2019.2.28
人間を含め動物の行動原則は、基本的に『エサ取りと休憩』、この二つ。
これは『動と静』と言ってもいいし、『交感神経と副交感神経』の働きでもある。
交感神経の特徴はfight or flight (闘争か逃走か)で、副交感神経の特徴はrest and digest(休息と消化)だ。
しかし現代社会は、デスクワークや対人関係のストレスに由来する交感神経の興奮を引き起こす一方、運動不足やカロリー過剰の食生活による副交感神経の過緊張を生み出す。不自然と不自然を掛け合わせたような格好だ。
ストレスでドカ食いする人がいるでしょう?あれは、ストレス由来の交感神経の過緊張を、ドカ食いで副交感神経を働かせてバランスさせようという行動で、生理的には理にかなっている。でも負数に負数をかけてプラスに持って行こうとするような行動で、あまり健全な感じはしないよね。
実家で猫を飼ってるんだけど、あの子を見ていれば交感神経の何たるかがよくわかる。外を散歩してノラ猫に出くわすと、双方、じっと対峙する。全身の毛を奮い立たせ肩を怒らせて、うなり声をあげながら、威嚇合戦をする。猫パンチの殴り合いに発展することもあれば、一方が撤退することもある。
そう、これこそまさに、闘争か逃走か、の状態で、交感神経のあるべき緊張状態だと言える。戦いが終われば緊張も終わり。家に帰って来て、さっきまでのケンカも忘れて昼寝してたりする。

しかし、現代人のストレスはどうだろう。
上司からネチネチと小言を言われ、営業のノルマのことが始終頭を離れない。上司相手に『闘争』を挑むこともできなければ、家族を食わせないといけないので『逃走』することもできない。
甘いものを食べたり、酒をあおったりして緊張をまぎらせて、戦い続けるしかない。
猫の交感神経緊張が一時的だったのに比べて、現代人の交感神経緊張は延々続く。
こんな具合に、現代人の抱える交感神経過緊張は、動物の中でも相当異質なものだ。
交感神経の過緊張を軽減するために、何か方法がないものだろうか。
一番いいのは、ストレッサーの除去だ。
充実感を持って楽しく働けないような仕事なら、やめてしまえばいい。我が身、我が命を削ってまで奉仕する価値のある仕事なんて、世の中にそんなにないはずだ。
「でも家のローンもあるし、給料的にはけっこういいので、やめるのはちょっと、、」みたいな人はどうすればいいか。
まず、食生活の改善。
こういう人はadrenal fatigue(副腎疲労)を起こしている可能性が高いので、甘いものや酒は控えめにして、タンパク質をしっかりとる。腸内細菌も乱れているだろうから、食物繊維も多くとる。
ビタミンCを始めとする各種ビタミンも適宜補いたい。
副腎のビタミンC貯蔵量は相当減っているはずだし、ビタミンCは神経に直接的に作用して、抗酸化作用を発揮することがわかっている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22116696
『中枢神経系におけるビタミンCの輸送とその役割』というレビュー。
内容をざっと言うと、
ビタミンCの血中濃度はマイクロモルの単位だが、ほとんどの組織中ではミリモルの単位で存在している。つまり、組織中のビタミンC濃度は血中濃度よりもざっと千倍濃いわけだ。この高濃度を支えているのは、SVCT2というビタミンCに特異的なトランスポーターだ。こういう運び屋がいるのみならず、細胞内のビタミンCは、酸化してもまた還元されてリサイクルされている。
様々な哺乳類の組織のなかでも、中枢神経系のニューロン(神経細胞)はビタミンC濃度が最も高い組織の一つだ。細胞内のビタミンCの働きとしては、抗酸化作用、ペプチドのアミド化、髄鞘形成、シナプスの長期増強、グルタミン酸の毒性からの防御などがある。
