ナカムラクリニック

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2019年12月

腸内細菌移植

2019.12.21

腸内細菌と病気の関連について近年ますます多くのことが明らかになっている。
前回、糞便由来の腸内細菌の移植について触れたが、この研究を初めて報告したのは以下の論文である。
『肥満に関連した腸内細菌はエネルギーの吸収能率を増加させる』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17183312
「肥満が世界的に問題になっているため、何が体内のエネルギーバランスに影響しているのかを特定しようとする研究が盛んである。遺伝的に太るマウスとやせるマウスの腸内細菌の比較、および肥満の被験者とやせた被験者の比較によって、肥満はおおまかに二つの支配的な細菌門(バクテロイデス門とファーミキューテス門)の豊富さに関係していることが明らかになった。
本研究で我々はメタゲノム解析および生化学的分析によって、これらの腸内細菌叢の変化がマウスの代謝に影響することを示した。これは、肥満をもたらす腸内細菌叢では、食事からエネルギーを吸収する能力が増加していることを意味している。さらに、この特性は「移す」ことができる。つまり、無菌マウスに「肥満腸叢」を移植すると、「やせ腸叢」を移植した場合よりも、全身の脂肪量増加が有意に大きかった。これらの結果は、腸内細菌叢が肥満の病態生理に影響する一因であることを示している」

2006年の論文で、腸内細菌叢の移植というアイデアが画期的だった。
その後同様の手法で世界中で研究が行われ、腸内細菌研究が加速することになった。シニアオーサーのジェフリー・ゴードンはそのうちノーベル賞をもらうかもしれないね。
この研究は一般の人にとってもおもしろいから(誰かの腸内細菌をおなかにいれるだけでやせたり太ったりするというのは、確かに衝撃的だ)、すでにマスコミなどで「やせ菌」「デブ菌」などという言葉を聞いたことがある人もいるだろう。

腸内細菌が関与しているのは、肥満とヤセだけではない。他の様々な病態にも腸内細菌が関与していることが明らかになっている。
そう、前回触れた統合失調症も例外ではない。
『薬物治療を受けていない統合失調症患者の腸内細菌叢をマウスに移植すると、統合失調症様の異常行動とキヌレニン代謝の異常が起きた』
https://www.nature.com/articles/s41380-019-0475-4
「腸内細菌叢が統合失調症の病理に対して、”腸内細菌-腸-脳相関”を経由して影響を与えているエビデンスが、近年ますます多くなっている。本研究では、薬物治療を受けていない統合失調症患者の糞便腸内細菌を無菌マウスに移植することで、統合失調症様の異常行動が見られるかどうかを調べた。
結果、統合失調症患者の糞便腸内細菌の移植を受けた無菌マウスでは、行動異常(不穏、焦燥など)、学習能力・記憶力の低下が見られた。また、これらのマウスでは健康な対照群から移植を受けたマウスと比較して、末梢神経および脳でトリプトファン分解のキヌレニン-キヌレン酸経路が亢進しており、前頭前皮質の基底細胞外ドーパミンと海馬の5-ヒドロキシトリプタミンも上昇していた。さらに、患者の糞便腸内細菌を移植されたマウスの結腸管腔濾液は、培養肝細胞に対して、キヌレン酸合成の促進とキヌレニンアミノ転移酵素II活性の亢進をもたらした。60種の糞便腸内細菌は患者由来と対照群由来とでは有意に違いがあり、その違いのために、トリプトファンの生合成機能など78の機能モジュールに影響していることがわかった。
腸内細菌叢の構成の異常は、トリプトファン-キヌレニン代謝が変化することで統合失調症の病因になっていることを我々の研究は示している」

前頭前皮質でドーパミン濃度が上昇していたというのは、従来のドーパミン仮説と矛盾する結果ではないのがおもしろい。
ただ、ドーパミンの上昇は明らかに腸内細菌叢の異常(ディスビオシス)によるものだから、抗精神病薬によってドーパミンD2受容体をブロックする試みは、明らかに本質的な治療になっていない。水道の蛇口から水が漏れているのを、タオルでぐるぐる巻きにしたって、水漏れは止まらない。ちゃんと蛇口を閉めないといけない。
では、蛇口の閉め方は?どうやって根本的な原因にアプローチできるのか?
答えは、もちろん、腸内細菌叢を改善することだ。それでは、その具体的なやり方は?
これについては次回に書きます。

