院長ブログ

慢性上咽頭炎2

2020.3.19

そもそも、慢性上咽頭炎という病名を提唱したのは日本人で、山崎春三(1895~1977)である。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka1947/67/12/67_12_1663/_article/-char/ja
この論文では、上咽頭の炎症によって以下のような症状が出現しているとする。
肩こり、首こり、後頭部しびれ、鼻咽頭上壁の異物感(患者は「のどが何か気持ち悪い」という)、後鼻漏、鼻閉(鼻のつまる感じだが、鼻水は少ない)、かすみ目、嗄声または鼻声、胃部不快感(胃痛というか「何か胃のあたりが気持ち悪い」という)、便不整(便秘と下痢)、うつ、取り越し苦労、易怒性、めまい、頭重感、開口障害、顎関節痛、しびれ(四肢)、耳閉塞感など。
患者が言いそうな「何となく調子悪い」の一通りが、だいたい網羅されているようだ。
山崎氏はこれらの疾患群を、鼻咽腔症候群と名付けた。「慢性上咽頭炎の局所症状」+「自律神経障害」といった感じである。

鼻咽頭症候群は、現代日本に山のようにいる。ただ、医者のほうにその疾患概念がないため、診断されずに見過ごされているだけである。
仮に鼻咽頭症候群の患者がうちに来院したとしたら、僕はどうするだろう?
肩こりですか。血流が悪いんですね。ビタミンEを飲みましょう。のどに違和感がある?貧血と言われたことはありますか?ない?じゃ、半夏厚朴湯で様子を見ましょう。胃が気持ち悪い?胃粘膜保護に亜鉛を飲みましょう。手足のしびれる感じ?うーん、糖尿はない?困ったな。筋神経症状ということで、マグネシウムやビタミンB群を試しましょうか。うつっぽいし、イライラする?普段日光には当たりますか?ビタミンDを飲みましょう。
オーソモレキュラー的にはこんな雰囲気でアプローチしてしまいそうだ(実際にはこんなにたくさんサプリを勧めないけど)。
山崎先生に言わせれば、「完全に的はずれ」ということになるだろう。本丸の鼻咽頭を放置して、遠回りにガチャガチャとかき乱しているようだ。

鼻咽腔症候群の症状の一覧を見ながら、山崎氏はふと、気付いた。「大人が訴える症状ばかりだ。子供の主訴としてはほとんどあり得ない」
確かに、肩こりやかすみ目をグチる”おっさん”みたいな子供はあまり見かけない。ここから、山崎氏はアデノイドとの関連を着想した。
幼児の上咽頭にはアデノイドがあるが、5歳くらいが大きさのピークで、その後退縮し、17、18歳頃には消退(瘢痕化)する。アデノイドがあることによって、これらの症状の発生が抑制されているのだろう。

山崎氏は鼻咽腔症候群の仮説を、多くの実験を通じて検証した。
たとえば、患者の上咽頭壁にアドレナリン(血管収縮薬)0.2mlを注入したところ、直後からヒステリー球(のどに何かがつまった感じ)などの鼻咽腔症候群が出現し、2週間にわたって持続した。
ヒステリー球の原因は、貧血、甲状腺疾患、胃腸障害など様々に言われているが、現在も定説はない。そういうなかで、すでに百年近く前に、のどの違和感を人工的に作ることに成功した研究があったとは、驚くべきことだと思う。
この研究は現代なら「人体実験だ」などと批判されて公に発表できないだろう。しかし、なにぶん1920年代である。こういう研究がけっこうできちゃった時代、ということである。
また、心停止したウサギの上咽頭壁の一側(左右どちらか)にアドレナリンを注入したところ、死後2時間までは諸臓器の半側性変化が確認された。
どういう意味か、わかりますか?
心臓が止まっているということは、循環、つまり血流が止まっている。その状態で咽頭に注入したアドレナリンが各器官に作用したということは、血行性にではなく神経伝達によって影響が生じたことを意味している。
堀田氏の提唱するBスポット療法は、塩化亜鉛をしみこませた綿球を細長い鉗子でつまんで鼻の奥にいれ、Bスポットをちょんちょんと擦過する。
山崎氏の実験からこの作用機序を推測すれば、塩化亜鉛の成分が血流によって全身に運ばれ各臓器で抗炎症作用を発揮したというよりも、Bスポット擦過による迷走神経刺激か、あるいは擦過による局所瀉血がうっ血改善に寄与した可能性が考えられる。

