ナカムラクリニック

阪神・JR元町駅から徒歩5分の内科クリニックです

2019年11月

将棋ソフト

2019.11.13

毎日将棋のネット対局をしている。
勝ったり負けたりだが、終局後、気になる局面があればソフトで解析する。
たとえば、最近の対局からひとつ、こんな局面を紹介しよう。

最近僕は嬉野流をよく指すんだけど、相手も同じ嬉野流で、相嬉野流の展開になった将棋。画像は後手の僕が60手目5八銀と打ったところ。
ここで先手の投了となり、僕が勝たせてもらった。以後、同金なら同飛車成、6八合駒、6九銀で詰み。
しかし、同金以外の変化は読み切っていなかったので、この局面をソフト(やねうら王)に読ませてみた。
すると、なんと、後手の評価値が-330点。ほぼ互角ながら、僕のほうが若干不利と出た。
どういうことか、わかりますか?
僕は勝勢を意識していたし、相手も劣勢を自覚していた。だからこそ、投了したわけだ。
ところがソフトの読みは、むしろ逆。僕のほうがよくないという。
実際、この局面からソフト同士で対局させてみると、先手はまず7六歩と突いて玉の逃げ道をあけ、その後大熱戦となり、もつれにもつれた。
ようやく127手目に終局したが、結果は後手玉の詰み。
投了の局面から終局まで67手も続くわけだから、素人同士の対局ならまだまだ互角で勝敗不明だし、神のように強い者(ソフト)同士が指し継いだら勝敗が逆転した、ということだ。

将棋には序盤、中盤、終盤とある種の流れがあって、互いに頭の中を読み合って一局の将棋を紡いでいくわけだけど、そのプロセスで、対局者はお互いのことを信頼し合っている。
先を読むが、相手も同じように手を読んでいるはずだから、自分の頭の中にある局面と同じものを、相手も頭の中で見ているはずだ、という信頼である。
「こういうふうに間違えてくれたら都合がいいな」というスタンスでは、よほどの実力差がない限り、勝てない。逆に信頼が行き過ぎて「相手は強い人だから、この手はすでに読んでいるに違いない」と、相手が読み抜けているにもかかわらず、買いかぶってしまうこともある。
こういう対局者心理というのは、極めて人間的だと思う。
ネット対局ではなくてリアルの対局だとこのあたりはもっと露骨に出て、相手の駒を指す手つきがいかにも自信満々だと、すっかり読み切られている気持ちになる。ネット対局でも、時間の使い方でそういう雰囲気は感じる。
でもソフトにはそういう予断がない。淡々と局面の優劣を判断する。
手つきとか時間の使い方とか、そういうハッタリはソフトに当然通じないし、もっと言えば、一局の流れ、というのもソフトは見ていない。
人間同士の対局の場合、局面が一手ごとに変化して、対局者は互いに優勢や劣勢を感じている。一直線に押し切られる将棋もあれば、逆転につぐ逆転という将棋もある。
上記の将棋は僕が一方的に優勢な展開で、持ち時間も僕に余裕があったので、相手の人は僕を信頼して戦意喪失してしまった。評価値が乱高下するような逆転の連続の将棋なら、相手の人もまだまだ希望を捨てずに7六歩から玉を逃がす手を考えたと思う。

かつてコンピューター将棋の黎明期には、コンピューターの指し手を見て、人々は失笑したものだった。
それが次第に強くなり「ふむ、7級くらいの力はあるな」、もっと強くなって「まぁ強いね。有段者レベルだろう」
さらに強くなって、ついに2013年には公の場で初めてプロ棋士を破った。その後もソフトは強くなり続け、2017年には名人を破るに至った。
さらにソフトの進化はとどまるところを知らず、世界コンピューター将棋選手権では優勝ソフトが毎年のように入れ替わっている。
ソフトは、もはや人間には遠く及ばない異次元の強さを手に入れた。

