院長ブログ

防御制止

2019.3.23

いつの『すべらない話』だったかけっこう初期の頃だったと思うんだけど、トークを始める前に出演者がまっちゃんに自己紹介していくところで、ある芸人が「緊張しすぎて、逆に何か眠くなってきました」って言ってて、「ああ、それわかるわー」って思った。
緊張も、行き過ぎて一周回ると、眠気に近いような感じになる。これは多くの人が経験のあるところだと思う。
この現象は生理学でちゃんと調べられている。最初にこの研究を行ったのはパブロフだ。
犬に餌をやる前に、ベルの音を聞かせる。これを繰り返すと、ベルの音を聞いただけで犬はヨダレを流すようになる。
これが有名な条件反射で、知っている人も多いだろう。
しかし、この研究の続きを知っている人は、そんなにいない。
ベルの音が鳴り続け餌への期待が高まるものの、肝心の餌が延々出てこない、となると犬はどうなるのか。
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-1-4939-1236-0_6

条件付け後、刺激(聴覚刺激、痛覚刺激など)を強めていくと、当初は生理的な反応(α波の減少、ガルバニック皮膚反応、瞳孔拡大、末梢血管収縮)が次第に増加し、やがて最高潮に達するが、その反応は次第に減少していく。
パブロフはこの減少パターンを、神経系への過剰な刺激に対して神経系が自らを守るために行う防御反応だと考え、これを防御制止と呼んだ。
パブロフのこの先駆的な仕事(1955年)によって、防御制止の考え方は様々な精神生理学的現象の説明に適応されるようになった。
たとえば激しい運動後の疲労、活発な精神活動後の集中力低下、覚醒・睡眠リズムなど、様々な現象の背景にこの働きが関与していると考えられた。
ひとしきりの身体的・知的活動によって、適切な疲労を感じることが必要だ(アデノシンの蓄積が疲労に関与していると言われている)。
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-1-4614-3903-5_25
強い刺激が、いつまでも継続しては神経系に悪影響が出るので、体にはその刺激をちゃんと弱めるための仕組みがある、ということだ。

楽しみにしていた講演会。
いざ講演が始まって、全然つまらなかったら、どうなるか。
期待が高くて神経が興奮していた分、それをバランスするために防御制止が働く。
こうして講演会の会場は、眠気が支配することになる。
人間の生理的メカニズムなのだから、演者も主催者もお客さんをとがめることはできません^^;

ところで、1950年代のパブロフの研究は一世を風靡して、『条件反射』という言葉は学者だけでなく、一般の人にまで広く知られるようになった。
パブロフの研究は犬を使ったものだったが、実はパブロフの実験以前に、人を対象にして、同様の実験が行われていた。
アメリカの心理学者ジョン・ワトソンとロザリー・レイナーが、9カ月の幼児を相手に実験(後に『アルバートちゃん実験』と言われる)を行った。
幼児に白いモルモットを見せる。最初は、当然、何の反応も見せない。しかし白いモルモットを見せると同時に、大きな騒音を流す、ということを繰り返す。
すると、白いモルモットを見るとすぐに、反対の方向を向きハイハイしてそこから遠ざかろうとする反応を示すようになった。
さらに、『刺激の一般化』ということが起こって、レイナーの白い毛皮のコートや、白ひげをつけてサンタクロースに扮するワトソンに対しても恐怖を抱くようになった。

この研究は現在では批判されている。その理由は、第一に、研究デザインが非常にテキトーであること。
幼児に条件付けをするとして、その後の幼児の反応の計測が、何ら客観的ではなく、観察者の主観に頼り切りだった。
第二に、倫理的な問題。
実験してそれで終わり、じゃない。
『白いふわふわしたもの』に恐怖を感じるように条件付けされたアルバートちゃんは、その後どうなったのか?
https://www.verywellmind.com/the-little-albert-experiment-2794994

ワトソンとレイナーは、この男児の条件付けによる恐怖を取り除くことができなかった。この男児が引っ越してしまったためだ。
しかし最近、アルバートちゃんとして知られる男児のその後が判明した。『アメリカン・サイコロジスト』誌に、心理学者ハル・ベックによる7年の研究によってその後のことが明らかになった。
当時の研究や男児の母親を追跡したところ、アルバートちゃんの本名はダグラス・メリットだった。
しかしこの話はハッピーエンドで終わらない。
ダグラスは1925年5月10日、6歳のときに水頭症で死亡していた。「7年間彼を追いかけてきましたが、彼の人生はそれより短かったわけです」とベックはこの発見のことを語った。
2012年、ベックとアラン・フリッドランドは著書のなかで、「ダグラス・メリットはワトソンが1920年の実験で説明していたような”健康で正常な男児”ではなかった。それどころか、メリットは生まれついての水頭症で、ワトソンもそのことを知っていたが、子供の健康状態について捏造をしていた」との発見を公表した。
この発見はワトソンの研究業績に影を落とすものであり、研究の倫理・道徳の問題に一石を投じている。
2014年、ベックとフリッドランドの発見に疑いの目が向けられることになった。別の研究者が、ウィリアム・バージャーという名前の少年こそが、本物のアルバートちゃんだという証拠を提出したのだ。
バージャーは、ダグラス・メリットと同じ日に生まれており、生まれたのはメリットの母が働いていた病院だった。彼のファーストネームはウィリアムだが、ミドルネームはアルバートで、こちらのほうで呼ばれていた。
このように、アルバートちゃんをめぐって専門家たちもいまだに議論を続けているが、アルバートちゃんが心理学の歴史に消えない足跡を残したのが間違いない。

僕は心理学っていまいち好きじゃないんだけど、なぜといって、心理学の実験って捏造がすごく多いんだ。
しかも、ある実験を再現しようにも、結果を再現できないことはしょっちゅうある。
再現性というのは科学を構成する不可欠な柱のひとつだけど、心理学はその辺りからしてすごい不安定な印象だ。
そういう具合だから、そもそも心理学は科学を名乗る資格があるのかどうかも微妙だと思う。