理系の学問は新しい技術の開発や普及によって、非常にわかりやすい形で社会に影響を与える。
もちろん、文系学問が世の中にインパクトがない、というわけではないけどね。
それどころか、優れた哲学者の思想とか文学作品は、人々の精神を深めたり内面世界を変えるから、理系技術の革新がもたらす表面的な変化より、もっと本質的な影響を与える、とも言える。
それでも、理系学問が社会を変えるスピード感には、華々しい魅力があると思う。
たとえば、20年前の信号の色は、今よりも暗くて見にくかった。ウィンドウズ95が主流だった時代のPCと今の一般的なPCを比べると、今のほうが画面が圧倒的にきれいになっている。
この変化は、青色発光ダイオード(青色LED)の出現によるものだ。
光の三原色(赤、緑、青)の発光素子がすべてそろえば、テレビやPCの画面はフルカラーで表示することが可能になり、そうなれば飛躍的に色彩豊かなディスプレイが実現するだろう、と言われていた。
しかし、1980年代までに実用化されていたのは赤色の光源のみだった。世界中の研究者が開発競争にしのぎを削るなか、青色LEDの開発に成功したのは、日本の研究者だった。
低電力で駆動し、かつ長寿命に使えるこのLEDは、またたくまに世界を変えた。
あらゆる電化製品の電光表示がLEDに取って代わられた。僕らはテレビやPCをより美しい画面で楽しむことができるようになった。
しかし、革新的な新技術にしばしばあることだが、メリットとともにデメリットもあるものである。
発光ダイオードのデメリット、それは目への悪影響だ。
これはスマホを長時間使う人なら、何となく気付いていることだろう。「スマホの画面を長く見つめていると、やたら目が疲れるな」と。
ちゃんと研究もあって、以下のように論文にまとまっている。https://www.nature.com/articles/srep05223
要約を訳す。
『発光ダイオード由来の青色光によって引き起こされる視細胞へのダメージ』
我々の目はビデオディスプレイ端末(VDT)の発光ダイオード(LED)の光にますます曝露されるようになっているが、この光には多くの青色光が含まれている。VDTは、テレビ、PC、スマートフォンに使われている。
本研究の目的は、青色LEDが視細胞の損傷を引き起こすメカニズムを解明することにある。ネズミの錐体細胞を青色、白色、緑色のLEDにそれぞれ曝露させた(0.38 mW/cm2)。
青色LEDは活性酸素種(ROS)の産生を増大させ、たんぱく質の発現レベルを変化させ、単波長のオプシン(S-opsin)の凝集を引き起こし、その結果、細胞に深刻なダメージが生じた。
青色LEDは主要な網膜細胞にダメージを与え、そしてそのダメージは光感受細胞(視細胞)に特異的に見られた。抗酸化物質のNアセチルシステイン(NAC)は、青色LEDにより惹起される細胞損傷を防ぐ働きがあった。
総じて、LEDにより引き起こされる細胞のダメージは、エネルギー依存性ではなく波長依存性であった。青色LEDが他のLEDよりも網膜の視細胞により重度なダメージを与える背景には、このような性質が背景にあるのかもしれない。
サルを使った実験で、一方には発光ダイオードの光を見つめさせ、もう一方には蛍光灯の光を見つめさせたところ、発光ダイオード群では失明するサルが多かった、という研究もある。
要はLED、特に青色LEDは、網膜で活性酸素を生じさせ、それで視細胞がアポトーシスを起こす、ということだ。だからこそ抗酸化力のあるビタミン、たとえばNACが、酸化によるダメージの軽減に著効するということだろう。
新たに登場した技術の有害な側面が、こういう具合に後の研究によって明らかになることがある。しかし有害性が明らかになったとて、よほどのことがない限り、その技術が社会から撤去されることはない。
そう、一度ハイビジョンの美しい画像に慣れてしまった僕らは、30年前のディスプレーに戻ることはできない。目に悪いとわかっていても、もはやスマホは生活必需品で、手放すことなんてできない。
だとすれば、その有害性を知った上で、対策を立てることだ。
上記の研究のすばらしい点は、視細胞に悪影響を与える機序を解明したばかりでなく、どのように網膜の酸化を防げばいいか、その対策(NACの摂取)をも提示しているところだ。
論文で言及はないけど、抗酸化力のあるビタミンということなら、ビタミンA、C、Eを摂ることもムダではないだろう。
なんだかんだで、現代人のビタミン需要量はますます増大している、と言えそうだ。