院長ブログ

シワとビタミンK2

2019.5.25

弾性線維性仮性黄色腫(PXE)という、舌を噛みそうな病気がある。
観自在菩薩弾性線維性仮性黄色腫行深般若波羅蜜多時
みたいに、念仏の間に紛れ込んでても案外違和感ないっていう^^;
常染色体劣性遺伝の、ン十万人に1人のまれな難病。
PXEの患者は、比較的若年で顔を含め体の皮膚にひどいシワができる。
早老症に分類されていないけど、実態としては早老症そのものだと思う。
皮膚の弾性線維にカルシウム沈着が起こり、そのせいで肌の張りが失われ、太いシワができる。
弾性線維の石灰化は正常な人の加齢性変化と同じものだが、ただ、その変化が若年者に急速に起こる点が、この病気の特徴だ。

健康な人をいくら調べても、健康の正体はつかめないが、病気の研究によって、逆に、正常とは何か、ということが浮き彫りになるものである。
PXEも同様で、この病気の本態を探る研究者の努力によって、加齢(特にシワ形成)のメカニズムの一端が明らかになった。
PXE患者の皮膚には非活性型MGPが大量にあることがわかったのである。
MGPはビタミンK2によって活性化され、カルシウムをあるべき場所(骨)に運搬、格納するのが仕事だ。
ところが、ビタミンK2が不足するとどうなるか。
MGPおよびカルシウムが組織にそのまま放置されることになる。
これが動脈で起これば動脈硬化が進行する。末梢に何とか血液を送り込もうと、体は血圧を上げるが、それで追いつかなければ、末梢に虚血が起こる。
虚血が目で起これば網膜障害から視野欠損を生じるし、脳で起これば脳梗塞、心臓で起これば狭心症、内臓で起これば臓器壊疽、下腿で起これば間欠性跛行を生じる。
実際これらは皆、PXEの合併症として知られている。
PXEは日本では300人ほどしか確認されていないため、まだ十分に研究が進んでいないが、若年で発症した患者が高齢になるにつれ、骨粗鬆症を併発すると僕は踏んでいる。
ビタミンK2の不足によりMGPがカルシウムを骨に運ぶことができない、という機序を考えれば当然予想されることだ。

もっと言うと、この病気の人は、薄毛になる可能性が高いはずだ。
そもそも、薄毛とは何か?
頭皮の慢性炎症によりカルシウム沈着が促進され、頭皮の血流不全、栄養不全が起こり、結果、毛髪の成長が阻害された状態のことだ。
炎症の原因は、糖代謝異常、内分泌異常、老化など複数あって、このあたりは遺伝に基づく個体差や生活習慣の違いによって様々だろう。
ただ、打つ手はある。
(1)慢性炎症を鎮火し、(2)カルシウムを適切にポンプアウトし、(3)頭皮の血流を回復して栄養を呼び込んでやることだ。
この文脈で言えば、(2)の手段として、ビタミンk2を摂取することである。また、カルシウムと拮抗するマグネシウムの摂取も助けになるだろう。
ただし、この推論には、決定的な弱点がある。
この写真を見せられたら、僕は反論の言葉が出ない。

ビタミンk2をはじめ脂溶性ビタミンの積極的摂取を勧めるプライス先生自身が、見事なズルハゲだっていう^^;

最近、あちこちでいろいろな先生がビタミンDの重要性について啓蒙していることもあって、ビタミンDのサプリを摂る人が多くなってきた。
5000IU程度ならビタミンDのサプリ単独摂取で問題ないだろうけど、それ以上の高用量を飲むのであれば、ビタミンK2を併用しないと危険だ。
なぜか?
ビタミンDは、細胞内でのMGP産生を増加させることで、作用を発揮する。
ビタミンDを大量に摂取すれば、それだけ大量のMGP産生が促進されるわけだが、それを活性型MGPに変換するビタミンK2がなくては、細胞内に大量の非活性型MGPが蓄積してしまう。
おまけに、ビタミンDのもう一つの作用として、腸管からのカルシウム吸収増加がある。増加させたはいいものの、運び屋MGPが不在では、行き場がない。
結果、カルシウムは骨にきちんと収納されるのではなく、軟組織(動脈内壁、皮膚など)に非活性型MGPもろとも沈着することになる。
つまり、よかれと思って大量摂取したビタミンDのせいで、かえって動脈硬化、シワなど、ありがたくない症状に見舞われてしまう。
生兵法は大怪我のもと、ということだね。

脂溶性ビタミンの高用量単独投与が危険だと言われるのには、確かに理由がある(特にビタミンAはすっかり悪評が根付いてしまった感がある)。
しかし機序さえ理解してしまえば、不必要に恐れることはない。
ビタミンK2、D3、Aをバランスよく摂取することで、メリットだけを最大限に享受することができる。