2018.12.11
去年オンエアされたNHKの番組『AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン』で、AIに「健康になるには」と尋ねたところ、「病院を減らせ」という回答が出たという。
これには驚いた。
「健康になるためには病院を減らせ」という主張に驚いたのではない。
こんな主張には、何の新味もない。
人々が救いをもたらすと信じている医学こそ、実は最も健康を害する原因になっているというのは、すでに多くの人が気付き始めている。
僕が驚いたのは、こういう主張が堂々とNHKで放送されたことと、あと、「AIって案外ちゃんとしてるじゃないか」ということだ。
雑誌の特集なんかで、「この先、AIに取って代わられる可能性のある職業」がいろいろ挙げられているが、医者も例外ではない。
これまでの診断、治療成績などの膨大なデータをもとにして、AIは最善の治療方法を提示する。
それは、そんじょそこらの医師よりも遥かに正確無比だ。多くの医師はお払い箱となって、失業することになる。
本当だろうか。
本当であっても、かまわない。
ほとんどの医者は製薬会社の思うがままに薬をバンバン出す機械みたいなもんなんだから、機械が別の機械に代わるだけのことだからね笑
ただ、僕が疑問なのは、そのAIに取り込まれたデータに、栄養療法による治療成績は含まれているのだろうか、ということだ。
あるいは、鍼灸、漢方などの東洋医学による治療成績や、アーユルヴェーダやホメオパシーなど、代替医学といわれる医学の治療成績は含まれているのか。
たとえば癌の患者がいるとして、西洋医学による治療(手術、抗癌剤、放射線)、代替医学による治療、どちらが有効か(患者の真の利益につながるか)をAIに判断させれば、代替医学がダブルスコアで圧勝することは目に見えている。
アロパシー(対症療法)の得意分野はせいぜい救急医学だけで、慢性疾患にまでしゃしゃり出てきてその方法論を適用しようとすることは根本的に間違っている。
そういうことが、白日の下に明らかになるだろう。
だとすれば、、、
製薬会社がそんなAIが世に出ることを許すだろうか。
許すはずがない。
医療行為を代替させるコンピューターを作るにせよ、製薬業界にとって不利なデータは取り込ませない。
薬の売り上げが下がるようなデータは、極力排除する。
AIが医療現場で使われるとしても、そういう「偏向AI」が使われることになるだろう。
僕はそんなふうに思っている。
だから、今回、上記番組でAIが「健康になるためには病院を減らせ」という、至極まっとうな結論を出したことが、僕には大いに意外だった。
取り込むデータに偏向がなければ、正しい事実を提示してくれるんだな、ちゃんとしてるじゃないか、と。
「医者がストライキを起こせば、患者の死亡率が低下する」ということは、レビューでも示されている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18849101
レビューというのは、いわば「論文の論文」とでも言うべきもので、一番エビデンスレベルが高いとされているものだよ。
内容をざっと説明すると、、、
医者のストライキに関して、逆説的な結果が示されている。つまり、医療産業従事者がストライキに入ると、患者の死亡率は横ばいか、あるいは減少する、ということだ。
この逆説を検証するために、過去40年分の文献のレビューを行った。156の文献があり、そのうち7つが我々の基準を満たしていた。1976年から2003年まで、世界で起こった医者のストライキ5件を分析した。
ストライキは最短で9日、最長のもので17週。どの文献でも、ストライキ期間中(なかにはストライキ後も)死亡率は不変か、あるいは減少していた。ストライキ期間中に死亡率が増加した報告はなかった。
「医者がストライキをすれば、患者の死亡率が下がる」この逆説には、いくつかの要因がある。
一番大きいのは、ストライキ中には待機手術がなくなることだ。(やってもやらんでもいいような手術をして、患者の死期を早めてる、ってことだよ)
