ナカムラクリニック

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2018年7月13日

入れ歯

2018.7.13

「医学部に入学したって、一年生のうちは一般教養の授業ばかりでしょ。
2年生、3年生と上の学年に進むにつれ、専門性の高い授業が始まって、ようやく「自分は医者になるんだな」という意識も高まっていくものだが、何と言っても一番大きな通過儀礼は、解剖実習だろう。
本から学ぶ机上の知識だけではなくて、実際のご献体から、解剖的知識を実地に学ばせてもらうわけだ。
実習初日の風景はかなりショッキングだ。
学生は5人とか6人で一組の班に分けられるんだけど、各班それぞれのテーブルに、カバーをかけられたご遺体がズラリと並んでいる。あんなシュールな光景は、解剖学教室以外には、現実世界になかなかないだろう。
嗅ぎ慣れないホルマリンの臭気もあいまって、初日には気分が悪くなって実習を途中退室してしまう学生が一人二人出るものだが、人間たくましいもので、そういう彼らもやがて慣れて、率先してご遺体にメスを入れるようになる。

全裸のご遺体は、個人情報の剥ぎ取られた、完全に匿名的な存在だ。
名前はもちろん、生前どこで暮らすどんな人だったか、一切明かされない。
ただ唯一、死因と死亡年齢だけは分かる。これは個人情報というより、医学的情報だからね。学生への教育的目的もあって、そこだけは教えられることになっている。

ところが、僕の班に割り当てられたご遺体には、重大な手違いがあった。
七十代で亡くなった女性のご遺体だったのだが、口腔内の解剖のときに、その女性が入れ歯をしていることが分かった。
で、なんと、その入れ歯に名前が書いてあったんだ。
入れ歯に名前を刻印するということは、それほど珍しいことでもないらしい。ほら、老人会で一泊旅行とか行ったときに、洗面所で入れ歯の取り違えがけっこう起こるんだよ。そういうトラブル回避のために、入れ歯に名前が入れてあるわけだ。

一切の個人情報を取り除くべき大学当局にとっても、入れ歯は盲点だったんだな。
思いもかけず、僕ら班員はそのご遺体の名前を知ることになってしまった。
しかもね、その名前、佐藤とか鈴木みたいなよくある名前なら、特に印象に残ることもなく記憶を素通りしたと思うんだけど、なんていうのかな、すごく珍しい名字だった。たとえば、そうだな、仮名だけど、東雲(しののめ)さん、みたいなね。

で、僕らも解剖実習やりながら、「しののめさん、胸鎖乳突筋、メス入れさせてもらいますね」とか「しののめさんの反回神経って、バリエーションですね」とか、冗談交じりというわけでもないんだけど、そんなふうに、匿名のご遺体じゃなくて、名前を持った個人として接している節があった。
そのせいでね、テスト対策のために無理やり頭に叩き込んだような解剖学用語は全部忘れちゃったけど、しののめさんっていう名前だけは、僕の記憶の中にしっかりと残ることになった。

やがて時が流れた。
ポリクリを終え、卒業試験をクリアし、国家試験も合格し、僕もようやく医者になった。
医者になってから、さらに数年の時が流れた、ある四月のこと。
僕は大学の頃からずっとテニスをしていてね、当時もあるテニスサークルに所属していたんだけど、そこに入会したいという人が何人か来た。
で、彼ら、一人一人自己紹介していくんだけど、そのなかの一人の女性が自分の名前を「しののめゆうこです」と名乗ったとき、僕の心は急に、学生時代の解剖実習に引き戻されたようだった。
どうしてもその人と話したいと思って、後で話しかけるきっかけ作って、言った。
「僕が学生時代に解剖させて頂いたご遺体もしののめさんでしたよ」
「え!」と彼女、驚いてから、「それはきっと私の祖母だと思います。祖母は医学のためになるのなら、と自ら献体になることを希望していましたから」
「不思議ですね。こんな偶然があるんですね」
それがきっかけで、僕ら、いろいろ話をした。
出会った最初の日からお互い他人のような気がしなくて、親しく話すようになって、やがて交際し始めた。
そして彼女は、今の僕の妻でもある。

名前入りの入れ歯がつないでくれた不思議な縁を思うたびに、僕はある種の感慨に打たれる。
人間は死んだら終わり、じゃない。
死んでなお、孫娘の恋愛を成就させるキューピッド役になることもあるんだ。」

ニキビ

2018.7.13

「オーソモレキュラー療法?ああ、何か聞いたことあるな。ビタミンをバカみたいにたくさん飲む治療法でしょ」
まぁ、メガビタミン療法とかいうぐらいだから大雑把にはその通りなんだけど、言い方にちょっとトゲがあるね^^;

国はビタミンの摂取量に一応の基準を設けているんだけど、その基準値は本当に最低限で、「それを下回ればビタミン欠乏性の病気になっちゃうよ」ぐらいのぎりぎりの下限値なわけです。
脚気にならない最低限のビタミンB1摂取量とか、ペラグラにならないための最低限のビタミンB3摂取量とかが基準値として設定されている。
一方、栄養療法はそういう発想とはまったく違ってて、ビタミンの大量摂取によって病気を治してしまおう、というのがこの治療法のキモなんだ。
だから場合によっては、国の推奨基準値よりもケタが二つ多い量のサプリをとることもざらにある。

