2019.8.31
古代ギリシアに、「テセウスの船」という話がある。
船に乗ったテセウスが、アテネの若者とともにクレタ島から帰還した。「すばらしい航海であった。無事帰還できたことを祝し、この船を後の時代までも保存しよう」ということになった。
しかし、木造船である。木材が朽ちていく自然の経過にはあらがえない。パーツがダメになっていくたびに、その箇所を新たな木材で置き換える。
やがて、その船のオリジナルのパーツはすっかりなくなってしまった。
さて、すべてのパーツが取り替えられたこの船は、テセウスが後代まで保存したいと願った船だと言えるだろうか。
これは古代ギリシアで議論されていた有名なパラドックスのひとつだ。
要するに、問題は、次のように一般化される。
「ある物事の構成要素がすべて置き換えられたとき、それはもともとあったものと同じものと言えるだろうか」
子供の頃、巨人ファンだった。
藤田監督のもと、桑田や斎藤が投げて試合を作り、バットでは川相や篠塚の職人芸、勝負強いクロマティが見ものだった。
それが「僕の好きな巨人」だとすると、それは永遠ではない。
次第に若手が出てきて、ベテランは去って行く。数年もすればメンバーは大幅に入れ替わっている。
「僕の好きな巨人」はどこへ?というかそもそも、巨人を巨人たらしめている核は、一体何なのか?
黒とオレンジを基調としたユニホーム?読売新聞がバックにいること?あるいは、ナベツネ?笑
車を買った。しかし、買っておきながらこんなことを言うのもあれだけど、気に入らない。
車体、エンジン、タイヤ、内装、もう、この車のすべてが、気に入らない(←そんな車、なんで買うねん笑)。
よし、総とっかえだ!パーツを全部、グレードアップしてやろう。
あくまで思考実験だけど、車をそういうふうに改造したとする。オリジナルの車からパーツをすっかり入れ替えた車は、もともとの車と同じ、と言えるだろうか。
この例には一応の「答え」がある。
日本で販売される車は、フレームに車台番号が打刻されている。つまり、何を取り替えたとしても、フレームだけは取り替えることができない。
それをすれば、もはやグレードアップではなくて、法律上、別の車、ということになる。
車に関しては、そのあたりがアイデンティティの核心ということだな。
僕らの体は、日々変わっている。古い細胞が、新しい細胞に取って代わられていく。
消化管粘膜は数日で、赤血球は数ヶ月で、骨は数年ですっかり入れ替わる。
そう、僕らの体は、「テセウスの船」そのものなんだ。
10年も経てば、細胞的な意味では、僕らはまったくの別人になっている。
でも、「10年前に契約した俺と今の俺は、まったくの別人だから」と家のローンを踏み倒すことはできない^^;
個人のアイデンティティを保証するものは、一体何なのか?
僕が僕であることの核心は?
記憶、というのは大きなファクターだと思う。
幼い頃に母に抱っこされた記憶。小学校の入学式の記憶。学校の友人の記憶。
記憶が過去を支えていて、今のアイデンティティを保つ助けになっている。
記憶はどこにあるのか?
脳にある、というのが現代医学の教えるところである。
「脳こそが自我の核心」とする現代医学と対照的に、古代ギリシアでは、プラトンやアリストテレスをはじめとして「精神の座は心臓にある」と考える哲学者がいた。
心が、心臓にある?
