院長ブログ

日光と腸内細菌

2019.12.4

「好炭素菌を寒天培地に散布し、恒温器内に数日置くと、培地上にコロニーを形成する。
ただし、培地にKClの1%溶液を加えると(これをストレス培地と呼ぼう)、コロニーはできない。
シャーレに張ったストレス培地の片側半分に炭の粉をまくと、炭の粉をまいた半分ではコロニーができたが、残り半分ではコロニーはできない。
驚くべきことに、この現象は、炭の粉が直接細菌に接していなくても起こる。
つまり、炭素をポリエチレンの袋に入れてストレス培地上に置くと、コロニーは炭素の入った袋の周囲から形成されていく。
しかし、シャーレをブリキの箱に入れたり、アルミ箔で覆うと、この現象は観察されない。
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/tanso1949/1998/184/1998_184_213/_pdf)
この現象を一体どう説明すればいいのか。
実験を行った松橋通生教授は、こう考えた。
炭素という生命を持たない物質が、何らかの外部エネルギー(たとえば太陽からの赤外線照射)を受けて、これを細菌の増殖シグナルに変えているのではないか、と。」
これは一年以上前に書いたブログの再掲なんだけど、含むところの多い実験だと思う。

炭素は人間の体の基本的な構成元素である。
上記の研究は、炭素と太陽光と細菌の間に相関があることを示唆しているが、ということは、炭素のカタマリである人間が太陽を浴びれば、腸内細菌にも何らかの変化が生じるのではないか。
当然の推測だろう。しかしこれまで、太陽光と腸内細菌の関係を示す研究はなかったが、最近ついにそういう論文が現れた。

『狭帯域紫外線(UVB)光への皮膚曝露は、ヒトの腸内細菌叢を調整する』
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2019.02410/full
近年、特発性の免疫性疾患や炎症性疾患(多発性硬化症や炎症性腸疾患など)が世界中で増加しているが、これはライフスタイルや環境の西洋化と関連している。
日光(UVB)を浴びる機会が減り、その結果ビタミンD産生が減少したし、腸内細菌叢が異常を起こしている(dysbiosis)と考えられる。
しかし、UVB光と腸内細菌叢に直接的な関連があるのかどうかは、明らかではない。
本研究では、血中ビタミンD濃度を増加させる狭帯域紫外線B(NB-UVB)への皮膚曝露が、腸内細菌叢の構成にも影響を与えるかどうかを調べた。
NB-UVB光の影響は健康な女性コホート(n=21)を使ったパイロット研究で調べた。参加者を、冬の間ビタミンDサプリを摂取した群(VDS(+))と、非摂取群(VDS(-))に分けた。
NB-UVB光を1週間に3回浴びた後、参加者の血中ビタミンD(25(OH)D)濃度は平均7.3 nmol/L増加した。
血液データへの反応性は、当初の25ヒドロキシビタミンD(25(OH)D)濃度と負の相関があった。(当初の25(OH)D濃度が低い人ほど、NB-UVB光の効果が大きかった)。
16s rRNAシークエンス解析を使って糞便中の腸内細菌叢の構成を分析したところ、VDS(-)群がNB-UVBに曝露するとアルファおよびベータの多様性が増加していた。VDS(+)群では変化していなかった。
VDS(-)群がUVBに曝露した後では、線形判別分析(LDA)でいくつかの科の菌種が増加していた。たとえば、以下のような菌種である。Lachnospiracheae、Rikenellaceae、Desulfobacteraceae、Clostridiales vadinBB60 group、 Clostridia Family XIII、Coriobacteriaceae、Marinifilaceae、Ruminococcus。
血中25(OH)D濃度はLachnospiraceae属(特にLachnopsira属とFusicatenibacter属)の多さと相関があった。
これは、血中25(OH)D濃度の低い人の腸内細菌叢が、NB-UVBの皮膚照射によって明確に変化することを示した最初の研究であり、皮膚腸相関の存在を示唆するものである。
この皮膚腸相関に働きかけることで、腸内の恒常性の維持および健康へのアプローチが可能かもしれない。

僕は日光浴が好きなんだけど、日光浴をしているときに便意を催してくることは経験的に知っていた。腸内細菌が関係していそうだなという予感は持っていたけど、その予感が上記論文で裏付けられた格好だ。
この論文の意義は、皮膚腸相関の関係が改めて示されたことにある。
腸内細菌のバランスが乱れている人に対して、これまではプロバイオティクスによる経口アプローチしかなかったところ、紫外線B波(本物の太陽光ではなく人工的な紫外線でもいい)を当てるという皮膚からのアプローチが有効だと示されたわけだ。
上記研究では、ビタミンDのサプリを摂っていない人で特に腸内細菌叢改善効果が大きかった。
サプリの嫌いな人は、せめて日光浴をするといい。腸の調子がよくなり、結果、様々な不調が改善するだろう。