小学校の同級生にプロボクサーがいる。
1998年、高校3年生のときにプロデビュー。初戦を勝利で飾った。
順調に勝ち進み、WBCライトフライ級で世界ランキング12位まで上がったのが、彼の最高記録だ。
2015年52.6kg契約8回戦(2ラウンドKO負け)を最後に、17年のボクシング人生を終えた。
生涯戦績、48戦23勝(10KO)19敗6分け。
現在、地元明石でバーを経営している。
「おー!ひょっとして、あのあつし?うわー、すごい久しぶりやなぁ!顔全然変わらへんなぁ笑
うわさには聞いてるよ。神戸で開業したんだってね。
よく来てくれたね。どうぞどうぞ、ここ座って。さぁ、何飲もうか?」
昨夜、姉とごうちゃんと一緒に彼の店を訪れた僕らを、彼、大いに喜んで歓迎してくれた。
小学生のときには彼とよく遊んだものだけど、僕が中学受験して別の学校に行くようになって以後、お互い会うことはなかった。
ただ、僕のほうでは彼のうわさはしばしば耳にしていた。
「プロボクサーになったらしいよ」というのから始まり、「順調に勝ってて、世界ランカーになってるんだって」「今度タイトルを賭けて挑戦するらしい」とか、活躍ぶりはあちこちから聞こえていた。引退してバーを開業したというのも聞いていた。
うわさや伝聞ではない、生身の彼と接するのは、小学校卒業以来26年ぶりのことだった。
小学校の他の同級生が今どうしてるとか、そういう話でひとしきり盛り上がった後、話題はボクシングに移った。
中学時代はちょっとした不良で、つまらない毎日を送っていた。
高校でボクシングと出会って、大げさでも何でもなく、人生が一変したよ。
俺の性に合っていたんだ。
自分の気力、体力、時間、すべてを捧げても惜しくないと思えるものに出会って、それまでの怠惰で非生産的な日々が一転した。
毎日、黙々とトレーニングに励んだ。
あつしも知ってるだろうけど、俺、小学校中学校ではサッカーをしていた。でもサッカーってさ、勝った喜びも負けた屈辱も、チーム全員でシェアするわけでしょ。何か「うすい」んだよね。
俺はね、もっと熱くなりたい。勝った喜びも負けた屈辱も、全部自分で引き受けたい。勝てたのは俺が頑張ったからであり、負けたのは俺の努力が相手の努力に及ばなかったからだ、っていう世界で戦いたい。
集団競技って、勝っても負けても責任の所在がはっきりしないことが多いし、チームメイト全員が同じ意欲を持ってプレーしてるとは限らない。
たとえば同じチームでも、インターハイ目指して頑張っている人もいれば、単なる部活動っていうつもりでやってる人もいる。そういう温度差って、何か嫌なんだ。
ボクシングのトレーニングって、スパーリングとか相手が必要なのもあるけど、縄跳び、走り込み、パンチングボールとか、基本的に孤独なもので、一人で黙々と繰り返して、少しずつ技術を高めていく。
ボクシングの、そういう、「道」みたいなところが、自分にすごく合っていた。
高校3年生でプロテストに合格した。
以来、勝ったり負けたりを繰り返して、引退までに積み重ねた戦績が、48戦23勝19敗6分け。
ボクシングからは本当に多くのことを学ばせてもらった。感謝しかないよ。
たとえばね、相手をたたえる心。
試合が決まれば、その相手に勝つことを目標に練習するんだけど、試合が終われば、本当にノーサイド。
終了のゴングが鳴って、その後で判定があって勝ち負けが決まるんだけど、勝っても負けても、相手のことを抱きしめたくなる。
よくテレビで見るでしょ、試合後に両選手が抱き合ってる場面。あれはね、ポーズでやってるわけじゃない。本当に、自然と相手を抱きしめたくなるんだ。
互いに相手を倒そうとして、血のにじむような努力を続けてきた。相手の強さは、こぶしを交えた自分が一番よく知っている。
相手を抱きしめることは、ほとんど自分を抱きしめるような感覚なんだ。敵だった相手が、最もわかり合える友人のような気持になるんだ。
俺がこれまで戦ってきたボクサーのなかには、いまだに連絡を取り合うほど仲のいい人も多いよ。
殴り合った末に生まれる友情。こういうのって、現実世界で経験できる?なかなかないでしょ。そういうのを、ボクシングが教えてくれた。
引退を決意したのはいつかって?