中枢神経系におけるSVCT2の重要性は、SVCT2を除去したマウスでは広範囲の脳出血を起こして出生後1日目で死亡することからも明らかだ。このタンパク質によって保たれているニューロン内のビタミンC濃度は、人間の疾患にも関わっている。ビタミンCを補うことによって、脳卒中の虚血性再還流障害モデルで梗塞巣の径が縮小することが示されている。
ビタミンCは、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病のような神経変性疾患と関連した酸化ダメージからニューロンを保護する可能性も示唆されている。
ストレス軽減のために、他にぜひともお勧めしたいのが、適度な運動だ。
交感神経が緊張しているときに運動しては、緊張状態にますます拍車をかけてしまうのでは?と思うかもしれない。
でもこれは、皆さんの経験を振り返ってもわかることでしょう。
仕事や学校の勉強で疲れているときに、テニスコートでラリーなんかしていい汗をかけば、疲労はむしろ軽減する。
運動の効用を説く以下のような論文を紹介しよう。https://link.springer.com/article/10.1007/s00421-006-0169-x
『肥満男性における血中アディポネクチン、レジスチン濃度とインスリン感受性に対する運動の影響』
本研究の目的は、健康な肥満男性を対象にして、最大負荷手前の有酸素運動がインスリン感受性のみならず、アディポネクチンおよびレジスチンにどのような影響があるかを、運動後48時間に至るまで調べることである。
9人の被験者が、最大酸素消費量のおよそ65%相当の負荷の運動を45分間行った。
アディポネクチン、レジスチン、コルチゾル、インスリン、グルコース、インスリン感受性を、運動前、運動直後、運動の24時間後、48時間後にそれぞれ計測した。
各データをANOVA(分散分析)で分析し、評価した変数の間での関係性を特定するためにピアソンの補正を行った。
アディポネクチン (μg ml−1) [pre, 3.61(0.73); post, 3.15(0.43); 24 h, 3.15(0.81); 48 h, 3.37(0.76)] 、レジスチン(ng ml−1) [pre, 0.19(0.03); post, 0.13(0.03); 24 h, 0.23(0.04); 48 h, 0.23(0.03)] は、経時的に見ても有意な違いを生じなかった。運動直後に、インスリン感受性は有意に増加し、血中インスリン濃度は有意に減少した。従って、運動によってアディポネクチンやレジスチンは変化せず、これらはインスリン感受性にも影響していない。
上記研究は、特に運動習慣のない肥満男性を対象にしたものだけど、習慣的に筋トレをする人では、筋肉がバッファーの役割をして血糖値変動がゆるやかになっているという話がある。一般には、交感神経緊張状態ではインスリン感受性が鈍って血糖が高くなりがちなんだけど、筋トレはそういう状態を改善してくれる。
仕事の後に憂さ晴らしに飲み屋に行くぐらいなら、ジムに行って筋肉をつけておくといい。そのほうがストレス発散になるし、同時にストレスへの耐性も上がって、健康維持の助けになるはずだ。
2019.2.27
アセトアミノフェンは解熱鎮痛薬として病院で処方されるのはもちろん、ドラッグストアで誰でも気軽に買える。
「誰でも買えるということは、大した副作用がないからだろう」と思われるかもしれない。
ところが、全然そんなことはない。
アセトアミノフェンの過量服用で、普通に死ぬからね。
たとえばこんな文献。https://www.jstage.jst.go.jp/article/kanzo1960/30/6/30_6_690/_article/-char/ja/
40歳女性が、セデスを60錠(アセトアミノフェンで4.8g)をアルコールと一緒に飲み、急性肝不全で死亡したという症例報告。剖検で肝細胞の壊死が確認されている。
救急当直をしていれば、オーバードースによる自殺企図患者は全然珍しくない。特に若い女性に多い。
アセトアミノフェン中毒には、どのように対処すればいいのか?
