2019.2.5
頭頚部の異常な発汗を主訴に来院した50代男性。
「何でもないときは何でもないのですが、体にスイッチが入ると言いますか、ふとした瞬間から、汗が止まらなくなります。
顔からの汗です。それも尋常な量じゃありません。『滝のように流れる』という比喩そのもの、みたいな汗です。
症状は2年ほど前から始まって、ここ半年特にひどくなってきました。
時間帯としては、だいたい昼前から出始めます。昼食を食べる頃、額からだらだらと汗が流れ始め、食べ終わってからも2時間ぐらい汗が続きます。
熱いものや辛いものを食べると汗は余計にひどくなります。
夏に特にひどい、ということはありません。今みたいな冬でも、汗の量としては夏とそれほど変わらないと思います。
当初は職場の同僚から『暑いですか?エアコン調整しますか?』なんて聞かれてたけど、今は特に聞かれません。そういう体質なんだ、と思われています。
関係あるのかどうかわかりませんが、口の内部、前のこのあたりと舌が、しびれるような、痛むような感じがあります。唇も同じ感じです。
手足が冷えるような違和感もあって、足にサポーターを巻いています。
便通はどちらかというと下痢気味です。」
50代にして急に多汗症を発症するというのは、一般的なことではない。何か原因があるはずだ。
しかし何だろう。
分からない。
原因を推測しながら、様々に話を聞いていく。問診は、推理小説を地で行くような作業だ。
原因をピタリと特定し解決策を提示できることもあれば、謎を解明できず迷宮入り、ということもある。
発汗のメカニズムについて解説などしつつ、探針を入れてみる。
「そもそも発汗という現象は、人間にとって必要なことです。
交感神経と副交感神経のせめぎあいのなかで揺れ動くのが、僕ら人間です。
人間の行動原理は、実にシンプル。エサ取り行動と休息、この二つです。
日中には交感神経を高めて、狩りにいそしむ。運動量が増え、体内のグルコースや脂質が異化作用で消費されます。
そういうときに、日光の暑さでダウンしないために、汗をかいて体温を一定に保つ。また、敵に襲われたときに、手足がパサパサに乾燥していては、木に登って逃げたりできない。
汗をかくということは、そういう意味で非常に合目的的な現象です。
一方、夜は副交感神経優位の時間。休息と消化の時間です。日中に捕まえた獲物を食べて、栄養分の同化を行います。
日中よりも活動量は低下していますから、汗はそれほど出ない時間帯だと言えます。
人間の体の多くの器官には、自律神経の二重支配といって、交感神経と副交感神経の両方が分布しているものですが、汗腺だけは例外です。
汗腺は交感神経の線維にのみ、支配されていて、副交感神経の支配はありません。
しかしまた、さらに例外的なことに、本来交感神経の末端から分泌される神経伝達物質はノルアドレナリンなのですが、発汗運動神経からはアセチルコリンが分泌されます。
つまり、交感神経に支配されているにもかかわらず、汗腺にはアセチルコリン受容体があるわけです。
異常なほど汗が出る、ということは、汗腺にあるアセチルコリン受容体が何らかの原因で刺激されている、という機序が想定されます。
何か原因があると思うのですが、何でしょうね」
そう、アセチルコリン受容体が不必要に刺激されることで発汗が起こっているということは、治療としてはアセチルコリンをブロックする抗コリン薬を投与すればいい。
保険適用のある処方薬としては臭化プロバンテリンがある。しかし、のどが渇く、尿が出にくくなる、などの副作用があって、しかも人によっては大して効果がない。
「今日は大事な女性と会う日だから、この日だけは異常な汗を止めたい」ということなら、この薬を一日だけ飲むというのはありだろう。
しかし毎日飲み続けるというのは、副作用を考えたとき、躊躇するだろう。
こういう場合には、別のアプローチを考える。