現代の考えになじんでいる僕らには、的外れな仮説に思えるが、どうもあながち間違いとは言えないようだ。
近年医療技術が進み、心臓移植が行われるようになった。心臓移植を受けた患者のなかに、ときどき奇妙な現象が見られる。
クレア・シルビアさんは、バイク事故で死亡した18歳の男性から心臓移植を受けた。手術以後、彼女は無性にビールとチキンナゲットを欲するようになった。
さらに彼女は、「ティム.L」という名前の男についての夢をしょっちゅう見るようになった。
彼女は自分の異変を自覚した。明らかにおかしい。心臓をくれた男性の記憶が、自分のなかに入り込んだのではないか。彼女は思い立って、死亡記事を検索した。
そしてついに、バイク事故で死亡したティムの記事を見つけた。ビールもチキンナゲットも、ティムの大好物だったとわかった。
シルビアさん、自身の体験は世に知らしめる価値があると考え、一冊の本にまとめた。”A Change of Heart: A Memoir”(Claire Sylvia著)
https://www.medicaldaily.com/can-organ-transplant-change-recipients-personality-cell-memory-theory-affirms-yes-247498
脳に記憶の貯蔵庫がある、というのはあくまで仮説である。
それ以外の考え方、たとえば「何らかの形で心臓とか他の臓器に記憶が保持される可能性」が、除外されているわけではない。
心臓移植を受けた患者を対象にした研究がある。
『心臓を取り替えると性格が変わるのか?47人の心臓移植患者に対する後ろ向き研究』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1299456
要約
心臓移植というのは、機能しなくなった心臓を単に置き換えるだけの話ではない。心臓は、愛、感情、そして個性の象徴と目されることがしばしばある。
心臓移植を受けた患者が術後に性格の変化を感じているかどうかについて考察するため、2年間にウィーンで移植を受けた患者47人に聞き取り調査を行なった。
結果、15%が性格が大幅に変わったと述べた。しかしそれは「移植した心臓の影響ではなく、心臓移植を受けるという、生死に関わるオペを受けたことによるものだ」と彼らはいう。
6%は、心臓移植の影響ではっきり性格が変わったと語った。「心臓移植を受けたことで、ドナーの感覚や感情になっている」と彼らは感じていた。
これらの心臓移植患者には、「心臓は感情の座であり、個性を形作る」とする心臓についての思い込みが影響したものと思われる。
「記憶は脳に貯蔵されるのだ」という、ただそれだけでは、説明のつかない報告が確かにある。
こういうときこそ、科学が進歩するチャンスだ。
心臓にも記憶を保持する何らかのメカニズムがあるのかもしれないし、細胞自体に物事を記憶する性質があるのかもしれない。
こういう仮説を立て、真偽を検証する、というのが科学的な態度であって、説明のつかない事象を「定説とはずれた単なるオカルト」と一蹴してしまっては、科学の進歩はないだろう。
しかし心臓移植のレシピエントが、ドナーの記憶や感情まで受け取ることになる、というのはおもしろいな。
いかにも少女マンガにありそうな設定で、すでにそういうマンガとかありそうだな^^;
2019.8.30
バイリンガルだったらな、と思うことがある。
英語は、それなりにできるほうではある。英語文献を読むのに別段の苦労はないし、外国に行っても買い物するぐらいなら困らない。
でも英会話となれば、全然自信がない。言いたいことを細かいニュアンスまで言えないし、ネイティブが本気のスピードで話してきたら、聞き取りさえ難しい。
僕にとって英語は、あくまで外国語なんだ。多くのみなさんと同様、中学生以降、定期テストがあるから仕方なく勉強した一科目に過ぎない。
片方の親が英米人であるとか、幼少期を海外で過ごしたとか、教育熱心な親のもと幼少期から英語環境に身を置いていた、というような人とは、超えられない壁がある。