まず、アセトアミノフェンの毒性は、グルタチオンを急激に消耗させる点にある。
グルタチオンは毒物、炎症、フリーラジカルなどから体を守る抗酸化物質で、欠乏すると身体的、精神的に様々な症状が出現する。
だから、救急で運ばれてきたアセトアミノフェン中毒患者には、グルタチオンを直接投与すればよさそうに思える。グルタチオンの静脈注射とかね。
しかしグルタチオンを直接投与しても肝細胞に取り込まれないため、実際に行われているのは、グルタチオンの前駆体のNAC(Nアセチルシステイン)の投与だ。
添加物や農薬、妙な薬など、毒物が身近にあふれている時代にあって、解毒物質としてグルタチオンの重要性はますます高まっている。
しかしグルタチオンの産生能力には遺伝性があって、それはGSTM1(グルタチオン・S-転移酵素 Mu1)という遺伝子によって規定されている。
この遺伝子の多様性によって、毒物に対する感受性に違いが生じる。
酒が飲めるか飲めないかを規定しているのがALDH2(アルデヒド脱水素酵素)であるように、アセトアミノフェンのような毒物に対する代謝能にも遺伝の影響があるわけだ。
健康を保つには、まず、毒物の摂取を避けることが基本。だから、解熱鎮痛薬とか安易に使わないことだ大切だ。
さらに、グルタチオンを増やして防御力を上げることも有効だろう。
どうすれば増やせるのか?
アブラナ科の植物(ブロッコリー、キャベツなど)やニンニクを食べたり、NACのサプリを摂るといい。
NACサプリの有効性を説く論文があったので紹介しよう。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17602868
『Nアセチルシステイン~システイン・グルタチオン欠乏のための安全な解毒剤』というタイトル。
要約
グルタチオン欠乏は多くの疾患と関係している。Nアセチルシステイン(NAC。システインの前駆体)の投与によって、細胞内のグルタチオンを補充することができる。
NACはアセトアミノフェン中毒の解毒薬として有名だが、これはシステイン・グルタチオン欠乏に対する安全かつ耐用性良好な物質として使うことができる。
HIV感染やCOPDのような感染症、遺伝子疾患、代謝障害など、グルタチオン欠乏に由来する広範囲の疾患の治療に際して、NACが奏功している。
NACを経口で投与した46のプラセボ対照試験のうち3分の2以上の試験で、患者のQOL、健康度の改善など、NACの有効性が示された。
2019.2.27
ビタミンB群を消耗させる薬は本当に多くて、たとえばアスピリン、エストロゲン製剤(ピルやステロイドも含め)、利尿薬、抗てんかん薬(テグレトール、デパケンなど)、抗炎症薬(イブプロフェンなど)、抗パーキンソン病薬(カルビドパ、レボドパなど)など、無数にある。
ピルは月経痛や月経不順などの症状に使われるのはもちろんだけど、避妊のために使っている人も多い。
つまり、健康な人が飲むことが多い薬なわけで、こういう人は、まさか自分が薬剤性のビタミン欠乏に陥っているなんて思いもしない。
ピルが血中ビタミン濃度にどのように影響するかについて、以下のような論文があったので紹介しよう。
『経口避妊薬の使用~葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12に与える影響』https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21967158
要約
女性が経口避妊薬(OCs)を使用する一方で、無計画な妊娠も多いものであるから、OCsが葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12に与える潜在的影響について理解しておくことは重要である。
OCsが葉酸代謝に悪影響を与えることは先行する多くの研究が示しているところであるが、これらの研究の大半はOCsのエストロゲン含有量がはるかに高い時代に行われたものである。