また、ストライキ中にも、病院は乏しい人材を救急部門にだけは回してたこと。最後に、どのストライキもそんなに長期ではないわけだから、長期間医者にかからなかった場合の影響が評価できていないのではないか、ということ。
個人的には、最後の理由は違うと思う。ストライキがもっと長期にわたっても、患者の死亡率は相変わらず低いままだったと思う。
日本には夕張市の実例がある。
財政破綻のために、公立の病院がなくなった。「病院がなくなった。大変なことになるぞ」って言われていたけど、ふたを開けてみれば、人々の健康寿命は大幅に向上した。
「病気になっても、病院にかかることはできない。自分でちゃんと健康管理しないと」という意識が芽生えたおかげで、結果的に住民のみんなが健康になって、本当に医者いらずになった、というわけ。
すばらしい話だ。
やはりAIは真実を示している。
人々の健康を本当に願うのなら、病院や医者は極力減らさないといけないんだな。
2018.12.11
「便通の具合はどうでしょうかね?」
「え、なんて?」
「便は出てますか?」
「聞こえません」
「うんこ、出てますか」
「え?」
「うーんーこ!」
「ああ、出てます出てます。大丈夫です」
高齢者のなかには難聴の人も多い。
だから、上記のようなやりとりもよくある。
しかし人の耳元で、うんこ!と叫ぶ絵って、なかなかシュールだ笑
こういうご老人方は、「もう年だからね、耳が遠くなるのも仕方ない」って思っていると思う。
これは本当だろうか。
本当に「もう年だから」難聴になったのだろうか。
人がどんなふうに年をとるのか、どこの器官に老化の特徴が顕著に現れるのかには、当然個人差がある。
しかし一般論として、高齢になって出現する症状には遺伝的な要因の影響は少なく、生活習慣の影響が大きい。
たとえば若いときから長らくバンドマンとして活動してきた人が難聴をきたしたとなれば、音響外傷を考える。
しかしこういうわかりやすい因果関係の症例は少ない。
難聴の発生には食生活の影響が大きいことが分かっている。
https://academic.oup.com/jn/article/140/12/2207/4630622
糖質(炭水化物、砂糖)摂取量の多い人では、そうでない人と比べて、難聴の発生率が有意に高いことが示されている。
過剰な糖質は万病のもと、というのが、耳の病気に対しても言えるわけだ。
では逆に、難聴を防ぐ栄養素はないだろうか。
たとえばこのページが参考になる。https://www.hearingwellnessctr.com/nutrition/
葉酸とビタミンB12の欠乏によって難聴になる確率が39%増大するが、これらの栄養素を補うことによって罹患率は20%減少するという。
他にも、オメガ3系脂肪酸やビタミンAの摂取がいいとか、トランス脂肪酸や農薬は避けるべきなど、様々なアドバイスをしてるんだけど、、
網羅的なわりに一番重要な指摘が抜けていると思う。
それは、薬剤誘発性の難聴だ。
難聴を引き起こす薬があるということは、どの医者も知っている。
昔の先生は「ストマイつんぼ」とか普通に言ってたんだけど、抗生剤によって難聴が起こり得るというのは医学部教育の範囲内の知識だ。
ただ、試験対策的には「ストレプトマイシン=難聴」とだけ覚えておけばOKなんだな。
だから、難聴の副作用は、ストレプトマイシンを始めとするアミノグリコシド系抗菌薬全般で起こり得る、ということを知らない先生は多いと思う。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17266591
ざっと、以下のようなことが書いてある。
ストレプトマイシン、ゲンタマイシン=前庭毒性
アミカシン、ネオマイシン、ジヒドロストレプトマイシン、カナマイシン=蝸牛毒性
蝸牛への影響により永続的な聴覚喪失が起こり、前庭への障害によりめまい、運動失調、眼振が起こる。
アミノグリコシド系抗菌薬は内耳でフリーラジカルを産生し、それによって感覚細胞やニューロンが損傷され、結果、聴覚喪失が引き起こされる。