今の僕がどう頑張っても、バイリンガルにはなれない。
だからこそ、うらやましいなと思う。
バイリンガルの利点を報告する研究は多い。
たとえば、バイリンガルはアルツハイマー型認知症の発症が、モノリンガル(ひとつの言語しか話せない人)と比べて数年(〜4.5年)遅いことが知られている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5320960/
これはすごい話だと思う。
アルツハイマー病というのは、ざっくり言えば代謝性疾患だ。環境要因なり食生活の乱れに起因する栄養不良なりが背景にあるはずで、だからこそ、栄養療法が一定の効果をあげるわけだ。
しかし、バイリンガルであるという、ただそれだけで、アルツハイマー病の発症が有意に遅くなるというのだから、実に驚くべきことだ。
研究で証明されているような利点だけじゃなくて、バイリンガルのメリットは他にもたくさんあるだろう。
まず、単純にモテそう^^バイリンガルって頭良さそうだからね。
バイリンガルであるということは、部屋に窓が二つあるようなものだと思う。見渡せる景色が普通の人の倍あるんだから、その分、豊かな人生を送れるだろう。
特に、世界中のインターネット上の情報量の大半は英語だから、「英語」という窓を持っていることは圧倒的な強みに違いない。
英語の情報を翻訳して日本語で発信する。それだけで十分ビジネスになりそうだな。
仕事という意味では、この国際化の時代、バイリンガルの人が職探しに困ることはないだろう。
英語のテレビ番組や映画を英語のままで理解できるというのは、字幕を介するわずらわしさがない、ということだ。これは大きいと思う。
言葉というのは文化そのものだから、厳密な意味では本来、翻訳なんてできないはずなんだ。”I love you” なんていう露骨で品のない言葉は、「しのぶ恋」こそが至上とされる日本にはかつて存在しなかった。だからこそ、明治の人たちはどう訳したものかと散々頭を悩ませた。そんななかで「月がきれいですね」なんて表現まで生まれた。
バイリンガルであるということは、単に二つの言葉に通じているというだけでなく、二つの文化に通じているということだ。
医学部時代、同級生にバイリンガルがいた。両親は日本人だけど、幼少期から中学までアメリカで過ごした。日本語は、普通の学校とは別に日本語学校に通って勉強した。英語も日本語もフルコマンド、まったく問題なく話せる彼なんだけど、こんなことを言ってた。
「通訳って苦手なんだよね。目の前でアメリカ人が何か話してるとするでしょ。当然言ってることはわかる。でもその内容を、別の日本人に日本語で伝える、となったら、妙に億劫な感じがする。いや、できるんだよ。できるんだけど、そんなにすぐにパッとできないっていうのかな」
何となく言ってることが分かる気がする。
言葉というのはデジタルな記号なんだと割り切って考えれば、通訳というのは「左から右への置き換え」に過ぎない。でも、本当はそれだけじゃなくて、文化の置き換えという意味合いもある。通訳のプロセスで失われるニュアンスがあるし、逆に変に付け加わるニュアンスもあったりして、通訳というのはそんなに楽々とできるもんじゃない、ってことを、彼言いたかったんだと思う。
さて、うらやましいバイリンガルなんだけど、いいことづくめかというと、どうもそうでもないらしい。
誰しも、「思考言語」というものを持っている。モノリンガルの人は当然これをひとつしか持っていないんだけど、バイリンガルはこれを二つ持っている。
二刀流でいいじゃないか、と一瞬思うんだけど、思考言語が複数あって定まらないと、抽象的思考力が育たない、という説がある。剣を持つのは一本だけにして、それを懸命に磨いたほうが有能な剣士になれる、といったところだろうか。
https://www.cell.com/trends/cognitive-sciences/fulltext/S1364-6613(12)00056-3