さらに、潜在的な交絡因子についてコントロール群が設定されていないなど、これらの研究から得られた知見の解釈には問題があった。
最近のデータによると、現在使用されているOCsが葉酸代謝に悪影響を与えるという結論は、支持されていない。
しかしビタミンB6について、現在の低用量OCsがビタミンB6に悪影響を与えていることは、エビデンスを以って示されている。
OCs使用者では血中ピリドキサール5リン酸の濃度が低いことが認められているが、これは体内でビタミンB6の貯蔵量が減少していることを反映している可能性がある。
こういう女性がOCsの服用をやめ妊娠したときには、妊娠中にビタミンB6欠乏を呈する危険性がある。
ビタミンB12の状態については、OCsの使用による有意差がでなかった。しかし確定的結論を下すには、今後のさらなる研究が待たれる。
文献にあるように、「長らくピルを飲んできたけど、この人の子供なら、と思ってピルを飲むのをやめて、そして妊娠した」みたいなパターンはかなりやばい。
本人がビタミンB6の消耗を自覚していないからだ。
ピルの害についてさらにいうと、ピル服用者では血栓症のリスクが増加するというデータがある。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11301170
とあるテレビ局の30代の女性アナウンサーが脳梗塞を発症したというニュースを以前見たことがある。
食生活の乱れた中高年のオヤジが脳梗塞を発症する、というのならわかる。でも若い健康的な女性が脳梗塞になるなんて、普通は考えられない。
答えはひとつ。普通じゃないことをしていたんだよ。つまり、ピルを飲んでいたんだろうね。
薬が原因で病気になったのなら、当然打つべき手は、原因薬剤の中止だ。しかしいろいろな事情でピルをやめられない人もいるかもしれない。
そういう人はせめて、ビタミンB6あるいはB群のサプリを摂ろう。
抗てんかん薬を飲んでいる人では、血中に葉酸、ビタミンB12が少なく、ホモシステインが多い、と言われているが、てんかん薬の種類、成人か小児か、によって影響は異なるようだ。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29341053
抗てんかん薬がまずいのは、ビタミンだけでなく、カルニチンの代謝にも影響を与える点だ。
『抗てんかん薬とカルニチン』という論文。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10904975
要約を訳す。
カルニチンはすべての哺乳類の組織にある非タンパク性窒素化合物である。その主な働きは、β酸化のためにミトコンドリアの膜を経由して長鎖脂肪酸を運び入れることである。
カルニチンの血中濃度は、食事からの吸収、肝臓における生合成、腎臓での再吸収によって調整されている。
カルニチンの濃度に変化があるということは、これらの機序のどこかに異常があるか、遺伝的に代謝に問題があるか、である。
抗てんかん薬の服用患者では血中カルニチン濃度が減少していることが報告されている。
バルプロ酸の単剤による治療なのか、あるいは他の抗てんかん薬と組み合わせての治療なのかということが大きく影響するが、その他の抗てんかん薬のなかでも特にカルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタールは、服用患者の約21%でカルニチン欠乏を引き起こしていることが研究で示された。
ミトコンドリアというのは細胞内のエネルギー産生工場で、そこに脂肪酸を運び入れるときに必要なのがカルニチンだ。
だからカルニチンが欠乏すると、元気がなくなる。
最近の相撲界はモンゴル出身力士の勢いがすごくて、日本人力士はさっぱり振るわない。モンゴル人力士の強さの秘訣は羊肉ではないか、という指摘がある。
モンゴル人は牛肉、豚肉、鶏肉よりも、羊肉をはるかによく食べる。
