院長ブログ

ビタミンCと食欲

2019.4.6

「いやぁ、先生、この前50gのビタミンC点滴を受けたんだけどね。受けた直後は、特に何もなかった。
でもその日の夕食のとき、普段はけっこう少食なほうなんだけど、食欲がすごくてね。いつもより多く食べれた。
あれはきっとビタミンCの効果だと思うんだけど、そういうこと、ある?」

壊血病(ビタミンC不足の成れの果て)になると、食欲不振になることは昔から知られていた。拒食症とビタミンC不足の関係も指摘されている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27502755

ビタミンCが食欲に作用する、というのはあり得ることだ。
ひとつの機序として、まずビタミンCは免疫系に作用する。
具体的には、血中ビタミンC濃度の上昇に伴って、白血球の遊走能、貪食能が高まる。
file:///C:/Users/user/Downloads/nutrients-09-01211-v2.pdf
いわば、体の中の掃除屋が活性化する格好だ。
不健康な細胞にアポトーシスを起こして体の中からご退場頂くなど、いわゆるデトックが促される。
こうして異化(組織を壊すこと)が亢進すると、同時に同化(組織を作ること)も亢進する。
スクラップ・アンド・ビルド(破壊と再生)は、町の工事現場で起こっているだけではなく、僕らの体の中でも起こっているのだ。
新たにビルドするには、新たな材料が必要になる。こうして食欲が亢進するわけだ。

「ということは、ビタミンCをとれば食欲が亢進して太ってしまう、ということか」と思われるかもしれない。
しかし矛盾するようだけど、以下のような論文がある。
『非喫煙者の成人において、血中ビタミンC濃度は体格指数(BMI)とウェストサイズと逆相関の関係にあるが、血中アディポネクチン濃度とは相関がない』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17585027
タイトルが内容を簡潔に示している。要するに、血中ビタミンC濃度が高いほど、スリムな体型をしているということだ。
アディポネクチンというのは脂肪から分泌される生理活性物質。インスリン感受性に関わっていて抗糖尿病作用があるが、奇妙な振る舞いをする。つまりアディポネクチンは、血中グルコース濃度の低いとき(空腹時)には食欲を抑制し、高いとき(満腹時)には食欲を亢進させる。同じ物質が、状況次第で真逆の働きをするわけだ。さらに奇妙なことに、アディポネクチンは脂肪から分泌されるのにもかかわらず、肥満の人では分泌量が少ない。
http://www.jichi.ac.jp/openlab/newsletter/h56_spletter.pdf
体感としてちょっとわかるのは、空腹感もある程度時間が経つと慣れてくるし、逆に、飲み会なんかで延々ダラダラと食べ続けることもできたりする。
臨床的には、拒食症患者の6、7割は過食症も併発する。
こういう背景には、アディポネクチンの両義的な性質が関与しているのかもしれない。

もうひとつのメカニズムとして、糖代謝が関与している可能性がある。
https://academic.oup.com/ajcn/article-abstract/60/5/735/4732022?redirectedFrom=PDF
『血糖値の正常な成人にビタミンCを大量投与すると、グルコース負荷に対するインスリン分泌が遅延する』という論文。
要約
アスコルビン酸の大量投与が経口グルコース負荷試験(OGTT)後のグルコース代謝およびインスリン分泌にどのような影響を与えるかは知られていない。
プラセボ対照二重盲検によって、血糖値の正常な健康な被験者(22±1歳)に、最初の2週間をウォッシュアウト期間として全員にプラセボを服用させ、その後の2週間、アスコルビン酸(1日あたり2g)あるいはプラセボを服用させた。そして一晩絶食させた後、OGTTを行った。
この4週間の研究を、クロスオーバー方式(実薬群とプラセボ群で、投与薬を入れ替えること)で再び繰り返した。
結果、食後1時間後の血糖値は、ビタミンC服用群がプラセボ群に比べて有意に上昇していた。
血中インスリン分泌曲線は、ビタミンC服用群ではベースラインよりも右方移動していた。血中インスリン濃度は、食後30分では有意に減少していたが、食後2時間では有意に増加していた。血糖値の正常な成人において、血中アスコルビン酸濃度が高いと、グルコース負荷に対するインスリン分泌が遅くなり、そのことで食後の高血糖が延長する、というのがこのデータの意味するところである。
なぜこのような影響が見られるのか。グルコースが膵臓のβ細胞に輸送される際に、血中を循環するアスコルビン酸濃度が高いと、グルコース輸送の競合的抑制が起こることが機序の一端であると考えられる。

ビタミンCとグルコースの分子式を見比べると、とてもよく似ている。


細胞が内部にグルコースを取り込むところ、血中に大量のビタミンC(グルコースと似て非なるもの)があると、グルコース代謝やインスリン分泌に影響が出るということだ。
食欲には他にもグレリン(食欲亢進ホルモン)やレプチン(食欲抑制ホルモン)が関わっていて、現状、研究はまだまだ発展途上で、食欲の全貌解明には時間がかかるだろう。