他にも、バイリンガルはメタ認知の能力が弱い、という報告がある。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0010027716300361
子供をバイリンガルにしようとして、言葉も話さない時期から英語と日本語のチャンポンの環境に我が子を置いている教育熱心な親御さんは、ちょっと立ち止まって考えたほうがいい。
意外に盲点なんだけど、英語ができるからチヤホヤされるのは、日本にいるからこそ、なんだな。外国では英語なんて、できて当たり前、だから。
個人的には、バイリンガルとして育てられていろいろメリットがあるとしても、それと引き換えに抽象的思考力やメタ認知能力が低下するとなったら、割に合わないと思う。
英語よりも、まず国語、だよなぁ。
2019.8.29
僕は兵庫県の明石市で育って、長野県の信州大学を卒業して医師免許を取得し、鳥取県の市中病院で研鑽を積み、再び兵庫県に戻ってクリニックを開業した。
人生の一時期を長野県や鳥取県で過ごしたことは僕の中で大きな財産になっている。
県外で過ごすことの何がいいと言って、地元を離れることで自分のことを相対化して見れるようになることだ。
同じ日本だとはいえ、言葉も違えば気候も違うし、ダシの味をはじめ食習慣も違う。
違いが大きいほど、自分のなかの「当たり前」が揺さぶられて、成長にはきっとプラスだと思う。そういう意味では、どこか海外に留学する機会があればもっとよかったんだけどな。
近所の塾で講演会をするようになった縁で、兵庫県の教育事情について見聞きする機会が増えた。塾関係者から聞く話や、長野や鳥取での経験を踏まえて気づいたのは、兵庫県の特殊性だ。
地元にいたままでは、「優秀な子が公立高校に行く」という言葉の意味が、僕にはわからないままだっただろう。
長野県に住んでいる頃、松本市出身のクラスメートが教えてくれた。
「松本ではね、まず何よりも、深志なんだ。
深志高校出身であること。これが絶対的な印籠になる。他の公立の美須々(みすず)や県(あがた)ではダメで、私立ではまったく話にならない。
地元の名士、官公庁や企業の偉いさんは、ほぼ例外なく深志の卒業生だ。新参者でも深志出身なら、「君、深志の何期生?」と目をかけてもらえる。深志コネクションってすごいんだ。
たとえば選挙なんかで、すごく優秀な学歴の立候補者がいるとする。東大卒とかハーバード大卒とか。一方に深志高校出身、信州大学卒の立候補者がいるとする。他の条件が同じなら、どちらの候補が当選するかは選挙前から見えている。
松本で何かしようとなれば、深志の団結力、深志の絆はものすごい力になってくれるよ。でも逆にいうと、その集団から外れてしまう人はちょっと生きにくいかもね。
親は子供に「頑張って深志に行けよ」ってハッパをかけるし、子供たちは深志合格を目指して勉強する。
よくも悪くもさ、松本はそういう土地柄なんだよ」
鳥取も同じような雰囲気だった。地元の優秀な子弟は皆、公立の鳥取西高校に進学した。
兵庫県の近県を見ても、事情は似通っている。大阪府では北野高校が、岡山県では朝日高校が、滋賀県では膳所高校が、公立の雄として有名だ。
これは日本全国で言えることだろう。
そう、僕はようやく理解した。
「優秀な子は、公立に行く」それが日本全国の標準的なスタイルなのだ、と。
しかし、なぜ僕は誤解していたのだろう。これには理由がある。
兵庫県は私立の進学校が多いのだ。
灘は別格の絶対王者だとしても、甲陽、白陵、六甲、淳心など、層が厚い。
灘の存在感に霞んで全国的な知名度はないけど、甲陽なんてすごく優秀な学校だよ。
さらにいうと、兵庫県の公立高校のレベルが低い、という面も確かにある。
兵庫県は最近まで16の学区に分かれていて、公立に進学する生徒はその学区内の高校から志望校を選ぶことになっていた。つまり、学区の制限のせいで、学校選択の幅が狭かった。
優秀な生徒が、教育レベルの低い学区に住んでいればどうなるか?
