ナカムラクリニック

阪神・JR元町駅から徒歩5分の内科クリニックです

2019年5月23日

認知症とビタミンK2

2019.5.23

最近、ビタミンK2の有効性に注目している。
様々な疾患に効果があるが、認知症も例外ではない。
疫学的には、アルツハイマー病患者は食事からのビタミンK2摂取量が健常者の半分以下しかない。
K2摂取量が少ないと、骨粗鬆症になりやすくなる。結果、股関節などの骨折を起こしやすくなり、寝たきりになる可能性が高くなる。寝たきりになれば、認知症の発症までは一直線だ。
逆に、認知症患者にビタミンK2を投与すると症状改善の一助となる。
これはどのような機序によるものだろうか。

(以下、認知症は特にアルツハイマー型認知症に限定することにします。)
認知症患者の脳では、病理的にどのような変化が生じているか。
これは病理学のテストで必ず出題されます。
アミロイド斑と神経原線維変化というのがその答えだ。
しかしこれらがどのように生じるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。
ただ、全く何もわかっていないかというとそんなことはなくて、少なくとも二つの要因が明らかになっている。
フリーラジカルによるダメージとインスリン抵抗性だ。
動物実験では、酸化ストレスによって脳に認知症特有の病変ができ、認知症の症状を作り出すことができる。
化学的には、酸化とは、不安定なフリーラジカルが組織や細胞から電子を奪って安定しようとすることをいう。
酸化に対抗するのは抗酸化物質だ。つまり、電子の供給によって、酸化した組織を還元することで作用を発揮する。たとえばビタミンCやビタミンEは典型的な抗酸化物質だ。
しかし意外なことに、ビタミンK2は抗酸化物質ではない。電子の供与能は、ないんだ。抗酸化力のないビタミンK2が、一体どのようにしてフリーラジカルの軽減に寄与しているのだろうか。
学者の結論はこうである。「ビタミンK2は、そもそもフリーラジカルの発生自体を抑制している。」
ビタミンCやEは、いわば消火器だ。火事の炎を鎮めるのがその作用だが、ビタミンK2は、そもそも火事自体を起こさせない。
戦争のドンパチの末に勝つのは勝ち方としては二流で、そもそも戦わずして勝つことこそ最上の勝利だ、と教えるのが孫子の兵法だが、ビタミンK2がやっていることはまさにそれだ。
また、ビタミンK2にはグルタチオン(抗酸化物質)の減少を防ぐ作用があって、これにより間接的に脳細胞を守っている。
(参考
『乏突起細胞とニューロンの生成に対する酸化的損傷を予防するビタミンKの新たな役割』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12843286
『ビタミンKは乏突起細胞中の12リポキシゲナーゼの活性化を抑制することで酸化による細胞死を防いでいる』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19235890)

脳細胞は、他の体の細胞と違って、グルコースの取り込みに際してインスリンを必要としない。つまり、糖質はインスリンの媒介なしにニューロンに入り込むことができる。このため、学者は長らくの間、インスリンと脳は何ら関係がない、と思い込んでいた。しかし今や、インスリンが学習や記憶などの脳機能に極めて重要な働きをしていることを否定する学者はいない。
認知症患者の脳は、糖尿病そのもののようで、グルコースを適切に使うことができなくなっている。実際、アルツハイマー病を3型糖尿病と呼ぶ人もいる。
ビタミンK2はインスリン産生を正常化し、インスリン抵抗性を改善するが、これによって同時に認知症の症状も軽快する。

僕の症例を供覧します(詳細は変えてあります)。
70代女性。記憶力低下を主訴に、家族に伴われて来院。
パートタイムの仕事をしているが、最近仕事上のミス(大事な書類を紛失する、客とのアポイントを忘れる、なじみの客の名前がとっさに出ない、など)が多発し、会社に実害も出るようになった。
MMSEで24点(30点満点中)。それほど悪い点ではなく、ボーダーといったところだけど、日常生活での症状はMMSEの低下の前に出ているものだ。
採血を行い、各種マーカーを調べた(特に注目したのは25ヒドロキシビタミンD3で、11 ng/mlと予想通り低かった。最低30は欲しいところ)。
ここで本来であれば、水溶性ビタミン(C、ナイアシン、B群など)、ミネラル(亜鉛、マルチミネラルなど)、アダプトゲン(アシュワガンダ、ギンコなど)をメインに使うところ、あえていつもと趣向を変えた。
つまり、水溶性ビタミンやミネラルは処方せず、脂溶性ビタミン(ビタミンK2、ビタミンD3、ビタミンA)と、タラの肝油を処方した。さらに、食事指導(甘いものを控える、グラスフェッドバターの推奨など)を行った。
2週間後、患者は表情から激変していた。丸まった背中がのび、ハツラツとした表情で、ときどき快活に笑った。
「調子はいいです。非常にいいです。ここ十数年で一番いいと思います。
先生に出してもらったビタミンを飲んで、その直後に体が軽くなるのを感じました。サプリって長く飲み続けてこそ、効果が出てくるものだと思うんですけど、私の場合は違います。飲んで、すぐに効果を感じました。体が軽くなって、走りたくなるような。仕事は順調です。物忘れは、もうほとんどしません」

