院長ブログ

コカインとNアセチルシステイン

2019.3.14

俳優がコカインで逮捕された。
特にファンというわけでもないからどうでもいいニュースなんだけど、彼の出演作品を回収すべきだ、なんて声まであって、これはさすがに行き過ぎだろう。
「作品に罪はない」って誰かが言ってて、その通りだと思う。
誰しも、仕事とプライベートがある。
学者としては超一級でノーベル賞までとったけど女性関係がすごくだらしなかった人もいれば、歌人としての才能は素晴らしかったけど借金しては踏み倒してばかりの人もいた。
プライベートの奔放さにもかかわらず、彼らの仕事に傷はついていない。
学者の論文は引用され続け、歌人の句集はいまだに売れ続けている。
プライベートと仕事は別だからだ。
腐った人間精神が輝かしい業績をあげることもあれば、崇高な理念が大惨事をもたらすこともあって、この予測のつかなさが、人間のおもしろいところだと思う。
味のある演技をする人で、出演するドラマや映画をいい感じで引き立てる役者だったと思う。この人が裏で何してようが、出演作品の評価と関係ないじゃないの。
しかも人に危害を加えたわけじゃない。クスリで自分の健康を害してただけでしょ。
麻薬取締法という法律に抵触したことがこの人の罪なわけだけど、それに対してどこかに一定期間閉じ込めることが、本人を更生させる罰として機能しているのか、疑問だね。
「麻薬の使用に対する最大の刑罰は、使用によって失う本人の健康であって、国家はそれ以上の刑罰を科すことはできない」みたいなことをレーガン大統領が言ってたけど、本当、その通りだよね。

この人にとって、これから、が重要だと思う。
薬物犯罪は再犯率が高い。きっちりクスリと縁を切れるかどうか。
田代まさしがダルクの講演で「今目の前にシャブがあれば、間違いなくやると思う」って言ってた。正直な人だね^^;
芸能界での地位、人気、財産、愛する家族、ぜんぶクスリで失った。それでも、また機会があればやってしまうだろうっていうんだから、クスリの恐ろしさは底なしだ。

一般の病院はもちろん、ダルクのような更生施設も、依存症の治療にビタミンを使っていない。
薬物依存症に対するビタミンの有効性に関しては、充分なエビデンスがある。
患者の苦しみを癒す有効な手立てがあるのに、それが使われていないんだ。
医療側の無知、不作為を訴える裁判になってもおかしくないくらいの話だと思う。
薬物依存症にビタミンCやナイアシンが有効だという話は以前のブログに書いたから、ここでは繰り返さない。
最近注目されつつあるのは、Nアセチルシステインだ。
薬物依存、強迫性障害、統合失調症など精神科領域での有効性が言われていて、レビューも出ている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3044191/
勤務医のときはムコフィリンをやたら出してたから、他の医者は僕のことを頭のおかしいヤブだと思っていたよ^^;

『コカイン依存症におけるNアセチルシステインのプラセボ対照二重盲検』という文献を紹介します。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23952889
要約
コカイン依存症に対するFDAに承認された投薬治療は未だ存在しないままである。
前臨床研究や初期のパイロット臨床研究では、Nアセチルシステイン(NAC)が本症の治療に有効である可能性が示唆されている。
コカイン依存症のボランティア111人を、無作為に3群(NACを1日1200mg服用する群、2400mg服用する群、プラセボ群)に振り分けた。
8週間にわたって参加者をフォローした(週に3回来院してもらった)。
来院のたびに、コカイン使用の自己報告を聴取し、さらに尿サンプルを採取した。
尿サンプルはベンゾイルエクゴニン(コカインの代謝物)の量的レベルを評価した。
この臨床治験の主な結果は、有意差が出ず、否定的となった。しかし、本治験の参加者のうち、すでにコカイン使用を我慢できている人のみを対象に分析すると、NAC2400mg 服用群ではプラセボ群よりコカイン再摂取までの期間が有意に長く、また、コカインへの渇望を示すスコアも低かった。
結論として、本治験において、NACはコカイン依存症患者(使用を継続中の患者)ではコカインの使用を減らすことを証明できなかったが、我慢している人に対しては、コカイン再使用を抑制することが明らかになった。
つまり、Nアセチルシステインはコカインを我慢しているコカイン依存症者の再発予防に有効な手段である。

Nアセチルシステインは、コカインにどハマりしててキメ続けている依存症者には効かなかったけど、我慢しててある程度やめれてる依存症者には再発予防になった、という話。
前者はある意味当然で、コカインを継続中でやめる気もない人に対しては、どんな方法を使ったところでやめようとしないだろう。
上記の研究の要点は、後者にある。やめようと頑張っている人に対して、Nアセチルシステインはお助けになりますよ、という結論が出たわけだから、何とかして更生したいと願っている依存症者にとっては希望の持てる話だ。
前にも書いたけど、アセチルシステインはグルタチオンの前駆体で、グルタチオンといえば、グルタチオン・アスコルビン酸回路で抗酸化に関わっているわけだから、依存症の治療に際しては、抗酸化こそがポイントだと言えるだろう。