「ルパンの娘」が「あなたの番です」に視聴率で負けている、なんていうネットニュースを見ても、個人的にはドラマは見ないからどうでもいいんだけど(そもそも家にテレビがないんだけど)、「ルパンの娘」っていうタイトルはいいね。
何だか、「カリオストロの城」を思い出す。
「ルパンめ!まんまと盗みおって」と警部が憎々しげにつぶやく。
それをそばで聞いていた姫、「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ」とルパンを弁護する。
警部は振り返って、姫の顔をまっすぐ見据えて、言った。
「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」
「心を盗む」なかなかシャレたセリフだ。
このセリフによって、銭形がルパンを追いかける理由に、ポエムな色彩が加わったようだ。
しかし、ルパンに限らず窃盗などの知能犯は、多くの場合、人をあっと言わせるような大胆な方法で「心を盗んで」いるものである(もちろん心だけではなく、金銭も)。
ヴィクトル・ルスティヒという詐欺師がいた。
彼の犯罪のなかで最も有名なのは、「エッフェル塔詐欺」である。
1925年パリにいた彼は、「フランス当局はエッフェル塔の維持費を捻出するのに大いに困っている」旨の新聞記事を目にした。
「これは使える」と直感した彼は、周到な詐欺計画を練った。
高級ホテルの一室を借り、「秘密会議」と称して複数のスクラップ業者を招待した。彼らの前で、ルスティヒはこんな演説を打った。
「自分はフランス郵政省の副長官である。実は当局は、エッフェル塔の維持費をどうしたものかと頭を抱えている。
実はフランス政府は、エッフェル塔をスクラップにし売却することを内密に計画している。
しかしこの計画が途中で一般市民に露見したらどうなるか。「パリの象徴を壊すな」という反対運動が起こるのは目に見えている。
そこで皆さんには、この計画が後戻りできない段階まで進むまでは、他言無用で願いたい。皆さんの紳士としての良心に期待している」
各業者と話をしながら、ルスティヒは誰をカモにしようかと注意深く物色し、アンドレ・ポワソンという男に目をつけた。ビッグビジネスを射止めたい、パリの社交界で何とか成り上がりたいという野心のある男だった。
ポワソンとの面談の場を設け、ルスティヒは彼にこんな打ち明け話をした。「ここだけの話だが、自分は役人として腐敗している。お役所勤めのしがない給料では、自分の望む裕福な生活はできない」ポワソンは、ルスティヒの言外の意図をすぐに察した。「この男は、ワイロを要求している。エッフェル塔の所有権を得てパリの社交界で一躍注目を浴びる存在になる代わりに、ワイロをよこせ、と。悪くない条件だ」ポワソンは同意し、ワイロとエッフェル塔入札の手付金をルスティヒに手渡した。
こうしてまんまと金をせしめたルスティヒは、すぐさまオーストリアに逃亡した。
ルスティヒは「ダマされたことに気付いても、プライドの高いポワソンのことだ、恥ずかしさのあまり、そのことを口外しないだろう」と踏んでいた。オーストリア滞在中も新聞報道をチェックしていたが、予想通り、エッフェル塔の一件は記事になっていなかった。そこでルスティヒはパリに再び戻って、もう一回同様の詐欺を企てた。
別の業者を招待し、エッフェル塔をスクラップにする話があることを持ち出した。しかしすぐに、場内の違和感に気付いた。詐欺の通報を受けた警察が張り込んでいたのだ。逮捕を免れようとして、ルスティヒはアメリカに逃亡することになった。
詐欺師を意味する英語には、swindler、imposter、crook、quackとか複数あるんだけど、絶対日本語にない表現だなと思うのが、con artist。「ダマしの芸術家(artist)」ということで、微妙に賞賛のニュアンスを含んでいるようだ。
ルスティヒはまさに、con artistと呼ぶにふさわしい詐欺師だと思う。
頭の回転がずば抜けて早く、人間心理に精通していて、うまくダマすための準備には決して手を抜かない。その才能を生かせばビジネスで普通に成功することもできただろうに、そこは生まれついての悲しい性だろう、裏社会で生きていくことしかできないのだった。
さて、アメリカに渡ったルスティヒは、相変わらず詐欺師の本領を発揮していた。
「ルーマニアボックス」という金を無尽蔵に印刷できる機械(もちろんウソ)を言葉巧みに売りつけて、人々から大金を巻き上げたりした。
心に闇を抱えた人間は、互いに引かれあうものである。ルスティヒは当時のアメリカマフィアを牛耳る大ボス、アル・カポネと付き合うようになり、なんと、彼と親しい友達になった。詐欺師だからある意味当然だけど、やっぱり人の心をつかむのが天才的にうまいんだな。
ルスティヒの恐ろしいところは、彼はこのマフィアの親分からさえ、金をダマしとった。ヤクザから金を巻き上げるとか、バレたら百%殺されるわけで、頭どうかしてるよね^^;
その手口はこうである。
ちょうど世界恐慌でアメリカが大不況の時期だったこともあって、ルスティヒは困っていた。詐欺をするにも、そのための資金がいるのだ。そこでルスティヒは、カポネに頼むことをした。「アル、次のシゴトをするタネ銭の工面に困ってるんだ。よかったら5千万円ほど貸してくれないか。うまくいけば色をつけて返すからさ」
不況のあおりもあって、5千万円はカポネにとっても安くはない額である。しかし、エッフェル塔詐欺、ルーマニアボックス詐欺など、歴史に残る鮮やかな詐欺をしてきた伝説の詐欺師であり、友人である。その彼の頼みを聞いてやることは、むしろ喜びでもあった。カポネは承諾し、金を貸した。
さて、ルスティヒはその金をどうしたのか。
何もしなかった。一切手をつけず、ただ金庫に寝かせておいた。
2ヶ月後、ルスティヒはカポネに、申し訳なさそうに言った。「実はミスってしまったんだ。すまない。変に期待だけさせてしまって。でも借りた分の金はきっちり返すよ。何とか都合をつけてきたんだ」
言いながら、5千万円をそのまま返した。
カポネは心を打たれた。「なんて正直な奴だろう。失敗はしたものの、何としてでも金は返す。その心意気、気に入った」
シゴトに失敗したということは、この不況下、普通に生活をするだけの金にも困っているに違いない。カポネは「これで何とか急場をしのげよ」とポンと5百万円をルスティヒに渡した。「返さなくていい。天才詐欺師だって失敗することもあるだろう。それより俺は、お前が気に入ったよ」
こうして、まんまとカポネから金をちょうだいすることに成功した。すべて計画通りだった。
心を盗む、とはこういう詐欺のことをいうんだね。
参考
ウィキペディア
“Victor Lustig”
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Victor_Lustig