キヌレン酸仮説

2019.12.20

統合失調症の発症メカニズムは不明ということになっている。
仮説としては複数あって、ドーパミン仮説やグルタミン酸仮説などが提唱されてきたが、病態を十分に説明するものではない。
最近個人的におもしろいと思っているのは、キヌレン酸仮説である。これについて紹介しよう。

上図はトリプトファンの代謝カスケードである。
トリプトファンが酵素の代謝を受けてキヌレニンになり、ここからが岐路で、左に行けばキヌレン酸、右に行けば3-水酸化キヌレニンになる。
統合失調症患者では、血中のトリプトファン濃度が低く、かつ、キヌレニン、キヌレン酸の濃度が増加している。要するに、上図の岐路で左側への流れが優位で、右側の流れが滞っているわけだ。
そもそもトリプトファンという栄養素は、上手に代謝すれば、セロトニン、メラトニン、ナイアシンなど、体に有用な物質に変換されるが、その中間代謝物には毒性物質が多い。
キヌレニン、キヌレン酸もそうだし、上図で左下、NAD(ほぼナイアシン)になる手前のキノリン酸もそうである。これらはいずれも神経毒として作用する。
つまり、トリプトファンは人体に必須のアミノ酸でありながら、その処理を誤ったり滞ったりすれば、体内に危険な毒となって散らばることになる。上記のカスケードは、さながら爆弾トスゲームのようなものだ。

体質によるものか環境によるものかはともかく、不幸にもキノリン酸の蓄積によって何らかの症状(認知症、ハンチントン病、ALS、多発性硬化症、パーキンソン病など)が出ている場合、栄養療法的な方法で治せないだろうか。
この要望に応える論文がある。
『キノリン酸による興奮毒性に対する天然ポリフェノールの神経保護作用』
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1742-4658.2009.07487.x
「キノリン酸の興奮毒性を仲介するのは細胞内のカルシウム濃度上昇と一酸化窒素を介した酸化ストレスであり、これらの結果、DNAの損傷、ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼの活性化、NAD+の減少、そして細胞死が引き起こされる。
こうした変化を阻止するために、我々は一連のポリフェノール化合物(没食子酸エピガロカテキン(EPCG)、カテキン水和物、クルクミン、アピゲニン、ナリンゲニン、ガロタンニン)がヒト神経細胞培養物へのキノリン酸の毒性に対して抗酸化作用を発揮するかどうかを調べた。
その結果、EPCG、カテキン水和物、クルクミンには、アピゲニン、ナリンゲニン、ガロタンニンを大幅に上回るキノリン酸誘導毒性緩和作用があった。その機序は、EPCGとクルクミンの場合、これらによってキノリン酸誘導性のカルシウム流入が抑制され、かつ、神経細胞内での一酸化窒素合成酵素(nNOS)が抑制されることによる。しかしカテキン水和物の場合、これとは機序が異なり、カルシウム流入は抑制されていなかったが、nNOS活性が減少していた。これは恐らく、酵素が直接的に抑制されたことによるものである。
今回実験で使用したポリフェノールはすべて、一酸化窒素の増加による酸化作用を減少させ、結果、3-ニトロチロシンの生成とポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ活性を抑え、NAD+の減少と細胞死を防いでいた。」

没食子酸エピガロカテキンもカテキン水和物も、要するにお茶、特に緑茶に多く含まれている。クルクミンといえば、やはりウコンだ。
「緑茶の消費量と神経難病の発症率には負の相関がある」みたいな疫学はないかなぁと検索していたら、こんなのがあった。
『緑茶摂取と認知症、アルツハイマー病、軽度認知機能障害〜系統的レビュー』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6567241/
緑茶で認知症が治る!なんてことは言えないが、少なくとも予防には有効だと言える。