水毒の滞りを改善する漢方である防己黄耆湯、自律神経をアンバランスを整えるハーブティ、汗疱に効果のあるルミンAなどを試すのも一法かもしれない。
しかし、これらの方法はいずれも『足し算』だ。
原因は無視して、ひとまず症状を抑えることをターゲットにしたアプローチであり、治療法としてはあくまで次善策だ。
50代で急激に多汗を発症するというのは、きっと何か原因があるはずだと僕は踏んだ。
「ひょとして、何か薬、飲まれていませんか?」
「尿酸を下げる薬を飲んでいます」
「いつ頃から飲まれていますか?」
「5年ほど前です。痛風発作を発症しまして、それ以来、飲んでいます。薬を飲みだしてから、発作は起こっていません」
ビンゴ。
当たりが出たようだ。
詳しく話を聞くと、他院で定期的にフェブリク40㎎を処方されているという。
「尿酸値はずいぶん下がっているんですけどね。発作が起こったときに処方された用量のままで飲み続けています」
フェブリクの副作用として、多汗は比較的一般的な症状である。
機序はよくわからないが、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が増大したり、腎機能低下(尿量減少、尿中β2ミクログロブリン増加)が見られることから、水分の代謝に影響していることは間違いないだろう。
口の中の違和感、手足の違和感もフェブリクの副作用の可能性が高い。
痛風を診てもらっている主治医に、減薬あるいは断薬が可能であるかどうか相談するよう、勧めた。
「フェブリクをやめてもなお、発汗が止まらないということであれば、そのときにまたお越しください」と告げて終診とした。
そう、薬の足し算ではなく、引き算で病態が改善するなら、そっちのほうがずっといい。
我が身を守ってくれていると信じている薬が、予想外の形で副作用をもたらしていることがあるものである。
2019.2.4
ワシントンポストの記事から、こんな話を紹介します。
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/magazine/pearls-before-breakfast-can-one-of-the-nations-great-musicians-cut-through-the-fog-of-a-dc-rush-hour-lets-find-out/2014/09/23/8a6d46da-4331-11e4-b47c-f5889e061e5f_story.html?utm_term=.a565bb2de83e
「ワシントンDCの地下鉄に男が座っている。ふと立ち上がり、バイオリンの演奏を始めた。
寒い1月の朝である。彼は45分にわたり、バッハ、シューベルト、メンデルスゾーンの作品を演奏した。
その間、ラッシュアワーということもあって、数千人もの人々が駅を通り過ぎた。その多くは通勤途中の人々である。
演奏を開始して3分後、ある中年男性が、音楽を演奏する彼に目を止めた。彼は歩度をゆるめ、数秒立ち止まったものの、やがてまた職場に急ぎ始めた。
その1分後、バイオリニストは彼の最初のチップを得た。ある女性がバイオリンケースに金を投げ入れたのだ。が、彼女もまた、立ち止まることなく歩み去った。
数分後、壁にもたれて彼の演奏をしばし聞く者があったが、彼も腕時計に目をやり、また歩み去った。
演奏家に最も大きな注目を払ったのは、3歳の男の子である。少年はこの演奏の美しさに息をのみ、思わず足を止めて見入った。彼の手を引く母は、彼をせっついて先を急がせようとした。
しかし少年はその場にとどまった。母に強く押されて、ようやく子供は歩き始めたが、歩きつつもなお、バイオリニストを何度も振り返った。
その音楽家が演奏した45分間に、立ち止まり、少しでもそこにとどまったのは、たったの6人だった。
およそ20人がチップを投げたが、わざわざ立ち止まって聞くことはなかった。彼が手にしたのは32ドルだった。