公立に行こうなんて思わない。進学実績の確かな学校に行こうとして、私立に優秀な生徒が流れる。
さらにいうと、教師の引き抜きもある。公立高校で教え方がうまいと評判になるような先生は、私立に高給で引き抜かれる。こうして、ますます公立がさびれていくわけだ。
こうした状況に危機感を持った人たちが、2015年に学区を新たに再編した。学区が広くなって、学校選択の幅が広くなった。
質の高い生徒を獲得するために、学校間での競争が促されて、教育レベルが上がることが期待されてるんだけど、どうなることやら。
長田高校や加古川東高校が全国的に有名な進学校になる日が来るかもしれないね。
優秀な生徒が私立に集まる、という現象は、兵庫県だけでなく、東京都にも見られる。
西の横綱が灘だとすれば、東の横綱は開成だろう。その他、麻布、駒東など、やはり東京も私立の層が厚い。
公立が苦戦している点も兵庫県と似ている。公立高校の教育改革に取り組んでいるが、かつての日比谷高校のような実績はまだあげられていないようだ。
仕事柄、受験勉強で疲れた生徒を診察することも多い。
小学生、中学生、高校生、みんな、勉強のストレスで疲れている。
勉強のストレス?
こんな言葉は、本来形容矛盾なんだ。
勉強は、自分の知らないこと(未知)が知っていること(既知)に変わっていく、最高に楽しい遊びのはずで、ストレスであろうはずがない。
それなのにいつのまにか、勉強が「耐えるべき苦行」になっている。こんなにもったいない話ってない。
林修先生が言ってた。「勉強が嫌なら、やめなさい。勉強というのは、ぜいたくなんだから」と。これには痺れたなぁ。
「世界には勉強したくても、経済的な事情で勉強できない人が無数にいる。そんななか、せっかく存分に学ぶ機会を与えられながら、親から仕送りなんて受けながら、『勉強が苦痛でしかたない』なんて言う。
もういい。誰もお前に『勉強してくれ』なんて頼んでない。嫌なら、やめとけ」
本当にその通りだと思う。
でもこういう「本当の話」は、塾の講演会では、立場上、なかなか言えないんだな。
2019.8.28
近所にある塾で『栄養と知能』についての講演会を行ったことをきっかけに、何人かの保護者が当院に相談に来られた。
「栄養状態の改善で成績が伸びるのであれば、ぜひともアドバイスが欲しい」というのが、来られたお母さん方に共通する希望だった。
まずは話を聞く。
どのような食事をしているか。お菓子やジュースを過食していないか。
勉強に取り組む姿勢はどうか。お母さんがプレッシャーをかけすぎていないか。
話を聞いているなかで、それぞれの課題が見えてくる。
ある子供の例を供覧しよう(詳細は変えてある)。
10歳男児。
幼少期からADHDと指摘されていた。いわゆる「場の空気を読む」ということができず、クラスの中でいつも浮いた存在だった。
友達付き合いも苦手で、学校に行くのが苦痛だった。
運動も苦手だった。幼稚園でラジオ体操をしたとき、動きのぎこちなさを担任から指摘されていた。
集中力が持たず、授業中にじっとしていることができず奇声をあげる。教師から「家での育て方に問題があるのではないか」と言われたことも一再ならずあった。
母にとっては初めての子供だったが、何かとこだわりが強く、育てにくさを感じていた。
しかし、かわいい我が息子である。空気の読めなさや落ち着きのなさも愛すべき特質でこそあれ、矯正して治すべきもの、とは思っていなかった。
ただ、その性格ゆえに本人が学校の友達からバカにされ教師から白眼視されているとあっては、気の毒だ。何とかしてやりたい。
ネットを使って様々な情報収集に努めた。
「発達障害児は協調運動障害を併発していることが多い」、との記述を見付けスポーツや作業療法をさせた。
「サプリがいい」、と知ってビタミンや鉄のサプリを飲ませたりした。
どれも効果はない。あいかわらず授業中に独り言が出てしまうし、集中力は続かない。
そんなとき、子供が通う塾で行われた僕の講演を聞き、助言がもらえればと2019年3月当院に来院した。
食生活について問診したところ、お菓子をよく食べ、牛乳を毎日飲み、ご飯よりもパンを好むという。
