たとえば、うつ。
原因があるのなら、まずはその除去ができないか考えてみる。
「仕事の人間関係のストレスで、ほとほと参ってまして」という人がいれば、ちょっと踏み込んで、具体的にどういうストレスなのか聞いてみる。
「誰がどう見てもパワハラですね。逆に今までよく我慢してきましたね」みたいなこともあれば、全然大したストレスとは思えないこともある。
後者の場合、ストレス自体が問題というよりは、本人のストレス耐性が問題である可能性がある。こういう人は、特段の原因がなくても、何となく漠然とした不安や抑うつに陥る。
なぜ、ストレス耐性が低下するのか。
食事の乱れがないか、聞いてみる。「きのう何を食べたか、朝食から順に教えてください」
たいてい何らかの問題が見つかるものだ。
好ましくないものを食べている場合には、いったんそれを除去することを勧める(まず、引き算)。
さらに栄養療法的なアプローチでは、ある種の栄養不足がその背景にあると考える(次に、たし算)。
どの栄養素が足りないのか。水溶性ビタミン(CやB群)かもしれないし、脂溶性ビタミン(DやK)かもしれないし、タンパク質や脂肪酸かもしれない。
単純に、ビタミンCを1日500mgとるだけで不安が改善した、という研究もあれば、
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26353411
ビタミンDの投与で軽快したという研究もある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6390422/
人間はいろんな原因で病気になる。だから、いろんな治り方をする。
医療者側から見れば、治し方が一つではない、というのはおもしろいことだと思う。
これは要するに、うつの背景には腸なり脳神経系なりに炎症があって、CであれDであれ、要はその抗炎症作用が症状の改善をもたらした、ということだろう。
だから、うつの治療法は、他にも当然ある。
個人的に今一番注目しているには、CBDオイルだ。うつにも効くことが示されている(何にでも効くなぁ)。
https://www.medicalnewstoday.com/articles/324846.php
うつに対して、逆に、やってはいけない治療法もある。
妻に先立たれた高齢男性。以来2、3日、食事も睡眠もろくにとれていない。見かねた家族に連れてこられて来院した。
うつ病評価尺度の点数は、明らかにうつ病。しかし、こういう患者に対して「ああ、そうですか。お気の毒に。抗うつ薬と睡眠薬をお出ししますね」で済ましてはいけない。
この人は、フロイトのいう「喪の作業」(モーニングワーク)に服している。
数十年連れ添った妻を失った悲しみは、途方もないものだろう。ショックで食事や睡眠がとれなくなるのは当然のことだ。かつ、新たなステップに向かうために、必要なことなんだ。
ここに医者が下手に介入して、抗うつ薬やら睡眠薬やらで症状を一時的に改善させてしまうとどうなるか。
未消化なままの思いが心の中に延々くすぶり続け、やがて症状は再燃するだろう。しかも薬の副作用とあいまって症状は難治化し、本物のうつ病になる可能性もある。
喪の作業は、スキップするわけにはいかない。夏休みの宿題をやらずに踏み倒すわけにはいかないのと同じだね。
人生には、悲しみにしっかりひたることが必要なときもある。こういう場合に医者ができることは、せいぜい傾聴と共感だけ。相手の心に寄り添ってあげること。これしかないけど、これだけで、ずいぶん本人の助けになるものだよ。
個人的な話。
数年前に母が亡くなった。
つまり、父にとっては妻を亡くしたということだ。
病院から忌引き休暇をもらって実家に帰った僕は、父の様子を間近に見ることになった。遺品整理や弔問客の対応をしているとき以外は、ずっと母の遺影のそばにいて、ぼんやりしていた。「俺より先に死ぬなよ」とか時々つぶやいて泣いている。憔悴ぶりは誰の目にも明らかだった。飼っている2匹のネコの世話が、かろうじて父の生きがいだったと思う。
休暇が終わり、後ろ髪引かれる思いで病院勤務に戻った。
しばらくして、姉から電話があった。「お父さん、最近やたら元気なんよ。どうしたんかなと思ってよくよく話聞いてみたら、彼女できてんて。一緒に半同棲みたいなことしてて。まだ母が死んで間もないのに、よくやるわ」
姉はずいぶん軽蔑しているようだったけど、僕はホッとした。
しっかり悲しめば、また新しいステップが始まる。
年齢がいくつであっても、失恋の傷を何より癒やしてくれるのは、新しい恋愛なんよねぇ。