彼が演奏を終え、音楽の余韻を残す沈黙が周囲に満ちたとき、誰もそこにいなかった。拍手なんて誰もしなかった。
誰も気付かなかったが、このバイオリン奏者はジョシュア・ベル、世界最高の音楽家の一人である。
彼は非常に難しい技巧の要求される旋律を、350万ドルのバイオリンで奏でたのだった。
彼が地下鉄で演奏する二日前、ボストンの劇場で行われるジョシュア・ベルのチケットは、一席100ドルと高額にもかかわらず完売していた。
これは実話である。
ラフなシャツとジーパンを着て、野球帽をかぶって地下鉄で演奏するジョシュア・ベル。
これはワシントンポストの発案で、社会実験の一つとして行われたものだった。
この実験から得られる教訓。
我々は、世界最高峰の音楽家が演じる最高の音楽にさえ、立ち止まって耳を澄ませることはない。
ということは、我々は普段の生活の中で、一体どれほど多くの美しいものを見逃していることか」
おもしろい実験だ。
僕らがいかに芸術を理解していないかがよくわかる。
朝の通勤時間帯で忙しいとはいえ、世界でトップレベルの音楽家が目の前でライブ演奏をしていると知っていれば、ちょっとぐらいは足を止めて、彼の音楽を聞こうとするだろう。
しかしこれは、音楽を聞いているのではない。いわば、ジョシュア・ベルという『情報』を聞いているに過ぎない。
実際、彼をジョシュア・ベルその人だと気付かない多くの人は、彼の演奏を耳にしても何も感じないで素通りして行った。
彼の奏でる音楽の美しさに気付いたのは、少年だけだった。
少年は、もちろんジョシュア・ベルを知らない。ただ、目の前の男が演奏する音楽をきれいだと思った。そしてもっと聞きたいと思い、立ち止まった。
しかし大人は気付かない。
ゴミ箱の横に立つラフな格好の男。彼の奏でる旋律が、音楽表現の到達し得る最高度の美しさであることに、大人は誰も気付かなかった。
それなのに、ジョシュア・ベルの演奏するコンサートのチケットには、惜しみなく大金を払う。
もうね、いい加減、通ぶるのはやめたほうがいいな^^;
ほとんどの人は、芸術なんてわかっていない。身近にある美しさに気付かない。
世間から太鼓判を押された美しさのことを芸術だと思っているだけなんだな。
2019.2.3
たかが子供、じゃない。子供は国の未来だ。
心身ともに健全な子供を育てる上で、食事の重要性は強調してもし過ぎることはない。
では、何を食べさせればいいのか。
ネットにこんな記事があった。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190131-00000019-nkgendai-hlth
『子供のIQは朝の米食で変わる』という記事。ソースは日刊ゲンダイ^^;
記事の内容を1行で要約すると、、、
朝食にパンではなくごはんを食べている子供では、脳の灰白質の容量が大きく、かつ、IQも高かった、という話。
農協から依頼されて書いた提灯記事かな、とか邪推してしまう笑
糖質制限が一般にも広く知られるようになった今、米の売り上げが下がって困ってる人がいるのは確かだろうけどね。
記事を一読して思ったのは、灰白質の違い、IQの違いが、本当にごはんとパンの栄養素の違いだけに由来するものか、かなり疑わしい。
夜遅くまで仕事したり晩酌したりして朝の苦手なお母さんだったら、朝食にはごはんよりもパンを食べさせるだろう。ごはんだと前日に米を研いで炊飯器のタイマーをセットしたりするのがめんどくさい。しかもごはんの場合、米を炊いて茶碗に入れて出すだけではダメで、味噌汁なり惣菜なり、何らかのオカズを一緒に供することが暗に求められているところがある。
子供の食事なんてどうでもいいと思っているお母さんにとって、米食は手間のかかることこの上ない。でもパンなら、菓子パンひとつぽんと手渡すだけで終わり。食パンでも、せいぜいジャムやバターを塗る手間だけ。