こういう状況になると、どういうことが起こると思いますか?
ソフトが人間を評価するようになります。
かつて人間がヘボ将棋ソフトを上から目線で評価したように、今度はソフトが人間の指し手を評価するようになる。
この事態を「コンピューターに評価されるなど屈辱的で受け入れ難い」と否定的にとらえる人もいれば、「ソフトの正確無比な形勢判断のおかげで、客観的な評価が可能になった」と肯定的に受け入れる人もいるだろう。
個人的には、こんなに楽しい時代はないと思っている。
これまでは、素人には自分の将棋の検討なんて、不可能だった。ところが今や自分の対局をソフトで解析すれば、自分の手が好手だったのか悪手だったのか、悪手だったならどうすればよかったのか、すぐにわかる。ある程度の基礎があれば、あとはソフトを使った自学自習で強くなれる。プロ棋士よりも強いソフトを家庭教師に使えるのだから、極めて能率的だ。

ソフトの進化がもたらしたのは、それだけではない。
棋譜資料が残っている江戸時代の名人や、すでに物故した名人(大山、升田など)の棋力を、棋譜の解析によって、客観的なレーティングによって推定することができる。
客観的、というところが重要で、たとえば将棋ファンが知りたい次のような質問に対して、これまでは主観を排した答え以外は不可能だった。
「現在の将棋界で一番強いのは誰なのか」
「将棋の歴史上、一番強いのは誰なのか。やはり羽生なのか、それとも別の若手か、あるいは江戸時代の名人か」
「全盛期の羽生と全盛期の大山、一体どっちが強いのか」
「江戸時代の将棋の名人は、名前だけのものか、それとも本当に強かったのか」
この論文が、こうした問いに答えを与えている。
『将棋名人のレーティングと棋譜分析』
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=106492&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1&page_id=13&block_id=8
2014年の論文だから、藤井聡太七段の名前はまだない。5年前の論文であるということを念頭において、という条件付きではあるが、、、
・勝敗の結果および棋譜内容からの推定によると、この20年で最強のプレイヤーは羽生である。
・羽生名人は、大山15世名人よりも、レーティングで約230点優れている。
など、おもしろい分析だと思った。

ソフトの出現によって、プロ棋士の威厳は地に落ちる、という悲観論があるが、逆じゃないかな。
ソフトがプロ棋士を正当に評価して、「やっぱりさすがだな。アマチュアとは別格だ」ということが、素人にわかりやすく伝わる可能性もあると思う。
いずれにせよ、技術の進化は止められないんだから、前向いていくしかないんだよね。

薄毛治療2

2019.11.12

まずは論文の紹介から。
『AGAの病因モデル:DHT(ジヒドロテストロン)の逆説と回復因子の解明』
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0306987717310411#b0115
「生涯のうち、男性の8割、女性の5割が薄毛に悩むという。しかしこれほど多くの人に見られる症状であるにもかかわらず、また、多くの研究がおこなわれているにもかかわらず、AGAの原因を説明する病理モデル、生物学的進行過程、生理的背景は、いまだ十分に解明されていない。
学会でコンセンサスがあることとしては、せいぜい、AGAには遺伝性があること、AGAにはジヒドロテストステロン(DHT)が関与していること、ぐらいである。そのDHTの働きにしても、AGAの発症に正確にどう関与しているのか、よくわかっていない。
なぜ、AGA傾向のある組織で、DHTが増加するのか?
どのような機序でDHTが毛包を縮小させるのか?
なぜ、AGAに関与するとされているDHTが、第二次性徴における体毛の発毛や顔の発毛に関与しているのか?
なぜ去勢(これによってアンドロゲン産生が95%減少する)によって脱毛の進行が止まるのか(しかも、止まるだけで完全に生えないのはなぜなのか)?
DHTとAGA発症に伴って見られる組織リモデリングには関係があるのか?
我々はDHTとAGAの関係にまつわるエビデンスを検証し、これらの問いに答える病理モデルを提案しようと試みた。
その仮説は、以下のようである。
(1)帽状腱膜から起こる慢性的な頭皮の緊張がAGA傾向のある組織に炎症を引き起こしている。
(2)この炎症の結果、AGA傾向のある組織にDHTが増加する。
(3)DHTは毛包を直接的に縮小させるわけではない。DHTは、皮膚鞘肥厚、毛包周囲線維形成、石灰化(AGA進行の背景にある三つの慢性的症状)を仲介する役割である。
この慢性的な三つの症状により、AGA傾向のある組織がリモデリングされていく。具体的には、毛包の成長スペースが狭小化し、酸素や栄養の供給が減少する。その結果、AGAに特徴的な毛包の縮小へと進行する。
線維化、石灰化(カルシウム沈着)、頭皮の慢性的緊張という三兆候をターゲットにすることで、AGAの回復を促進できる可能性がある。」