ちょうどHPVワクチンの後遺症による問題がマスコミで取り沙汰されていた頃のことである。どこの病院でも心因性だと言われ、「どこかに真の治療法を知る医師がいないものか」とドクターショッピングを繰り返すワクチン後遺症患者の存在を知り、堀田修医師は胸を痛めていた。

堀田医師は、HPVワクチンによる後遺症に悩む患者の症状(頭痛、めまい、全身倦怠感)が、上記の慢性上咽頭炎、慢性疲労症候群、線維筋痛症と似ていることに気付いた。
千人以上のIgA腎症患者にBスポット治療を行い、「頭痛(めまい、疲労感)が治った」という患者の声を無数に聞いていた堀田医師は、HPVワクチン後遺症にもBスポット治療が効くのではないかと直感した。

いわゆる”ニンニク注射”を受けたことがあるだろうか?
ニンニク注射は、本当にニンニクの水溶液を注入するわけではない。成分としてはビタミンB1(フルスルチアミン)だが、注射を受けると患者はなぜかニンニクのにおいを感じることからこう呼ばれている。血中に注入した成分のにおいを感じるこの現象は、嗅覚障害を検出するために使われている(アリナミンテスト)。
この例からわかるように、点滴で血中に直接入れた成分は、すばやく全身をめぐって、上咽頭に分泌される。成分に何らかのにおいがあった場合、嗅神経が感知するが、においの有無にかかわらず、血中成分は絶えず上咽頭の免疫系をろ過されているのである。
HPVワクチンに含まれるアジュバントが、この上咽頭トラップに引っかかる。その際、一部の人(血中の抗炎症物質の濃度が低いなど)では上咽頭の炎症が大脳辺縁系に波及し、その結果、様々な機能障害や自律神経障害が出現する。
堀田医師のこの仮説を立証するように、多くのHPVワクチン後遺症患者がBスポット治療によって軽快していった。
このすごさが分かるだろうか。
HPVワクチン後遺症という、一般の医療では成す術のない症状に対して、堀田医師は独自の仮説で挑み、見事に成果をあげた。すばらしい仕事だと思う。

僕は、このBスポット治療を自分のクリニックでも取り入れたいと思った。
何をやってもよくならない、という患者に効く可能性のある治療なら、何だって試してみたい。
ただし、Bスポット治療には唯一、欠点がある。それは「痛い」ことだ。特に上咽頭に炎症があって各種の症状が出現している人(つまり、Bスポット治療を一番やるべき人)では、最も強く痛みが出て、かつ、最も多く出血する。
耳鼻科医でもない僕が使い慣れない鉗子を使ってこんな処置をやったとしたら、患者は二度と僕のところに来なくなると思う^^;
何とか他のやり方がないものだろうか?
要するに、上咽頭に刺激を与えてやればいい。となれば、直接的な擦過でもなくとも、鼻うがいでいいのではないか?
また、塩化亜鉛は本来研究用にのみ使用が認められている試薬で、入手にはサインがいるなど、ちょっと手間がかかる。一般にサプリとして使用されている液体の硫酸亜鉛で代用できないか。
このあたりの疑問を、堀田修医師に直接メールして聞いてみたところ、先生からお返事を頂いた。硫酸亜鉛による鼻うがいでも一定の効果は期待できる、とのことだった。
慢性的な不調に悩む人は、一度液体亜鉛による鼻うがいを試してみるといいだろう。

参考
『道なき道の先を診る』(堀田修 著)