溺したかと思えば、夢から覚めたようにいつもの自分に戻る、この現象は?
男のこの矛盾を、科学はどのように説明しているのだろうか?

こんな研究がある。
若い男性被験者にいくつかの女性の写真を見せ、その魅力度を評価してもらう。その際、事前に女性の膣の匂いとよく似た化学物質(copulins)を嗅がせると、すべての女性の顔に対する評価が有意に上昇した。
https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/1474704916643328
どういうことか、わかりますか?
普段は理性的な男性、つまり、女性の美醜を冷静に判断する男性が、copulins を嗅ぐことで、ある意味、”吹っ飛んだ”。豹変したことで、女性の魅力の差異がかすんだ。
いうなれば、この研究は、賢者タイムの逆の現象、”やる気スイッチ”の存在を示している。

女性の膣から分泌されるこのフェロモンcopulinsは、sがついて複数形になっているが、これはcopulinsが5種類の揮発性脂肪酸の混合物だからだ。
copulinsの分泌は卵胞期に増加し、黄体期に減少する。copulinsに曝露した男性は、テストステロンの分泌が亢進し、女性の顔の美醜に対する分別が低下し、さらに協調性が低下する。つまり、やる気スイッチが”オン”になるわけだ。
これは人間のみならず、哺乳類全般に見られる現象のようだ。哺乳類の繁殖において、オスのほうがメスよりもコストが低く、かつ、メリットが大きいことは、多くの理論が示しているところである(異形配偶子理論、性淘汰理論、親の投資理論)。つまり、オスにとっては、排卵する女性を見抜き、それに応じて行動を変化させることが、自身の繁殖機会を最大化する上でメリットがある、ということだ。

閉経後の女性では、膣からのイソ酪酸の分泌が減少することが知られている。繁殖期を終えたメスにとっては、繁殖よりは個体の存続が優先事項である。オスの繁殖行動を惹起するフェロモンが出て自分にアプローチされることはむしろ不都合だから、これは理屈にかなったことだ。

しかし、上記研究で使われた「女性の膣に似た匂いの物質」って一体何なんだ^^;
男性を引きつける女性用フェロモンとして商品化されているようだけど、本当に効果があるのなら、世の男性は警戒すべきだね^^;

レビューに「吐物のような匂い」とあるから、香水としてはイマイチのようだ^^;

難しい理屈をこねなくても、「電気消して布団に入ってしまえば、女の顔なんてどれも同じものよ」という男性は昔から一定数いるもので、そういう心理を、科学が後から追いかけてるだけなんだよね。

ソールのメール

2019.11.22

栄養療法を実践している人なら、アンドリュー・W・ソールを知らない人はいない。
彼の運営するウェブサイト『ドクターユアセルフ』www.DoctorYourself.com は1日に4万人以上が訪れる。
30年以上にわたる臨床経験のみならず、3つの大学で教鞭をとり著書を数多く著わすなど、栄養療法の普及にも尽力してきた(14冊の著書のうち4冊は、栄養療法の巨匠エイブラム・ホッファーとの共著である)。
“Psychology Today”誌が彼を「自然療法のパイオニア7人」のうちの一人に選んだこともある。
しかし彼は、決して「過去の人」ではない。
現在も臨床をこなし、”The Vitamin Cure”シリーズを定期的に刊行し、講演に世界中を回るなど、いまだ精力的に活動を続ける「生きる伝説」である。

そう、僕が翻訳した本”Orthomolecular Medicine For Everyone”の原著者は、実に、そういう人である。
翻訳させてもらったつながりで、彼と何度かメールのやり取りをしたり、一度実際に会うこともあったが、彼から見れば、僕は一人の東洋人の医者に過ぎない。
だから何、ということはない。
僕と彼では、これまで成し遂げてきた仕事の質、量ともに、スケールが違いすぎる。ただ、ビッグネームの彼を前にして、自分はいまだ何者でもない、単なるnobodyに過ぎないことを、改めて思い出しただけのことだ。