犬や猫を飼っている人にとって、去勢という言葉は比較的なじみのある言葉だろう。
しかし、この処置は通常、人間を対象には行われるものではない。
人間が去勢を行う例としては、、、
自分の肉体上の性別と性自認の不一致に悩む人が希望して行ったり、睾丸の悪性腫瘍除去術が結果的に去勢と同じ意味を持つことになったり、あるいは古代中国では皇帝に仕える宦官が行ったり、といったところである。
症例としてはそれほど多くない。しかしその多くない症例を詳細に調べた研究によると、
去勢によってAGAの進行が止まる(しかし、フサフサに戻るかと言ったらそういうわけでもない。ただ、進行が止まるだけ)ことが分かった。
この事実を突破口にして、AGA研究が進み、開発されたのがフィナステリドである。
DHTが薄毛に関与しているのであれば、薬でその産生を止めてやればいい。
テストステロンに5α還元酵素が作用することでDHTが産生されるが、5α還元酵素を阻害することでDHT産生を抑制する。これがフィナステリドの作用機序である。

この経緯をみれば、フィナステリドがどういう薬か、わかるだろう。要するに、男性を”宦官”にする薬である。
清の滅亡とともに宦官もいなくなったわけではない。この21世紀にも、自ら進んで薬剤性宦官になる男性が後を絶たないのである。
実際フィナステリドの服用を開始した男性では、性機能の低下が高頻度に見られる。「毛は生えたものの、女に興味がなくなった」となっては、本末転倒そのもの。現代日本に見られる「男性の草食化」の一因は、案外こういうところにもあるのではないか。

副作用の強い薬によってではなく、もっとマイルドに、食事によってDHTの産生を抑えることができないだろうか。
実は、DHTの産生を抑える食材が存在する。それは、カボチャの種である。

こんな論文がある。
『AGA男性の頭髪成長に対するパンプキンシードオイルの効果:プラセボ対照二重盲検』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4017725/
1日400mgのパンプキンシードオイルを24週間にわたって服用した群では、プラセボ群と比べて平均40%毛髪数の増加が見られた。
その他、エビデンスはないが、経験的に有効ではないかと言われている食材として、以下のものが挙げられる。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3693613/
スペアミント、霊芝(5α還元酵素減少)、甘草(テストステロン減少)、芍薬(テストステロンをエストロゲンに変換)、緑茶(エピガロカテキンガレートが5α還元酵素を抑制)、ブラックコホシュ、チェストツリー、ノコギリヤシ
カッコ内は試験管レベル、動物実験レベルで確認された作用である。発毛のためには、少なくともおまじない以上には効果があるから試してみるといい。

さらに、血管のカルシウム沈着抑制となれば、なんといってもビタミンK2の出番である。
動脈硬化を回復させる栄養素として、以前の院長ブログでも紹介したことがある。
食品で摂取するのであれば、卵黄、レバー、バター(グラスフェッドが好ましい)、納豆を摂るといい。サプリで摂取するのも有効だろう。

漢方では、髪の毛は血余、すなわちエネルギーの余得の現れであり、逆に、ハゲは血虚、つまりエネルギーの低下である。卵とかレバーとか、K2の豊富な食材は、確かにエネルギーがわきそうな食材でもある。
漢方でアプローチするなら、八味地黄丸、牛車腎気丸あたりも有効だという。
何にせよ、安易に薬に頼らないことである。