特に、ミトコンドリア12SリボソームRNAの遺伝子が二つとも変異型の人では、アミノグリコシド誘発性難聴にかかりやすい。
難聴のご老人のなかには、かつて抗生剤治療を受けたため、聴力低下をきたしてしまったという人も多いのではないか。
つまり、その難聴は加齢によるものではなく、医原性に引き起こされたものではないか。
一度思い立って、現場で難聴患者に遭遇したら、抗生剤治療を受けた経験があるかどうかを必ず問診しようと決めたことがある。
「抗生剤で治療を受けたことがありますか」
「え、なんて?」
「抗生剤!ばい菌殺す薬!」
「うん、それが何?」
「使ったことありますか?」
「え、なんて?」
だいたいそういう具合だから、いつのまにやら個人的な統計をとるのをやめてしまった笑
谷崎の『春琴抄』に「聾者は愚人のように見え盲人は賢者のように見える」という一節があって、難聴患者さんには申し訳ないけど、正直、言い得て妙だと思った。
学校で学ぶ問診という方法は、当然相手に聴覚があることを前提にしているわけだから、それが通じない(通じにくい)相手に出会ったときには、なかなか大変なんだ。
2018.11.28
『ドキシサイクリンと自殺傾向』という、なかなか直球のタイトルの論文。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3888527/
ざっと訳すと、
皮膚症状の治療のためにドキシサイクリンを服用した、精神疾患の既往のない3人の若年症例について。
3人は抗生剤服用後自殺念慮を生じ、うち2人は既遂となった。
彼らのうち1人は、CYP2C19*2ヘテロ接合型の遺伝子型(このタイプの人では、シトクロムp450の酵素活性が低い)で、彼の血縁者の2人はドキシサイクリンの服用によって重度の不安障害を発症したことがあった。
別の1人は、以前低用量のドキシサイクリンで気分障害を発症したことがあったが、使用中止により症状は軽快していた。
自殺未遂となった1人は、ドキシサイクリンの使用中止により、精神科的投薬をするまでもなく希死念慮は軽快した。
ドキシサイクリンは、テトラサイクリン系の抗生剤の一つで、1967年から臨床で使用されている。
つまり、それなりに長い間使われてきた薬なんだけど、安全性が証明されているかというと全然そんなことなくて、事実はむしろ逆。
副作用の危険性を示すエビデンスはたくさんあって、その一つが精神症状。
自殺念慮という、かなりショッキングな形で出現することもあるけど、不安やうつとして生じる例はさらに多い。
テトラサイクリンに限らず、抗生剤の使用に起因する精神症状というのは、一般の人が想像する以上に多い。
データもちゃんとある。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26580313
『抗生剤の使用とうつ病、不安、精神病のリスク 入れ子型症例対象研究』という論文。
腸内細菌と精神状態の関連については、近年ますます研究が進んでいて、今一番熱い分野といっても過言ではないだろう。
抗生剤は、ざっと100種類100兆個とも言われる腸内細菌叢に大きなダメージを与えるわけで、精神状態に影響を与えないわけがない。
精神に影響を与える機序としては、神経系、代謝系、免疫系など複数のメカニズムが関与していると思われる。
「抗生剤の服用は、精神病の発症に対するリスク因子ではないが、うつ病、不安に対してはリスク因子である」というのがこの論文の結論だ。
20代男性。
1年前、皮膚科にてニキビ治療のためにテトラサイクリンを処方された。
1か月服用後にはニキビが軽快したが、あるときひどい腹痛を生じた。医師には抗生剤の継続を指示された。
数か月後、不安発作を生じ、家から出られなくなった。ビルから飛び降りたらどうなるだろう、など、自殺衝動を感じることが多くなった。
精神科受診し、広場恐怖症、うつ病との診断を受け、投薬治療開始。
まったく症状が軽快しないため、栄養状態に問題があるのではないかと思い、当院受診。
10代女性。
数か月前、肺炎の診断で抗生剤による治療を受けた。(抗生剤の詳細不明)
