統合失調症の発症メカニズムは不明ということになっている。
仮説としては複数あって、ドーパミン仮説やグルタミン酸仮説などが提唱されてきたが、病態を十分に説明するものではない。
最近個人的におもしろいと思っているのは、キヌレン酸仮説である。これについて紹介しよう。
上図はトリプトファンの代謝カスケードである。
トリプトファンが酵素の代謝を受けてキヌレニンになり、ここからが岐路で、左に行けばキヌレン酸、右に行けば3-水酸化キヌレニンになる。
統合失調症患者では、血中のトリプトファン濃度が低く、かつ、キヌレニン、キヌレン酸の濃度が増加している。要するに、上図の岐路で左側への流れが優位で、右側の流れが滞っているわけだ。
そもそもトリプトファンという栄養素は、上手に代謝すれば、セロトニン、メラトニン、ナイアシンなど、体に有用な物質に変換されるが、その中間代謝物には毒性物質が多い。
キヌレニン、キヌレン酸もそうだし、上図で左下、NAD(ほぼナイアシン)になる手前のキノリン酸もそうである。これらはいずれも神経毒として作用する。
つまり、トリプトファンは人体に必須のアミノ酸でありながら、その処理を誤ったり滞ったりすれば、体内に危険な毒となって散らばることになる。上記のカスケードは、さながら爆弾トスゲームのようなものだ。
体質によるものか環境によるものかはともかく、不幸にもキノリン酸の蓄積によって何らかの症状(認知症、ハンチントン病、ALS、多発性硬化症、パーキンソン病など)が出ている場合、栄養療法的な方法で治せないだろうか。
この要望に応える論文がある。
『キノリン酸による興奮毒性に対する天然ポリフェノールの神経保護作用』
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1742-4658.2009.07487.x
「キノリン酸の興奮毒性を仲介するのは細胞内のカルシウム濃度上昇と一酸化窒素を介した酸化ストレスであり、これらの結果、DNAの損傷、ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼの活性化、NAD+の減少、そして細胞死が引き起こされる。
こうした変化を阻止するために、我々は一連のポリフェノール化合物(没食子酸エピガロカテキン(EPCG)、カテキン水和物、クルクミン、アピゲニン、ナリンゲニン、ガロタンニン)がヒト神経細胞培養物へのキノリン酸の毒性に対して抗酸化作用を発揮するかどうかを調べた。
その結果、EPCG、カテキン水和物、クルクミンには、アピゲニン、ナリンゲニン、ガロタンニンを大幅に上回るキノリン酸誘導毒性緩和作用があった。その機序は、EPCGとクルクミンの場合、これらによってキノリン酸誘導性のカルシウム流入が抑制され、かつ、神経細胞内での一酸化窒素合成酵素(nNOS)が抑制されることによる。しかしカテキン水和物の場合、これとは機序が異なり、カルシウム流入は抑制されていなかったが、nNOS活性が減少していた。これは恐らく、酵素が直接的に抑制されたことによるものである。
今回実験で使用したポリフェノールはすべて、一酸化窒素の増加による酸化作用を減少させ、結果、3-ニトロチロシンの生成とポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ活性を抑え、NAD+の減少と細胞死を防いでいた。」
没食子酸エピガロカテキンもカテキン水和物も、要するにお茶、特に緑茶に多く含まれている。クルクミンといえば、やはりウコンだ。
「緑茶の消費量と神経難病の発症率には負の相関がある」みたいな疫学はないかなぁと検索していたら、こんなのがあった。
『緑茶摂取と認知症、アルツハイマー病、軽度認知機能障害〜系統的レビュー』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6567241/
緑茶で認知症が治る!なんてことは言えないが、少なくとも予防には有効だと言える。
他にも、こんな論文を見つけた。
『薬物治療を受けていない統合失調症患者の腸内細菌叢をマウス移植すると、統合失調症様の異常行動とキヌレニン代謝の異常が起きた』
https://www.nature.com/articles/s41380-019-0475-4
統合失調症患者の糞便由来の腸内細菌をマウスに移植すると、そのマウスが統合失調症のようになった、そしてそこにはキヌレニン代謝が関わっている、という論文。
糞便移植とか、最近の医学はえげつないことをするよね^^;
しかしこういう大胆な処置のおかげで、多くのことがわかってきた。統合失調症患者の糞便由来の腸内細菌叢を健康な人間に移植することは、人体実験そのものだから倫理的に許されないけど、仮にそういうことをすれば、その健常者が統合失調症を発症する可能性は高い。
これはすごい研究だ。ホッファーが古い喘息の薬(酸化したアドレナリン=アドレノクロム)を飲んで、自分自身で統合失調症の幻覚妄想状態を体験したように、腸内細菌移植によって、統合失調症は、いわば「作れる」ということだ。
「作れる」くらいなんだから、「治せる」はずだと思いませんか?
僕はそう思います。腸内細菌叢の異常がキヌレニン代謝の異常を起こし、結果、幻覚妄想を引き起こしたのだから、腸内細菌叢の改善によって症状が改善する可能性は充分ある。抗精神病薬の効く機序の一端に、腸内細菌も関与しているのではないか。クロールプロマジンはそもそも駆虫薬だったわけだから、この考えは決して突飛ではないと思う。
論文の詳しい紹介は、長くなりそうなので次回にします。