カルニチンを豊富に含む羊肉がミトコンドリアのエネルギー産生能率を高めている可能性は、確かにあると思う。
それに、狭いケージの中に閉じ込められて遺伝子組み換え飼料を食わされ、ホルモン剤やら抗生剤やらわけのわからない注射をいっぱい打たれている牛、豚、鶏よりも、まだしも羊のほうが健康リスクは少ないだろう。
以前に書いたけど、てんかんに対しては薬よりもまず、ビタミンB6を試すべきだ。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4204538/
できれば薬はやめたいところだけど、いろんな事情でやめられない人は、カルニチンのサプリを摂ったり、羊肉を食べたりして、少しでも薬害の軽減に努めよう。
2019.2.27
リウマトレックス(メトトレキサート)を処方するときにフォリアミン(葉酸)も一緒に出す、というのは普通の整形外科医もやっている。
単剤投与では葉酸の代謝が悪くなって、薬を飲み続けることができないからだ。いつもはビタミンを目の敵にしている製薬メーカーも、併用を勧めざるを得ない、といった格好だ。
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD000951.pub2/full?cookiesEnabled
しかしこれって、本来おかしな話なんだよね。
メトトレキサートはリウマチだけでなく、癌にも使われるんだけど、抗癌剤としては『葉酸代謝拮抗薬』に分類されている。
細胞分裂の際には葉酸が不可欠なところ、メトトレキサートは葉酸の活性を抑えることで、細胞増殖を抑制する。
だからメトトレキサートによって葉酸の代謝異常が起こるのは、副作用というか主作用であって、併用して葉酸を処方しているというのは、もはや、何をやっているのか意味不明だ。
ブレーキとアクセルを同時に踏むようなことをしたって、患者の体には負担がかかるだけ。もうかるのは製薬会社だけ、という仕組み。
メトトレキサート以外にも、ビタミンの消耗を促してしまう薬はないだろうか。
ほとんど無数にある、というのが僕の答えだ。
理想を言えば、薬は全部やめるのが一番いい。でもいろいろな事情から、簡単にやめるわけにはいかない人もいるだろう。
そういう人には、せめてビタミンの併用を勧めたい。薬の代謝プロセスで消耗したり阻害されたりするビタミンを補うことで、薬剤性の被害を最小限にとどめることができるはずだ。
たとえばコエンザイムQ10という抗酸化物質がある。
これは厳密にはビタミンではないが(体内で生合成できるので)、ビタミン類として扱われることが多い。
加齢につれて産生量が減少していくんだけど、ある種の薬の影響で消耗することも知られている。
代表的なのはコレステロール降下薬(スタチン)だ。
他に、βブロッカー(メトプロロール、プロプラノロール)、抗糖尿病薬(グリピジド、グリベンクラミドのような経口糖尿病治療薬)もCoQ10を低下させる。
コエンザイムQ10は、コレステロールを作るのと同じ酵素(HMG-CoA還元酵素)で作られる。
だから、スタチンの服用によってコレステロールが低下すると同時にコエンザイムQ10も減少するのは、ここでもやはり、副作用というよりも主作用であって、当然の話なのだ。
コエンザイムQ10は細胞のエネルギー代謝に必要なので、これが低下すると筋肉(横紋筋融解症)、脳神経(認知症)など、全身に様々な悪影響が出る。
あと、致命的な副作用ではないけど、頭髪が薄くなるよ。https://www.amjmed.com/article/S0002-9343(02)01135-X/fulltext
以前にもどこかに書いたけど、コレステロールを下げたいならナイアシンを勧めたい。
それでも何か事情があってスタチンを飲まざるを得ないという人は、コエンザイムQ10(100㎎~200㎎)を飲んで、消耗を補っておこう。
ビタミンB群を消耗させる薬は非常に多い。