その後、無気力を感じることが多くなった。生理前に精神症状が悪化することから、婦人科を受診。
月経前症候群の診断で、エストロゲン製剤の服用を開始した。
症状軽快しないため、セカンドオピニオンとして当院受診。
こういう症例は、世の中に無数にあるのではないかと想像する。
問題の根本的原因は明らかで、抗生剤の服用だ。
でも一般の医療現場で働く先生は、抗生剤の副作用のことなんて、ほとんど無視している。
本当は医学部教育で、こういう副作用があることをしっかり学んでおくべきだったのにね。
いや、もう少し正確に言うと、一応勉強することはするんだよ。
でも「抗生剤治療の利点が、副作用によるデメリットと比べて上回る場合には、その使用をためらうべきではない」みたいな原則があるものだから、先生方、遠慮なく抗生剤を使う。
実際、抗生剤のおかげでニキビは治ったし、肺炎も軽快したわけだからね。
だから先生方の医療行為を、まったく100%の悪だと断罪することはできない。
(本音としては、そう言いたいけどね。栄養療法ならニキビも治せるし肺炎も治せるから。)
問題なのは、「抗生剤による副作用としての精神症状を見ても、抗生剤による副作用としての精神症状だ」ということが分からない医者ばかりだということだ。
だから、突拍子もない方向の診断をつけて、その診断のもと、新たに薬を使い、症状がますますこじれていく。
抗うつ薬、抗不安薬、エストロゲン製剤、、、全然そこが本質じゃないのにね。
こういうふうにして、患者は薬害でぐちゃぐちゃになっていくんだよ。
点数稼ぐために出さなくてもいいような薬を出す先生も確かにいるけど、ほとんどの先生は人を助けたいと思って医療をしていると思う。
せっかく仕事するんだから、人に感謝されたいのは当然のことだよね。
でも悲しいことに、先生方の善意の行為が、結果的には大変な不幸を生み出していることは全然珍しくない。
はっきり言って、この原因は、先生方の無知だ。
医原性疾患が世の中にどれほど多いことか。
その多さが数字に明瞭に示されれば、「総じて医療は、国民の健康にとって、プラスよりはマイナスの存在である」、「日本中の病院は、救急外来を除いてすべて閉院すべし」、という結論になるだろうけど、幸か不幸か、そんなことには絶対ならねえだろうなぁ。
2018.11.27
「この子がこういう病気になったのは、私の血のせいかもしれません」
ときどき親御さんから聞く言葉だけど、医者としてどう答えたものか、なかなか悩ましい。
答えはケースバイケースだ。
遺伝性が確かに証明されている疾患もあるし、遺伝よりは環境因子の影響が強いものもある。
二十いくつのときだったか、正月に家族や友人とマージャンをしていて、赤ドラを入れようとなった。赤ドラというのは、その牌を持っているだけで1翻つくボーナス牌なんだけど、やってるときに父が「これ、赤ウーピンか」
「見たらわかるやんか」
「いや、色盲やから見えへんねん」と、さりげなく衝撃のカミングアウトをされたことがある。父としては、別に隠していたわけでもないが、あえて言うことでもない、という感じだったのだろう。
しかし、マージャンきっかけで知ることになろうとは、いやはや^^;
色盲はX染色体劣性遺伝だとわかっている。僕にはその遺伝子は受け継がれていないが、姉には受け継がれている。姉はあくまでキャリアであって色盲にはならないが、姉に子供が生まれて、もしその子が男児なら、二分の一の確率で色盲を持って生まれてくる。
こういうのは遺伝だから、受け入れないと仕方ない。
一見遺伝のようだけど、実は環境のせい、というものもある。
たとえばお母さんが妊娠中に酒を浴びるように飲んでいたとすると、子供は胎児アルコール症候群という症状を持って生まれてくることがある。
これは遺伝じゃなくて環境要因だ。
生命の誕生は出産の瞬間じゃない。受精の瞬間から、生命の成長は始まっている。
だから、母胎内の環境が悪ければ、子供がその影響をモロに受けるのは当然のことだ。
アルコールのような胎盤経由の直接的毒物の影響だけではなくて、妊娠中のお母さんが非常に強い精神的ストレスを受けても、子供に大きな影響を与えるという研究がある。