薄毛治療

2019.11.11

これは麻生先生に分が悪くて、説得力ゼロ、と言われても仕方ない(´Д`)
ただ、AGAスキンクリニックのノウハウすべてが間違っているとは思わない。
内服(ミノキシジルとフィナステリド。女性にはミノキシジルとスピロノラクトン)と頭皮への注射(ミノキシジルと成長因子)が治療の柱だけど、効く人には確かに効く。
もちろん改善の具合にはばらつきがあって、「劇的に生えた」という人もいれば「まぁ多少増えたかな」程度の人まで、様々だ。

ミノキシジルの有効性を検証した研究は複数あるが、そのなかからいくつかを紹介しよう。
『AGA(男性型脱毛症)に対するメソセラピー(薬剤の局部注入療法)と5%ミノキシジルの局所塗布をダーモスコピーで評価した比較研究』
http://www.ijtrichology.com/article.asp?issn=0974-7753;year=2019;volume=11;issue=2;spage=58;epage=67;aulast=Gajjar
目的:AGAに対してメソセラピーと5%ミノキシジルの局所塗布、どちらが有効かつ安全であるかを比較することが本研究の目的である。
方法:49人のAGA男性を無作為に二つの群(メソセラピー群25人とミノキシジル塗布群24人)に振り分けた。
メソセラピー群の被験者は合計8回の局所注射を受け、ミノキシジル塗布群の被験者は4か月間1日2回ミノキシジルを塗布した。
結果は写真、ダーモスコピー、トリコスキャン(皮膚計測機器)、7点標準評価ツール、患者自己評価スコアによって一か月おきに評価した。
結論:メソセラピー群において、ミノキシジル塗布群よりも、治療前と治療後で毛幹の径が有意に大きくなった。
ただし、ダーモスコピー、トリコスキャン、患者自己評価スコアでは有意差がなかった。AGAにおいて、メソセラピーはミノキシジル塗布にまさる有意な改善はなかった。

わざわざ頭皮に注射しても、ミノキシジルを塗る以上の効果は特になかった、という結論。
薄毛治療のクリニックで行われるメソセラピーは一般に非常に高額である。上記はその意義を全否定する研究であり、なかなかに衝撃的だといえる。
逆に、効果があったとする研究もある。たとえば以下の論文。

『女性におけるAGA治療において2%ミノキシジル局所塗布と局所注射(メソセラピー)の比較研究』
https://pdfs.semanticscholar.org/6db0/79bde239ed48c27cdfb29b007de0f74972a4.pdf
結論:女性のAGA治療において、メソセラピーによるミノキシジルの局所注射は、局所塗布よりも有効である。

女性で薄毛に悩む人は多い。こういう人はたいてい食生活の偏り(甘いもの、小麦の多食)があるもので、食事の改善で大半が回復する。
しかしそういう知識は一般的ではないから、自分で治そうという発想がそもそもない。そこで他力本願、美容クリニックを訪れ、高額な治療費を払うことになる。
上記論文では、メソセラピーのほうが局所塗布より効果があった、とのこと。

『ミノキシジルの局所塗布で男性型脱毛症を治療する男性の長期フォロー』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3549803
41人の男性型脱毛症の男性に、ミノキシジルの局部塗布を132週(2年9か月)にわたって続けてもらい、その効果を1インチ標的エリア頭髪計測法でフォローした。
2%ミノキシジル塗布群、3%ミノキシジル塗布群、プラセボ群に振り分け、1日2回局所に塗布した。
研究開始から12か月後、被験者全員3%ミノキシジルに切り替え、1日2回の塗布を1年間続けてもらった。その後、被験者を1日1回塗布群と1日2回塗布群に無作為に振り分け、残り9か月フォローした。
2年目時点以後、1日1回塗布に切り替えた群では、非うぶ毛(nonvellus hair)数は、ベースラインの1年目時点の平均291.2本から、235本(2年9か月時点)へと変化した。
1日2回塗布を継続した群では、非うぶ毛数がベースライン1年目の平均323本から335本(2年9か月時点)へと変化した。
非うぶ毛数が減った被験者は、どちらの群にもいたが、1日1回群のほうが1日2回群よりも減った本数が多かった。ただ、非うぶ毛数が最初のベースラインよりも減った人はいなかった。

