院長ブログ

ゴーン

2019.1.12

ゴーンが特別背任容疑で再逮捕されたとか、拘置所で高熱出して接見できないとか、ゴーン関連のニュースがメディアをにぎわせている。
日産自動車の前社長でルノー自動車のCEOという、超VIPが逮捕されたということで、ニュースバリューがあるんだろうけど、実際のところどういう人なのか。
何をした人で、どう偉い人なのか。
簡単に言うと、日産の社長に就任して以後、彼は従来の日本人社長と真逆のことをした。
ゴーンが日産の社長に就任した1999年、日産の経営状態は最悪だった。
これまでの社長が、株価への配慮などから、経営状態を糊塗しようと必死だったところ、彼は逆に、その最悪ぶりを白日の下にさらけ出した。
今まで隠していた赤字を全部洗い出して、もうこれ以上悪くなりようがないという状況を世間に知らしめた上で、改革を始めた。
わずかな改善で、「さすがゴーンだ」と評価される下地を作った。
日産には優秀なエンジニアがいて、技術力も高い。全国に販売網があり、営業能力もある。
魅力的な商品を作り、その販売を軌道に乗せることができれば、経営状態は必ず改善するはずだ。
自身の強いリーダーシップのもと、機能不全に陥った日産の各部門に喝を入れ、様々な改善に取り組んだ。
こうして倒産寸前だった日産を奇跡のV字回復に導いたということで、一躍その名を知られるようになった。
つまり、ゴーンがやったことは、既存の体制にメスを入れ改善したということであって、彼がゼロから何かを作ったわけではないんだ。
それだけのことなんだけれど、従来の社長には「それだけのこと」もできなかったわけで、そこはやはり、ゴーンのカリスマ性のなせる技かもしれない。
従来の社長が日本人特有の忖度とかめんどくさい根回しとかにとらわれて身動きできなかったところ、そういうのを一切気にしないで独断で采配をふるえたっていうのも、外人ならではの強みだったと思う。

彼の「独裁」が見事に奏功した例としては、GT-Rの成功が挙げられる。
ゴーンは日産復活のために『新たな顔』を作ろうとして、「プリメーラ、スカイライン、フェアレディZに次ぐ、新たなフラッグシップを作れ」と命じた。
こうしてGT-Rの開発プロジェクトが動き始めた。
GT-Rの開発に際して、社内では既存のFR-Lプラットフォームをベースにしようという意見が多くを占めていたが、エンジニアの水野和敏はそれに反対していた。
「それでは日産のフラッグシップたり得ない。PMプラットフォームを採用すべきだ」と主張した。
水野はどちらのプラットフォームの開発にも携わっていて、彼はその強みも弱みもすべて把握していた。
過去にはプリメーラやスカイラインの車両パッケージの設計を担当するなど、車のデザインセンスに図抜けた才能があり、また、耐久レースのチーム監督として何度も優勝するなど、社内から一目置かれている人物だった。
ただ、職人気質で我が強く、意見が衝突しても自分を曲げない頑固さがあって、上層部からは時に煙たがられる存在でもあった。
水野は、実績を残しているとはいえ、社内ではエンジニアの一人に過ぎない。上層部の誰も彼の意見を真剣に汲み入れようとはしなかった。
しかし、ゴーンが来て以後、風向きが変わった。
ゴーンを前にしても、ものおじせずに堂々と自分の意見を言う。通訳を介しながらではあるが、ゴーンの目を見て、はっきりと自分の考えを語る。
ゴーンはこの職人がひどく気に入った。
「GT-Rの開発はお前にすべて任せる。必要なことがあれば、何でも言ってくれ」
これは極めて異例のスタイルだった。
ゴーンは1車種の開発に際して3トップ制(車両開発主管、商品企画立案責任者、販売目標責任者)を基本とするよう命じていた。
しかしGT-Rの開発にだけは、例外的に水野にすべての権限が集約する1トップ制とし、社長直轄プロジェクトとしてゴーンと水野が直接つながる人事体制となった。
こうして水野に、エンジニアとして最高のパフォーマンスを発揮できる機会が与えられ、彼はその期待に見事に応えた。
2007年の発表からわずか1年半で、GT-Rは世界のトップブランドになった。