こんなに効くものかと、僕自身驚いた。
いつも通りの処方、ビタミンCやナイアシンの処方でもきっと改善しただろうけど、はっきり、それ以上の効果だと思った。
脳はアブラのかたまり、だという。つまり、脳神経を構成する成分のうち、半分以上を脂質が占めている。
脂溶性ビタミンが著効するのも当然といえば当然かもしれない。

認知症と亜鉛

2019.5.23

栄養療法は別名メガビタミン療法とも言われているけど、メガミネラル療法では決してない。
マグネシウムのように、高用量で摂取したところでせいぜい下痢するだけで、大して副作用のないミネラルがある一方、ちょっと見過ごせない副作用が生じるミネラルもある。

『高用量の亜鉛サプリは海馬の亜鉛欠乏およびBDNFシグナル抑制による記憶障害を引き起こす』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3561272/
なかなかショッキングなタイトルの論文だ。
「認知症患者では血中亜鉛濃度が低下している(一方、銅濃度は上昇している)から、亜鉛を補うべき」という認識でいたところ、その治療方針が本当に正しいのか、再考を迫るような論文だ。
ざっと要約すると、、、
亜鉛は神経系において確かに重要な働きをしているが、過剰摂取(特に若年者での)による悪影響は軽視されている。マウスの飲み水を15ppmの亜鉛(低濃度)、60ppmの亜鉛(高濃度)、普通の水の3パターンにして、3ヶ月飼育し、行動および脳中亜鉛濃度を調べた。
高濃度亜鉛群では、海馬の損傷による記憶障害が見られた。研究者にとって意外なことに、これらのマウスでは海馬(特に苔状線維のCA3錐体シナプス)の亜鉛濃度が、増加するどころか、減少していた。
NMDA-NR2A、 NR2B,、AMPA-GluR1、 PSD-93、PSD-95などの学習や記憶と関連した受容体やシナプスタンパクの発現レベルが海馬で有意に減少しており、特に樹状突起も有意に消失していた。

「なんだ、ネズミの話じゃないか。人間では成り立たないだろう」と思いたいところだけど、こんな論文もある。
『膵臓癌抑制のカギとなる亜鉛トランスポーター』
https://www.sciencedaily.com/releases/2017/09/170906114623.htm
著者の焦点は膵臓癌なんだけど、亜鉛と神経疾患についての言及がある。
要約
「アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、健常者に比べて、脳中の亜鉛および鉄の濃度が有意に高い。また、膵臓癌の患者では特異的亜鉛トランスポーターが異常に多く発現している。従って、こうした疾患において、亜鉛や鉄の過剰を防ぐことが治療への有効な手段となる可能性がある。」
最初に挙げた論文は「海馬での亜鉛濃度の減少」を指摘してるけど、この論文を踏まえれば、脳全体の亜鉛濃度としては上昇しているようだ。
ヒトのゲノムは14のZIP(亜鉛トランスポーターや鉄トランスポーターのタンパク質)をコードしている。これらのどこかに異常があると、それに応じた症状が出現する。たとえば腸性肢端皮膚炎は、稀ではあるが、ZIPの異常により亜鉛欠乏を来す致死的な疾患だ。

亜鉛や鉄のトランスポーターの発現は、遺伝による活性の違いや発現量の多い少ないがある。不足しがちな人にミネラルを補うことは簡単だが、過剰を来しやすい人もいることは念頭に置いておく必要がある。
味覚障害を呈しているような明らかな亜鉛欠乏や重度の貧血に対して、亜鉛や鉄の投与をためらう理由はない。ただ勘違いしてはいけないのは、亜鉛や鉄が、誰にとっても「体にいい」」のではないということだ。
誰彼かまわず亜鉛や鉄を勧めては、人によってはメリットどころかデメリットになりかねない。

善意でオススメしたサプリのせいで患者が健康を害しては、医者にとってこんなにつらいことはない。患者にしてもそうで、健康になろうと思って飲んだサプリでかえって健康を損ねては、こんなに腹立たしいことはないだろう。
自戒を込めて言うんだけど、亜鉛や鉄などミネラルの使用は重々慎重にしたい。