前回に続き、またえびの話をしよう。
しかし今度はオキアミの話ではなく、僕の小学校の同級生の話。
あの男が、またリングに帰ってくる。
来週末、僕はリングドクターとして、彼の試合をそばで見守ることになる。
「たくさんの応募があった。そのなかから、4人を選ぶ予定だったんだけど、どうしても絞りきれなくて、6人選ぶことになった。
8月17日に4人と、8月18日に2人と対戦する。
面接ってわけじゃないけどさ、なぜ俺と戦いたいのか、応募者全員から話を聞いたよ。
皆、それぞれに熱い思いを抱えている人たちだった」
たとえば、ボクシングジムに通う大学4年生。
期待して大学に入学したが、特におもしろくもなかった。何かに打ち込みたい、熱くなりたい。そういう思いで、ボクシングを始めた。
やっていくうちに、すっかりのめり込んだ。勉強よりも恋愛よりも何よりも、ボクシングに若い熱量を捧げた。
でも正直なところ、自分には才能がない。プロになってどうのこうの、というレベルじゃない。それは自分にもわかっている。
わかってはいるけれども、これまで三年間、ボクシングにエネルギーを注いできた、その集大成として、何か形になることができないか。
そんなとき、元世界ランカーの戎岡さんがタイフェアの企画で挑戦者を募集している記事を見かけた。
世界レベルのボクシングを知る人の胸を借りられるなんて、こんなチャンスはまたとない。
ぜひ戦わせてください。
「あつし、去年のタイフェア、見た?
見てないのかぁ。去年も戦ったんだけどね。
あのね、祭りのイベントだからといって、お遊びみたいなボクシングかというと、全然そうじゃないよ。
ガチもガチ。どの挑戦者も本気で勝ちに来る。俺も真剣に体を作って、当日に備える。
技術ではこちらが上でも、皆、熱い思いを抱えた挑戦者ばかりだからね。その思いに応えるためにも、こちらも本気でいかないといけない」
40代男性。
2人の子供がいる。習い事をさせようとなったとき、子供たちが選んだのは、塾でもスイミングでもなく、格闘技だった。
子供たちが日々練習に取り組み、試合で勝っては喜び、負けては悔し涙を流す姿を見て、父親として何か感じるものがあった。
「子供たちの戦っている姿を見て、自分はいつも勇気をもらっている。しかし、翻って俺は、子供たちに勇気を与えているだろうか」
自分が何ら父親らしい姿を子供に見せていないことに気付いた。そんな自分が、許せなかった。
思い立って、ボクシングを始めた。格闘技経験はゼロ。それでも、何か始めずにはいられなかった。
そんなとき、ジムに「元世界ランカー、挑戦者募集」の張り紙を見た。
ボクシング経験は二か月に満たない。戎岡さんと戦って、勝つ見込みがほとんど皆無であることはわかっている。ぶざまな姿をさらすことになるかもしれない。
それでも、たとえ勝てない相手であっても、死力を尽くして立ち向かっていく。そういう姿を子供たちに見せて、勇気を与えたい。
ぜひ戦わせてください。
「俺、こういう人、弱いんだ。
俺にも子供がいるからさ、わかるんだよ、この人の気持ちが。父親として立ててあげたい、っていうのかな。
こういう感情は、子供のときはもちろん、二十代のときにもわからなかった。自分に子供ができて初めてわかったよ。
さっき言ったように、タイフェアでのボクシングイベントっていう、お祭りごとではあるんだけど、俺にとってはお遊びじゃない。
だからこういう素人同然の人は、本来ならリングには上げない。真剣勝負の場だから、素人が出ちゃいけない。
でも、切れなかった。挑戦者の一人に選んでしまった。
選んでしまったからには、手は抜かないよ。全力で勝ちに行く。それが相手へのマナーだから」
そう言いながらも、えびは優しい男だから、挑戦者をぶざまに負かせるようなことはせず、相手に全力を出させるようなファイトスタイルで戦うだろう。
そして、リングサイドで見守る挑戦者の子供たちに、戦う父親の姿を見せるように、はからうはずだ。
プロというのは、単に強い人ではない。客を楽しませる人でもあるのだ。
というのは単なる僕の予想で、、、
ほんまに本気で勝ちに行って、強烈な右ストレート一発でKOしてしまったりして^^;