食へのこだわりが強いようなら無理矢理に、とは言わないが、精製糖質、乳製品、小麦製品の摂取は極力控えるよう指導した。
さらに、有機ゲルマニウム、タラの肝油、フォスファチジルセリン、ビタミンD/Kのサプリを勧めた。
一か月後。
甘いものをできるだけ摂らないようにするなど、食事に気を遣っているという。
机に向かう時間が明らかに長くなった。毎月行われる学力テストで偏差値が初めて50を超えたと喜んでいる(それまではずっと40台だった)。
一か月後。
学校が楽しくなった。授業中に何かを衝動的に言ってしまう、ということがなくなって、友人との付き合いもうまく行くようになった。
これまでは学校から帰ると、学校であったイヤなことを母にこぼしていたが、そういうことが少なくなった。
「いい変化はいろいろあるのですが、何より、我慢、ということができるようになったことが大きいと思います」と母。
食事改善とビタミン摂取を開始してからの心身の変化は、母よりも誰よりも、本人が一番強く感じていた。
4泊5日の自然学校があったが、ビタミンを持って行くことを忘れなかった。
5日間始終他人と過ごすことはいつもの自分なら苦痛で仕方なかったはずだが、サプリのおかげで乗り切れた、と本人は感じていた。
一か月後。
体が軽い。同時に、気持ちも軽い。
「私が口うるさく勉強勉強って言わなくても、自分から机に向かいます。こんな子だったかしら、って思います。
勉強しながら、何かぶつぶつ独り言をいうこともなくなりました。この子らしさがなくなって、ある意味寂しいような」と母、笑いながらいう。
成績も順調に伸びている。このとき初めて、これまでの学力テストの成績推移を見せてくれた。
確かに、着実に上がっている。去年は偏差値40台ばかりだったのが、偏差値50台が当たり前になった。特に算数と理科の成績の伸びが目覚ましかった。
成績に応じたクラス分けもH1クラスからSクラスにアップした。
(クラス分けはV、S、H1、H2とあって、Vは偏差値60以上で灘や甲陽を狙うレベル。Sクラスは偏差値50~60で白陵や六甲を狙えるレベル)
一か月後。
自主的に勉強している。
「頭が良く回ります。記憶力がよくなったと思います。甘いのは食べたいけど、我慢してます。
前はチョコレート食べてたところ、おかきだけにしとこう、みたいな。お母さんも僕と一緒に我慢してくれてる」と本人の弁。
初めて来院したときに比べると、はっきり顔つきが凛々しくなった、というのが僕の印象。
当初は、何となくポカンとした顔つきをしていたのが、今は引き締まっている。
甘いものを控えてスリムになったというのもあるだろうが、それだけではない。
目つきや表情からして違う。知性というのは、顔に出るんだな。
成績が伸びたことは喜ばしいことだ。
しかし学校や塾の成績というのは、長期的な目線で見れば大して意味はないと思う。
一番大きいのは、本人の内面的変化だ。
授業中に奇声をあげてしまう。教師ににらまれ、クラスメートからは失笑された。「恥ずかしい」という思いはある。でも、止められない。
それが栄養改善に取り組むことで、はっきり心身に変化が現れた。
我慢、ということができるようになった。落ち着いて授業を聞けるようになった。衝動的にものを言うことが減り、友人関係も順調になった。
彼の中に初めて、自尊心と呼び得る感情が芽生えた。
もはや母に「勉強しなさい」と言われる必要はない。自分から積極的に目的意識を持って勉強するようになった。
成績が伸びたことは単なるオマケであって、その根本にある本人の姿勢の変化。これこそが核心だと思う。
本人は「将来は医者になりたい」という。このまま勉強を続ければ、きっとなれるだろう。
「医者っていうのはね、製薬会社の手先になって殺人医療に従事する仕事だよ」とはもちろん言わなかった^^;
目標を持って頑張ることこそが大事で、現実に失望するのはもっと後でいい。
2019.8.27
天疱瘡という病気がある。
皮膚や粘膜にびらんを生じる病気で、自分の細胞の接着分子に対して抗体を作る自己免疫疾患だと言われている。
具体的には、こんな皮膚症状が生じる。