他にも、こんな論文を見つけた。
『薬物治療を受けていない統合失調症患者の腸内細菌叢をマウス移植すると、統合失調症様の異常行動とキヌレニン代謝の異常が起きた』
https://www.nature.com/articles/s41380-019-0475-4
統合失調症患者の糞便由来の腸内細菌をマウスに移植すると、そのマウスが統合失調症のようになった、そしてそこにはキヌレニン代謝が関わっている、という論文。
糞便移植とか、最近の医学はえげつないことをするよね^^;
しかしこういう大胆な処置のおかげで、多くのことがわかってきた。統合失調症患者の糞便由来の腸内細菌叢を健康な人間に移植することは、人体実験そのものだから倫理的に許されないけど、仮にそういうことをすれば、その健常者が統合失調症を発症する可能性は高い。
これはすごい研究だ。ホッファーが古い喘息の薬(酸化したアドレナリン=アドレノクロム)を飲んで、自分自身で統合失調症の幻覚妄想状態を体験したように、腸内細菌移植によって、統合失調症は、いわば「作れる」ということだ。
「作れる」くらいなんだから、「治せる」はずだと思いませんか?
僕はそう思います。腸内細菌叢の異常がキヌレニン代謝の異常を起こし、結果、幻覚妄想を引き起こしたのだから、腸内細菌叢の改善によって症状が改善する可能性は充分ある。抗精神病薬の効く機序の一端に、腸内細菌も関与しているのではないか。クロールプロマジンはそもそも駆虫薬だったわけだから、この考えは決して突飛ではないと思う。
論文の詳しい紹介は、長くなりそうなので次回にします。

焼酎

2019.12.18

「酒は百薬の長」という言葉の初出は『漢書』だという。酒の適量摂取が好ましいことは、すでに二千年前に指摘されていたわけだ。
しかしこれに対して真正面から異を唱えたのは、千年前の吉田兼好で、彼は徒然草のなかでこう言っている。
「酒は百薬の長といへど、よろづの病は酒よりこそおこれ」
酒は万病のもとでもあるぞ、との主張である。
それだけではなく、酒席でのアルハラ野郎に対する敵意、酒量が過ぎてみじめに崩れる泥酔者への嫌悪など、鋭い批判を展開している。
『徒然草 第百七十五段』
http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure150_199/turedure175.htm
これを読んで思うのは、千年前の人と現代人の変わらなさである。酒席でのバカ騒ぎ、二日酔いの苦しみなど、僕なんかは共感するところばかりで、日本人は千年前から1ミリも進歩していないのかもしれない^^;
「人の智恵を失ひ、善根を焼くこと火の如くして、悪を増し、万の戒を破りて、地獄に堕つべし(酒で理性が飛んで感情が燃え上がって、悪事をしでかして、禁忌を破る。もうね、こういう奴らはマジで地獄に落落ちたらええねん!)」
「地獄に落ちる」と細木数子のように警鐘を鳴らしてから、なんと、後段からは論調が一転して、酒の擁護が始まる。
「こんなふうに酒は嫌なところもあるけど、月夜とか雪の降ってる朝とか、桜の下とか、心のどかにしゃべりながらサカヅキを酌み交わすのって、最高に素敵やん?ぼんやりとした何でもない日に、急に予想外の友達が来て、ちょいと一杯、ってするのも、何かいい感じ。冬に狭いところで、火に当たりながら差し向いで熱燗をやるのもいいし、旅先で「何かつまみがあったらなぁ」なんていいながら飲むのも楽しい。上司みたいな偉いさんが「まぁもうちょっと行きなよ」と注いでくれるのもうれしい。お近づきになりたい人が酒好きで、一緒に飲んで仲良くなるのも、うれしいことだ。酒飲みっていうのは総じてアホなものだけど、罪のない愛すべき人種だよ」
完全に酒好きのおっさんやんか、っていう^^;中島らもが「酒に罪はない」って言ってたのと同じ空気を感じるな。

徒然草でいうところの酒は、当然日本酒のことを指している(古文で花と出てきたら桜だし、酒といえば日本酒だ)。
しかし現代日本ではピール、ウィスキー、バーボン、ウォッカ、ワイン、焼酎など、いろいろな酒がある。
医学的にいうと、酒には単位があって、純アルコールに換算して20g=1単位ということになっている。具体的には、ビール中瓶1本(500ml)=日本酒1合(180ml)=ウィスキーダブル1杯(60ml)=焼酎0.6合(110ml)=アルコール1単位(20g)という具合だ。アルコールに関する医学論文は皆、これに基づいて酒の量を計算している。

