ナカムラクリニック

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2019年9月12日

詐欺師

2019.9.12

「ルパンの娘」が「あなたの番です」に視聴率で負けている、なんていうネットニュースを見ても、個人的にはドラマは見ないからどうでもいいんだけど(そもそも家にテレビがないんだけど)、「ルパンの娘」っていうタイトルはいいね。
何だか、「カリオストロの城」を思い出す。

「ルパンめ!まんまと盗みおって」と警部が憎々しげにつぶやく。
それをそばで聞いていた姫、「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ」とルパンを弁護する。
警部は振り返って、姫の顔をまっすぐ見据えて、言った。
「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」

「心を盗む」なかなかシャレたセリフだ。
このセリフによって、銭形がルパンを追いかける理由に、ポエムな色彩が加わったようだ。
しかし、ルパンに限らず窃盗などの知能犯は、多くの場合、人をあっと言わせるような大胆な方法で「心を盗んで」いるものである(もちろん心だけではなく、金銭も)。

ヴィクトル・ルスティヒという詐欺師がいた。
彼の犯罪のなかで最も有名なのは、「エッフェル塔詐欺」である。
1925年パリにいた彼は、「フランス当局はエッフェル塔の維持費を捻出するのに大いに困っている」旨の新聞記事を目にした。
「これは使える」と直感した彼は、周到な詐欺計画を練った。
高級ホテルの一室を借り、「秘密会議」と称して複数のスクラップ業者を招待した。彼らの前で、ルスティヒはこんな演説を打った。
「自分はフランス郵政省の副長官である。実は当局は、エッフェル塔の維持費をどうしたものかと頭を抱えている。
実はフランス政府は、エッフェル塔をスクラップにし売却することを内密に計画している。
しかしこの計画が途中で一般市民に露見したらどうなるか。「パリの象徴を壊すな」という反対運動が起こるのは目に見えている。
そこで皆さんには、この計画が後戻りできない段階まで進むまでは、他言無用で願いたい。皆さんの紳士としての良心に期待している」
各業者と話をしながら、ルスティヒは誰をカモにしようかと注意深く物色し、アンドレ・ポワソンという男に目をつけた。ビッグビジネスを射止めたい、パリの社交界で何とか成り上がりたいという野心のある男だった。
ポワソンとの面談の場を設け、ルスティヒは彼にこんな打ち明け話をした。「ここだけの話だが、自分は役人として腐敗している。お役所勤めのしがない給料では、自分の望む裕福な生活はできない」ポワソンは、ルスティヒの言外の意図をすぐに察した。「この男は、ワイロを要求している。エッフェル塔の所有権を得てパリの社交界で一躍注目を浴びる存在になる代わりに、ワイロをよこせ、と。悪くない条件だ」ポワソンは同意し、ワイロとエッフェル塔入札の手付金をルスティヒに手渡した。
こうしてまんまと金をせしめたルスティヒは、すぐさまオーストリアに逃亡した。
ルスティヒは「ダマされたことに気付いても、プライドの高いポワソンのことだ、恥ずかしさのあまり、そのことを口外しないだろう」と踏んでいた。オーストリア滞在中も新聞報道をチェックしていたが、予想通り、エッフェル塔の一件は記事になっていなかった。そこでルスティヒはパリに再び戻って、もう一回同様の詐欺を企てた。
別の業者を招待し、エッフェル塔をスクラップにする話があることを持ち出した。しかしすぐに、場内の違和感に気付いた。詐欺の通報を受けた警察が張り込んでいたのだ。逮捕を免れようとして、ルスティヒはアメリカに逃亡することになった。

詐欺師を意味する英語には、swindler、imposter、crook、quackとか複数あるんだけど、絶対日本語にない表現だなと思うのが、con artist。「ダマしの芸術家(artist)」ということで、微妙に賞賛のニュアンスを含んでいるようだ。
ルスティヒはまさに、con artistと呼ぶにふさわしい詐欺師だと思う。
頭の回転がずば抜けて早く、人間心理に精通していて、うまくダマすための準備には決して手を抜かない。その才能を生かせばビジネスで普通に成功することもできただろうに、そこは生まれついての悲しい性だろう、裏社会で生きていくことしかできないのだった。

