院長ブログ

バックギャモン

2019.11.1

将棋の森内俊之は「天才のなかの天才のなかの天才」と言われているんだけど、この意味、わかりますか?
まず、棋士になる時点で、文句なしに天才。
全国から集まる将棋少年のなかでも、奨励会(プロ棋士養成機関)に入れるのはごく一部。
奨励会のなかで互いに切磋琢磨して、勝ち星を重ねた人が初段、二段と昇進し、地獄の三段リーグを勝ち抜けば、晴れて四段(プロ棋士)となる。
四段になれるのは、年にわずか4人だけだ。
東大生は毎年三千人ほど生まれていることと比較すると、東大に合格するよりはるかに狭き門である。「いや東大受験者数とは母数が違うし、求められるものが全然違う」と言われそうだけど、棋士がトップレベルの頭脳を持っていることは間違いない。
故米長邦雄の言葉に「兄貴はバカだから東大に行った」というのがある。棋士の自分のほうが東大の兄より格上、と言いたいのだろう。米長らしい下品な言葉だね。でも、事実の一面は含んでいると思う。
→だから、まず「天才」。
プロ棋士は、順位戦を始め、様々な棋戦に参加する。棋士にとっての名誉は、そうした棋戦での優勝、特にタイトルを手にすることだ。
将棋のタイトルは、名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王、王将、叡王の8個ある。
現役で活躍するプロ棋士は160人ほどいて、そのなかでもタイトルホルダー(あるいはタイトル経験者)は30人ほど。
ほとんどの棋士はタイトルに縁のないまま、棋士人生を終えることになる。
タイトルをとるということは、天才がひしめく将棋界にあっては、並みの天才には不可能な偉業なんだ。
→つまり、タイトルホルダー(あるいはタイトル経験者)であるということは、「天才のなかの天才」。
さらに、タイトルには「永世」称号がある。永世を名乗る資格は各タイトルによって異なるが、たとえば「永世名人」は名人位を通算5期獲得した棋士に与えられる。
永世竜王、永世棋聖など、「永世」を名乗る資格のある存命中の棋士は、6人しかいない。森内俊之はこの6人のうちの一人で、永世名人有資格者である。
→つまり、「天才のなかの天才のなかの天才」。

しかしこの森内九段、2017年にフリークラスへの転出、および順位戦からの引退を表明し、ちょっとしたニュースになった。
順位戦を引退するということは、他の棋戦には参加できるものの、セミ・リタイヤを意味する。
46歳という若さなのにもったいない、という声がある一方、順位戦でA級から陥落するなど、黒星が増えていたのも事実だった。
加齢に伴う棋力の衰え、台頭する若手、永世名人という称号の重さなど、いろいろな外的・内的要因があったのだと推察する。
そこらのありきたりな棋士ではなくて、地位も名誉もある一流棋士である。しかしそのせいで「純粋に将棋を楽しんで指す」ということができなくなったんじゃないかな。
背負うものの大きさゆえの葛藤。僕はこういうプレッシャーとは無縁のへぼ将棋でよかった笑

さて、最近、この森内九段の息子がニュースに出ていた。
『森内俊之九段の息子、森内貴之さんがバックギャモン世界選手権ジュニアの部門で優勝』

バックギャモンをご存じですか?
僕は人生の一時期、これに激ハマりしていた。ネット対局で世界中の人と対戦していた。
もともと凝り性だから、何かに夢中になると猛烈にハマる、というところはある。
しかしバックギャモンのおもしろさは中毒的だ。ソリティアにハマっていたこともあるけど、バックギャモンのスリルに比べれば退屈な時間潰しに過ぎない。
バックギャモンにハマるのは僕だけではなく、数千年前の人も同じだった。
すでに古代エジプトやメソポタミアでプレーされていたし、日本でも大和朝廷がこれを賭博として禁止していた。
禁止する側の気持ちはよくわかる。仕事そっちのけでハマったり、財産を潰してしまう人もいたに違いない。

バックギャモンを知らない人のために簡単に説明すると、要するに、すごろくゲームだ。
サイコロを投げて、15個の駒を進めていく。相手より早く全部の駒をゴールさせれば勝ち。
細かいルールがいくつかあって、それがこのゲームに戦略性を与えていておもしろいんだけど、一番熱い(そして中毒性を高めている)のは、「ダブル」のルールだと思う。
ゲームの途中で優勢を意識した側が、相手に「ダブル」を提案する。相手がその提案を「テイク」すれば、勝った側が得られるポイントが倍になる。「パス」すればその時点でゲーム終了で、提案した側が1点勝ちになる。ゲームの流れがまた変わって、提案された側が再度「ダブル」を提案すると、勝ち点がさらに2倍、つまり当初の4倍になる。また提案のやり返しで8倍になったり、どんどん増えていく。つまり、勝ち点が倍々に膨らんでいく。

これは丁半ばくちのような雰囲気があって、熱くならないわけがない。
しかしバックギャモンは、運を天に任せるような完全他力の賭博では決してない。知性と戦略性が求められるゲームだ。
たとえば僕が森内九段と将棋で対局しても、勝つことは絶対にない。天地がひっくり返ることがあり得ても、素人がプロ棋士に勝つことはあり得ない(元奨励会員を素人と呼ぶ場合を除く)。
しかし僕がバックギャモンの世界チャンピオンと対戦するとなれば、1パンチ入ることは普通にあり得る。バックギャモンは、運の要素も強いからだ。
だから、バックギャモンは通常、一発勝負ではない。何ポイント先取というスタイルで、複数回ゲームを行う。複数回やれば、実力差が如実に現れる。
森内九段の息子がバックギャモンの世界大会で優勝した、とのニュースを見て、さすが天才の息子は天才だな、と思う。
戦略性と勝負勘、そして運、この三つを持ち合わせていないと、世界は獲れない。競技は違えど、勝負師の血をしっかり受け継いでるんだろうね。

運の要素があって、ときには強い人にも勝ててしまうのがバックギャモンの魅力だけど、僕はあえてこのゲームには近寄らないように決めている。
理由は、単純に、おもしろすぎるから。ハマると診療にまで悪影響が出ると思う。
おもしろすぎて危険だ、と自覚しているから、あえて遠ざけているんだ。
仕事を引退して余生を過ごす年齢になれば、バックギャモンざんまいの日々を過ごすのも悪くないが、それまではお気楽な将棋で我慢だな。