たとえば、横軸にアルコール摂取量、縦軸に全死亡率の相対危険度をとってグラフをかくと、上記のようなJカーブを描く。つまり、「適量摂取であれば死亡率が低下している」ということだ。
最も死亡率が低下している摂取量は1単位程度だから、晩酌にビールを1缶あけるくらいは全然飲まないよりもむしろメリットがある(ただし下戸の人は無理して飲んじゃダメだよ)。
「酒には強いほうだから、できるだけ毎日たくさん飲みたい。でも死亡率が高くなるのはイヤだ」という人が、毎日飲んでもいい上限は、上記グラフで信頼区間の幅も考慮すると、4単位程度ということになる。
これは、「とりあえず生で」から始めて、もう一杯おかわりして、次に焼酎を注文して、もう一杯おかわりして、それで終わり、ということだ。毎日飲むのなら、その程度で打ち止めにしないと、死亡率が上がってしまう。

純アルコール20gを1単位としたアルコール換算は便利だと思うけど、個人的には「本当かな」とちょっと疑っている。
酒好きはわかると思うけど、醸造酒(日本酒、ワインなど)と蒸留酒(ウィスキー、焼酎など)で酔いの感じが全然違う。理科の実験で使うような化学的に抽出した純エタノールと、酒蔵で杜氏が作った焼酎を、含まれているアルコールが何gでどうのこうのと、画一的に議論できるわけがない、というのがまず直感としてある。だいたい、焼酎を飲むといっても、大五郎とか樹氷とかジンロとか、プラスチックのボトルで格安で売ってる焼酎(甲類焼酎)と、鹿児島や宮崎で杜氏が精魂こめて作ったお高い焼酎(乙類焼酎)が、同じ土俵で議論できるのか。風味や酔い加減の違いは経験的に明らかで、だとすると健康への影響も当然違うのではないか。
こうした疑問に真正面から取り組んだ論文がある。ナットウキナーゼの発見者須見洋行とミミズ酵素ルンブロキナーゼの発見者美原恒の共著論文である。
『焼酎の飲用により誘導されるウロキナーゼ様フィブリン溶解酵素』
https://www.researchgate.net/publication/271612081_Urokinase-like_plasma_fibrinolytic_enzyme_induced_by_Shochu_drinking
学生被験者に協力してもらって(もちろん全員20歳以上だよ^^)、一人あたりアルコールとして30~60mlの酒量を10分間で飲み、1時間後に血栓溶解酵素の活性を調べた。飲んだ酒は、甲類焼酎、乙類焼酎、日本酒、ワイン、ビール、ウィスキーである。これらを、非飲酒群と比較した。すると、乙類焼酎を飲んだ群では酵素活性がダントツに(非飲酒群の2倍近く)高まっていた。このとき血中に増えた線溶酵素は、ウロキナーゼだった。乙類焼酎の持つ何らかの作用が血管の内皮細胞に働きかけたものと考えられる。

疫学的事実(適量飲酒者では死亡率が低い)とその理由(アルコールの血栓溶解作用、リラックス作用など)がわかったとしても、人間ほど個人差の大きい生物はいないというのもまた事実である。
僕は酒は好きだけど、量の調整が下手で、飲むとなれば記憶が飛ぶまで飲む、みたいな飲み方をけっこうしてしまう(酒の飲み方が20代から全然成長していない^^;)「毎日適量摂取」みたいなことが苦手だから、「基本的には断酒、たまに、特別なときにだけ飲む」みたいなスタイルにしている。
飲酒を肯定する医学的論理はあるけれど、くれぐれも酒には飲まれないようにね。

納豆

2019.12.17

これは血液凝固のカスケードで、医学部の学生なら必ず勉強している。
「血液凝固因子のうち、ビタミンK依存性のものはどれか」みたいな問題が国家試験によく出るので、医学生は皆、「ビタミンK依存性の凝固因子は、肉納豆(Ⅱ、Ⅸ、Ⅶ、Ⅹ)」と語呂合わせで覚えている。
この語呂合わせはよくできているので、晴れて医者になって試験地獄から解放されて、血液内科の知識なんてごっそり忘れた後も(そう、自分の専門以外の知識は、すっかり忘却の彼方にあるのが普通の医者である)、何となく覚えている。
しかし、クックパッドを検索して驚いたんだけど、肉納豆という料理が本当にあるんだね^^;

この語呂がうまいのは、納豆という、ワーファリン服用者の禁忌食材を含んでいるところだ。
ワーファリンは抗凝固薬で、血栓をできにくくする。この作用は、肝臓でビタミンKと拮抗し、ビタミンK依存的な凝固因子(肉納豆)の活性を抑えることによって発揮される。一方、納豆にはビタミンKが多く含まれている。同時に、納豆が腸内細菌のビタミンK産生を促進する。つまり、ワーファリン服用者が納豆を食べては、ワーファリンの効果が弱まってしまう。