ごはんとパン、栄養的にはもちろん違いがある。
パンに含まれている小麦グルテンは人によっては腸の炎症を惹起するアレルギー物質だし、粗悪なパンには大量の砂糖はもちろん、トランス脂肪酸や臭素酸カリウムなど、毒物みたいな添加物が含まれている。
パン食の子供でも、食べているのが昔のヨーロッパ人が食べてたような精製度の低い黒パンだったなら、この研究の結果は当然違っていただろう。
そう、ごはんとパン、両者の栄養価の違いは明らかなんだけど、仮にそれを差し引いたとしても、やっぱりごはん群の子供がパン群の子供より有意に優秀、という結果が出たんじゃないかな。
お母さんが子供にどれだけ手をかけているか。これが核心だと思う。
子供に米を食わせているかパンを食わせているか、というのは、母親の子育てに対する根本的な姿勢を試すリトマス紙になっている。子供に食べさせる料理をおろそかにしないお母さんは、多分、その他の面でも手を抜かないお母さんだろう。しっかり者で、知的レベルも高いかもしれない。
一方、料理の手間を嫌がってパンで安易に済ませるお母さんは、子育てにあまりコミットしてなさそうだ。良く言えば放任主義で、子供は案外それでタフに育つものかもしれないけどね。
こんな論文もある。
『ヨーロッパの子供における心理社会的幸福感と健康的な食事習慣の間にある双方向的関連性』
https://bmcpublichealth.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12889-017-4920-5
毎日健康的な食事をしている子供は心身ともに健全であり、逆に、心身ともに健全な子供は毎日健康的な食事をしている、という一見当たり前の直感が、きちんと統計的に裏付けられたというのがこの研究の主張だ。
8ヶ国から選んだ2歳から9歳までの子供7675人をコホートとした研究(IDEFICS)から調査した。2007年9月から2008年6月に1回目の調査を行い、2年後にもう一度調査した。心理社会的幸福感は自尊心と親子関係についての質問(KINDL)および感情、交友関係の問題(『子供の強さと困難さアンケート』)によって測定した。
『健康食事習慣スコア』(HDAS)は43項目の食品から食べる頻度を計算し、子供の食事摂取が栄養ガイドラインにどの程度沿っているかを測定した。
よい食習慣を保っている子供ほど、健全な自尊心を持ち、感情が安定していて、問題行動が少なかった。また、健全な自尊心の子供ほど、好ましい食習慣を保っていた。
僕らの食べるものが脳を含め体を作り、脳が心という精神現象を生み出す。
だから、テキトーなものを食べていれば心もテキトーになるし、もっと言えば、人生までテキトーになるよ。
健康な食生活を心がけましょう。
2019.2.2
「夫が癌の診断を受けました。で、夫は、普通に手術を受けて抗癌剤治療をする、って言ってるんです。
私、どうすればいいか、悩んでいます。
インターネットを検索すれば、癌に対する標準治療がいかに危険か、情報がたくさんあります。
私としては、そういう危険な治療を受けて欲しくないと思っています。
でも、そういうのが世間の一般的な常識ではない、ということも分かっています。
夫はそういう意味で『常識』的な人で、私が『抗癌剤とか危険だよ』って言っても、『癌だから抗癌剤治療を受ける。当然のことだろう』と、相手にしてくれません。
娘が生まれたときもそうでした。
私はワクチンとか受けさせたくなかった。夫にも私の気持ちを理解してもらいたかった。
でも夫は『予防接種は病気を防ぐためのもので、国が打てと言っているわけだろう?それなのに打つな、だって?お前どうかしてるんじゃないか』
それで結局、定期接種のワクチンをすべて打ちました。自閉症とかアレルギーとか、特に問題は起きなかったですけど。