ミノキシジルは効果があったよ、それも1日1回ではなくて1日2回の方がより効いたよ、という論文。
しかし一般に、「クスリはリスク」である。
薬には副作用がつきもので、それはミノキシジルも例外ではない。たとえば、以下のような症例報告がある。

『ミノキシジルの局所塗布は、非動脈性前部虚血性視神経症(NAION)の原因か』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5028441/
5%ミノキシジルの局所塗布でNAIONを生じたが、使用の中止により回復した症例報告。
ミノキシジルはもともとは降圧薬として研究・開発された薬である。
しかし治験中、被験者のなかに髪の毛が生えてきた人がいたことから、脱毛症治療薬として売り出されたという経緯がある。
だから循環器系への副作用(血圧低下、頻脈、浮腫など)は当然想定されるし、局所塗布ならかゆみや接触性皮膚炎なども起こり得る。
こうした副作用は医者のほうでもよく承知しているが、患者から「最近目がぼやけ視力が下がっています」と言われても、まさかミノキシジルが原因とは思いもよらない。
レアな副作用ではあるだろう。しかし、医者のほうで認識しておかないと、失明など最悪の事態を防げない。
ただの毛生え薬、という軽い認識では危険だ。

小麦と皮膚疾患

2019.11.10

究極の二択「肌荒れ美人と美肌ブス、どちらを選ぶ?」をテーマに男性100人にインタビューしたところ、前者を選んだのは66人、後者は34人だったという。
理由として、前者は「肌荒れは治せても顔は治せないから」「肌荒れしてても美人ならそんなに気にならない気がする」
後者は「肌荒れした時点で美人とは言えない」「肌荒れ美人とキスしたことがあるが、ザラザラして痛かった」

『おぎやはぎのブステレビ』より。

「あっちゃんならどちらを選ぶ?」
うーん、難しいけど、後者かなぁ。美人もブスも、電気消して布団入っちゃえば同じだけど、肌触りは暗闇でもわかるからなぁ。
「ヘンタイ!」
え、なんで?

皮膚は健康状態を反映する鏡である。
望診などというといかにも東洋医学めいて聞こえるが、視診の重要性は西洋医学でも教えるところである。
たとえばチアノーゼを見れば循環不全を疑うし、黄疸を見ればビリルビンの代謝不全を疑う、というのは一般の内科医でも当たり前にやっていることだ。
しかし、残念ながら多くの皮膚科医は、対症療法の落とし穴にはまっている。
ニキビを見ればアクネ菌が悪さをしていると考え、外用薬でダラシンを、内服薬でミノマイシンを処方する。アトピー性皮膚炎にはステロイド外用薬、水虫には抗菌薬、といった感じで、対症療法のオンパレードである。
「皮膚に症状が出ているんだから、皮膚が悪いんだ」という固定概念から延々抜け出せない(そもそも抜け出す気もない)。

皮膚科臨床で見かけるほとんどの症状(肌荒れ、乾燥肌、ニキビ、アトピー性皮膚炎、口内炎、脱毛症、皮膚血管炎、黒色表皮腫、結節性紅斑、乾癬、白斑、ベーチェット病、皮膚筋炎、壊疽性膿皮症など)はすべて、小麦の除去によって軽快する。
皮膚科医が「治療」と称してやっていること(ステロイドや抗生剤の投与)は、症状を複雑化させるだけで、むしろ有害無益である。
何よりの治療は、そう、小麦を食べないことである。

「ちょっと待ってくれ、ベーチェット病とか難しい病気のことは知らないが、ニキビは青春の象徴、大人になるための通過儀礼みたいなものだろう。小麦どうのこうのは関係ないのでは?」
これは世間に最も広く流布している嘘のひとつである。
なるほど、西側諸国においてはティーンエイジャーのほとんど全員がニキビを経験している。それどころか、26歳以上の年齢でも50%が断続的にニキビに見舞われている。しかし、ニキビという現象がまったく見られない文化も存在する。
パプアニューギニアのキタヴァン島の住民、パラグアイのアチェ族、ブラジルのパラスバレー先住民、アフリカのバンツー族とズールー族、日本の沖縄の人々、カナダのイヌイット。これらの伝統的な食習慣を守っている人々では、ニキビはまったく存在しない。
なぜだろうか。遺伝的な特殊性(たとえばアクネ菌に対する免疫があるとか)のおかげでニキビが出ないのだろうか。
違う。遺伝ではなく、食事が原因であることを示すエビデンスがある。
たとえば沖縄の人々は、1980年代までは地元でとれた野菜、サツマイモ、大豆、豚、魚などを食べており、ニキビは事実上存在しなかった。しかし西洋食の導入によって、ニキビが若年者に特有の疫病のごとく広まった。
世界中の民族を観察して言えることは、ニキビと無縁の人々は、小麦、砂糖、乳製品をまったく(あるいはほとんど)摂取していない、ということである。
そう、ニキビははっきり、小麦に起因する”食原病”である。