たとえば胃酸抑制薬(オメプラゾール、ランソプラゾールなどのPPI)。
胃酸のおかげでタンパク質をアミノ酸に分解できるところ、胃酸の分泌を抑えるとどうなるか。
アミノ酸の供給が減るから、たとえば神経伝達物質の合成も低下し、気分、記憶、注意力などに影響が出る。
胃酸の分泌低下によって腸内のpHがアルカリに偏り、さらに未消化のタンパク質が増えることもあって、腸内細菌叢が悪化する。
ビタミン産生菌などの善玉菌が減り、悪玉菌(チアミナーゼなどのビタミン分解酵素を分泌するビタミン分解菌)が増殖し、血中ビタミンが減少する。
人体には微量の金属(ミネラル)が必要だが、食品中のミネラルは胃酸でイオン化することで吸収される。しかし胃酸抑制薬を飲むと、ミネラルの吸収が減少する。
たとえば亜鉛の吸収が落ちれば抗酸化力の低下から様々な慢性疾患にかかりやすくなり、鉄の吸収が落ちれば貧血になり、マグネシウムの吸収が落ちれば不安症や気分障害を発症しやすくなり、カルシウムの吸収が落ちれば骨粗鬆症になりやすくなる。
食品中のビタミンB12はタンパク質と結びついているが、胃酸分泌の低下によってタンパク質の消化力が落ち、同時にビタミンB12の吸収も低下する。ビタミンB12の低下によって大球性貧血を生じる。
つまり、まともな赤血球が作れなくなってしまう。酸素の運搬能力が低下して、易疲労性、記憶力低下、認知症、うつ病などの原因になる。
単に胃酸を抑えるだけで、ビタミンの減少のみならず、これだけの悪影響がある。
胃酸の抑制によって胃部不快感が軽減する、というのは、一時的・局所的には成立しているかもしれない。
でも長期的・全体的に見れば、結局収支はマイナスになっている。
要素還元主義的な医学で、本当の健康を取り戻すことなんてできるはずがない。
2019.2.24
「いいか、次のお前の行き先は大和じゃ。よかったの。あの船は沈まん。あの船が沈むときは日本が沈むときじゃけの」
上官からこう伝えられたとき、17歳の少年の胸は誇りで震えた。うれしさのあまり、涙がこみ上げた。
昭和20年1月少年は初めて大和に乗り込んだ。持ち場は艦橋の一番上。海面から34メートルもの高さである。そこで長さ15メートルの測距儀を使って、敵機との距離や角度を計算するのが彼の任務だった。
少年の赴任から3ヶ月後、大和は沖縄への海上特攻に出撃した。
4月7日、鹿児島坊ノ岬沖上空は一面の曇り空だった。午前11過ぎ、「目標補足!敵の大編隊接近す!」という見張り員の叫び声が艦上に響いた。少年はすぐに測距儀を覗き、息を飲んだ。
レンズ一面を埋め尽くすほどの大編隊が迫ってくるのが見えた。主砲の射程4万メートルに敵機が入るのを、興奮して待ち受けた。しかし敵機は雲の上に消えた。
実はこうなると大和はお手上げなのだった。測距儀で見えなければ、大砲は打てない。米軍は大和の弱点を緻密に計算し、曇天のこの日を選んで、雲の上からの奇襲を仕掛けたのだった。
爆撃機や戦闘機が、ほぼ真上から襲って来た。近すぎて主砲も副砲も使えない。かろうじて機銃で応戦したが、多勢に無勢だった。
後部艦橋に爆弾が2発命中し、副砲が破壊された。低空で襲って来た雷撃機の放った魚雷が、左舷前部に命中した。
艦橋から甲板を見ると、地獄絵図だった。首や手足が吹き飛んで、もはや人間の形をとどめない肉片が散乱していた。衛生兵が負傷者や死体の対処に当たっていたが、そこに第二波、第三波が次々に襲って来た。
魚雷が命中するたびに、艦は地震のように揺れた。左舷に9発、右舷に1発の魚雷が当たったとき、ついに大和は左に傾き始めた。
砲術学校では、15度傾いたら限界、と習っていた。しかし今や、艦は25度、30度と傾きを次第に増している。
それでも、戦闘中である。戦闘中は、持ち場を離れることはできない。
そのとき、「総員、最上甲板へ」という命令が出た。軍には「逃げる」という言葉はない。しかしこれは事実上、「逃げろ」という意味だった。
すでに大和の傾きは50度。信じられない現場を目にしている、と少年は思った。不沈艦大和が、いよいよ沈むのか。