夫の言っていることは分かります。世間の常識からすれば、夫の言っていることが正しくて、私の言っていることはおかしい、っていうことになると思います。
でも、先生、これで本当にいいんでしょうか。
ワクチンは夫の言い分を受け容れて、娘にすべて受けさせました。
やはり抗癌剤に関しても、夫の言うがままに、標準治療を受けるのを許していいものでしょうか。
私、混乱しています。
何が正しくて何が間違っているのか、分からなくなってきて、、、どうすればいいのか、迷っています。
インターネット上の情報がすべて真実じゃないことはわかっています。事実もあれば、間違った情報も当然あると思います。
でも、私、夫が抗癌剤治療を受けて、いい結果になるとは、とても思えないんです。
内心でそんなふうに思いながら、同時に夫の闘病を心の底から応援するなんて、そんなこと、私にはとてもできません」
若くして癌に罹患した夫のことで、奥さんが苦悩している。
世間の『常識』と、ネットから得た情報。その内容が互いに矛盾するものであった場合、一体どちらを信じるべきか。
信じた方向が夫婦間で異なれば、衝突は避けられない。
こういう場合、どうすればいいか。
解決策は一つしかない。夫婦できちんと話し合うことだ。
なぜ、ワクチンがダメだと思うのか。抗癌剤がダメだと思うのか。その理由をきっちり説明する。
その説明が伝わって、相手が理解してくれたら、すれ違いは解消するだろう。
解消、とまではいかずとも、双方がある程度譲り合って、何らかの妥協が成立するはずだ。
この夫婦の場合、話し合いが不十分のようだ。
なぜワクチンはダメだと思うのか、抗癌剤はダメだと思うのか、理由の説明もなく、ただ「よくない」という結論だけを押し付けられても、旦那さんが納得いかないのは当然だろう。
奥さんの訴えに対して、医師として僕は、ひとまず共感的に傾聴する(どんな訴えに対しても、まずは傾聴)。
一通り聞き終えて、まずはねぎらいの言葉。「さぞ悩ましい、心苦しい状況ですね」と。
しかし全面的に奥さんを肯定して「抗癌剤は増癌剤。猛毒以外の何物でもありません。旦那さんは誤った選択をしようとしています。抗癌剤を試す前に、絶対に栄養療法をやるべきです」みたいなことは言わない。
栄養療法は打率10割、どんな病気も治す万能治療法、というわけではない。不必要に大きな期待を抱かせてはいけない。
それにこの旦那さんの場合、若くして癌を発症する背景には、食事など生活習慣の根深い偏りがある可能性がある。
点滴やサプリを行ったところで、肝心の日々の食事改善がおろそかでは、十全な効果は望めない。
「抗癌剤がなぜ好ましくないか、奥さんのほうから説明しにくいようであれば、旦那さんも一緒にご来院頂いた際に、僕のほうから説明することもできます」ぐらいのことしか、僕には言えない。
そう、健康に関するネット情報に対して常にアンテナを立てている人と、そうではない人(『情報源はテレビだけ』みたいな人)では、もはや話が通じないくらいに知識量に差がある。
情報通と情報弱者の差は、今後ますます開いていくことだろう。
夫婦間に情報格差がある場合、この奥さんのような悩みが生じる。夫婦が同じレベルなら、こういう悩みは生じない。
抗癌剤に強い副作用があることは、一般的な医者も含め誰しもが認めるところだろう。
であればこそ、ひとまずは副作用のほとんどない栄養療法から始めてみる、ということはオススメしてもいいと思う。
http://orthomolecular.org/resources/omns/v04n19.shtml
『オーソモレキュラー医学ニュースサービス』の記事(2008年10月31日)から、癌とビタミンCについての記述があったので、紹介しよう。
ビタミンCは癌のスピードを遅らせるし、もっと言えば、治してしまう。
BBCが最近『高用量のビタミンC注射によって癌の進行を抑制できる可能性がある。このビタミンは、癌細胞の破壊を起こす連鎖反応を引き起こすのかもしれない』と報道した。