https://www.cambridge.org/core/journals/the-british-journal-of-psychiatry/article/prenatal-exposure-to-maternal-stress-and-subsequent-schizophrenia/E98EA1EC38EA3EDAA55B0BDEE5208295
妊娠中の強いストレスが、児のその後の統合失調症発生率と関係しているかどうかの研究。
1940年5月ドイツ軍がオランダを占領したことで、オランダ国民は強い恐怖に打ちひしがれていた。
この極度のストレスに曝露した群を曝露した時期(妊娠第一四半期、第二四半期、第三四半期)によって分け、また、コントロール群(非曝露群)を設定し、統合失調症の生涯発症率を追跡した。
結果、曝露群で発症率が有意に高かった。特に、妊娠初期(第一四半期)でより高かった。第二四半期曝露群では、性別の違いで有意差があり、女性では低かった。男性で発症率が高かった理由は、男の胎児では女の胎児に比べて脳の発達ペースが遅く、外界からの影響を受ける期間がより長いためと考えられる。
妊娠中にお酒をやめれなかったのはお母さんの意思の弱さだから、そういうお母さんが我が子の不幸を嘆いてもいまいち共感できないんだけど、戦争とか夫からの暴力とか、自分ではどうにもできない状況に巻き込まれ、強いストレスを受けることを余儀なくされたお母さんは、気の毒だと思う。
栄養療法がすばらしいのは、そういうお母さんに対しても、「大丈夫です。栄養状態の改善で、お子さんの症状は改善します」と励ますことができるところだ。
統合失調症は遺伝によるものか環境によるものか、学者がいろいろ議論しているけど、栄養療法的には別段関係ないということだ。
治ってしまえば、治った者勝ちであって、原因が何だってかまわないでしょ。
そういうのを気にするのは学者だけで充分。患者としてはとにかく治りたい一心なんだ。
仮に不治の遺伝性疾患にかかっている場合であってさえ、「遺伝子の呪いです。もうあきらめてください」なんてことは絶対に言わない。栄養療法が有効な病気も確かにあるんだ。
たとえばハンチントン病。治療法の存在しない難病とされている。表現促進現象により、子供世代では発症時期が早かったり症状が重かったりするため、親がこの病気だと子供は非常に不安を持つ。
しかしホッファーが栄養療法(主にナイアシン、ビタミンC、ビタミンE)で見事に改善させた症例を報告している。
http://orthomolecular.org/library/jom/1984/pdf/1984-v13n01-p042.pdf
病気に関しても、才能に関しても、「遺伝だから」の一言で簡単にあきらめてしまう人が多いと思う。
「この症状は遺伝だから仕方ない」「運動音痴なのは遺伝だから仕方ない」「絵がへたくそなのは遺伝だから仕方ない」
何でも遺伝のせいにしてしまうことができる。
こういう、希望の持てない考え方、やる前から努力の意味をつぶしてしまう考え方って、好きじゃないな。
残念ながら病気に関しては、「遺伝だから仕方ない」という症状は、確かにある。僕の父の色盲のように。
でも、一般には不治とされているが、栄養状態の改善によって症状の軽快が見込める疾患は意外に多い。
難治疾患に悩んでいる人は、ダメもとでもいいから栄養療法を試してみよう。
栄養療法の売りは副作用のなさだから、肝心の病気が治らなかったとしても、少なくともデメリットはないはず。
試してみる価値はあるよ。
2018.11.26
RM(repetition maximum)というのは、ある重量を最大何回上げられるか、ということで、たとえば僕の場合、140kgのレッグプレスだと8回が限界なので、8RMということになる。
筋肉の肥大を目指すなら、繰り返せる回数は、最大5回から15回ぐらいの負荷がちょうどいいとされている。
だいたい毎日ジムに行っていて、自分の限界をちょっとずつ開拓している。
