院長ブログ

ジプレキサ

2018.12.12

「薬はできれば飲みたくないです」
「なぜですか」
「太りたくないから」
抗精神病薬の副作用のひとつに肥満があって、これは体型を気にする若い女性には大きな問題だ。
ただ、肥満の起こしやすさには違いがあって、クロザピン、ジプレキサは特に影響が強い。
中程度のものとしては、セロクエル、リスペリドン。影響が少ないものとしては、エビリファイ、ロナセンあたり。

では、なぜ太るのか。
精神科医でも「糖代謝に影響するから」ぐらいの答えしか持っていないと思う。
もう少し突っ込んで考えてみよう。
たとえばこの論文。https://www.jstage.jst.go.jp/article/csf/38/2/38_13012/_article/-char/ja/
タイトルは『オランザピン(ジプレキサ)はPERKを介したmRNAの翻訳減衰を阻害することで膵β細胞のアポトーシスを誘導する』。
ざっと訳すと、、、
第二世代抗精神病薬のなかでも特にオランザピンは、肥満、高脂血症、糖尿病を引き起こすことがある。一般的には、まず肥満が起こり、ついでインスリン抵抗性が生じることによって糖尿病が発症すると考えられている。
本研究では、オランザピンとリスペリドンがネズミの膵β細胞にどのような影響を与えるかを調べた。
両者とも、小胞体にストレスを引き起こしていることがPERK(ストレスの指標となる分子)の活性化によって示されたが、オランザピンはそればかりでなく、著明にアポトーシス(細胞の自殺)を引き起こしていた。
オランザピンで処置した細胞では、eIF2のαサブユニットのリン酸化(PERK活性化の直後に起こる現象)が観察されなかった。PERKが活性化しているにもかかわらずタンパク合成が止まらず、従って小胞体のストレスが続いていた。
オランザピンで処置した細胞では、インスリンを細胞外に分泌することができず、プロインスリンおよびインスリンが細胞内に蓄積していた。タンパク合成を抑制したり、インスリンを作るmRNAをノックダウンすると、タンパクの負荷が少なくなり、オランザピンによるその後のアポトーシスが軽減していた。
オランザピンを服用した患者のなかには体重増加なしに高脂血症や高血糖をきたす者がいるが、これはオランザピンによる膵β細胞へのダメージがこうした代謝に影響していることが原因かもしれない。

要するに、オランザピンは細胞にとってストレスなんだ。こういうストレス下では本来細胞内でのタンパク合成が低下するんだけど、延々合成を続けてしまう。こうして膵β細胞内ではインスリンが無数に作られるんだけど、かといって細胞外に分泌もできず、内部にどんどんたまっていく。で、やがて耐えきれなくなって細胞が死んでしまう、という話。
つまり、オランザピンを飲んでいる人が糖尿病になるのは、インスリン抵抗性というよりも、インスリン分泌能力自体が破壊されるのが原因ではないか、ということだ。

もう少しオランザピンの副作用の話を続けよう。
「抗精神病薬の服用によって、脳が萎縮するのではないか」という指摘はかなり昔からあった。
統合失調症者とそうではない人で脳の容積を比較すると、前者のほうが有意に萎縮していることを示した研究とか、統合失調症者の死後の脳解剖の所見から、そういう主張がされていた。
でも、こうした主張に対して、薬を売りたい人たちは当然反論するわけ。
「違う。脳の萎縮は薬のせいではなくて、統合失調症という病気自体の影響によるものだ」と。
この反論に反論しているのが、この論文。https://www.nature.com/articles/1300710
マカク猿を三つの群(ハロペリドール投与群、オランザピン投与群、プラセボ投与群)に各6匹ずつ振り分け、17~27カ月間投薬した。
投薬期間終了後、両実薬群ではプラセボ群と比較して、平均脳重量で8~11%減少していた。
脳容量の減少は、すべての脳領域(前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉、小脳)で起こっていたが、特に前頭葉と頭頂葉で顕著だった。
カバリエリの原理を用いて頭頂葉の立体構造分析をしたところ、白質および灰白質の容量を減少していることがわかった。
結論としては、霊長類(人ではないが)への抗精神病薬投与は、脳容積の減少と関連している。

この研究結果を見て、さすがに「サルの結果じゃないか。人間には大丈夫だろう」と反論する人はいないと思う。
マカクサルの尊い犠牲のもと、抗精神病薬が脳の萎縮を引き起こすということが明らかになったわけ。
膵臓の細胞でアポトーシスが起こっていたように、同様の機序で脳の細胞でもアポトーシスが起こってるんじゃないかな。

「太るから、薬はイヤ」というのは、なかなか乙女チックな理由だけど笑、動機はともかく、薬を拒否する行為は、実に正しい。
とはいえ、薬のおかげで何とか幻覚妄想が治まっていて、平穏な日常を過ごせている人にとっては、簡単に薬をやめることはできない。
そこで、栄養療法の出番だ。
患者のお母さんが言う。
「一番ひどいときは、ジプレキサを20ミリとインヴェガを12ミリ飲んでいました。どちらも処方量の上限です。
栄養療法を開始して、明らかに調子が良くなりました。笑顔が戻り、読書したり散歩したりすることができるまでに回復しました。
薬も徐々に減らすことができ、今はジプレキサを2.5ミリだけで、穏やかに過ごせています」
こういう話を聞くと、みなさんは「なんだ、栄養療法を使ってもせいぜい減薬までで、断薬できないのか。結局薬はやめられないんだな」と思うかもしれない。
でも一般的な精神科専門医に言わせれば、ジプレキサ2.5ミリというのは通常量の四分の一で、「そんな量で幻覚妄想が抑えられるわけがない」と鼻で笑われるぐらいの量なんだ。
長く飲み続けてきた人だから、再発しておじゃんにならないよう、慎重を期してこの量で継続しているわけ。
薬の毒性は明らかなんだから、できるだけその使用量を減らすような工夫が必要で、そういうときに栄養療法はすばらしいサポートになるよ。