このビタミン注射によって、腫瘍のサイズが半減した、と米国科学アカデミーの報告にある。研究の著者らは、高用量ビタミンC療法によってマウスの卵巣癌、膵臓癌、悪性脳腫瘍の『成長速度が有意に減少』したと言う。このように癌の成長を止めるほどのビタミンC高濃度は『アスコルビン酸の静脈注射によって簡単に到達できる』。
『簡単に到達できる』だって?だとすれば、これは重要なことである。癌と闘病中、あるいは癌を恐れている数百万の人々にとって極めて重要なニュースだ。
こういう事実に対して、主要な癌研究所は何と言っているのだろうか。何も言っていない。がっかりすることではあるが、さして驚くべきことでもない。米国癌学会も英国癌研究所も、『ビタミンCが癌を止める』という報告や研究を数十年にわたって無視してきた。もっとひどいことに、これらの組織はいずれも、人々が癌に対してビタミンCを使わないよう、積極的にやめさせることさえしていた。
実際にご覧になるといい。米国癌学会のウェブページにはこうある。『高用量のビタミンCが癌治療として勧められているが、臨床試験の結果からは有効性を示すエビデンスはない』
英国癌研究所はこう述べている。『ビタミンCの注射および摂取が癌治療に有効であるとする臨床試験のエビデンスは今のところ存在しない』
『有効性はない』『エビデンスはない』と彼らは言う。
どちらの組織も間違っている。
どちらの発言も正しくない。
2008年韓国の医師が、経静脈ビタミンCは『いくつかのタイプの癌(特にメラノーマ)の増殖抑制に際して極めて重要な役割を担っている』と報告した。
2006年カナダの医師が癌治療における経静脈ビタミンCの有効性を報告した。
2004年アメリカとプエルトリコの医師が、癌に対してビタミンCが奏功した臨床症例を報告した。
1990年アメリカの医師が、ビタミンCを使って腎臓癌の治療に成功したと報告した。1995年と1996年には他の癌でも成功した。3万mgの経静脈ビタミンCを週に2回投与することで、彼らは『原発性腎臓癌患者の肺および肝臓への転移巣が数週間で消滅した。また、我々は原発性乳癌患者の骨転移に対しても、100gのビタミンC注射を週に1,2回行うことによって治癒した症例を報告した』。
1982年日本の医師が、ビタミンCによって末期癌患者の余命を大幅に延長できることを示した。
1976年(今から二十年以上前だ)スコットランドの医師が末期癌患者の生活の質と余命が経静脈ビタミンCによって改善されたことを示した。
米国癌学会も英国癌研究所も、なぜかこういう重要なエビデンスのことはすぐ忘れてしまう。
これらの報告は、ピア・レビューされた(学者の査読を受けて認められた)医学雑誌に掲載されたものだ。
米国癌学会も英国癌研究所も、ビタミンCが癌に効かないと述べたのは2008年8月のことだ。そう、2008年。過去22年間にわたって、説得力のあるエビデンスがますます多く報告されているにもかかわらず、どちらの組織もこの事実を受け入れようとしない。この代償は、人の命だ。ビタミンC治療によって救われたかもしれない数十万もの人々が、癌で亡くなっている。
この数十年間、彼らの主張する治療法は三つだけ。『切る、焼く、薬』つまり、手術、放射線、化学療法だ。高用量ビタミンCの使用は、徹底的に除外されている。
米国癌学会はいまだにこのように言っている。「サプリメントをとるのなら、最善の選択はマルチビタミン、マルチミネラルのサプリだ。ただし、その栄養含有量は『一日摂取栄養量』を超えるものであってはいけない」
これは有害なアドバイスだ。多くの臨床研究によって、高用量のビタミンCおよびその他の栄養素によって癌患者の生活の質と寿命が改善することが示されている。
ポイントは充分な高用量を、適切に投与することだ。オレンジジュースを多めに飲むだけではどうにもならない。