小麦グルテンに対して起こった腸管での免疫反応が、そのまま腸管に症状として出ればセリアック病だが、それ以外の場所に現れたとき、無数の異なる病名で呼ばれることになる。ニキビもそのひとつ、ということだ。

こうした事実を踏まえれば、上記の「究極の二択」に対する最善の答えが見えてくる。
「肌荒れ美人を選び、小麦を食わせない」これが一番賢いチョイスだろう。
肌が荒れているということは、肌が荒れているだけではない。肌荒れは内臓の状態、特に腸の炎症を反映しているから、まず、その美人さんの食生活を徹底的に改善指導する。お菓子とかパンとか遠慮なく食ってるはずだから、そういうのをやめさせる。
そうすれば数週間で、美肌の美人をゲット、ということになるはずだけど、、、
美人はわがままなものだから、僕の言うことなんて聞かないだろうなぁ´-`

参考:『小麦は食べるな』(ウィリアム・デイビス著)

小麦と免疫

2019.11.10

腸と脳の相関が言われている。
「腸にいいことは脳にもいい」というのは、自分の臨床経験を振り返っても、間違っていないと思う。
この命題が真ならば、その対偶「脳に悪いことは腸にもよくない」も真だというのが、論理学の教えるところである。
逆「脳にいいことは、腸にもいい」も裏「腸に悪いことは、脳にもよくない」も成り立ちそうだ。だとすると、前提と帰結は同値、「腸と脳は、同じことで笑い、同じことで泣く、ワンセットのニコイチ」と言ってしまってもよさそうだ。

「脳こそが高等動物の高等たるゆえんの器官である」とする先生は、腸を原始的な器官として脳より一段下に見ている節がある。
ところが、これとは逆に、腸を脳よりも上位の器官だと見る先生もいる。
生物は、発生的には、まず、腸からできる。その点、脳はずいぶん後進の臓器で、つまり生物にとってのプライオリティは低い、とも言える。確かに、脳のない人間(無脳小児)はあり得ても、消化管(胃、小腸、大腸)のない人間は考えられない。
さらに、腸には無数の神経細胞が分布していて、脳からの指令がなくても、独自に活動を行うことができる。脳死の人にも胃腸の蠕動運動が見られるように。

おもしろい考え方だ。
しかしここでは、腸、脳、どちらが上という話はしない。
ただ、どちらも小麦の害をモロに受ける器官である。キーワードは、炎症である。

そう、小麦を食べると、腸に炎症が起こる。腸管免疫系がグルテン(特にαグリアジン)の処理に難渋し、混乱をきたす。
この混乱が、急性症状として出現する人がいる。腹痛や下痢を生じる人もいれば、急性アレルギー反応(ショック状態)、ぜんそく、じんましん、運動誘発性アレルギーなど、症状の出方には多様性がある。

こういうふうに小麦を食べてすぐに症状に現れる人は、むしろ幸せかもしれない。というのは、原因と結果の関係が極めてクリアだから、本人も「小麦が悪いんだ」とすぐに気付くことができる。小麦を口にしないよう心がけ、健康が保たれることになる。急性小麦病は、むしろ福音というべきだろう。

