院長ブログ

真菌、コレステロール、癌3

2020.2.7

「すべての発癌物質は、ラクトン構造を含む」
これこそが遠藤章の成し遂げた発見であって、彼がノーベル賞を贈られるとすれば、この功績に対してであるべきだと思う。
授賞理由が「コレステロールの産生機序の解明とコレステロール降下薬(スタチン)の開発」ということであれば、ノーベル賞選考委員会はまったく何もわかっていないと言わざるを得ない。
コレステロール降下薬(スタチン)を開発しようという努力自体はすばらしく、その途中過程で得られた知見は、人類の健康福祉に貢献するものだった。しかしその努力の結果商品化されたスタチンは真菌毒そのもので、人類の福祉に貢献するどころか、むしろ人々の健康にとって有害無益だったと僕は考えている(高コレステロール血症の遠藤先生自身、スタチンを飲まないんだよ^^;)。そんな具合に、遠藤先生の仕事には、光と影が、功と罪が、相半ばしていると思う。
具体的にどういうことか、説明していこう。

高校で生物を習った人は、グルコースからピルビン酸ができ、ピルビン酸がアセチルCoAになってクエン酸回路(クレブス回路)に入る、と勉強しただろう。

このアセチルCoAは生命にとって絶対的に必須のもので、ここから様々なもの(コレステロール、中性脂肪、ステロイド、アミノ酸など)が作られる。
たとえば、細胞がコレステロール(およびその他のイソプレノイド)が必要なときには、まずアセチルCoAの2分子がくっついてHMG-CoAとなり、HMG-CoAにリダクターゼ(還元酵素)が作用してメバロン酸ができる。
メバロン酸がコレステロールをはじめとして、様々なイソプレノイドを作り出すもとになる。

この図で特に重要なのは、後半、HMG-CoAからメバロン酸が生成されるところである。
分子構造も含めて書くと、以下のようである。

注目したいのは赤い丸で囲ったところで、これは化学的にはラクトンと呼ばれる構造である。スタチンにもラクトン構造が含まれていて、しかもスタチンは、リダクターゼとの親和性が、HMG-CoAよりも1万倍高い。
どういうことか、わかりますか?
スタチンはHMG-CoAを押しのけてリダクターゼと結合し、結果、メバロン酸の産生が停止するということだ。この点こそが、スタチンの作用機序の核心(HMG-CoArリダクターゼ阻害)であり、スタチンの毒たるゆえんなんだ。

遠藤先生は真菌の一種であるPenicillium citrinumを使って、スタチンの研究をしていた。Penicillumという名前から見当がつくように、これはアオカビの一種である。フレミングはここから抗菌薬(ペニシリン)を作ったが、遠藤先生はスタチンを作った。いや、正確には、Penicillum citrinumから精製したスタチン(citrinin)は医薬品にはならなかった。毒性が強すぎたためだ。
初めて医薬品として承認されたのは、Aspergillus terreusの産生するカビ毒から作ったロバスタチン(“love a statin”)である。

citrinin、ロバスタチン、いずれもラクトン環構造を持っている。というか、ラクトン環構造は真菌類全般が普遍的に持っていて、彼らにとって有機物を腐敗させる強力な武器になっている。
そもそも単細胞生物であれ多細胞生物であれ、すべての生命体はHMG-CoAやリダクターゼを利用してエネルギー産生を行っている。細胞は進化の歴史の中で、HMG-CoAを含む物質を「おいしい」と感じるようになったが、真菌はここに付け込んだ。リダクターゼと結合する”ニセHMG-CoA”(ラクトン環)を他の有機物に送り込み、細胞機能をかく乱させ、ひいては生命機能を破綻に追い込む。そうして、有機物を自身の栄養物として頂く。これが、”擬態(mimicry)”と呼ばれる真菌の生存戦略である。

スタチンの添付文書をみれば、うんざりするほどたくさんの副作用が挙げられているが、これらは決して”副作用”ではない。
カビは、ものを腐らせる。同様に、スタチンは体を腐らせる。
作用機序を考えれば、”副作用”と言われているものは、カビ毒によって起こる当然の主作用なんだ。
ただ製薬会社としては、薬として販売するにあたって、あまり露骨に毒性が現れては(つまり、薬の服用と体調の悪化という因果関係があからさまに現れては)、さすがに市場に流せない(Cerivastatinのように、市場に堂々と出ておきながら、その後の有害事象報告(横紋筋融解症と腎不全による死者52人)で撤退になったスタチンもあるんだけど^^;)。

薬としての認可を得るには、毒を毒だとわからないよう、上手に加工することが必要である。
ポイントは二つある。まず、カビ毒がリダクターゼをどれぐらい阻害するのか、ということ。もうひとつは、阻害が可逆的であるか否か、である。
この二点が、細胞の致死性と発癌性を左右している。
遠藤先生が熱心に研究していたPenicillum由来のcitrininというスタチンはは実用化されなかったが、これは阻害が不可逆で、作用が強すぎたためだ。
バイエル社から売り出されたCerivastatinは、可逆的であったものの、リダクターゼの阻害作用が強すぎた。スタチンを処方された患者がすぐにバタバタ死んでしまうものだから、こんなに因果関係が露骨ではさすがの製薬会社も反論できず、やむなく撤退となった。

遠藤先生の論文。
『HMG-CoAリダクターゼ阻害薬の発見と開発』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1464741
論文中にこのような一節がある。
「ある種の微生物は、その他の生物(成長にステロールやその他のイソプレノイドを必要とする生命体)に対して、武器となる化合物を産生するのではないか。そうであるならば、HMG-CoAリダクターゼの阻害は、こうした生物にとって致命的な作用をもたらすだろう」
遠藤先生のこの推測は当たっていた。
イソプレノイドのなかでも、ドリコール(dolichol)は細胞膜の構造維持に、コエンザイムQ10はエネルギー産生に、イソペンテニル・アデニンは細胞周期の促進に、メッセンジャータンパク(たとえばRas)は細胞周期の抑制に、それぞれ必須のものだった。
リダクターゼを阻害することは、同時にイソプレノイドの阻害でもあり、結果起こることは、これらの必須栄養素の欠乏である。
具体的な症状としては、
・細胞が形態を維持できなくなり、”球体化”する(ドリコール欠乏)
・細胞分裂の停止(イソペンテニル・アデニン欠乏)
・エネルギー欠乏、易疲労性(コエンザイムQ10欠乏)
・細胞増殖の暴走、癌化(メッセンジャータンパクの欠乏)

こうした知見は、逆用すれば癌の予防(および治療)に利用することも可能で、遠藤先生の研究成果はこういうふうに使ってこそ、初めてノーベル賞級の仕事だと言えると思う。スタチンみたいな毒物を医薬品として垂れ流しておいて、それでノーベル賞をもらうだなんて、そんなデタラメはさすがにないでしょ。
ノーベル賞は存命中の人にのみ贈られるから、「ノーベル賞をもらう秘訣は、長生きすることだ」と言われたりもする。遠藤章先生は、現在86歳。平均寿命的には、そろそろタイムリミットを意識する年齢である。
先生がノーベル賞をもらうとしたら、同じ日本人として喜ばしいことだけど、もらい方(授賞理由)も大事だと思うんだな。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(Jamaes Yoseph)