翻訳本が出版されたとき、僕から進んで献本を送付した人が3人いるが、彼はそのうちの一人だった。
原著者に対する敬意と感謝の印として、彼に献本するのは当然のマナーだと思った。
ただ、僕にとって翻訳本の出版はとても大きなことだとしても、彼にとっては多数の著作のうちのひとつに過ぎない。すでに中国語など、英語圏以外の言葉に訳された著作もあると聞く。今さら僕が献本を送ったところで、彼から特に反応はないものと思っていた。
ところが、3日前に届いた彼から以下のようなメールが届いた。

Dear Atsushi,

Thank you very much for the very fine hardcover of ORTHOMOLECULAR MEDICINE FOR EVERYONE, which I recently received in the mail with great joy. I am very grateful to you for taking the time and applying your skills to make this important translation to benefit all Japanese readers.

I today have posted a notice at my Facebook page https://www.facebook.com/themegavitaminman/ to help alert people to the availability of your translation.

If I can in any way assist is facilitating future translations of other orthomolecular titles, please let me know.

With best wishes,

Andrew

このメールに、彼の心の熱量を感じた。「今さら日本で自分の本が出たところで、うれしくも何ともないだろう」という僕の予想は、見事に裏切られた。彼が喜んでいることが伝わってきて、僕はそれがうれしかった。
ファーストネームで名乗り、呼びかけてくれるところにも親愛の情を感じたし、なんと、「他のオーソモレキュラー本の翻訳に興味があるなら、知らせて欲しい」という言葉まである。お世辞ではない、僕への本物の信頼を感じた。

そもそも、僕は本当に、どこの馬の骨とも知れないnobodyだった。原著を読み、「翻訳せねばならない」と一方的な使命感に駆られ、いきなり彼のメールアドレスにメールを送った。「翻訳させて欲しい」と。
無視されても不思議じゃない。しかし柳澤厚生先生を仲介に立てて、いったん話を聞いてくれた。冷やかしでもいたずらでもなく、本気であることが伝わり、翻訳を任されることになった。
翻訳本を送ったところで、日本語を解さない彼には、もちろん読めない。しかし手元に現物が届いたことで「自分の声が、日本の読者にも届くのだ」という実感を持ったのだと思う。そして、ようやく、僕のことを信用してくれたのだと思う。

ただ、「翻訳したいオーソモレキュラー本があれば言って欲しい」というオファーについては、残念ながら、今の僕には応じられない。
僕が勤務医のままだったら、このオファーに飛びついただろう。そして再び、翻訳作業に没頭したに違いない。
翻訳は片手間にはできない。やるからには、自分の持てるすべてのエネルギーと時間を捧げる、ぐらいの気力がないと完成できない。でも開業した今の自分には、それは難しいんだ。
体はひとつしかないから一度にひとつのことしかできないし、時間も1日24時間しかない。この当たり前の事実が、何とももどかしい。

ドラッグ3

2019.11.22

グリナという健康食品がある。睡眠をサポートするグリシンという成分が含まれていて、不眠症のなかにはこれがよく効く人がいる。
ただこの商品の欠点は、値段が高いこと。でも実をいうと、主成分のグリシンに飲みやすさのために香料を加えただけの商品だから、お徳用のグリシンパウダーで同じ効果が得られちゃうんだな。

グリシンというのはアミノ酸の一種で、しかもアミノ酸の中で最もシンプルな構造をしている。
口に含むと、甘みとうまみがある。食品としては、ホタテ、エビ、カニ、イカなどに多く含まれる。甘エビの、砂糖とは違う独特の甘さ。ホタテの身を噛み締めたときに感じるうまみ。こうした味は、グリシンによるものだ。
生体内では、多様な働きをする。
コラーゲンやグルタチオンの合成に使われるているから、美肌や抗酸化のお助けになる。クレアチンの合成に関与しているところはボディービルダー向けだと言えるが、プリン体の合成にも関与しているから、過剰摂取は痛風の原因になるかもしれない。