英国癌研究所も似たり寄ったりで、ビタミンCは、『放射線や抗癌剤に干渉することで癌治療の有効性を妨げる』と言っている。この発言は正しくない。
癌学者は抗癌剤と一緒に抗酸化物質もルーチンで投与しているが、有効性は減少していない。
両組織とも、ビタミンCが癌に効く臨床エビデンスはない、としている。彼らは医学文献を読むことから始めたほうがいい。彼らは時代遅れも甚だしい。
そして彼らは間違っている。ひどく間違っている。
十年以上前の記事だけど、癌治療をめぐる状況は今も同じようなもので、病院の標準治療は相変わらず、焼く、切る、薬、だ。ビタミンCは相変わらずイロモノであり続けている。
記事中、アメリカやイギリスの癌治療当局が批判されているけど、日本の厚労省も同じようなものだ。高濃度ビタミンCの有効性が認められ、保険治療になれば、きっと多くの人が救われると思うんだけど、いつかそんな日が来るだろうか。
2019.2.1
血液検査を受けたことがある人なら、γGT(GGT)の項目を見たことがあるはずだ。
「ガンマはお酒の飲み過ぎで上がる」ぐらいなことは一般の人にも知られている。
もう少し詳しい人なら「肝臓、胆嚢の不調で上昇するマーカー」だと認識しているだろうけど、実は医者の認識もせいぜいこの程度なんだよ笑
でもGGTは、解釈の方法を知っていれば、もっと多くの情報を読み取ることができる。
ルーチンの採血で簡単に調べられて費用も安い項目の割りに、体の状態について非常に多くのヒントをくれるから、意味を知らないのはもったいないよ。
まず、GGTは「お酒で上がるマーカー」というよりも「体の酸化を示すマーカー」と解釈したほうが応用がきく。
このあたりの検証した論文がこれ。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15336318
タイトルは『血中γグルタミル転移酵素(GGT)は酸化ストレスのマーカーとして、血中の抗酸化物質と逆相関しているか』。
要約をざっと訳す。
黒人、白人の男女を対象とした一連の研究から、血中GGTが正常範囲内であっても、酸化ストレスの初期マーカーとして使えるのではないかと考えられている。
血中GGTが酸化ストレスのマーカーであるならば、その意味するところは臨床的にも疫学的にも極めて大きい。なぜなら、血中GGTの測定は容易であり、精度も高く、かつ、安価に行えるからである。
9083人の成人を対象として、血中GGTと血中抗酸化物質の濃度の関係を調べた。人種、性別、年齢、総コレステロールで調整した後、血中GGTと逆相関が見られたのは、αカロテン、βカロテン、βクリプトキサンチン、ゼアキサンチン/ルテイン、リコピン、ビタミンCだった(すべてp<0.01)。ビタミンEは血中GGTと相関していなかった。これらの相関はすべて、総エネルギー摂取量、体格指数(BMI)、喫煙の有無および喫煙本数、アルコール摂取量、運動でさらに調整しても変化しなかった。
ビタミンEだけGGTとなぜ相関しないのか謎だけど、それ以外の上記抗酸化物質は、GGTと負の相関が見られた。しかもp値が0.05未満どころか、0.01未満。かなり相関強いよ。つまりGGTが高いということは、血中の抗酸化物質濃度が下がっている可能性が高い、ということだ。
「抗酸化物質の濃度が低い?だからどーした?」と思うかもしれない。
だからどうなのか、ということを説明しよう。
たとえばこの論文。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4620378/#!po=17.5325
『γグルタミル転移酵素(GGT):細胞内抗酸化物質欠乏および疾病リスクの予測マーカー』