さて、アメリカに渡ったルスティヒは、相変わらず詐欺師の本領を発揮していた。
「ルーマニアボックス」という金を無尽蔵に印刷できる機械(もちろんウソ)を言葉巧みに売りつけて、人々から大金を巻き上げたりした。
心に闇を抱えた人間は、互いに引かれあうものである。ルスティヒは当時のアメリカマフィアを牛耳る大ボス、アル・カポネと付き合うようになり、なんと、彼と親しい友達になった。詐欺師だからある意味当然だけど、やっぱり人の心をつかむのが天才的にうまいんだな。
ルスティヒの恐ろしいところは、彼はこのマフィアの親分からさえ、金をダマしとった。ヤクザから金を巻き上げるとか、バレたら百%殺されるわけで、頭どうかしてるよね^^;

その手口はこうである。
ちょうど世界恐慌でアメリカが大不況の時期だったこともあって、ルスティヒは困っていた。詐欺をするにも、そのための資金がいるのだ。そこでルスティヒは、カポネに頼むことをした。「アル、次のシゴトをするタネ銭の工面に困ってるんだ。よかったら5千万円ほど貸してくれないか。うまくいけば色をつけて返すからさ」
不況のあおりもあって、5千万円はカポネにとっても安くはない額である。しかし、エッフェル塔詐欺、ルーマニアボックス詐欺など、歴史に残る鮮やかな詐欺をしてきた伝説の詐欺師であり、友人である。その彼の頼みを聞いてやることは、むしろ喜びでもあった。カポネは承諾し、金を貸した。
さて、ルスティヒはその金をどうしたのか。
何もしなかった。一切手をつけず、ただ金庫に寝かせておいた。
2ヶ月後、ルスティヒはカポネに、申し訳なさそうに言った。「実はミスってしまったんだ。すまない。変に期待だけさせてしまって。でも借りた分の金はきっちり返すよ。何とか都合をつけてきたんだ」
言いながら、5千万円をそのまま返した。
カポネは心を打たれた。「なんて正直な奴だろう。失敗はしたものの、何としてでも金は返す。その心意気、気に入った」
シゴトに失敗したということは、この不況下、普通に生活をするだけの金にも困っているに違いない。カポネは「これで何とか急場をしのげよ」とポンと5百万円をルスティヒに渡した。「返さなくていい。天才詐欺師だって失敗することもあるだろう。それより俺は、お前が気に入ったよ」
こうして、まんまとカポネから金をちょうだいすることに成功した。すべて計画通りだった。
心を盗む、とはこういう詐欺のことをいうんだね。

参考
ウィキペディア
“Victor Lustig”
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Victor_Lustig

呪い

2019.9.12

「手かざし」に頼る池江璃花子に「治療の遅れ」心配する声
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190910-00000011-pseven-ent

「科学的根拠のない治療の犠牲になって、かわいそうに」という声がある。
一方、科学的根拠があるとされる抗癌剤治療を行ったために、放っておけばもっと長生きできたところ、さっさと死んでいく人もいる。
池江さんの場合、すでに抗癌剤治療を受けていて、その上で「手かざし」療法も受けている。
仮にすっかり回復してオリンピックに出場するとなれば、抗癌剤治療擁護派、手かざし療法擁護派、双方が「彼女が病気から回復したのはうちの治療のおかげだ」と、自分の功績を主張するだろう。
逆に、仮に病状が悪化すれば、双方が批判しあうだろう。
「若い体に抗癌剤など投与しては、選手生命どころか、生きることさえ危険にさらすことになるのは、事前にわかりきっていた。最初から手かざし療法のみに専念していれば、今頃は健康体に戻っていただろうに」という批判があがる一方、
「手かざし療法などというエビデンスのない治療法に惑わされて、標準治療がおろそかになったことが、病状悪化の最大の原因。21世紀のこの時代に、呪術レベルの『治療』が跋扈しているのは、恐ろしいことだ」と、批判の応酬が繰り広げられる。

真実はどこにある?
個人的には、どちらにも分があると思う。
人間は、いろんな治り方をするものなんだ。
化学療法に絶対の信頼を置いているなら化学療法で治ることもあるかもしれないし、手かざし療法についても同様のことが言える。
プラセボを飲んでたって治るときは治るんだから、人間の信じる力(思い込みの力)こそ、何よりの治療なんだな。

