なぜ、僕らは老化するのだろう。
なぜ高齢になるにつれシワが増え、骨粗鬆症、心疾患、アルツハイマー病、静脈瘤などの慢性疾患にかかりやすくなるのか。
老化には多くの要因がからんでいるが、最終的には、遺伝子(DNA)にダメージが蓄積し、ミトコンドリア(細胞のエネルギー産生の中心)の機能が低下するという、この2点に帰着する。この結果、細胞死が起こり、体が老け込んでいく。これが老化の本態だ。
実はDNAに傷がつくこと自体は、若いときから一貫して起こっている。しかし、通常はその傷を修復するメカニズムが備わっていて、細胞機能に異常が生じることはない。修復がきちんと行われ、細胞機能が適切に維持されていれば、身体機能の低下や老化を抑えることができるはずだ。従って問題は、なぜDNAの修復が行われなくなるのか、ということだ。
これを説明するために提唱された説として、「老化のトリアージ理論」がある。
まず、トリアージという言葉を知っていますか。
野戦病院を思い浮かべてください。次々に傷ついた兵士が運び込まれてくる。しかし、資源(人的資源、医療資源、時間など)には限りがあって、すべての兵士に完全なケアをほどこすことはできない。こういう状況では、順位付けが必要だ。どの患者を優先して治療すべきかを判断しないといけない。
すでに呼吸停止している患者に注力しても仕方ないし、ちょっとしたかすり傷程度の患者の処置も後でいい。この病院に「最近何となく腰が痛くてねぇ」と茶飲み話感覚でおばあさんが来院したら、医者から「後にしてくれ!」って怒鳴られても文句は言えない^^;死ぬか生きるかの境目にいる患者を、いかに救えるか。それが野戦病院の存在意義だ。
そういう救急の現場で、患者の重症度に応じて治療の優先度を決めることを、トリアージという。
救急隊員や救急で勤務する歴戦のナースは皆、必ずトリアージをしている。救急現場は、患者の運ばれて来た順番に見るんじゃない。一刻一秒を争う患者か、待てる患者か。トリアージは非常に重要な判断だ。
救急現場でナースがトリアージをするように、体もトリアージをしているのではないか、というのが「老化のトリアージ理論」だ。
摂取できる栄養量には限りがある。特に、栄養的に貧相な現代食(精製した穀物、砂糖、加工食品)を常食していれば、なおさらだ。
しかし体は、その乏しい栄養量で何とかやりくりしていかないといけない。
「利用できる微量栄養素が不十分なときには、その微量栄養素は喫緊の生存に必要な機能に優先して利用される。それが長期的に欠乏するとある種の機能が損なわれ、たとえば老化に関連する疾患にかかりやすくなるとしても、まず体は短期的生存に必要な分を確保しようとする」
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19692494
要するに、ビタミンやミネラルの供給が十分ではないときには、これらの栄養素は、優先度の高いところに配分されるということだ。
具体的には、恒常性の維持(まず生きる)と生殖(次世代も残しときたい)が優先されて、DNA修復機能とか長生きとか美容とかは後回しということだ。
DNA修復機能がダメになったからといって、人間はすぐに死ぬわけではない。ダメになれば、長期的には老化が促進され慢性疾患にかかりやすくなり早死にする可能性が高くなるが、生きるか死ぬかの状況で優先するべき機能じゃない。
この理論を唱えたのはブルース・エイムス博士だ。博士は、様々なビタミンやミネラルの欠乏によって、短期的には別段悪影響がないのに長期的にはDNAの損傷が起こることを観察した。
栄養素がギリギリ最低限しかない状況では、長生きしなくてもいいし年をとってからシミとかシワができてもいいから、短期的生存と生殖に優先してまわす。これは生物種として生存確率を上げるために戦略で、理にかなっている。
エイムス博士は、ビタミンKがこのトリアージ理論を見事に満たすことを動物実験で証明した。
博士がビタミンKに注目したのは、ビタミンKの作用がただ一つ、ビタミンK依存性タンパク(オステオカルシン、基質glaタンパク)をカルボキシル化することだけで、研究しやすいと考えたからだ。
続く(かも)
参考
“Vitamin K2 and the Calcium Paradox” (Kate Bleue著)