「酒は百薬の長」という言葉の初出は『漢書』だという。酒の適量摂取が好ましいことは、すでに二千年前に指摘されていたわけだ。
しかしこれに対して真正面から異を唱えたのは、千年前の吉田兼好で、彼は徒然草のなかでこう言っている。
「酒は百薬の長といへど、よろづの病は酒よりこそおこれ」
酒は万病のもとでもあるぞ、との主張である。
それだけではなく、酒席でのアルハラ野郎に対する敵意、酒量が過ぎてみじめに崩れる泥酔者への嫌悪など、鋭い批判を展開している。
『徒然草 第百七十五段』
http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure150_199/turedure175.htm
これを読んで思うのは、千年前の人と現代人の変わらなさである。酒席でのバカ騒ぎ、二日酔いの苦しみなど、僕なんかは共感するところばかりで、日本人は千年前から1ミリも進歩していないのかもしれない^^;
「人の智恵を失ひ、善根を焼くこと火の如くして、悪を増し、万の戒を破りて、地獄に堕つべし(酒で理性が飛んで感情が燃え上がって、悪事をしでかして、禁忌を破る。もうね、こういう奴らはマジで地獄に落落ちたらええねん!)」
「地獄に落ちる」と細木数子のように警鐘を鳴らしてから、なんと、後段からは論調が一転して、酒の擁護が始まる。
「こんなふうに酒は嫌なところもあるけど、月夜とか雪の降ってる朝とか、桜の下とか、心のどかにしゃべりながらサカヅキを酌み交わすのって、最高に素敵やん?ぼんやりとした何でもない日に、急に予想外の友達が来て、ちょいと一杯、ってするのも、何かいい感じ。冬に狭いところで、火に当たりながら差し向いで熱燗をやるのもいいし、旅先で「何かつまみがあったらなぁ」なんていいながら飲むのも楽しい。上司みたいな偉いさんが「まぁもうちょっと行きなよ」と注いでくれるのもうれしい。お近づきになりたい人が酒好きで、一緒に飲んで仲良くなるのも、うれしいことだ。酒飲みっていうのは総じてアホなものだけど、罪のない愛すべき人種だよ」
完全に酒好きのおっさんやんか、っていう^^;中島らもが「酒に罪はない」って言ってたのと同じ空気を感じるな。
徒然草でいうところの酒は、当然日本酒のことを指している(古文で花と出てきたら桜だし、酒といえば日本酒だ)。
しかし現代日本ではピール、ウィスキー、バーボン、ウォッカ、ワイン、焼酎など、いろいろな酒がある。
医学的にいうと、酒には単位があって、純アルコールに換算して20g=1単位ということになっている。具体的には、ビール中瓶1本(500ml)=日本酒1合(180ml)=ウィスキーダブル1杯(60ml)=焼酎0.6合(110ml)=アルコール1単位(20g)という具合だ。アルコールに関する医学論文は皆、これに基づいて酒の量を計算している。
たとえば、横軸にアルコール摂取量、縦軸に全死亡率の相対危険度をとってグラフをかくと、上記のようなJカーブを描く。つまり、「適量摂取であれば死亡率が低下している」ということだ。
最も死亡率が低下している摂取量は1単位程度だから、晩酌にビールを1缶あけるくらいは全然飲まないよりもむしろメリットがある(ただし下戸の人は無理して飲んじゃダメだよ)。
「酒には強いほうだから、できるだけ毎日たくさん飲みたい。でも死亡率が高くなるのはイヤだ」という人が、毎日飲んでもいい上限は、上記グラフで信頼区間の幅も考慮すると、4単位程度ということになる。
これは、「とりあえず生で」から始めて、もう一杯おかわりして、次に焼酎を注文して、もう一杯おかわりして、それで終わり、ということだ。毎日飲むのなら、その程度で打ち止めにしないと、死亡率が上がってしまう。
純アルコール20gを1単位としたアルコール換算は便利だと思うけど、個人的には「本当かな」とちょっと疑っている。
酒好きはわかると思うけど、醸造酒(日本酒、ワインなど)と蒸留酒(ウィスキー、焼酎など)で酔いの感じが全然違う。理科の実験で使うような化学的に抽出した純エタノールと、酒蔵で杜氏が作った焼酎を、含まれているアルコールが何gでどうのこうのと、画一的に議論できるわけがない、というのがまず直感としてある。だいたい、焼酎を飲むといっても、大五郎とか樹氷とかジンロとか、プラスチックのボトルで格安で売ってる焼酎(甲類焼酎)と、鹿児島や宮崎で杜氏が精魂こめて作ったお高い焼酎(乙類焼酎)が、同じ土俵で議論できるのか。風味や酔い加減の違いは経験的に明らかで、だとすると健康への影響も当然違うのではないか。
こうした疑問に真正面から取り組んだ論文がある。ナットウキナーゼの発見者須見洋行とミミズ酵素ルンブロキナーゼの発見者美原恒の共著論文である。
『焼酎の飲用により誘導されるウロキナーゼ様フィブリン溶解酵素』
https://www.researchgate.net/publication/271612081_Urokinase-like_plasma_fibrinolytic_enzyme_induced_by_Shochu_drinking
学生被験者に協力してもらって(もちろん全員20歳以上だよ^^)、一人あたりアルコールとして30~60mlの酒量を10分間で飲み、1時間後に血栓溶解酵素の活性を調べた。飲んだ酒は、甲類焼酎、乙類焼酎、日本酒、ワイン、ビール、ウィスキーである。これらを、非飲酒群と比較した。すると、乙類焼酎を飲んだ群では酵素活性がダントツに(非飲酒群の2倍近く)高まっていた。このとき血中に増えた線溶酵素は、ウロキナーゼだった。乙類焼酎の持つ何らかの作用が血管の内皮細胞に働きかけたものと考えられる。
疫学的事実(適量飲酒者では死亡率が低い)とその理由(アルコールの血栓溶解作用、リラックス作用など)がわかったとしても、人間ほど個人差の大きい生物はいないというのもまた事実である。
僕は酒は好きだけど、量の調整が下手で、飲むとなれば記憶が飛ぶまで飲む、みたいな飲み方をけっこうしてしまう(酒の飲み方が20代から全然成長していない^^;)「毎日適量摂取」みたいなことが苦手だから、「基本的には断酒、たまに、特別なときにだけ飲む」みたいなスタイルにしている。
飲酒を肯定する医学的論理はあるけれど、くれぐれも酒には飲まれないようにね。