ナカムラクリニック

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2019年12月4日

ベンゾと癌

2019.12.4

ベンゾジアゼピン系の薬は、睡眠薬あるいは抗不安薬として臨床でよく用いられる。
この薬なしでは精神科臨床はほとんど成り立たない、といっても過言ではないくらい、日常的に処方されている。
依存性の強さから、患者のほうでも「この薬なしでは生きていけない」という人もいる。一度ハマってしまえば、やめるのはかなり難しい。

最初は、ものすごくよく効く。頑固な不眠症や、急にドキドキするパニック発作が、この薬1錠で劇的に改善する。「なんてすばらしい薬だろう」と思う。でも連用すると、段々効かなくなる。
この状態を薬理学の言葉で、「耐性」という。
耐性のない薬物もある。たとえばタバコ。
吸いたくなるけど、1本吸うと、きっちり満足できる。十年二十年吸ってる愛煙家でも「一気に2本か3本吸わないと満足できない」という人はいない。タバコには依存性はあるが、耐性はない、ということだ。
しかしベンゾはそうではない。最初はその1錠でしっかり効いても、段々効かなくなってきて「寝つけるけど、2時間で目が覚めてしまう」みたいなことになる。
諸外国ではベンゾの処方期間に上限があるけど、日本は基本的に野放しなので、ベンゾ依存症の患者が無数にいる。
これは、明らかに薬害だ。患者が副作用のことを同意の上で飲んでいるのならまだいい。でもほとんどの患者は、自分の処方されている薬に強い依存性や耐性があることなど、知らずに飲んでいる。
つまり、医師は患者にベンゾを処方するときに、副作用についてろくに説明してないわけだ。これは医療側の不作為で、仮に患者から「事前に知っておくべき重大な副作用の説明を受けなかったせいで依存症になってしまった」とか裁判を起こされでもしたら、お医者さんの側がけっこう危ういんじゃないかな。

ベンゾの危険性を警告する論文は多い。
たとえば、昔から言われてきたのは、ベンゾによる癌リスクの上昇。動物実験や細胞を使った試験では、発癌性が確認されていた。
人を対象とした疫学研究では有意差がでない研究もあって、見解が分かれていたんだけど、下に紹介したメタ解析(エビデンスレベルが最も高い)で、最終的な答えが出たと言っていいと思う。
こういう研究を踏まえて臨床をするのであれば、医者は患者にベンゾを処方するときに、依存性や耐性についての説明に加えて「この薬で癌になりやすくなりますからね。たとえば脳腫瘍に2.06倍、食道癌に1.55倍なりやすくなりますけど、大丈夫ですか?」と言わないといけない。
まぁこんなの言われたら、脅しみたいなもので、ほとんどの患者は飲まないよね^^;でもベンゾは、それぐらい危険な薬なんだ。

『ベンゾジアゼピン薬剤と癌リスク~前向きコホート研究のメタ解析』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5731963/
ベンゾと癌リスクの関連性については、必ずしも一貫していない。そこで我々は前向きコホート研究のメタ解析を行って、ベンゾの用量と癌リスクの関係性を評価した。
このメタ解析は、2017年7月までに発表された22本の論文をもとにしている。
我々の結果によると、ベンゾの使用と癌リスクの間には有意に高い相関性が見られた。具体的には以下の通りである。乳癌(RR:1.15; 95% CI, 1.05–1.26)、卵巣癌 (RR:1.17; 95% CI, 1.09–1.25)、大腸癌(RR:1.07; 95% CI, 1.02–1.13)、腎臓癌(RR:1.31; 95% CI, 1.15–1.49)、悪性メラノーマ(RR:1.10; 95% CI, 1.03–1.17)、脳腫瘍(RR:2.06; 95% CI, 1.76–2.43)、食道癌(RR:1.55; 95% CI, 1.30–1.85)、前立腺癌(RR:1.26; 95% CI, 1.16–1.37)、肝臓癌(RR:1.22; 95% CI, 1.13–1.31)、胃癌(RR:1.17; 95% CI, 1.03–1.32)、膵臓癌(RR:1.39; 95% CI, 1.17–1.64)、肺癌(RR:1.20; 95% CI, 1.12–1.28)。
さらに、ベンゾと癌リスクの間には有意な用量・反応性の関係が見られた(尤度比検定)。我々の結果は、年間服用量500㎎につき17%、初回使用以後5年につき4%、3種類のベンゾ処方につき16%、それぞれ癌リスクが増加することを示している。これらの結果を踏まえれば、ベンゾの増量は健康に有害である可能性がある。

では、なぜベンゾによって発癌リスクが増加するのか?その機序は?
論文の本文に記載がある。それを参考にして説明しよう。
ベンゾを服用すると、各種の炎症メディエーターが増加する。つまり、体内で炎症が起こる。この炎症がアポトーシス(細胞の自殺)を抑制し、かつ、腫瘍細胞の増殖を刺激する下地になる。同時に、ベンゾはミトコンドリア膜の脱分極に影響して、好中球のアポトーシスを抑制する。好中球のアポトーシスは免疫系のホメオスタシスを維持するうえで重要である。というのは、自死しない好中球が免疫異常を起こして自分の器官を攻撃してしまうためだ。
そもそもベンゾの薬理作用は、神経伝達物質(γアミノ酪酸(GABA))の作用を高めて塩素イオンチャネルに協調的に働くことによって発揮される。γアミノ酪酸は、抑制性神経伝達物質としての作用だけでなく、細胞の増殖や分化にも関与していると考えられている。ベンゾによって特に脳腫瘍が増大している理由はここにある。
要するに、
ベンゾ服用→炎症→アポトーシス低下→癌増殖と、好中球のアポトーシス低下に伴う免疫異常と、ベンゾ服用→GABAによる細胞増殖作用→癌増殖という機序がある。
アポトーシスは細胞の自殺で、細胞が自ら死ぬというのは、何となく良くないイメージだけど、必ずしもそうではない。
捨てるべきゴミは捨てないといけないように、忘れるべき記憶は忘れないといけないように、死ぬべき細胞は、死んでくれないといけない。
方丈記に「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という有名な文がある。
人間の体もこの原則に沿っていて、この流れに反するような治療や投薬は、だいたいにおいて、失敗していると思う。