難病指定されてて日本全国で患者は6000人ほどと言われているけど、おそらく現場の皮膚科医としてはそんなにレアな疾患だというイメージはないと思う。
個人的にはポリクリで皮膚科を回ったときに見たことがあるのはもちろん、皮膚科が専門ではない僕でもときどき臨床で見るくらいだから、実数はもっと多いのではないか。
自己免疫疾患だから、治療はステロイドが基本。
症状の重症度と体重に応じたステロイドを投与するが、それで改善しなければ、ステロイドパルス療法として大量に投与する。
しかしステロイドは副作用の多い薬だ。
天疱瘡の症状は改善したものの、ステロイドの副作用で胃潰瘍になったりうつ病になるかもしれない。
感染症にかかりやすくなるし、長期に服用すれば骨粗鬆症にもなるだろう。
気になる症状がおさまったものの別の症状が現れては、一体治療なのか何なのか、よくわからない。
だから、副作用を抑えるための薬を投与しよう。
胃潰瘍の予防にPPI。骨粗鬆症の予防にビスフォスフォネート。
しかし、胃酸分泌を無理に抑えるとどうなるか。タンパク質の消化能力やミネラルイオンの吸収が低下する。腸内のpHが上がって悪玉菌優位の腸内細菌叢になる。
ビスフォスフォネートによって、むしろ骨折が増える。顎骨壊死が起こるかもしれない。
副作用を抑える薬がさらに別の副作用を起こして、もはや何がそもそもの病気で何が副作用なのか、わけがわからなくなる。西洋医学の対症療法によくある話だ。
天疱瘡に対してはステロイドを投与する、というのは、ガイドラインにしっかり書かれている。
しかしガイドラインには記載がないものの、天疱瘡にてきめんに効く治療法がある。ビタミンDの投与だ。
最近新たに開発された治療法、というわけではない。それどころか、すでに1930年代に著効することが知られていた。
医学というのは日進月歩で、年々進化していると皆さん思っているでしょう?
ある意味ではそうで、天疱瘡患者の血中に見られる抗デスモグレイン抗体がどうのこうの、みたいな科学的知見はどんどん増えている。
しかし、「誤った前提から出発する命題は、全て偽である」というのが論理学の教えるところだ。
現代西洋医学は、栄養の重要性を無視している。製薬会社の利益にならないビタミンなど、存在自体が完全に黙殺されている。
「抗デスモグレイン抗体がどうのこうの」的知識がいくら増えたところで、治療法はハナからステロイドありき、なんだ。
患者の利益にならない知見がどれだけ集積したところで、何の役にも立たない。
『天疱瘡はビタミンDによってコントロールできる』(1939年3月)
https://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/519153
要約
1932年Ludyは高用量のビオステロール(ビタミンD)と紫外線療法によって明らかに症状が改善した天疱瘡の症例を6例報告した。
彼の結果を参考にしてビオステロールの高用量治療を行った症例につき、報告する。
Ludyの報告は医療現場を大いに刺激したようで、その後あちこちで追試が行われ、ビタミンDの有効性が裏付けられた。
たとえば以下のような報告。
『皮膚科におけるビタミンD療法』(1941年1月)
https://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/519698
『高用量ビオステロールによる天疱瘡の治療』(1939年7月)
https://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/519242
1940年代の医者にとって「天疱瘡にはビタミンD」というのはもはや常識だった。
今の医者はそんなことをまったく知らない。患者の側から「天疱瘡にビタミンDが効くって聞いたんですけど」なんて言おうものなら、怪訝な顔をされるだろう。
時代が進むにつれて、医療が進歩するだって?とんでもない!
知識は、退歩する。医者のレベルは、低下する。
「昔はよかった」なんて懐古的になってるわけじゃないけど、こと医療に関しては、ビタミンに目を向けていた1930年代40年代のほうがはるかに患者にやさしい医療だった、ということは言えると思う。