同じような時間帯に、同じマシンを使ってトレーニングしているので、自分の体調の変化の目安になる。
「今日はチェストプレス妙に重くて、いつもは15回できるところ、12回でギブアップしてしまった。きのうの二日酔いの影響だな」とか、敏感にわかる。
ジムで話すようになった人がいて、彼、会社員として働くかたわら、ジムに通って三年になるという。
見事な筋肉の鎧を身にまとっている。
三年鍛え続ければこんなふうになるのか、と思う。
トレーニングの前と後にプロテインを飲み、その他にも筋肥大に効果的なサプリメントを飲んでいるという。
「どんなサプリですか」
仕事柄、サプリにはけっこう詳しいほうだから、興味を持って聞いてみた。
彼、質問に答えていくつかのサプリを挙げたんだけど、そのなかにコーディセップス(冬虫夏草)があった。
冬虫夏草はアダプトゲンのひとつだ。
アダプトゲンとは何か。
ざっと言うと、抗ストレス作用があり、心身の働きを高め、かつ、副作用のない有用植物のことだ。
検索してもらえればわかるけど、アダプトゲン特性を備えた植物はかなりたくさんある。
「体に役に立つ植物って、要するにハーブのことじゃないの?」って思うかもしれない。
確かに、ハーブとアダプトゲン、似たような作用を示すものもあると思うけど、違うところもある。
たとえばラベンダーというハーブは、気持ちをリラックスさせる作用があるけど、集中力が要求される知的作業の能率を高めたり、運動機能や身体能力を高めたりする作用はない。
そもそもアダプトゲンの研究・開発が進んだ背景には、ストレスに強い兵士を作りたい、という軍事的な要請があった。
だから、ハーブに「牧歌的な落ち着いた」雰囲気があるとすると、アダプトゲンには「戦う男をサポートする」といった雰囲気がある。
ロディオラ、アシュワガンダ、朝鮮人参、朝鮮五味子といったアダプトゲンは、すでに僕自身飲んでいて、その効果は実感している。
ただ、アダプトゲンは漫然と長く飲み続けないで、ときどき休薬期間を作ったほうがいい。たとえば1か月飲んだら、1週間休む、とか。
そうすると感受性が鈍ることなく、効果に対して意識的であり続けることができるので。
もちろん天然の植物だから、飲み続けても特に副作用はないんだけどね。
冬虫夏草は自分で試してみたことはなかったんだけど、ジム仲間にそういうふうに勧められたものだから、自分でも購入して試してみた。
どう頑張っても10RMしかできないようなところ、案外楽に12RMできてしまって、自分でも不思議に思った。それで思い出した。「あ、そうか、今日の昼に冬虫夏草のサプリを飲んだからだ」と。
特に、飲んだタイミングがたまたま休薬期間中で、他のアダプトゲンを飲んでいなかったこともあるかもしれない。てきめんに効果を実感した。
「いや、そういうのは個人の感想でさ、科学じゃないよね」と言われれば、その通りなんだ。
プラセボ効果でレップ数が増えたのかもしれない。僕自身は冬虫夏草を昼に飲んだことも忘れてたけど、「無意識に自分に対しておまじないがかかっていたんだよ」と言われたら反論できない。
こういう反論を封じるために、EBMがあるのです。
実薬群とプラセボ群に分けて、パフォーマンスを比較すれば、批判の余地がないわけだ。
冬虫夏草にも当然エビデンスがある。たとえばこんなの。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5236007/
今日事務員から言われて、はっとした言葉がある。「先生、そんなに鍛えて、どこに行くんですか」
そう、僕はどこに向かっているのだろう。
パフォーマンスが上がったから、何だというのか。
たとえば柔道の選手が筋トレをするのは、組み合いでの力を強くしたり、体を大きくするためだろう。そう、彼にとって筋トレは手段であり、目的は試合に勝つことだ。
しかし僕の筋トレは、目的がない。何かの手段でもない。
特に行く当てもなく走り始めて、結果、すでに5カ月間走り続けているといった感じだ。
僕にも行き先は見えていない。
でもこういうのって、人生そのものみたいで、何かいいじゃないの。