すばらしい性能のスポーツカーを作ったとしても、それが世界のトップブランドとして認知されるとは限らない。
しかし彼はそれを成し遂げた。どのように?
『バカになれ!カリスマエンジニア「ゼロからの発想術」』(水野和敏著)に、彼の方法が余すところなく公開されているので、そのさわりの部分だけ紹介しよう(僕が多少加筆した引用です)。
「ゴーンから「日産のフラッグシップとなるスーパーカーを作り、世界のトップブランドにしろ」と言われたとき、エンジニアとして自分自身を徹底的に造り込んできた俺には、その構想がすでにあった。
車のメカニズム、ハードウェアに関しては即座にイメージがわいた。問題は、「世界のトップブランド」にするにはどうするかである。
普通の人が考えるのは、大々的に広告を打つことだろう。しかし俺に言わせれば、それは最もやってはいけないことだ。
ダメな新商品をマスコミに金を払って宣伝させている、と思われかねないからだ。実は、GT-Rの宣伝費は、ゼロだ。
大事なのはブランドというものの本質を創ることだ。
ブランドとは、自分たちが「これは最高級品です」と言ってなれるもんじゃない。世界中の上流貴族や富裕層から認められ、彼らがこぞって手に入れたいと思うものがブランドになっていくのだ。
今現在、世界で最もセレブリティの称号を持っていて、しかもトップブランドを買っているマーケットリーダーは誰か?
アラブの王族だ。ハリウッドセレブや金融関係者など、しょせん成金。王族のブランド力にはかなわない。しかも没落した欧州貴族よりアラブ王族は断然パワーがある。
「アラブの王族が金に糸目をつけずに買いたいと思っている車がある」
そんな噂が世界に広まった途端、その製品は最高のブランドとして認知される。
では、アラブの王族に欲しいと思わせるにはどうすればいいのか?(以下、略)」
実に、読ませる本だ。
GT-Rの開発秘話、ゴーンのこと、エンジニアとしての創造性、人生観など、水野氏のエッセー集のようになっていて、ストーリーテラーとしても巧みだと思う。
この本の出版は2014年なんだけど、文中、ゴーンの先行きを不安視する記述があって、まるで現在の状況を予見していたようにも思える。
「一緒に仕事をしていた頃のゴーンの決断力と実行力は大したものだと思う。でも最近は昔のようなオーラや輝きが感じられない。
孤独な王様のようだ。提言する人間がいないのか?ゴーンというリーダーの今の唯一の問題はそこにあると思う。
「私はこうしたい」というブレーンが不在で、「こうしましょうか?」というご機嫌取りに囲まれているようだ。
むろんゴーンのような人間に提言するのは並大抵のことじゃない。半端なことを言えばすぐ話を打ち切られる。ビジョンと存在を認められていなかったら、文字通り、話にならない。
日産に来た当初はゴーンに提言できる人材は何人もいた。昔からの同志であるパトリック・ペラタやコリン・ドッジなどはその代表だ。
俺から見ても本当に優秀なサポート役だった。ところが経営の苦しいルノーを立て直すためにペラタをCOOにしたあたりからバランスが崩れ始めた。
結局信頼の厚かったペラタが情報漏洩問題でルノーを辞めざるを得なくなり、提言できる人間がまた一人いなくなった。
ゴーンのカリスマだけに頼り切っているように見える。
強すぎるカリスマのもとでは、本当にものを言えるブレーンが育たないということがしばしば起こる。
戦国武将でも武田家のように、イエスマンばかりになって滅亡した例は腐るほどある」
エンジニアでありながら同時に人間通でもあって、水野氏にはゴーンの孤独が見え透いていた。
水野氏を手放すなんて、日産はもったいないことをしたね。