GGTはアルコール関連の肝障害の血中マーカーとしてその有用性は確立している。しかしGGTが疾病の経過の予測マーカーとして有用なのは、何も肝疾患に限ったことではない。GGTの上昇は、多くの疾患や病態の発症リスクと関連している。具体的には、心血管系疾患、糖尿病、メタボリック症候群、全死亡率である。GGTが疾病の予測因子として使えることは、世界中から文献報告があり、性別や民族を超えて有用である。本稿では、我々はGGTと血中フェリチンの関係について調べている。また、環境由来の毒物あるいは内因性毒物に曝露することで、酸化ストレスやニトロソ化ストレスが増加する機序についても言及している。1970年代後半以降、GGTとメタボリック症候群およびその関連疾患との関連が言われている。GGTは動脈硬化(動脈壁の硬さとプラーク)、心不全、糖尿病、肝疾患(ウィルス性肝炎も含め)、感染性疾患、致死性の癌などに対して、早期からの予測マーカーとして有用である。
我々は、医学文献からだけでなく、「GGTは将来の疾病リスクに関する優れた予測マーカーである。その他複数の死亡リスク因子と比較しても、その有用性は高い」と実証している生命保険業者の文献も含めてレビューを行っている。
生命保険というのは、構造としてはギャンブルそのものだ。
保険契約を結び、若くして病気になって早死にすれば、お客さんの勝ち。保険屋は保険金を支払わないといけない。逆に、保険契約を結んで定期的に保険料を払っているものの、病気知らずで長く天寿を全うした、となれば保険屋の勝ち。
だから、客が将来、病気しそうかどうかの予測というのは、保険屋にとって社運がかかっていると言っても過言ではないくらいに重要な判断だ。
その保険屋が、これまでのデータ分析から言っている。「GGTと将来の疾病リスクの相関は高い」と。これはなかなか重いよね。銭金がかかって必死な業者の結論だけに^^
この論文は要約だけ読んで済ませてしまうのはもったいないくらいおもしろい。本文はもちろん、参考文献まで興味深い(実は一番最初に紹介した論文も参考文献に挙げられていたものだ)。できれば本文全体を訳して紹介したいぐらいなんだけど、量があまりにも膨大なので、適当にピックアップして紹介すると、、
GGTは、肝臓におけるグルタチオンの枯渇具合を示すマーカーである。グルタチオンの枯渇を引き起こす原因としては、鉄の過剰摂取、外来異物(アルコール、ベンゾジアゼピン系薬物を含む)への曝露、不適切な栄養状態に由来する細胞膜の脆弱性があげられる。たとえば赤血球の膜が脆弱だと赤血球が溶血しやすく、結果、血中の鉄濃度が上がる。鉄は生体にとって有毒な活性酸素種である。肝臓はその解毒処理に追われ、グルタチオンが消耗される。GGTの上昇はそういう病態を反映している。
赤血球から血中への鉄の漏出は、急性の経過をとることもあれば慢性に起こることもあり、症状の程度は様々だ。
アメリカ人の3人に1人はメタボリック症候群だが、この背景には血中フェリチン高値および鉄の過剰摂取がある。メタボリック症候群のイルカを使った研究で、マルガリン酸(C17:0 飽和脂肪酸)を多く含むエサを与えたところ、フェリチンの有意な減少、血糖値、中性脂肪、インスリンの正常化が見られた。こうした改善をもたらした食事変更は、マーガリン(トランス脂肪酸)の代わりにバターを与えたのと同様の効果だと研究者は考えた。バターにはC17の飽和脂肪酸が豊富に含まれている。代謝が改善したのは、これら飽和脂肪酸を食事に加えたことで赤血球の膜が強くなったことが背景にある。
フェリチンを100まで上げることを目標に鉄サプリの摂取を励行する先生もおられて、この指導で救われた患者も確かにいるのかもしれないけど、反対に、上記のように鉄の危険性(鉄摂取に伴うグルタチオンの低下、抗酸化物質の減少、GGTの上昇)を説く文献もある。
一人の先生の主張を金科玉条にせず、いろんな説があることを知って相対的に考えることが、我が身を守ることにつながるかもしれないよ。