院長ブログ

真菌、コレステロール、癌24

2020.3.7

以前載せた画像を再掲する。

この図の語るところは多い。
癌細胞は、スタチンのせいであれ何であれ、メバロン酸の合成経路が破綻している。メバロン酸が作れないから、以下のカスケードの産物(イソプレノイド、コレステロールなど)も作れない。
このような状況下では、細胞は健全な機能を維持するために、イソプレノイドを猛烈に求めている。イソプレノイドを得ようとして、リダクターゼを作りまくる。この作り過ぎたリダクターゼが細胞内のゴミとなって、細胞機能はますます異常をきたす。
つまり、「イソプレノイド飢餓」を解消しようとする試みが空回りし、「リダクターゼ毒性」にやられる、というのが根本にある病態生理である。
イソプレノイドを投与すると癌抑制効果があるというのは、だから要するに、フィードバックである。
たとえメバロン酸の供給がなくても、ひとまずイソプレノイドさえあれば、細胞は暴走(癌化あるいはアポトーシス)しない。

だから、「スタチンを飲むのなら、せめて毒消しとしてコエンザイムQ10(ユビキノン)も飲んでおけ」ということである。
そもそもスタチンを飲まないことが第一だけどね。

以前のブログで、この論文を紹介した。
『イソプレノイドを介したメバロン酸合成の抑制〜癌への応用の可能性』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10460692
論文中に、以下のような表がある。

様々な癌細胞に対して増殖を抑えるために、どのイソプレノイドをどれくらいの量使えばいいのか、ということを検証した結果をまとめたものである。
一番左の列に各癌細胞のタイプ、その隣の列には各種イソプレノイド。その隣はIC50(半数阻害濃度)、という具合に並んでいる。
上記のイソプレノイドをざっと列挙すると、、、
リモネン、ペリリン酸化合物(ぺリルアルデヒド、ペリリルアルコール、ペリリン酸メチルエステル)、シネオール、ピネン、メントール、ゲラニオール、β-イオノン、トコフェロール(α、γ、δ)。
いろいろあってややこしい、と思われるかもしれないが、それほどでもない。
これらは、「だいたい似たもの同士」と思ってもらってよい。
化学式を持ち出せば化学の苦手な人はウンザリするかもしれないが、構造式で見たほうが統一的に把握できる。

リモネン(柑橘類の果皮に含まれる)もピネン(松などの針葉樹に含まれる。松(pine)から発見されたからpineneなわけだ)もメントール(ハッカに含まれる)も、メンタンから生成される。
上記研究では挙げられていないが、カンファーにも抗癌作用があり、実際ガストン・ネサンの作った免疫強化剤714-Xはクスノキ由来の樟脳(カンファー)から生成されている。いわゆる”カンフル注射”(強心剤として用いられた)のカンフルは、カンファーが語源であることからわかるように、カンファーはかつて医療現場でも使われていた。
ペリリン酸はリモネンとピネンの中間代謝物。癌患者にリモネンを投与すれば、尿中にはペリリン酸として排出される。もちろん、ペリリン酸にも抗癌作用がある。
β-イオノンは、産業的には香料の原料としてよく用いられる。タバコ、茶、ヘナ(髪染めで有名)に多く含まれている。
ゲラニオールは、その名前から予想できるように、ゼラニウムから発見された。バラに似た芳香があり、香水として広く用いられている。

ざっと見て、「トコフェロール(ビタミンE)以外、どれも”いいにおい”じゃないか」ということに気付かれるだろう。
イソプレノイドが総じて”いいにおい”である、ということが、僕にはとてもおもしろい。

「癌細胞は特有のにおいを放っている」という話を聞いたことがありますか?
というか、そもそも、癌に限らず、病気には固有のにおいがある。歯周病が臭いのは当然だし、蓄膿症も特有のにおいがある。糖尿病患者が甘酸っぱい体臭を放つことは有名だろう。他には、肝臓病患者のネズミ臭、腎不全患者のアンモニア臭、痛風患者のビール臭が知られている。
東洋医学では嗅診(においによる病気診断)を行うように、ある種の病気に特徴的なにおいがあることは常識である。
では、癌のにおいとは?
癌が進行すれば、癌細胞の壊死による腐敗臭がするだろうが、初期の癌患者でも尿中に癌の代謝物が排出されている。嗅覚に優れた犬はそのにおいによって癌患者を識別できるという。
『犬は肺癌を嗅ぎ分けられるのか?肺癌疑い患者における呼気と尿を使った検証』
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.3109/0284186X.2013.819996
結果、感度99%で肺癌患者を嗅ぎ分けたというのだから、大したものだ。

癌を真菌感染症だとする立場に立てば、癌から腐敗臭がするのはむしろ当然である。
そして、その癌を抑制するイソプレノイドが総じて”いいにおい”であり、まるでその芳香によって腐敗臭に対抗している構図になっている。
イソプレノイドが、”毒消し”であり、同時に”におい消し”にもなっているところが、自然の妙というか、できすぎたくらいによくできた話だなと思う。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)