「便通の具合はどうでしょうかね?」
「え、なんて?」
「便は出てますか?」
「聞こえません」
「うんこ、出てますか」
「え?」
「うーんーこ!」
「ああ、出てます出てます。大丈夫です」
高齢者のなかには難聴の人も多い。
だから、上記のようなやりとりもよくある。
しかし人の耳元で、うんこ!と叫ぶ絵って、なかなかシュールだ笑
こういうご老人方は、「もう年だからね、耳が遠くなるのも仕方ない」って思っていると思う。
これは本当だろうか。
本当に「もう年だから」難聴になったのだろうか。
人がどんなふうに年をとるのか、どこの器官に老化の特徴が顕著に現れるのかには、当然個人差がある。
しかし一般論として、高齢になって出現する症状には遺伝的な要因の影響は少なく、生活習慣の影響が大きい。
たとえば若いときから長らくバンドマンとして活動してきた人が難聴をきたしたとなれば、音響外傷を考える。
しかしこういうわかりやすい因果関係の症例は少ない。
難聴の発生には食生活の影響が大きいことが分かっている。
https://academic.oup.com/jn/article/140/12/2207/4630622
糖質(炭水化物、砂糖)摂取量の多い人では、そうでない人と比べて、難聴の発生率が有意に高いことが示されている。
過剰な糖質は万病のもと、というのが、耳の病気に対しても言えるわけだ。
では逆に、難聴を防ぐ栄養素はないだろうか。
たとえばこのページが参考になる。https://www.hearingwellnessctr.com/nutrition/
葉酸とビタミンB12の欠乏によって難聴になる確率が39%増大するが、これらの栄養素を補うことによって罹患率は20%減少するという。
他にも、オメガ3系脂肪酸やビタミンAの摂取がいいとか、トランス脂肪酸や農薬は避けるべきなど、様々なアドバイスをしてるんだけど、、
網羅的なわりに一番重要な指摘が抜けていると思う。
それは、薬剤誘発性の難聴だ。
難聴を引き起こす薬があるということは、どの医者も知っている。
昔の先生は「ストマイつんぼ」とか普通に言ってたんだけど、抗生剤によって難聴が起こり得るというのは医学部教育の範囲内の知識だ。
ただ、試験対策的には「ストレプトマイシン=難聴」とだけ覚えておけばOKなんだな。
だから、難聴の副作用は、ストレプトマイシンを始めとするアミノグリコシド系抗菌薬全般で起こり得る、ということを知らない先生は多いと思う。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17266591
ざっと、以下のようなことが書いてある。
ストレプトマイシン、ゲンタマイシン=前庭毒性
アミカシン、ネオマイシン、ジヒドロストレプトマイシン、カナマイシン=蝸牛毒性
蝸牛への影響により永続的な聴覚喪失が起こり、前庭への障害によりめまい、運動失調、眼振が起こる。
アミノグリコシド系抗菌薬は内耳でフリーラジカルを産生し、それによって感覚細胞やニューロンが損傷され、結果、聴覚喪失が引き起こされる。
特に、ミトコンドリア12SリボソームRNAの遺伝子が二つとも変異型の人では、アミノグリコシド誘発性難聴にかかりやすい。
難聴のご老人のなかには、かつて抗生剤治療を受けたため、聴力低下をきたしてしまったという人も多いのではないか。
つまり、その難聴は加齢によるものではなく、医原性に引き起こされたものではないか。
一度思い立って、現場で難聴患者に遭遇したら、抗生剤治療を受けた経験があるかどうかを必ず問診しようと決めたことがある。
「抗生剤で治療を受けたことがありますか」
「え、なんて?」
「抗生剤!ばい菌殺す薬!」
「うん、それが何?」
「使ったことありますか?」
「え、なんて?」
だいたいそういう具合だから、いつのまにやら個人的な統計をとるのをやめてしまった笑
谷崎の『春琴抄』に「聾者は愚人のように見え盲人は賢者のように見える」という一節があって、難聴患者さんには申し訳ないけど、正直、言い得て妙だと思った。
学校で学ぶ問診という方法は、当然相手に聴覚があることを前提にしているわけだから、それが通じない(通じにくい)相手に出会ったときには、なかなか大変なんだ。