ということになっている。少なくとも、医学部ではそのように習う。
納豆は血栓を生じさせる危険な食材、といったイメージを持つかもしれない。
しかし一方で、こんな研究がある。
『大豆および納豆の摂取と心血管系疾患の死亡率~高山スタディ』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27927636
岐阜県高山市の住民約3万人を16年間追跡して、納豆、大豆タンパク質、大豆イソフラボンの摂取と循環器疾患による死亡の関係を調べた。かなり気合の入った研究だ。
結論をざっくり言うと、納豆を多く摂取する人では、虚血性脳卒中による死亡リスクが33%低下していた。こうした関係性は大豆タンパク質(豆腐、味噌、豆乳、油揚げなど)や大豆イソフラボンでは見出されなかった。
納豆の摂取が循環器疾患の死亡リスクを下げることを示した、世界で最初の研究ということになる。

そもそも、納豆には線溶系を活性化しフィブリンを溶解する作用がある。
「え、逆じゃないの?ワーファリンの作用を邪魔する危険な食材じゃなかったの?」
いや、逆ではない。納豆には抗血栓作用のある酵素ナットウキナーゼが含まれている。
『納豆に含まれる新しいフィブリン溶解酵素(ナットウキナーゼ)』
https://link.springer.com/article/10.1007/BF01956052
宮崎医大で美原恒のもとで助手をしていた須見洋行の発見によるものである。
学生を二つのグループに分け、一方に納豆を食べさせ、他方に煮豆(納豆のもと)を食べさせた。食べる前と食べた後、2時間ごとに採血して血中の線溶酵素の量を測ったところ、納豆群では2時間後に線溶活性が亢進し、4時間後にピークに達し、その後徐々に減少した。これに対し、煮豆群では何も変化は起こらなかった。

この研究は1980年代に行われた。それから三十余年が経過し、ナットウキナーゼの有効性を裏付ける研究報告は無数にある。
たとえばこんなレビュー(論文の論文。エビデンスレベルが最も高い)がある。
『ナットウキナーゼ~心血管系疾患の予防および治療における有望な選択肢』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6043915/
「心血管系疾患(CVD)は主要な死因の一つであるが、CVDによる死亡に対する予防する手段は限られている。納豆に含まれる活性成分ナットウキナーゼ(NK)には、心血管系に様々な効能があり、また、納豆を食べることでCVDによる死亡率が減少することが示されている。近年の研究では、NKの効能として、フィブリン溶解作用、降圧作用、抗動脈硬化作用、脂質低下作用、抗血小板作用、神経保護作用が証明されている。NKはCVDの予防および治療のための理想的な薬剤の候補だといえる」

日本人は千年以上前から納豆を食べてきた。千年以上食べている食材を「禁忌」にしてしまう薬剤って、どうなんだろう。
納豆よりもそういう薬のほうがはるかに怖い、というのが普通の人の感覚じゃないかな。

相撲

2019.12.16

ネットにこんな記事が上がっていた。そこで今日は、相撲について思うところを書こう。
『”平成の最強横綱”は白鵬なのか? 曙、貴乃花、朝青龍…名力士と比較した』
https://www.j-cast.com/2019/12/15374993.html?p=all

平成と一口に言っても30年以上あるわけだから、全盛期が平成初期の力士と平成末期の力士、どちらが強いか単純に比較することはできない。でも「時代の違う力士が直接対決したら」というのは相撲ファンには格好の妄想ネタだね^^;
子供の頃、相撲中継を見ていて、小錦がものすごく強かった記憶がある。圧倒的な体重で寄り切られると、筋肉のカタマリのような千代の富士さえも力を発揮できず、飲み込まれてしまう。
横綱に昇進してもいいかどうかは、横綱審議委員会(横審)が決める。昇進の基準は、大関で2場所連続優勝する力量と品格。
前者の基準は明瞭で、小錦は当然基準を満たしていたが、後者はどうとでも言える。
相撲はやはり日本の国技だから、外国人を横綱に据えることに対して横審は相当な抵抗感があったに違いない。「体重で押し出すだけの、技術も何もない相撲」「勝ち方に品がない。何というか、あの体格はほとんど”反則”だろう」なんだかんだと理屈をつけられて、小錦の横綱昇進はならなかった。
それでも小錦が結果を出し続ければ、横審も認めざるを得なかっただろうけど、膝を壊して以降、さっぱり勝てなくなった。故障がなければ横綱になれたんじゃないかな。
個人的には平成最強の力士は、膝を壊す前の小錦だと思っている。動ける200kgというのは、絶対に無敵でしょ。品格のある勝ち方かどうか、と言われると答えに窮するけどね。