睡眠に影響する理由は、グリシンが、神経伝達物質そのものだからだ。GABA(γアミノ酪酸)と並ぶ抑制性神経伝達物質で、ニューロンの活動電位を抑制する。
以下の論文に、詳しいメカニズムが書かれている。
『グリシンの睡眠促進効果および体温低下効果は、視交叉上核のNMDA受容体により媒介されている』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4397399/
「睡眠の質を改善する治療選択肢としてグリシンを使用することが、安全性の高い新たなアプローチとして注目されている。その有効性については臨床的エビデンスがあるものの、その作用機序についてはほとんどわかっていない。本研究において、我々はグリシンの作用部位および睡眠促進の機序をラットを用いて調べた。
急性睡眠障害に際して、グリシンを経口投与すると、ノンレム睡眠が誘導され、深部体温の低下とともにノンレム睡眠潜時が短縮した。グリシンの経口投与および脳室内への注射によって、足底の表皮血流(CBF)が用量依存性に増加し、その結果体熱が発散された。グリシン受容体のアンタゴニストであるストリキニーネによってではなく、NメチルDアスパラギン酸(NMDA)受容体のアンタゴニストAP5とCGP78608によって事前に処置すると、脳内へのグリシン注射で引き起こされるはずの表面血流の増加が抑制された。
グリシン注射後、視床下部核(内側視索前野(MPO)や視交叉上核(SCN)も含む)におけるc-Fosの発現が誘導されることが観察された。SCNにグリシンを注入すると、CBFが用量依存性に増加したが、MPOや脳室下帯にグリシンを注入しても効果が見られなかった。SCNにDセリンを注入してもCBFが増加したが、この効果はL701324の存在下ではブロックされた。SCNを焼灼すると、グリシンの睡眠促進および体温低下効果は完全になくなった。
これらの結果は、外因性グリシンが周辺血管の拡張によってSCNにあるNMDA受容体を活性化させることで、睡眠が促進されることを示している」

ややこしい文章だね。訳した僕にも意味がよくわかりません^^;
ポイントとしては、グリシンが体温に作用している、ということだ。
眠りにつくとき、手足や体表の温度が上がることが知られている。これはなぜか?
代謝が高まっているのではない。むしろ、下がっている(そもそも眠りとは、代謝を下げて体を休めることだ)。血液を中枢メインに供給するのではなく、手足などの末梢に優先的に流すことで、体熱を発散しようとしている。
寝るときには頭寒足熱がいい、といわれる理由はここにある。睡眠時の深部体温の低下は、脳内の温度(脳温)の低下でもあるわけだ。

さらに、タウリンも睡眠にいい。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3630960/
タウリンはGABA受容体に作用して、神経系の発火を抑制する。
ハエにカフェイン(0.01%)を与えると活動量が25%増加し睡眠が16%減少したが、タウリンの投与(0.1%〜1.5%)により活動量が28%〜86%減少した。0.75%のタウリンによって、睡眠が50%増加した。

その他、イノシトール、テアニン、フォスファチジルセリンにも有効性を示すエビデンスがある。
こんな具合に、ベンゾの離脱症状に対していろいろな栄養素(ビタミンC、ナイアシン、マグネシウム、ケイ素、グリシン、タウリン、、、)を使う。
こういう治療は、お世辞にもスマートとは言えない。「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」式の方法では、仮に効いたとしても何が効いたかわからない。そういう意味で、理想としては、使う栄養素は2、3種類以下に抑えたい。
でも症状に苦しむ患者は、「スマートじゃなくてもいい。何が効いたかわからなくてもいい。とにかく、今すぐにでも、楽になりたいんだ」という気持ちでいる。僕としても、その気持ちに応えてあげたいと思って、いろいろお勧めすることになる。
一般の病院で量産されるベンゾ依存症患者を、こんなふうに何とか立ち直らせていくのが僕の仕事です^^;