逆に、「自分は何を食べても大丈夫」と胃腸がなまじタフな人は、慢性症状として、もっとわかりにくい形で症状が出る。原因と結果の関係が不明瞭なだけに、小麦を延々食べ続ける。症状がどんどん悪化して、にっちもさっちも行かないところまで追い込まれてもなお、小麦が犯人とはつゆ疑わない。
たとえば橋本病(慢性甲状腺炎)。たとえば関節リウマチ。
小麦への曝露によって免疫系が混乱し、自己抗体が出現しているという点では、これらは同じ疾患、要するに、慢性小麦病である。しかし一般の内科医はそんなこと知らないから、チラージンとかリウマトレックス、ステロイドを処方している。
これらの薬、いつまで飲み続けるのか?死ぬまで、です。

人生の早い段階で急性小麦病を発症し、小麦はやめておこう、となった人と、人生の中終盤で慢性小麦病を発症し、しかも小麦が原因であることに気付かず薬を一生飲み続けることになった人。どちらが幸せか。
小麦を使ったおいしいものを食べれなくて食の楽しみを犠牲にしたとしても、健康の大切さ(あるいは病気の辛さ)を知る人は、前者を選ぶと思う。

健康面ばかりではない。美容的な意味でも、小麦は悪影響を与える。
たとえば、わかりやすい話、小麦を食べていると、ハゲます。
小麦由来の「けったいなタンパク質」が腸内に侵入すると、体はそれをあの手この手で封じ込めようとする。抗体を作って爆撃する、というのもその一つで、抗原の封じ込めを狙うが、多くの誤爆を生じる。
具体的にいうと、たとえばSLE(全身性エリテマトーデス)にかかると、腎臓や関節など、あちこちで自己免疫性の炎症が起こるが、毛包でも同様の炎症が起こっている。
炎症を起こした毛包では、毛を支える力が弱くなり、毛が抜けることになる。さらに、炎症の鎮火のためにカルシウムが流入して石灰化が起こり、頭皮はますます不毛地帯になっていく。
実際、自己免疫性疾患による脱毛部分には、腫瘍壊死因子、インターロイキン、インターフェロンなどの炎症性メディエーターが増加している。

「健康のために小麦をやめましょう」と言っても、健康な若者は聞こうとしない。健康のありがたみは、失って初めて気付くものだ。
こういう若者には、単刀直入に「小麦を食べたらハゲますよ」という。すると、彼らもドキッとする。健康よりも美容意識に訴えるほうがアピールするんだな。

『小麦は食べるな』にこんな症例が載っている。
ゴードンはパン屋の主人。冠動脈疾患のために来院したが、ぽっこり小麦腹の体形、高血圧、糖尿病予備軍レベルの血糖値、胃のむかつき、採血でsdLDL高値、そして抜け毛の症状があった。
すべての症状が、慢性的な小麦の悪影響を示唆していた。
抜け毛を気にするゴードンは皮膚科を受診していたが、医者にも原因はわからなかった。どんどん薄くなる頭部を悲しむあまり、抑うつ状態に陥り、抗うつ薬を服用するまでになった。
「抜け毛も含め、あなたの症状はすべて小麦が原因だ」と指摘されたが、パン屋の彼である。職業的な誇りもあって、小麦が悪いとは受け入れがたい。
しかし最終的には医者の辛抱強い説得に応じ、小麦抜き生活をすることを約束した。
効果はすぐに現れた。3週間以内に、ハゲていた部分から新たな毛が生えてきたことにゴードンは気付いた。続く2ヶ月、髪は抜けることなくどんどん成長し、かつてのフサフサの髪を取り戻すに至った。
さらに、好ましい変化はこれだけではなかった。体重は5.5kg減り、腹回りは5cmスリムになった。ときどき感じていた腹部の痛みが消え、糖尿病予備軍だった血糖値は正常値に戻った。sdLDLを再検査すると、67%低下していた。

本気で小麦をやめようとするのは結構大変で、やめようとして初めて、自分がいかに小麦依存症であるかに気付くだろう。しかし薄毛に悩む人は、トライする価値があると思う。
エビデンス不明の高額な育毛剤による「足し算」ではなく、まず、小麦をやめるという「引き算」のほうが、手っ取り早くて効果も着実だよ。

参考:『小麦は食べるな』(ウィリアム・デイビス著)