この取り組みには小錦らしさがよく出ている。
自分のような巨漢と舞の海のような小兵の取り組みが、お客さんを沸かせることを理解していた。勝負一徹の力士なら、この取り組みのように、手を組み合ったりしない。勢いで潰して終わりだろう。でもそんな勝ち方をしても客は喜ばない。舞の海のリズムにあえて乗っていって、両手を組み合ったのは、サービス精神以外の何物でもない。後にタレントとして成功したのがよくわかる。

小錦は横綱になれなかったが、後に続く曙、武蔵丸らの外国人力士のために先鞭をつけた、ということは言えると思う。
外国人の曙が横綱の昇進条件を満たしたとき、横審は困惑した。曙は勝ち方も文句なくスマートだったから、小錦のときのように難癖をつけることができなかった。
大相撲では、同じ部屋に所属する力士同士は対戦しないことになっている(ただし、優勝決定戦だけは例外)。曙が大関の頃は二子山部屋の全盛期だった。若貴コンビだけでなく、貴ノ浪、安芸乃島、貴闘力など、実力派がそろっていた。一方、曙の所属する東関部屋には上位力士は一人もいない。つまり、同部屋対決回避のルールにより、二子山部屋所属の力士は圧倒的に有利だった。そういう逆風のなかで、曙は見事に結果を見せるものだから、横審もついに認めざるを得なかった。

曙以降、9人の横綱のうち6人が外国出身という状況となっている。国技で日本人がトップを張れないとはいかがなものか、と嘆く声も聞こえるが、必ずしも悪いことじゃないと思う。
僕の親戚が大阪で小さな鉄工所をやっていて、そこでモンゴル人の社員が働いているんだけど、彼の話を聞いていると、モンゴル人力士の活躍が彼の誇りになっている。日本の大相撲が外国からも注目されて、民族的なアイデンティティをさえ鼓舞してるというのは、すごいことだな。相撲がきっかけで日本語を勉強するようになって日本に留学、就職したのは、彼ばかりではないだろう。相撲おかげで多くのモンゴル人が日本のことを好きになってくれているんだ。こんなにすばらしいことってない。

モンゴル人初の横綱朝青龍は、確かに強かった。土俵外での問題行動のせいで追放されたけど、ああいうぶっ飛んだキャラがいたほうが相撲は絶対盛り上がる。
ヒール(悪役)の朝青龍とベビーフェイス(善役)の白鵬というツートップ時代がもっと続けばおもしろかったのにね。朝青龍を追い出したのは日本相撲協会の愚策だよ。絶対においておくべきだった。
だってこの取り組みを見てごらんよ。

見るたびに震える。何度でも見たい。相撲のおもしろさを凝縮したような一番だと思う。
2002年秋場所。横綱貴乃花はすでに満身創痍で、いよいよ引退するのではないかとささやかれていた(事実、この4か月後、2003年1月に引退を発表する)。
貴乃花の疲弊した表情。かろうじて横綱としてのプライドが、彼を支えている。
対するは大関朝青龍。破竹の勢いで昇進し、横綱になるのも間もなくのことと目されていた。昇進のペースに不服はないものの、朝青龍は気に入らない。去年貴乃花に完敗しているのだ。何としても一発返さねば気が済まぬ。
老いた老兵と登り竜の若手の対決。朝青龍の忙しい動きに対して、貴乃花の動きはどこか緩慢に見える。しかしやがて四つに組み合い、貴乃花の下手投げが決まった。
花道を引き揚げる朝青龍の「ちくしょう!」の叫び声。
いい。非常にいい。日本人力士なら、こんな叫び声は出さない。内なる感情を押し殺すのは、それはそれで日本らしい美徳だと思うけど、本当に悔しいときは出せばいいのにね。その点、朝青龍は素直で、悔しさが言葉になってほとばしり出た。100%ガチを示す、こんな雄弁な証拠ってない。
現役時代ガチンコを貫いてきた貴乃花には、引退後、相撲界にうっすらはびこる八百長の空気が許せなかったんだろうな。