ビタミンの乏しい現代の食事が原因で病気になっている患者の体は、そのなけなしのビタミンで何とかやりくりしようと頑張っているものの、症状という形で悲鳴をあげている。
そういう患者の問診を通じて、体が必要としているビタミンを見抜き、そのビタミンを十分量投与するとどうなるか。
びっくりするぐらい調子がよくなるよ。
その回復ぶりに患者自身も驚くし、治療者としてそういう回復を見慣れている僕にとっても、患者の回復を見るのはいつも新鮮な気持ちがする。

「そんなに大量に投与することに、果たして意味があるのか?水溶性ビタミンの場合、過剰量は結局、尿中排出されるわけで、治療として意味をなさないのではないか」
なるほど、筋の通った反論だ。確かにそうかもしれない。
でもこういう反論をする人は、自分たちが患者に投与する抗生剤について、同じことは言わない。抗生剤の投与量に比例して尿中の抗生剤排出量も多くなるが、だからといって抗生剤は無意味だ、というふうには考えないだろう。
論より証拠。栄養療法、実際にやってみるといいんだよ。
一般の処方薬でまったく改善しなかった症状が、サプリで見事に回復する症例を実地に経験すれば、自分の今までやってた医療がバカバカしくなるだろう。

「過剰症は大丈夫なのか。脂溶性ビタミンはもちろん、水溶性ビタミンでも不必要に多い量を長期に投与することで何らかの弊害が起こるのではないか」
これが患者から聞かれた質問なら、基本的には、「心配いらない」と答えるようにしている。
唯一メガドースでいくべきではない脂溶性ビタミンは、ビタミンAだけだと思っている。
Kは摂取上限を決めようにも決められないぐらい安全性が高いし、Dも30000IUとかまでは全然平気だし、Eもホッファー先生は症例によっては5000IUとか普通に使ってた。
だから、まず心配いらない。
水溶性ビタミンも、もちろん心配いらない。それが原因で何らかのひどい副作用が起きるということはまずあり得ない。
ただ、ここからは患者にあえて説明しないところだけど、まったく副作用がないかというとそうじゃないとも思っている。
これは僕自身の話なんだけど、栄養療法のすばらしさを知って、僕もビタミンを飲み始めた。別に大量というわけでもなくて、マルチビタミンを1日3錠とかぐらいだけど。
体調は確かにいいと感じていた。
でもあるとき、おでこにニキビができ始めた。ニキビなんて思春期以来できたことがなかったから、これは明らかにビタミンの大量摂取を始めたせいだと思って、いろいろと文献をあさった。
すると、ほら、やっぱり思った通りだった。(https://europepmc.org/abstract/med/1834437)
ビタミンB6、B12、ビオチンあたりを過剰摂取すると、人によっては皮膚の常在菌叢が変化して、propionibacterium acnes(いわゆるアクネ菌)が増えるというんだな。
そこで、マルチビタミン(ビタミンB群)をいったんやめた。すると、ニキビはすっかり治った。
以来、僕は身をもって、ビタミンにも副作用がないわけじゃないんだ、ということを知った。
でも同時に、あつものに懲りてなますを吹くようなこともすまい、と思っていた。もうビタミンを飲むのなんてやめよう、とはならず、違うメーカーのマルチビタミンを使うようにした。
B6はピリドキシン塩酸塩ではなくてp5pを、B12はシアノコバラミンではなくてメチルコバラミンを使っているメーカーのサプリを使うようにし、1日1錠だけ飲むようにしたところ、以後、何の副作用も出ていない。
サプリの値段は高くなったけど、それだけの価値はあると思う。やっぱ安物のサプリは、その値段相応ってところがあるね。
で、いったんお高めのサプリのよさを知ってしまうと、患者にも良質なほうのサプリをすすめてあげたくなるんだけど、患者はあんまりいい顔しないな。「たけえよ」ってなるんだな。

僕はホッファーやソールの本から栄養療法の存在を知ったわけだけど、何も彼らの説が絶対だとは考えていない。現代の目から見て、正直、ちょくちょく間違った記述もあるからね。
これはまずいな、と思うところは僕なりに修正を加えるようにしているし、アダプトゲン(抗酸化作用のあるハーブ)の利用など、ホッファーやソールが全然言及していないサプリメントも僕は使っている。
だからといってホッファーやソールをリスペクトしていないかというと、決してそんなことはない。
守破離という言葉がある。最初はお師匠の教えを忠実に守るんだけど、試行錯誤重ねつつ、だんだん自分流にアレンジしていくのが、進歩ということだと思う。
アメリカには栄養療法を臨床現場で実践している医者がたくさんいて、それぞれの先生が自分なりの「守破離」を経たアレンジをしていて、そういう先生からも学ぶべきものがたくさんあると思っている。
たとえばThomas Levy先生もその一人で、彼の”Hidden Epidemic”という本は刺激的だった。
虫歯、歯周病など、口腔内の病気がいかに全身性の慢性疾患に影響を及ぼしているかについて詳しく書かれた本なんだけど、本の中にLevy先生オススメのサプリとその使い方が紹介されてて、参考になった。
またいずれ稿を改めて紹介するかもしれない。
今日はこの辺で。