日光と腸内細菌

2019.12.4

「好炭素菌を寒天培地に散布し、恒温器内に数日置くと、培地上にコロニーを形成する。
ただし、培地にKClの1%溶液を加えると(これをストレス培地と呼ぼう)、コロニーはできない。
シャーレに張ったストレス培地の片側半分に炭の粉をまくと、炭の粉をまいた半分ではコロニーができたが、残り半分ではコロニーはできない。
驚くべきことに、この現象は、炭の粉が直接細菌に接していなくても起こる。
つまり、炭素をポリエチレンの袋に入れてストレス培地上に置くと、コロニーは炭素の入った袋の周囲から形成されていく。
しかし、シャーレをブリキの箱に入れたり、アルミ箔で覆うと、この現象は観察されない。
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/tanso1949/1998/184/1998_184_213/_pdf)
この現象を一体どう説明すればいいのか。
実験を行った松橋通生教授は、こう考えた。
炭素という生命を持たない物質が、何らかの外部エネルギー(たとえば太陽からの赤外線照射)を受けて、これを細菌の増殖シグナルに変えているのではないか、と。」
これは一年以上前に書いたブログの再掲なんだけど、含むところの多い実験だと思う。

炭素は人間の体の基本的な構成元素である。
上記の研究は、炭素と太陽光と細菌の間に相関があることを示唆しているが、ということは、炭素のカタマリである人間が太陽を浴びれば、腸内細菌にも何らかの変化が生じるのではないか。
当然の推測だろう。しかしこれまで、太陽光と腸内細菌の関係を示す研究はなかったが、最近ついにそういう論文が現れた。

『狭帯域紫外線(UVB)光への皮膚曝露は、ヒトの腸内細菌叢を調整する』
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2019.02410/full
近年、特発性の免疫性疾患や炎症性疾患(多発性硬化症や炎症性腸疾患など)が世界中で増加しているが、これはライフスタイルや環境の西洋化と関連している。
日光(UVB)を浴びる機会が減り、その結果ビタミンD産生が減少したし、腸内細菌叢が異常を起こしている(dysbiosis)と考えられる。
しかし、UVB光と腸内細菌叢に直接的な関連があるのかどうかは、明らかではない。
本研究では、血中ビタミンD濃度を増加させる狭帯域紫外線B(NB-UVB)への皮膚曝露が、腸内細菌叢の構成にも影響を与えるかどうかを調べた。
NB-UVB光の影響は健康な女性コホート(n=21)を使ったパイロット研究で調べた。参加者を、冬の間ビタミンDサプリを摂取した群(VDS(+))と、非摂取群(VDS(-))に分けた。
NB-UVB光を1週間に3回浴びた後、参加者の血中ビタミンD(25(OH)D)濃度は平均7.3 nmol/L増加した。
血液データへの反応性は、当初の25ヒドロキシビタミンD(25(OH)D)濃度と負の相関があった。(当初の25(OH)D濃度が低い人ほど、NB-UVB光の効果が大きかった)。
16s rRNAシークエンス解析を使って糞便中の腸内細菌叢の構成を分析したところ、VDS(-)群がNB-UVBに曝露するとアルファおよびベータの多様性が増加していた。VDS(+)群では変化していなかった。
VDS(-)群がUVBに曝露した後では、線形判別分析(LDA)でいくつかの科の菌種が増加していた。たとえば、以下のような菌種である。Lachnospiracheae、Rikenellaceae、Desulfobacteraceae、Clostridiales vadinBB60 group、 Clostridia Family XIII、Coriobacteriaceae、Marinifilaceae、Ruminococcus。
血中25(OH)D濃度はLachnospiraceae属(特にLachnopsira属とFusicatenibacter属)の多さと相関があった。
これは、血中25(OH)D濃度の低い人の腸内細菌叢が、NB-UVBの皮膚照射によって明確に変化することを示した最初の研究であり、皮膚腸相関の存在を示唆するものである。
この皮膚腸相関に働きかけることで、腸内の恒常性の維持および健康へのアプローチが可能かもしれない。

僕は日光浴が好きなんだけど、日光浴をしているときに便意を催してくることは経験的に知っていた。腸内細菌が関係していそうだなという予感は持っていたけど、その予感が上記論文で裏付けられた格好だ。
この論文の意義は、皮膚腸相関の関係が改めて示されたことにある。
腸内細菌のバランスが乱れている人に対して、これまではプロバイオティクスによる経口アプローチしかなかったところ、紫外線B波(本物の太陽光ではなく人工的な紫外線でもいい)を当てるという皮膚からのアプローチが有効だと示されたわけだ。
上記研究では、ビタミンDのサプリを摂っていない人で特に腸内細菌叢改善効果が大きかった。
サプリの嫌いな人は、せめて日光浴をするといい。腸の調子がよくなり、結果、様々な不調が改善するだろう。