90度近く傾いたとき、少年はついに海に飛び込んだ。
沈みゆく巨大戦艦が、自身を中心に海面に巨大な渦を作り出していた。爆撃を生き残った者たちも、この渦に飲み込まれて命を落とした。少年の全身は水圧で締め付けられて酸欠状態になり、やがて意識も薄れた。
そのとき、巨大な爆音とともにオレンジ色の閃光が走った。大和のエンジンが大爆発を起こしたのだった。
その瞬間、少年の記憶が途絶えた。
気付いたとき、少年の体は海に浮かんでいた。幸いにも爆発の衝撃で水面に押し出されたのだった。
爆発で飛んで来た大和の鉄のかけらが、少年の右足に刺さっていた。本来水泳に自信のある彼だったが、右足が麻痺し、溺れそうだった。
「助けてくれー!」
少年ののどから、本能的な叫び声が出た。
背後に人の気配があり、振り向くと、大和の高射長がいた。こんな危急の場面ではあるが、高射長にみっともない叫び声を聞かれたことを、少年は恥ずかしく思った。
「軍人らしく、黙って死ね」そういうふうに言われるかと思い、身構える少年に向かって、高射長は優しい声で言った。「落ち着け。いいか、落ち着くんだ」
そして自分がつかまっていた丸太を少年に差し出して、こう言った。
「もう大丈夫。お前は若いんだから、頑張って生きろ」
そう励ましてから、高射長は波に揺られて離れて行った。
やがて駆逐艦『雪風』が救助に来た。生存者が怒号をあげて救命ロープを奪い合っているなかで、高射長は大和が沈んでいる方向へ一人泳いで行った。
少年は声の限りに「高射長!高射長!」と叫んだが、彼が振り返ることは決してなかった。
大和の乗組員は3332人。うち、生還者は276人で、少年はその一人となった。
「もう70年前のことですが、今でもあのときの光景は忘れません。
高射長は大和を空から守る最高責任者でした。『大和を守れなかった』その思いから、死を以て責任を取られたのだと思います。
高射長が私にくださったのは、浮きの丸太ではありません。彼の命そのものです」
「天皇?国家?関係ありません。
自分が生まれ育った愛する福山を、そして日本を守ろうと、憧れの戦艦大和に乗りました。その喜びと感動は、言葉では尽くせません。
そして不沈戦艦と言われた大和の沈没、原爆投下、敗戦。
私はそのすべてを、17歳のときに一気に経験したのです。17歳といえば、今の高校2年生ですね」
極限状態を実地に生き抜いた人の言葉の重みと迫力。
人間として、モノが違う。レベルの違いを見せつけられるようだ。
「それに比べて、今の高校2年生の軟弱さといえば、まったくもう」とは思わない。
人を作るのは、やはり環境だろう。
17歳というまだまだ子供とも大人ともつかぬ人間をここまでタフに鍛えたのは、戦争という時代背景があったからこそだろう。それが果たしていいことなのかどうか、僕にはわからない。
ただ、僕は断言するけど、こういう人は、人生でちょっとぐらい辛いことがあったとしても、絶対に自殺なんかしない。命がいかに重いか、平和がいかに尊いか、我が身で以て知っている人だから。
一方、この国では毎年2、3万人の自殺者がいる。やっぱり戦後生まれの僕らは、ひよっこなんだよなぁ。
最後に、一番響いた言葉。
「人として生きたなら、その証を残さなければなりません。それは大きくなくてもいい。小さくても、精一杯生きた証を残して欲しい。
戦友たちは若くして戦艦大和と運命をともにしましたが、いまなお未来へ生きる我々に大きな示唆を与え続けています。
復員後、長く私の中に渦巻いていた『生き残ってしまった』という罪悪感。
それはいま、使命感へと変わりました。私の一生は私だけの人生ではなく、生きたくても生きられなかった戦友たちの人生でもあるのです。
君たちが漫然と生きている『今日』という日は、死んだ戦友たちが生きたくて仕方なかった『未来』なんです」
参考:八杉康夫『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』