アフリカの一部地域では、今もシャーマンがいて、西洋医学の医者よりも強い影響力を持っている。
その地域では、病気は恨みをかった人から『呪い』をかけられることによって起こる。そこで、呪術師のところに行って『呪い返し』をしてもらう。すると病気が治り、今度は『呪い返し』を受けた人が病気になる。
『呪い』ということの威力をみんなが信じている社会では、こういうことが本当に起こるんだ。
人間というのは、体と心の半分半分。精神の影響は、決して軽くない。
さらに、個人の思いだけでなく、その地域のみんなが信じているとなれば、現実的な力は絶大だ。
そういう意味では、お金も一種の呪いだね。紙幣と呼ばれるあの紙切れの力をみんなが信じているから、本当に力を持つことになるんだな。

呪うことで病気になる、という現象は、かつての日本にも当たり前に存在していた。
北野天満宮は菅原道真の呪いを鎮めるために建立されたし、安倍晴明のような陰陽師が政治的な力さえ持つほど信用されていた。
源氏物語には、嫉妬に狂う六条御息所の生き霊が、夕顔や葵の上を呪い殺す描写がある(しかし『呪い殺す』ってすげえ表現だよな^^;)。
千年前の日本人は皆、「人を呪う」ことの影響を信じていたし、その力を恐れていた。
やがて時代が進み、明治以降、科学万能の社会になった。
目に見えない非科学的なことは、もはや誰も信じなくなった。

それでも、僕ら現代人も心のどこかには、呪術的なことを恐れる気持ちが残っていると思う。
小学生のとき、『エクソシスト』を見てトラウマになりそうなど怖かった。スプラッターもののホラーは、「怖い」というか単に「びっくりする」だけで、どうってことはない。でも『エクソシスト』の悪魔祓いというテーマは、かつての日本人が普通に持っていた呪いを恐れる感覚を刺激するところがあるのだと思う。何とも言えない不気味さがあったな。

「頭の中で声が聞こえます」という30代男性。
「僕の先祖には比叡山で修行を積んだ行者がいて、僕にもそういうシャーマンの気質が流れているんだと思います。
頭の中の声は、最初は神様の声でした。僕はとてもうれしかった。いよいよ僕も神託が聞こえるようになったか、と思いました。
でもその声は、やがて神様のものではなくなりました。悪魔とも何とも言えない、とにかく不愉快な声になりました。
何かに取り憑かれたのかもしれない、と思いました。

ネットで探して、除霊のできる有名な気功師に連絡をとりました。名前、生年月日、住所さえわかれば、気をとばすことで施術できるということなので、遠隔で除霊をしてもらうことになりました。
その方の遠視によると、先祖が人から強い恨みをかったため、その怨念が僕の家に取り憑いていて、僕の心身の不調もそのせいだとのことでした。
気を送って除霊をしてもらっているとき、電話越しにですが、何か非常に、ビリビリとしてものを感じました。これが気か、と思いました。劇的に効いたわけではありませんが、少し効果があったように感じました。
それで、そうやって何度か電話で遠隔治療を受けましたが、効果はいまいちパッとしません。治療費が高額だったこともあって、結局途中でやめてしまいしました。

その後もネットを検索していて、有名な霊媒師を見つけました。その人も遠隔で霊視や除霊ができる、とのことでした。とても人気のある霊媒師で、2ヶ月待ちということでしたが予約をいれました。
その人に遠隔で霊視をしてもらったところ、電話越しに、こう言われました。『あなたの症状は呪いによるものでもなければ、霊障でもありません。単純に病気です。おそらく統合失調症です。家にもあなたにも、霊は取り憑いていません。いいですか、まずあなたがするべきことは、病院に行き、適切な医師の診察を受けることです』
それがきっかけで、自分が病気である可能性を考えるようになり、こうやってここのクリニックに受診することにつながりました」

この話には、なかなかの含みがある。
まず最初の気功師の遠隔施術で、症状が確かに軽快したように感じたこと(かつ、寛解までには至らなかったこと)。
信心深い人が高額な費用を払っていることもあって、プラセボ効果が生じる下地は十分整っているけど、それだけではないようにも思う。
個人的には、気は実在すると思っている。送られた気をビリビリと感じる感覚は、僕にも経験がある。霊がどうのこうのの理屈は僕には理解できないけど、気功師としての実力は一応本物だったんじゃないかな。しかし、やはり統合失調症を気功(あるいは除霊)で治すことは困難だったようだ。
興味をそそられるのは、2ヶ月も順番待ちの人気霊媒師の話。商売っ気だけの人なら「病気だから病院行け」なんて、客を逃すようなことは言わない。
本物の霊媒師っていうのもいるのかな。