現役最後の試合は2015年の7月。KOされたんだけど、記憶がない。試合の記憶が、ごっそり抜け落ちているんだ。
KOされて、試合終了のゴングが鳴って、相手と抱き合って健闘をたたえ合って、ロッカールームに戻って、服を着替えて、っていうことをしているはずなんだけど、というかちゃんとやっているんだけど、そういうのを覚えていない。
いや、正確には、部分部分は覚えている。たとえば試合中、相手のパンチを食らって「ええ右もらってもた」なんていう記憶は映像として頭に残っている。でも、試合後に相手と交わした会話とか全然覚えてない。
録画していた試合映像を見ると、ちゃんと戦ってるし、試合後にも普通にしゃべってるんだけどね。
そう、酔っ払って記憶をなくす感覚に近いと思う。
実はその前の試合でも、KOされてて、同じような経験をした。
やばいなとは思ったけど、正直その時点で引退までは考えていなかった。
引退を考えたのは、2015年7月の試合を終えて、つかの間のオフを家族と過ごしていたとき。
子供と公園で遊んでいて、子供が蹴ったサッカーボールを、足を伸ばしてトラップしようとしたら、足が思うように伸びなくて、ボールにさわれなかった。
おかしい。
そのときに初めて、自分の体に起こっている異変に気が付いた。
脳はボールを認識し、足を出せ、と指示している。でも体の反応が、明らかにワンテンポ遅れている。
反射神経を鍛える練習不足、なんていう話じゃない。
17年間戦い続けたダメージが蓄積して、神経がおかしくなっているんだ。
認めざるを得なかったよ。
「もう、俺は、ダメなんだ」と。
そのとき初めて、引退を意識した。
でも、決意したわけじゃない。
なるほど確かに、反射スピードは遅いかもしれない。ステップはのろく、スウェイは鈍いかもしれない。
しかし、反応速度をカバーするようなファイトスタイルに変えれば、何とかやっていけるんじゃないか。
何とか現役を続けたい。
何とか戦い続けたい。
その一心で、新たなスタイルを身につけることを考えて、練習メニューまで組んだ。
でもね、ボクシングってやっぱり甘くないんだよ。
特に俺のような軽量級って、スピードが命なんだ。
パワーを前提にしたファイトスタイルを作り上げるなんて、いまさら無理な話なんだ。
分かっている。
でも、それでも、嫌だ。
引退したくない。
体がボロボロになってもいい。リングの上で死んでもいいから、戦い続けたい。
高校生のときからボクシングが生きがいであり、人生の意味だった。
俺からボクシングを取り上げないでくれ。
ボクシングがなくなったら、俺には何も残らないんだ。
観客の熱烈な視線と歓声を一身に浴びるあの喜びは、麻薬だよ。
あの快感を一度味わってしまったらね、人間は変わってしまうんだ。
水さえ飲めないつらい減量、雨上がりの水たまりの泥水さえおいしそうに思ったほどの渇き。
そんな地獄の苦しみも、勝利の喜びを思えば我慢できる。どんなきついトレーニングだって耐えられる。
引退後の俺の人生に、それだけ強烈な苦しみが、それだけ強烈な喜びが、つまり、それだけ強烈な生の実感が、一体あるだろうか。
燃えカスのような人生しか残っていないに違いないんだ。
35歳。
この年になっていまさら、味気ないサラリーマン人生に放っぽり出されてはかなわない。
どんな形でもいい。
とにかく現役続行にはこだわるんだ!
「お前は、逃げているんだ」と誰かが言う。
何だと?
戦いたくてうずうずしている俺が、逃げている、だと?
てめえ、もういっぺん言ってみろよ。
「お前は新しい人生に向かい合うことから、逃げているんだ。
慣れたリングの上での戦いにこだわって、予測もつかない実人生の荒波に飛び込むのを恐れている。
お前も知っているように、ボクシングはケンカじゃない。様々なルールとレフェリーの監視のもとで行われる、実に『安全な戦い』。それがボクシングだ。
その点、お前は実人生のあいまいさを恐れている。
同世代の多くは今や中堅どころの会社員。彼らの背中を追いかける形で社会人1年目を始めることを、億劫に思っているんだ。
大丈夫。何も恐れる必要はない。お前はボクシングから多くを学んだ。その経験は今後の人生で間違いなく生きるだろう。
お前に必要なのは、ボクシングではない別のリングに上がって戦う勇気だ」
そう、引退を決意して、今こうやってバーを経営してるんだけど、ここが俺の、いわば第二のリングだ。
カクテルの作り方を覚えたり、っていうのも、大変だけどなかなかやりがいを感じているよ。
お客さんを喜ばせるのが楽しいんだよ。
だからほら、ハロウィンのシーズンだからこうやってコスプレしたりもする。
だからあつしも、今日はめいっぱい楽しんでいってね。